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星間移民船アマテラス〜人類が眠っている間に、移住先がファンタジー世界になっていた件〜  作者: 只野屍


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第13話 神々の街

リシェルが人類の街へ正式に招かれたのは、文明抑制プロトコルが解除されてから十二日後のことだった。


その十二日間、彼女はほぼ毎日のように蓮へ催促していた。


「まだ?」


「まだ」


「明日は?」


「無理」


「明後日は?」


「たぶん無理」


「どうして?」


「受け入れ区域を作ってるからだよ」


「私、一度入ってるじゃない」


「君一人を連れて入るのと、正式に現地住民を受け入れるのは全然違うんだよ」


そんなやり取りを繰り返し、ようやく人類側の準備が整った。


もっとも、街全体が開放されたわけではない。


人類居住区は大きく三つに分けられた。


移民たちが暮らす居住区域。


工場、発電設備、ナノマシン製造施設などが集中する管理区域。


そして今回新たに設けられた交流区域。


エルフが立ち入れるのは、原則として交流区域だけだった。



最初の訪問団は八名。


王国側から派遣された文官二名。


神殿から神官二名。


護衛の騎士二名。


そして、民間代表という妙な肩書を与えられた若者が二名。


そのうち一人がリシェルだった。


もう一人は、鍛冶職人の息子であるトールという青年だった。


二十歳。


身体は大きいが、性格は驚くほど慎重だった。


「なあ、リシェル」


「何?」


「本当に大丈夫なんだろうな」


「何が?」


「神々の街だぞ」


「人間の街よ」


「同じだろ」


「全然違う」


「創造神が住んでるんだろ?」


「本人の前で言うと嫌な顔するわよ」


「なんで?」


「知らない」


二人がそんな話をしている間にも、人類の街は近づいていた。


エルフ側の都市から人類居住区までは、人類の小型輸送艇を使えばそれほど時間はかからない。


しかし訪問団のほとんどは、空を飛ぶ乗り物に乗った経験などなかった。


窓に張りついて地上を見ている者。


座席から動こうとしない者。


神へ祈り続けている神官。


反応は様々だった。



「間もなく到着します」


船内に女性の声が流れた。


神官の一人が身体を硬くする。


「今の声は?」


リシェルが答えた。


「イザナミ」


「どこにいる?」


「どこって……」


リシェルも説明に困った。


「船の中?」


「姿が見えない」


「姿はないわよ」


神官の顔色が変わった。


「肉体を持たぬ神霊……」


「だから違うってば」


すでに面倒なことになっていた。



輸送艇が高度を落とす。


やがて窓の向こうに、人類の街が現れた。


誰も喋らなくなった。


平原に広がる白と銀色の都市。


整然と伸びる道路。


数十メートルの高さを持つ建物。


その間を音もなく移動する車両。


空中には小型ドローンが飛び交い、遠方には巨大な建設機械が新しい建物を組み上げている。


煙突はほとんどない。


煤もない。


馬車もない。


城壁すらない。


エルフたちの知る都市とは、何もかもが違っていた。


トールが呟く。


「……これを二か月ちょっとで作ったのか?」


「そうみたい」


「嘘だろ」


「私に言わないでよ」


輸送艇が着陸した。



ハッチが開く。


その先に蓮がいた。


普段着だった。


その隣には美冬と数名の人類側担当者がいる。


リシェルが手を上げる。


「レン!」


神官二人が凍りついた。


リシェルは構わず歩いていく。


「遅い」


「何が?」


「十二日」


「早い方だよ」


「三日でできるって言ってた」


「言ってない」


「言った」


「言ってない」


「言った気がする」


「それは君の記憶だ」


その後ろで、神官たちが顔を見合わせていた。


創造神とされる男に対する態度ではない。


しかも創造神の方も怒らない。


神官の一人が恐る恐る頭を下げた。


「偉大なる創造の御方、アマレイン様――」


「天城蓮です」


即答だった。


神官が止まる。


「アマ……」


「天城。蓮」


「しかし聖典には――」


「それ数千年の間に名前変わってるから」


リシェルが横から口を挟む。


「諦めた方がいいわよ。この人、創造神って呼ばれるの嫌がるから」


「この人……」


神官の顔が引きつる。


蓮は笑った。


「とりあえず、ようこそ。堅苦しいのは後にしましょう」



最初に案内されたのは交流施設だった。


巨大な建物ではない。


二階建ての比較的小規模な施設で、人類と現地住民の交流を前提に新しく設計されたものだった。


入口へ近づく。


扉が勝手に開いた。


エルフ全員が止まった。


蓮も止まる。


「どうした?」


トールが扉を見る。


「今、誰が開けた?」


「センサー」


「センサー?」


「人が来たのを検知して自動で開く」


トールが一歩後ろへ下がる。


扉が閉まった。


近づく。


開く。


下がる。


閉じる。


また近づく。


開く。


「おお……」


蓮が言った。


「気に入った?」


「どういう仕組みなんだ?」


「そこから?」


「知りたい」


リシェルが笑った。


「私と同じじゃない」


「一緒にするな」


「何よ」


二人を見ながら、蓮は少し安心した。


どうやら科学への好奇心そのものが消えているわけではないらしい。



施設内では、さらに騒ぎが続いた。


照明。


水道。


空調。


映像表示。


自動清掃機。


エレベーター。


特にエレベーターでは神官の一人が本気で祈り始めた。


二階へ着いて扉が開いた時には、


「空間転移……」


と呟いていた。


「いや、上に動いただけです」


蓮が説明する。


「しかし移動を感じなかった」


「重力制御してるので」


「やはり神の御業では?」


「だから科学です」


「その科学というものが神の御業なのでは?」


蓮は返答に詰まった。


リシェルが笑っている。


「レン、負けてる」


「うるさい」



そして昼。


人類側が用意した食事を前に、エルフたちはまた固まった。


料理自体は意図的に普通のものが選ばれていた。


肉。


野菜。


パンに近い穀物食品。


スープ。


ただし、一つだけ余計なものが置かれていた。


ソフトクリーム製造機。


美冬が置いた。


理由は「反応を見たかったから」。


最初に挑戦したのは当然リシェルだった。


「冷たい」


「そりゃそうだ」


「甘い」


「そういう食べ物だから」


もう一口。


さらに一口。


「……これ、どうやって作るの?」


「牛乳とか砂糖とか」


「機械の方」


蓮が嫌な予感を覚えた。


「なんで?」


「欲しい」


「駄目」


「まだ何も言ってない」


「持って帰ろうとしただろ」


「一台くらいいいじゃない」


「電気どうするんだよ」


「魔法で」


「無理だろ」


「じゃあ電気も教えて」


「順番がおかしい」


文明交流というものは、蓮が想像していたよりずっと俗っぽい理由から始まるのかもしれなかった。



一方。


トールは食事どころではなかった。


彼は窓の向こうで動いている建設機械をずっと見ていた。


巨大な多脚機械が金属製の梁を持ち上げている。


「レン殿」


「蓮でいいよ」


「……蓮」


「何?」


「あれを見せてもらうことはできるか?」


「建設機?」


「そうだ」


「見るだけなら」


トールの目が輝いた。


リシェルがソフトクリームを食べながら言う。


「分解しちゃ駄目よ」


「するわけないだろ!」


「したそうな顔してる」


「お前に言われたくない!」


蓮は二人を見て笑った。


これなら案外うまくいくかもしれない。


そう思った。



問題が起きたのは午後だった。



交流施設の警報が鳴った。


人類側の職員だけが即座に反応する。


蓮の視界に情報が表示された。


《警戒レベル2》


《大型飛行生物接近》


「何?」


美冬が立ち上がる。


「北東から大型生物。高度千二百。こっちへ向かってます」


リシェルたちにも窓の外が見えた。


遠い空。


黒い点。


それが急速に大きくなっていく。


エルフの騎士が立ち上がった。


「竜だ」


その言葉で、訪問団の空気が変わった。


神官たちも青ざめる。


「どの種類?」


蓮が聞く。


「分からない。あんなに大きいのは……」


リシェルも窓を見る。


やがて姿がはっきりした。


巨大な翼。


四本の脚。


長い首。


尾。


地球の伝説そのもののような姿だった。


体長は二十メートルを超えている。


翼を広げれば、その倍近い。


「ドラゴンだな」


蓮が言う。


「竜よ」


「同じだろ」


「ドラゴンって何?」


「今そこからやる?」



警備システムが起動する。


屋外の複数箇所から小型迎撃ドローンが上昇した。


『対象を追跡中』


イザナミの声。


『現時点で攻撃行動なし』


「撃つなよ」


蓮が言う。


『了解』


美冬が蓮を見る。


「近づけすぎじゃない?」


「まだ敵か分からない」


「市街地上空に入ったら?」


「追い払う」


蓮はドラゴンを見ていた。



奇妙だった。


ドラゴンは都市を襲おうとしているようには見えない。


旋回している。


何かを探しているようだった。


やがて。


ドラゴンがこちらを見る。



「……目、合った気がする」


「気のせいでしょ」


美冬が言った。



次の瞬間。


ドラゴンが翼を畳んだ。


急降下。



「こっち来た!」


リシェルが叫ぶ。



警備ドローンが一斉に展開する。


『対象、急速接近』


「迎撃準備だけ!」


蓮が走った。


「蓮!」


美冬が呼ぶ。


「外で見る!」


「なんで!?」


「中じゃ分からない!」


「そういうところだよ!」



蓮は交流施設を飛び出した。


ドラゴンが降りてくる。


巨大な翼が空気を叩き、強烈な風が吹いた。


蓮は腕で顔を庇う。


警備ドローンが周囲を包囲する。


その後ろからリシェルまで出てきた。


「なんで君も来た!」


「気になるから!」


「俺と同じことするなよ!」


「自分はいいの!?」



ドラゴンが着地した。


地面が揺れた。



大きい。


近くで見るとさらに巨大だった。


黒に近い深緑色の皮膚。


頭部から後方へ伸びる角。


爪だけでもリシェルの腕ほどある。



騎士たちは剣を抜いていた。


蓮は手を上げる。


「待って」


「しかし!」


「まだ攻撃してない」



ドラゴンが蓮を見る。


低い唸り声。


リシェルが小声で言う。


「レン」


「何?」


「食べられるかも」


「縁起でもないこと言うな」



ドラゴンが一歩進む。


警備ドローンの照準が集中する。



さらに一歩。



蓮もさすがにナノマシンを起動した。


空気中の環境ナノ群が集まり始める。


いつでも防御できる。



ドラゴンが首を伸ばした。



巨大な鼻先が蓮へ近づく。



「……近い近い近い」



匂いを嗅いでいる。



一度。



二度。



そして。



巨大なドラゴンは蓮の前で伏せた。



「……え?」



誰も動かなかった。



ドラゴンが頭を下げる。



蓮を見る。



尻尾が動いた。



地面を叩く。



ドン。



もう一度。



ドン。



リシェルが呟く。


「……喜んでない?」


「まさか」



蓮が恐る恐る手を伸ばす。



ドラゴンは逃げない。



鼻先へ触れる。



その瞬間。


蓮のナノシステムが反応した。



《生体識別完了》


《人工設計生物》


《系統コード:DRG-CANIS-07》


《管理者識別――最上位》


《親和行動を確認》



蓮は表示を見た。



「……CANIS?」



聞き覚えがある。


ラテン語で犬。



「おい」


蓮はイザナミを呼んだ。


『はい』


「こいつの設計データ出して」


『検索中』


数秒。



『該当しました』


「どういう生物?」


『大型警護・運搬・生態系管理用人工生物』


「性格は?」


『人類への高い親和性を持つよう設計されています』


蓮はドラゴンを見る。



ドラゴンはまだ尻尾を振っている。



ドン。


ドン。



「……犬じゃん」



リシェルが聞く。


「犬って何?」


「昔、地球にいた動物」


「竜みたいな?」


「全然違う」


「じゃあ何で?」


「性格が犬なんだよ」



蓮が頭を撫でる。



巨大なドラゴンは目を細めた。



そして次の瞬間。



べろり。



巨大な舌が蓮の顔を舐めた。



「うわっ!」



リシェルが腹を抱えて笑う。



「気に入られてる!」


「笑ってないで助けろ!」


「創造神なんだから何とかしなさいよ!」


「だから創造神じゃない!」



もう一度。


べろり。



「やめろって!」



ドラゴンの尻尾が嬉しそうに地面を叩く。



ドン。


ドン。



その振動で交流施設の窓がわずかに震えた。



美冬が建物の入口からそれを見ていた。



「……蓮さん」


「何!?」


「それ、街で飼うんですか?」


「飼わない!」


ドラゴンが蓮へ頭を擦りつける。



「絶対飼わないからな!」



数時間後。



そのドラゴンは人類居住区の広場で丸くなって眠っていた。



誰も追い出せなかった。



そして蓮はまだ知らなかった。



人類に友好的な竜が存在する一方で。



この惑星には。



テラフォーミングによって生み出された生物の中でも、REGULATORが《最上位危険種》に指定した竜が存在することを。



その一頭が。



人里へ向けて縄張りを広げ始めていることを。



――第十三話 了

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