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星間移民船アマテラス〜人類が眠っている間に、移住先がファンタジー世界になっていた件〜  作者: 只野屍


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第15話 ひとりじゃない

「……行ってきます」



高橋ひよりは玄関の前でそう言ってから、しばらく動かなかった。


返事はない。


当然だった。


振り返ると、広すぎる部屋が見える。


この住居は四人家族を想定して割り当てられたものだった。


父と母と、三歳年下の弟。


そして自分。


食卓には椅子が四脚ある。


個室も四つある。


リビングには、父が新天地に着いたら欲しいと言っていた大きなソファまで置けるだけの空間がある。



そこに住んでいるのは、ひより一人だった。



「……よし」



ひよりは前を向き、玄関を出た。


扉が静かに閉じる。



今日から学校へ行く。



正確には、学校という名称ではない。


《新天地総合学術院》


生き残った人類の教育、研究、技術継承を目的として設立された施設だ。


初等教育段階の子供から大学院相当の研究者まで、同じ施設を利用する。


人口三千七百四十二人。


年代ごとに巨大な学校を作るほど、人はいない。



ひよりは十七歳だった。


アマテラスに乗った時も十七歳。


長い長い時間を休眠状態で過ごしたため、当然ながら肉体年齢もほぼ変わっていない。



だが地球で最後に学校へ行った日のことは、ひどく昔のことのように感じた。



家を出る。


街はすでに動き始めていた。


道路を無人輸送車が走り、小型の作業機械が街路樹の手入れをしている。


上空を配送ドローンが通過する。


遠くでは建設機械が新しい建物を組み上げていた。



立派な街だった。



立派すぎる、とひよりは思う。



道路は広い。


公園もある。


住宅はいくらでもある。


上下水道、医療施設、食料生産設備、発電施設。


十二万人規模への拡張を前提に設計された都市だ。



なのに、人がいない。



朝の通学時間だというのに、歩道を歩いている人間は数えるほどしかいなかった。



ひよりの横を自動運転車が通り過ぎる。


乗っているのは一人だけ。



静かだ。



地球で暮らしていた街なら、この時間はもっと騒がしかった。



電車。


自動車。


自転車。


学生。


会社員。



もう、どこにもない。



ひよりは首を振った。



「やめよう」



今日は学校へ行く。



そのために家を出たのだ。



公共移動車に乗り込む。


「新天地総合学術院」


『目的地を設定しました』


車両が静かに動き出した。



窓の外を見る。



街の北側に、森が見えた。



いや。


まだ森ではない。



小さな苗木が広大な土地を埋め尽くしている。



十一万七千九百四十二本。



昨日、ひよりもそこにいた。



父。


母。


弟。



三人とも、あそこに眠っている。



親戚もいない。



アマテラスに乗った親族の中で、生存したのはひよりだけだった。



地球に残った親戚ならいた。


だが、今となっては意味のない話だ。



何千年。



あるいはそれ以上。



自分が眠っていた間に、彼らも、その子供も、そのまた子供も、とうの昔に人生を終えている。



つまり。



この宇宙に。



高橋ひよりと血のつながった人間は、おそらく一人もいない。



昨日までは、その事実を考えるたびに胸の中に穴が開くような感覚があった。



今日も消えてはいない。



たぶん。



簡単には消えない。



それでも。



一人だからといって、一人でいなければならない理由はない。



そう思ったから。



ひよりは学校へ行くことにした。




      ◇




新天地総合学術院は、学校というより研究施設に見えた。


白を基調とした巨大な建物。


実験棟。


図書情報棟。


体育施設。


食堂。


研究区画。



設備だけなら、地球にあった大学より遥かに充実している。



ただし。



「少な……」



玄関ホールにいる学生は三十人ほどだった。



全学年を合わせても、これだけしかいない。



『高橋ひよりさん。教育区画B、第三講義室へ移動してください』


「はい」



案内表示が視界に現れる。



ナノインターフェースが建物のシステムと接続され、床に矢印が表示された。



第三講義室。



ひよりが入る。



すでに八人いた。



「おはよう」



声をかけてきたのは、短い髪の少女だった。



「お、おはよう」



ひよりは少し戸惑いながら席へ座る。



さらに二人入ってきた。



合計十一人。



これが、ひよりと同程度の教育段階にいる学生のほぼ全員だった。



教師が入ってくる。



四十代くらいの女性。



「おはようございます。今日から通常教育課程を再開します」



全員が教師を見る。



「とは言っても、私は専任教師ではありません」



教師が苦笑する。



「本職は惑星生態系調査部の微生物学者です。週三日はこちらで生物学を担当します」



一人の男子生徒が手を上げた。



「先生足りないんですか?」



「足りません」



即答だった。



少し笑いが起こる。



「何もかも足りません。教師も医師も技術者も行政職員も研究者も。だから皆さんにも将来、色々やってもらいます」



「重いなあ」



「三千七百人しかいませんからね」



笑いが止まった。



教師も一瞬黙る。



「あ……ごめんなさい」



「大丈夫です」



誰かが言った。



この社会では、こういうことが時々起こる。



三千七百四十二人。



ただの人口を示す数字。



しかし同時に。



全員にとって別の意味を持つ数字でもある。



教師が授業を始める。



ひよりは端末を開いた。



久しぶりの授業だった。



遺伝学。


生態学。


惑星環境。



聞いているうちに、不思議と集中できた。



勉強している間だけは、余計なことを考えなくて済む。



それだけでも、学校へ来た意味はあった。




      ◇




昼休み。



「高橋さん、一緒に食べない?」



朝に声をかけてくれた少女だった。



「いいの?」



「いいのって何が?」



「いや……」



「行こう」



半ば強引に連れていかれた。



食堂には学生だけではなく研究者や職員もいる。



それでも空席の方が圧倒的に多い。



「私、佐伯真央」


「高橋ひより」


「知ってる。名簿見たから」



二人が席につく。



さらに男子生徒二人が合流した。



四人。



ひよりは少し緊張した。



何を話せばいいのか分からない。



地球にいた頃なら簡単だった。



学校。


ゲーム。


音楽。


テレビ。



今は。



「高橋さんって家族は――」



男子の一人が言いかけた。



隣の男子が肘で突いた。



「あ」



空気が止まる。



「ごめん」



ひよりは少し迷ってから答えた。



「全員、駄目だった」



「……そっか」



「うん」



それ以上、誰も聞かなかった。



代わりに真央が言った。



「うちはお母さんだけ起きた」



男子の一人が続く。



「俺は姉貴だけ」



もう一人。



「うちは……全員」



申し訳なさそうに言った。



ひよりが顔を上げる。



「全員生きてたの?」



「うん」



「すごいじゃん」



「でも……」



少年が目を逸らす。



「なんか、周り見てるとさ。俺だけ家族の話しちゃいけないような気がして」



ひよりは少し考えた。



「なんで?」



「だって」



「生きてたんでしょ?」



「うん」



「だったら喜べばいいじゃん」



少年がひよりを見る。



「私たちに気を遣って、家族が生きてたことまで悪いことにしなくていいと思う」



自分で言ってから。



少し驚いた。



そんなことを言えるとは思わなかった。



真央が頷く。



「そうだよ。羨ましいけどね」



「そこは言うんだ」



「そりゃ羨ましいもの」



少年が笑った。



ひよりも少し笑った。



その時だった。



食堂がざわついた。



入口から、見慣れない集団が入ってくる。



ひよりも見る。



そして。



「……エルフだ」



思わず口から出た。



尖った耳。



人間とよく似ている。



だが、違う。



何より。



「すっごい美人……」



真央が呟く。



「遺伝子設計されてるらしいよ」


「美形になるように?」


「そう」


「ずるくない?」


「何が?」



ひよりは笑いそうになった。



エルフは五人。



交流事業の一環として、教育施設を見学しに来たらしい。



その中の一人。



若い女性エルフが、こちらを見た。



目が合う。



歩いてくる。



「……こっち来るよ」



「なんで?」



「知らない」



そして。



ひよりたちのテーブルの前で止まった。



「ここ、座っていい?」



普通に日本語だった。



ひよりは驚く。



正確には、彼女のナノシステムが翻訳しているのだが、ひよりには日本語として聞こえる。



「ど、どうぞ」



エルフが座る。



「リシェル」



「え?」



「私の名前」



「あ、高橋ひよりです」



「タカハシヒヨリ」



「ひよりでいいです」



「じゃあ、ひより」



距離が近い。



ひよりは少し困った。



リシェルが食堂を見回す。



「ここ、学校なのよね?」



「そうです」



「何を勉強してるの?」



「今日は生物学とか」



耳が動いた。



「生物学?」



明らかに興味を持った。



「どういうもの?」



「えっと……生き物の仕組みとか」



「私も聞ける?」



「先生に聞かないと……」



「聞いてくる」



立ち上がった。



「今から!?」



「気になるから」



そのまま教師のところへ行ってしまった。



真央が呟く。



「……すごい人だね」



「うん」



ひよりは苦笑した。



だが。



その後ろ姿を見ているうちに。



ふと思った。



エルフ。



人間が作ったデザインヒューマン。



何千年もの間、この惑星で独自の文明を作ってきた人々。



同じような人類が、他にもいるという。



海。



山。



まだ人類が調査していない地域。



そして。



人類が作ったものではないかもしれない、謎の領域。



この惑星には。



知らないことが山ほどある。



ひよりは自分の端末を見る。



午前中に使った生物学の教材。



少しだけ。



続きを読んでみたくなった。




      ◇




午後。



リシェルは本当に授業へ参加していた。



教師も困ったらしいが、最終的には許可した。



「では、デザインヒューマンについて説明しましょう」



教師が言う。



リシェルがいる。



学生たちが見る。



リシェルが眉をひそめる。



「何?」



「いや……」



教師が苦笑する。



「ちょうどいいですね」



「私を教材にする気?」



「嫌ならやめます」



「別にいいけど」



教師が空中に遺伝子モデルを表示する。



「現在までの解析では、地上エルフと基幹人類の遺伝的差異は、外見から受ける印象ほど大きくありません」



ひよりは画面を見る。



「そもそも彼らは、人類を基礎として設計されたデザインヒューマンです」



モデルが比較される。



「長寿化」


「細胞修復能力の強化」


「ナノシステムへの先天的適応」


「感覚器官の調整」


「外見的特徴」



男子生徒が手を上げた。



「先生」



「はい」



「エルフって、人間とは別の種なんですか?」



教師が少し考える。



「生物学的な『種』という言葉を厳密に適用するなら、別種とするのは難しいでしょう」



「なんで?」



「生殖互換性が維持されています」



一瞬。



教室が静かになった。



「……え?」



真央が声を出す。



教師は淡々と続ける。



「人間と地上エルフの間で、正常な生殖が可能と判断されています。子孫にも生殖能力が維持される可能性が極めて高い」



男子生徒がリシェルを見る。



リシェルも男子を見る。



「何?」



「いや……」



「何なの?」



「何でもないです」



顔を逸らした。



真央が小声で言う。



「意識した」



「してねえよ!」



教室に笑いが起こった。



リシェルだけ意味が分からない。



「何で笑ってるの?」



「知らなくていいと思います」



ひよりも笑った。



本当に。



久しぶりに。



自然に笑った。




      ◇




授業が終わった。



ひよりは帰ろうとした。



「ひより」



真央が呼び止める。



「何?」



「ご飯食べて帰らない?」



男子二人もいる。



「街に人がやってる店あるんだって」



「自動調理じゃなくて?」



「うん。ラーメン屋」



地球では珍しくもなかった言葉。



なのに。



妙に懐かしく聞こえた。



ひよりは一瞬考えた。



家へ帰る。



誰もいない。



一人で夕食。



それも嫌ではない。



でも。



今日は。



「行く」



四人で学術院を出た。



そして。



玄関を出たところで全員止まった。



巨大な生物が寝ていた。



翼。



角。



長い尾。



巨大な身体。



「……何、あれ」



ひよりが呟く。



男子の一人が答える。



「知らない?」



「知らない」



「ドラゴン」



「それは見れば分かる」



「最高管理者の犬」



「犬?」



「らしい」



「どこが!?」



ドラゴンが片目を開けた。



ひよりたちを見る。



立ち上がる。



「ちょっと」



「大丈夫大丈夫」



「何が大丈夫なの!?」



ドラゴンが近づいてくる。



ひよりは固まった。



巨大な鼻先。



牙。



一口で人間など食べられそうだ。



ドラゴンが匂いを嗅ぐ。



「……食べられない?」



「たぶん」



「たぶん!?」



その時。



「こら!」



遠くから声。



蓮だった。



「そっち行くな!」



ドラゴンの耳に相当する部分が動く。



蓮を見る。



尻尾を振る。



ドン。



地面が揺れた。



「お前、街の人間怖がらせるなって言っただろ!」



ドラゴンが蓮へ走っていく。



「走るな!」



巨大な身体が突っ込む。



蓮が押し倒された。



べろり。



「やめろ!」



べろり。



「だから顔舐めるなって!」



真央が吹き出した。



男子二人も笑う。



ひよりも。



笑った。



声を出して。



腹を抱えて。



笑った。



家族が死んでから。



初めてだった。




      ◇




夜。



ひよりは家へ帰った。



「ただいま」



返事はない。



朝と同じ。



静かな家。



一人。



それは変わらない。



ひよりは制服代わりの上着を脱ぎ、リビングへ行った。



家族の写真がある。



地球で撮影したもの。



父。



母。



弟。



自分。



四人。



ひよりは椅子へ座った。



「今日ね」



写真を見る。



「学校行ったよ」



当然。



返事はない。



「十一人しかいなかった」



少し笑う。



「少なすぎでしょ」



写真の中の弟が笑っている。



「あとね」



少し考える。



「エルフと話した」



もし弟がいたら。



絶対に食いついただろう。



ゲームも漫画も好きだった。



「本物だったよ」



ひよりは笑う。



「耳、本当に尖ってた」



少しだけ。



胸が痛んだ。



弟にも見せたかった。



父にも。



母にも。



それでも。



今日は泣かなかった。



ひよりは端末を開く。



午前中の授業。



惑星生物学。



デザインヒューマン。



人工生態系。



まだ知らない生命。



教材を開く。



ページを進める。



「……面白い」



気づけば。



次の章。



さらに次。



時計を見る。



「え、もうこんな時間?」



ひよりは端末を閉じようとして。



やめた。



もう少しだけ。



知りたい。



この星のことを。



エルフのことを。



ドラゴンのことを。



人類が眠っていた数千年間に、何が起きたのか。



そして。



まだ誰も知らないものが、この世界にどれほど存在するのか。



昨日まで。



勉強する理由なんてなかった。



何もしないよりはいい。



それだけだった。



今は。



少し違う。



ひよりは教材の続きを開いた。



家族写真の前で。



一人で。



けれど。



もう、一人きりではなかった。



――第十五話 ひとりじゃない 了

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