第17話 竜と人
輸送艇が村へ到達した時、火災はまだ続いていた。
「……ひどいな」
蓮は窓越しに地上を見下ろした。
村の北側では十数棟の家屋が焼け、黒煙が空へ立ち上っている。その間を小さな人影が走り回り、消火や負傷者の救助を続けていた。
『着陸地点を変更します』
イザナミの声が船内に響く。
『村中央部への着陸は危険と判断。南側農地へ降下します』
「竜は?」
『現在、村から北西約四・二キロメートル地点にいます』
蓮の視界に位置情報が表示された。
ほとんど動いていない。
「何してる?」
『不明です』
「村を襲っておいて、そこで休憩でもしてるのか」
向かいに座っていたリシェルは何も言わなかった。
普段なら何か言い返してきそうなものだが、今は窓の外を見つめている。
表情が硬い。
「リシェル」
「何?」
「降りたら俺たちと一緒に動け」
「分かってる」
「勝手に――」
「勝手に動かない。あなたから離れない。危険だと思ったら退避する」
先に全部言われた。
蓮は口を閉じる。
「……ならいい」
「何度も言われたから覚えた」
「成長したな」
「殴るわよ」
少しだけ、いつものリシェルに戻った。
輸送艇には二十四名が乗っていた。
医療班、救助班、生物調査班、警備要員。
そして蓮たち。
今回の任務は、竜の討伐ではない。
第一目的は住民救助。
第二目的は竜の状態確認。
可能なら捕獲。
危険性が高く、他に手段がない場合のみ排除。
蓮自身がそう決めた。
人類への親和性を持つはずの人工生物が、なぜ人間を探しながら村を襲ったのか。
確かめる必要があった。
輸送艇が着陸する。
ハッチが開くと、救助班が真っ先に飛び出した。
「医療班、こちら!」
「重傷者を優先!」
「建物内部をスキャンしろ!」
次々と機材が運び出され、人類の救助ドローンが上空へ舞い上がった。
数十機の小型機が村へ散っていく。
壁や瓦礫を透過走査し、生命反応を探す。
村人たちは呆然とそれを見ていたが、驚いている暇はなかった。
「こっちだ!」
エルフの男が叫ぶ。
「まだ中にいる!」
崩れかけた家屋。
救助ドローンが内部を走査する。
『生命反応二』
蓮の視界にも情報が入る。
「二人いる!」
大型作業機が走ってくる。
崩れた梁を掴み、ゆっくりと持ち上げた。
その下から女性と子供が見つかる。
医療班が駆け寄った。
リシェルはその様子を見ていた。
「……すごい」
「何が?」
「こんなに早く見つけられるのね」
「生きてるならな」
蓮は周囲を見る。
問題は、生きていなかった者たちだった。
広場の端。
布を掛けられた遺体が並んでいる。
九人。
まだ増える可能性がある。
つい先ほどまで、ここで生活していた人々だ。
リシェルが黙って遺体を見る。
「知ってる人は?」
蓮が聞いた。
「いない」
少し間を置いてから続ける。
「でも、同じ民だから」
蓮はそれ以上聞かなかった。
村長が歩いてきた。
左腕には包帯が巻かれ、額からも血が流れている。
「あなたが……レン殿か」
「天城蓮です」
村長は頭を下げようとした。
蓮が止める。
「怪我人がそんなことしなくていいです。それより状況を教えてください」
村長は北を見る。
「突然だった」
そして竜について話し始めた。
空から現れたこと。
最初は攻撃してこなかったこと。
言葉を発したこと。
人間を探していたこと。
そして。
「人間が好きだと言った?」
蓮が確認する。
「そう聞こえた」
「その後に『殺す』と?」
「……ああ」
蓮は黙った。
「イザナミ」
『偵察機の記録と一致します』
村長が周囲を見る。
「今の声は?」
「気にしないでください」
「しかし――」
「説明すると長いので」
リシェルが横から言った。
「肉体のない神霊みたいなものよ」
「おい」
「説明が面倒なんでしょ?」
「余計な誤解を増やすな」
村長はますます混乱していた。
蓮は村長へ向き直る。
「穢れについて知っていることを教えてください」
村長の表情が変わった。
「信じるのか?」
「まだ何とも言えません。ただ、無視できない情報がある」
「何だ?」
「北方の異常地域です」
蓮が地図を表示する。
巨大な嵐に覆われ、テラフォーミングが一切定着していない地域。
それを見た村長が顔を強張らせた。
「そこだ」
「知ってるんですか?」
「我々は《果て》と呼んでいる」
リシェルも地図を見る。
「私も聞いたことがある。生き物が住めない場所。近づいてはいけないって」
村長が続ける。
「昔から言われている。果てへ入った獣は戻らない」
「戻った場合は?」
村長は蓮を見る。
「殺せ」
即答だった。
「それが掟だ」
「理由は?」
「穢れたものは元には戻らない」
「竜も?」
「竜だからこそ危険なのだ」
村長は北を見る。
「普通の獣なら、果てへ近づけば死ぬ」
蓮の表情が変わった。
「普通なら?」
「強いものだけが帰ってくる」
「どういう意味です?」
「我々にも分からん。ただ、昔からそう言われている」
村長の声が低くなる。
「帰ってきたものは、もう以前のものではない」
蓮の視界に分析結果が表示された。
先ほど偵察機が記録した竜。
皮膚損傷。
異常な細胞増殖。
神経系の変質。
そして猛烈な再生能力。
普通の生物なら死ぬ。
しかしドラゴンは生き残った。
生き残れてしまった。
「……なるほど」
蓮が呟く。
リシェルが見る。
「何か分かった?」
「仮説だけだ」
蓮は竜の映像を拡大した。
「こいつ、治り続けてる」
「竜なら傷の治りは早いわよ」
「そういう意味じゃない」
傷ついた組織が修復されていく。
しかし正常ではない。
修復された神経組織には微細な異常が残り、それが何層にも積み重なっている。
「何かに身体を壊されて、それをナノマシンが修復してる」
「それの何が問題なの?」
「直したそばから、また壊されてるとしたら?」
リシェルが黙る。
「それを何年も繰り返したら?」
蓮は竜の脳構造を見る。
「身体は生き残る。でも中身は……」
最後まで言わなかった。
『最高管理者』
イザナミの声。
「何?」
『対象が移動を開始しました』
全員の表情が変わった。
「方向」
『南東』
地図に進行方向が表示される。
その先には村がある。
「……こっちじゃねえか」
警報が鳴った。
村へ設置された人類側の簡易警戒装置が一斉に作動する。
救助班が動く。
「住民を輸送艇へ!」
「歩ける者から南へ退避!」
「重傷者を優先しろ!」
蓮も指示を出す。
「戦闘ドローン前へ! ただし攻撃するな!」
『了解』
十二機の戦闘ドローンが村の北側へ展開する。
武装は使用可能。
しかし安全装置はまだ解除されていない。
美冬が蓮の隣へ来た。
フルフェイス型アーマーを装着しているが、顔部分は開いていた。
「本当に話すんですか?」
「一応な」
「相手、村を焼いてますけど」
「分かってる」
「九人死んでます」
「分かってるって」
美冬は蓮を見る。
「情が移ってません?」
蓮は少し考えた。
「……あるかもな」
人類居住区の近くで暮らしている、あの竜を思い出す。
人間を見つけると寄ってきて、食べ物をねだる。
子供たちから肉をもらえば機嫌よく尻尾を振り、蓮を見つければ巨体で近寄ってきて顔を舐めようとする。
少なくとも、本来のドラゴンが無条件に人を襲う生物ではないことを、蓮は自分の目で知っている。
目の前の竜も、元々はそうだった可能性が高い。
「だから確認する」
蓮が言った。
「駄目なら止める」
「どうやって?」
蓮は北を見る。
「俺がいる」
美冬がため息をついた。
「それ、最近一番信用できない言葉です」
「ひどくない?」
「魔王の時から大体それで無茶してます」
リシェルが横から頷く。
「私もそう思う」
「なんで二人で意気投合してんだよ」
地響きがした。
会話が止まる。
遠くの森から、鳥が一斉に飛び立った。
次の瞬間。
木々の上から巨大な頭が現れた。
赤黒い皮膚。
二本の角。
そして濁った目。
「来た」
リシェルが呟いた。
炎竜が翼を広げる。
大きく羽ばたく。
だが巨体が持ち上がる瞬間、蓮には別のものが見えていた。
周辺の環境ナノマシンが一斉に反応している。
局所重力場が変化。
数十トンある身体が、自らの重量を失ったかのように浮き上がる。
「やっぱり」
蓮が言う。
「翼だけで飛んでるんじゃない」
美冬も解析結果を見る。
「重力制御……かなり強いですね」
「ああ」
竜が村の前へ降りる。
地面が揺れた。
人類側の戦闘ドローンが一斉に照準を合わせる。
『対象との距離、二百八十メートル』
蓮が前へ出た。
「レン!」
リシェルが呼ぶ。
「大丈夫」
「大丈夫じゃないでしょ!」
「話すだけだ」
アーマーの顔部分が自動的に閉じる。
視界が一瞬暗くなり、すぐに外部映像へ切り替わった。
蓮は歩く。
二百メートル。
竜が気づいた。
巨大な頭を動かし、匂いを嗅ぐ。
「ニン……ゲン……」
蓮が止まる。
「そうだ」
竜の瞳が動く。
「俺は人間だ」
「ニンゲン……」
竜が一歩近づく。
戦闘ドローンが反応した。
『攻撃許可を要求』
「まだだ」
蓮は竜を見る。
「俺の言葉、分かるか?」
竜が首を傾げる。
「ワカル……」
蓮は少し驚いた。
「名前は?」
反応がない。
「お前の名前だ」
竜が考える。
「ナ……マエ……」
長い間を置いて。
「ナイ……」
「そうか」
会話できる。
高度な言語能力ではない。
それでも意思疎通は可能だった。
蓮は一歩近づく。
「痛いところはあるか?」
竜が頭を動かした。
「イタイ……」
「どこだ?」
竜が前脚で頭を掻く。
「ナカ……」
蓮の表情が変わった。
「頭の中か?」
「ナカ……イタイ」
竜が低く唸る。
「ズット……」
蓮は拳を握った。
後方から美冬の通信が入る。
『蓮さん。それ以上近づかないでください』
「もう少しだけ」
『嫌な予感しかしません』
蓮は竜を見る。
「俺なら治せるかもしれない」
竜が蓮を見る。
「ナオス……?」
「ああ」
「イタイ……ナイ?」
「やってみないと分からない。でも調べさせてくれ」
竜が動かなくなった。
考えている。
長い沈黙。
やがて、巨大な頭をゆっくりと下げた。
蓮が息を吐く。
「よし」
一歩。
さらに一歩。
十メートル。
五メートル。
巨大な頭が目の前にある。
濁った瞳。
蓮が手を伸ばす。
その瞬間だった。
竜の身体が激しく痙攣した。
「グ……」
蓮が止まる。
「どうした?」
「イタイ……」
竜が頭を振る。
「イタイ!」
周辺の環境ナノマシンが急激に動き始める。
《周辺ナノ密度急上昇》
美冬の声が飛ぶ。
『まずい!』
「レン、戻って!」
リシェルが叫ぶ。
竜が自分の頭を地面へ叩きつけた。
「イタイ!」
一度。
「イタイ!」
二度。
地面が割れる。
蓮は下がらない。
「聞け!」
竜が顔を上げた。
一瞬。
濁っていた瞳に、わずかに光が戻った。
「ニン……ゲン……」
「そうだ」
「スキ……」
蓮が動きを止める。
次の瞬間。
瞳が再び濁った。
「ニンゲン……」
口が開く。
「コロス」
《高エネルギー反応》
「蓮!」
白い光。
蓮は反射的に右腕を上げる。
周囲の環境ナノマシンを掌握。
防壁形成。
直後。
竜の口から白熱した奔流が放たれた。
視界が真っ白に染まる。
衝撃。
蓮の身体が後方へ吹き飛んだ。
地面を何度も転がる。
「レン!」
リシェルの叫び。
美冬が武器を構えた。
「全機!」
戦闘ドローン十二機の安全装置が一斉に解除される。
炎竜が咆哮した。
空気が震える。
蓮が地面へ手をつく。
ゆっくりと立ち上がる。
アーマー表面が赤熱していた。
《外装損傷率12%》
「……痛ってえ」
炎竜が蓮を見る。
口元へ再び光が集まり始める。
蓮は顔を上げた。
「イザナミ」
『はい』
「交渉失敗」
『同意します』
蓮の周囲でナノマシンが渦を巻く。
戦闘ドローンが展開。
美冬たちの武装が起動する。
炎竜が翼を広げる。
重力場が歪み、地面から小石が浮き上がった。
蓮は拳を握る。
「まず、動きを止める」
まだ、この時の蓮は考えていた。
殺さずに済むかもしれない。
少なくとも。
自分たちの兵器とナノマシンがあれば、制圧することくらいはできる。
その考えが甘かったことを。
蓮はすぐに思い知らされることになる。
――第十七話 竜と人 了




