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星間移民船アマテラス〜人類が眠っている間に、移住先がファンタジー世界になっていた件〜  作者: 只野屍


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第12話 止まっていた時計

「――以上が、KYLE ELDIAに関する主要記録である」



REGULATOR-01の声が止まった。


部屋に静寂が戻る。


リシェルは、しばらく何も言わなかった。


目の前には黒い人型機械が立っている。


エルフの伝承で《魔王》と呼ばれてきた存在。


その顔には、今も一本の傷が残っていた。


額から頬へ斜めに走る古い傷。


数千年前。


勇者カイルが、自ら作り上げた振動刀で刻んだ傷だった。



リシェルは子供の頃から勇者カイルの物語を聞いて育った。


魔王の軍勢が世界を焼き、巨人族を率いてエルフを滅ぼそうとした。


そこへ聖剣ヴァルグラムを携えた勇者カイルが立ち上がり、仲間たちと魔王城へ攻め込んだ。


勇者は魔王と三日三晩戦い、その顔へ消えることのない傷を刻んだ。


しかし魔王を倒すことはできず、力尽きた。


神殿で語られる話は、そういうものだった。



まったくの作り話ではなかった。


だからこそ厄介だった。



カイルは本当にいた。


魔王も本当にいた。


聖剣も存在した。


巨人も存在した。


魔王城も存在した。


ただし、聖剣は高周波振動刀であり、巨人は大型機械兵であり、魔王城は古代人類の管理施設だった。


そして魔王が戦争を起こした理由も、伝承とはまるで違った。



「……カイルは」


リシェルがようやく口を開いた。


「あなたを倒せなかったのね」


「肯定」


REGULATORが答える。


「KYLE ELDIAの攻撃による本機の主要機能損失は存在しない」


「でも、その傷はつけた」


「肯定」


リシェルは魔王の顔を見る。


「直せなかったの?」


「否定。修復は可能だった」


「じゃあ、どうして残したの?」


REGULATORはすぐには答えなかった。



蓮はその反応に気づいた。


「俺もそれ気になってた」


「損傷記録保存のためである」


「本当にそれだけ?」


「質問の意図が不明」


「だって数千年だぞ。記録ならデータで残せるだろ」


REGULATORは沈黙した。


リシェルも答えを待つ。



やがてREGULATORが言った。


「KYLE ELDIAは、当時の現地文明において最上位の脅威対象だった」


「それは聞いた」


「同時に、極めて高い技術的能力を有していた」


リシェルの耳がわずかに動いた。


「それって……」


「何だ?」


蓮が聞く。


リシェルが少し笑う。


「褒めてるんじゃない?」


「評価である」


「それを褒めてるっていうの」


「評価と感情的称賛は異なる」


「面倒くさいわね、あなた」


「発言の意味が不明」


蓮が吹き出した。



リシェルはもう一度、魔王の傷を見る。


少しだけ嬉しかった。


神話の勇者ではない。


研究者だった。


剣も自分で作った。


圧倒的な敵を前にしても、自分たちが学ぶことをやめさせるなと戦った。


そして魔王に、数千年間消されなかった傷を残した。


その方が、リシェルにはずっと格好よく思えた。



「カイルは、その後どうなったの?」


「戦闘終了後、共和国部隊によって回収された。三十七年後、死亡」


「三十七年……」


「死因は?」


蓮が聞いた。


「加齢および戦傷に起因する複合的臓器不全」


「じゃあ、あの戦いでは死ななかったんだな」


「肯定」


リシェルは小さく息を吐いた。



勇者は魔王との戦いで死んだ。


そう教えられてきた。


実際には、生きて帰った。


その後も三十七年生きた。



「何をしてたの?」


「教育」


「教育?」


「共和国崩壊後、生存者集団において基礎科学、数学、医療、工学知識の保存を試みている」


リシェルは目を見開いた。


「最後まで研究者だったんだ」


「肯定」


「でも……」


リシェルの表情が曇る。


「残らなかった」


現在のエルフ社会には、その科学はほとんど存在しない。



「本機が阻止した」


REGULATORは淡々と答えた。



空気が変わった。



リシェルが魔王を見る。



「……そうだったわね」


「当時の文明発展速度は設定された上限を大幅に超過していた」


「だから全部壊した?」


「肯定」


「学校も?」


「肯定」


「研究所も?」


「肯定」


「カイルが残そうとしたものも?」


「肯定」



リシェルの拳が握られた。



蓮は何も言わなかった。


ここは自分が口を挟むところではないと思った。



「あなたのせいで」


リシェルが言う。


「私たちは何千年も……」


言葉が止まる。



魔王を責めれば簡単だった。


だが、REGULATORは命令された仕事をしていただけでもある。


そして、その命令を作ったのは。



リシェルが蓮を見る。



「……レンたちなのよね?」


蓮は目を逸らさなかった。


「ああ」


「あなたが命令したの?」


「いや。俺が直接設定したものじゃない」


少し間を置く。


「でも、人類が作ったシステムなのは間違いない」


「じゃあ、あなたたちのせいでもある」


「そうなる」



言い訳はしなかった。



それが少し意外で、リシェルの怒りの行き先がなくなった。



「謝れば済む話じゃないと思う」


「俺もそう思う」


「……そう」


「だから、これからどうするか考えるしかない」



蓮はREGULATORへ向き直った。



「確認する」


「要求を受理」


「お前が現在も実行している文明抑制プロトコル。最高管理者権限で変更できるな?」


「可能」


「完全停止した場合の影響は?」


「現地知的文明に対する技術発展監視および介入を終了する」


「具体的には?」


「高位エネルギー技術、機械工学、情報工学、遺伝子工学、ナノ技術、重力制御技術その他の研究に対し、本機は介入しない」


リシェルが蓮を見る。


「それって……」


「君たちが何を研究しても、こいつが攻めてこなくなるってこと」


「……本当に?」


「そういうことだな」



リシェルはすぐには喜ばなかった。


むしろ困った顔をした。



蓮はその反応が意外だった。


「嬉しくない?」


「嬉しいとか、そういう問題じゃない」


「そうなの?」


「だって……何を研究するの?」



今度は蓮が黙った。



「あなたたちは機械とか、重力とか、ナノマシンとか普通に言うけど、私たちはそんなもの知らない」


リシェルは自分の手を見る。


「火を出せる。水を作れる。少し風を起こせる。それが魔法だと思ってた。ナノマシンなんて、レンに会うまで言葉すら知らなかった」


「確かに」


「魔王が研究を禁止しなくなったからって、明日から私たちがあなたたちみたいになれるわけじゃないでしょ」


「そりゃそうだ」



リシェルは少し考えてから続けた。



「それに、怖がる人も多いと思う」


「科学を?」


「古代の技術を」


リシェルがREGULATORを見る。


「昔から言われてるもの。古代の力を求めすぎれば、魔王が目覚める。神の領域へ踏み込んではいけないって」


「実際に魔王が来たからな……」


「そう。迷信じゃなかったのよ」


「それを何千年も続けてたわけか」


「たぶんね」



蓮は腕を組んだ。



単純に技術を渡せばいいと思っていた。


だが、考えてみれば当然だった。


人類の科学は積み重ねだ。



数学。


物理。


化学。


生物学。


材料工学。


電気工学。



数千年分の知識をいきなり渡しても理解できない。



ましてエルフにとって科学技術は、かつて魔王を呼び寄せた禁忌でもある。



「じゃあ急がない方がいいな」


蓮が言った。


「え?」


「無理に教えない」


リシェルが蓮を見る。


「いいの?」


「何が?」


「あなたたちの方が正しいって思わないの?」


「科学を知ってる方が便利ではある」


蓮は肩をすくめる。


「でも、どういう社会にするかまで俺たちが決めることじゃないだろ」


「創造神なのに?」


「その呼び方やめてくれない?」


「嫌」


即答だった。



蓮はREGULATORを見る。



「文明抑制プロトコルを解除する」


「確認。現地知的文明に対する文明抑制プロトコルを完全停止する」


「ああ」


「実行には最高管理者による最終認証を必要とする」


蓮の視界に認証画面が現れる。



数千年前。



人類がこの惑星をテラフォーミングするために作った規則。



その規則によって、エルフ文明は一度滅ぼされた。



勇者カイルが命を懸けて抗ったもの。



蓮は認証した。



「天城蓮。最高管理者権限で承認」



REGULATORの赤いセンサーが一度消えた。



数秒後。



再び灯る。



「文明抑制プロトコルを終了」


リシェルが息を呑む。


「現地知的文明の技術発展に対する制限――解除」


それだけだった。



雷が落ちるわけでもない。


空が光るわけでもない。


何千年も続いた何かが終わったというのに、世界は何も変わらなかった。



リシェルは自分の手を見る。



「……終わったの?」


「終了した」


「これだけ?」


「肯定」


「もっとこう……何かないの?」


「要求の意味が不明」


「分かってる。言ってみただけ」



蓮が笑った。



「明日から好きなだけ研究できるぞ」


「だから何を研究するのよ」


「そこから考えればいい」


「適当ね」


「最初なんてそんなもんだろ」



リシェルは少し考える。



そして蓮を見る。



「じゃあ、ナノマシン」


「ん?」


「もっと知りたい」


「早いな」


「だって気になる」


「危ないことは教えないぞ」


「なんで?」


「君、絶対試すだろ」


「試さない」


「目を見て言え」


リシェルは蓮を見る。


三秒。



「……たぶん」


「駄目だ」



リシェルが頬を膨らませる。



その様子を見ながら、蓮は思った。



たぶん、こういうところから始まるのだ。



国が突然変わるわけではない。


神殿が明日から科学研究所になるわけでもない。


鍛冶職人が突然、重力制御装置を作れるようになるわけでもない。



ただ。



一人が興味を持つ。



そして、もう一人。



十人。



百人。



それでいい。



「そうだ」


蓮が言った。


「何?」


「今度、こっちの街に来る?」


リシェルの耳がぴくりと動いた。


「入っていいの?」


「全部は無理だけどな」


人類都市はまだ建設中だ。


危険区域も多い。


軍事設備。


ナノマシン製造施設。


軌道通信設備。


エネルギー施設。


現地人へ無制限に開放するわけにはいかない。



「交流区域を作る。そこなら入れるようにする」


「本当に?」


「たぶん」


「いつ?」


「これから決める」


「明日?」


「無理」


「明後日?」


「だからこれから決めるって」


「三日後?」


「話聞けよ」


リシェルが笑った。



「他の人も連れてきていい?」


「最初は少人数」


「何人?」


「それもこれから決める」


「五人?」


「リシェル」


「何?」


「ちょっと黙ろうか」


「嫌」


蓮はため息をついた。



REGULATORが二人を見ている。



「最高管理者」


「何?」


「確認事項が存在する」


「今?」


「文明抑制プロトコル終了に伴い、未処理管理項目の再評価を開始した」


「それで?」


「長期間保留されている惑星環境異常が一件存在する」


蓮の表情が変わった。



「環境異常?」


「肯定」


空中に惑星地図が表示される。



大陸。


海。


山脈。



その一角だけが赤く表示された。



リシェルが地図を見る。



「あそこ……」



蓮が振り向く。



「知ってる?」


「知ってるっていうか……誰でも知ってる」


「何て場所?」


リシェルは少し嫌そうな顔をした。



「《嵐の果て》」



地図が拡大される。



巨大な区域だった。



直径およそ六百キロメートル。



黒い雲が渦を巻いている。



中心部では猛烈な雷。



暴風。



降水量は異常。



それなのに。



嵐は外へほとんど移動していない。



「何だこれ」


蓮が呟いた。



「ずっとこうなの?」


「昔から」


リシェルが答える。


「近づく人はいない。鳥も入らない。魔獣も避ける。入った人間は帰ってこないって言われてる」


「迷信?」


「知らない。でも誰も確かめようとしない」



蓮はREGULATORを見る。



「テラフォーミングは?」


「失敗」


蓮の眉が動いた。



「……今なんて?」


「当該区域に対するテラフォーミング処理は完了していない」


「まだ?」


「肯定」


「何千年経ってると思ってんだ」


「認識している」


「原因は?」


「不明」


蓮は地図を見る。



「ナノマシンは投入した?」


「複数回実施」


「結果」


「全機能停止」


「探査機は?」


「投入」


「結果」


「喪失」


「何機?」


「三百七十二機」


蓮の顔から表情が消えた。



リシェルが恐る恐る聞く。


「多いの?」


「かなり多い」



REGULATORが続ける。



「大型地上探査機二十三機を追加投入」


「それも?」


「全機喪失」


「航空機は?」


「十八機喪失」


「地下からは?」


「掘削探査機七機を投入」


蓮は嫌な予感がした。



「結果」


「全機喪失」



部屋が静かになった。



蓮はもう一度、惑星地図を見る。



この世界の大抵の異常には理由があった。



エルフ。


ゴブリン。


ドラゴン。


スライム。


魔法。



全部、人類の技術で説明できた。



おかしなものがあれば、たいてい人類が作っていた。



だからこそ。



蓮は初めて見る赤い区域から目を離せなかった。



「イザナミ」


『はい』


「アマテラスの記録を調べろ。俺たちがこの惑星へ到着した時まで遡って」


『検索を開始します』


「テラフォーミング開始以前の観測記録も全部」


『了解』



リシェルが蓮を見る。



「行くの?」


「今は行かない」


意外な答えだった。



「珍しい」


「何が?」


「レンならすぐ行くかと思った」


「俺を何だと思ってるんだ」


「気になったら調べずにいられない人」


「それ君だろ」



蓮は再び地図を見る。



六百キロに及ぶ嵐。



数千年間。



テラフォーミングを拒み続けている土地。



「まず調べる」


蓮は言った。



「それからだ」



その時。



アマテラスから通信が入った。



『最高管理者。該当区域に関する初期観測記録を発見しました』



「早いな。出して」



映像が表示される。



人類がこの惑星へ到着した直後。



まだテラフォーミングが始まる前の惑星。



蓮は映像を拡大する。



そして黙った。



リシェルには何がおかしいのか分からない。



「どうしたの?」



蓮は答えなかった。



映像には。



同じ場所に。



同じ形の嵐があった。



テラフォーミングによって生まれたものではない。



人類が来る前から。



そこにあった。



『追加情報があります』


イザナミが告げる。



「何?」



『到着時の電磁波観測記録を解析した結果、嵐の中心部から周期的な電磁波が検出されていました』



蓮が振り返る。



「雷じゃないのか?」



『否定』



「自然現象?」



短い沈黙。



そして。



『自然発生する信号パターンと一致しません』



リシェルには、その意味が分からなかった。



だが。



蓮には分かった。



数千年前。



人類がこの惑星へやって来るよりも前から。



あの嵐の中心には。



何かがあった。



そしてそれは。



少なくとも。



人類が作ったものではなかった。



――第十二話 了

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