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星間移民船アマテラス〜人類が眠っている間に、移住先がファンタジー世界になっていた件〜  作者: 只野屍


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11/83

第11話 勇者と魔王

ヴァルナが消えてから八か月。


エルディア共和国の領土は、かつての三分の一まで縮小していた。



東部は完全に失った。


北部の工業地帯もない。


発電所の半数以上が破壊され、鉄道網は寸断されている。


大学、研究所、工場。


魔王軍は、それらを優先的に破壊した。


人を殺すことが目的ではない。


国を奪うことが目的でもない。


科学技術を維持する能力そのものを奪う。


それがREGULATOR-01の戦争だった。



共和国最後の地下研究所。


カイルは一本の剣を見つめていた。


第十九試作高周波振動刀。


全長一〇八センチ。


刀身には高強度複合合金。


内部には複数の振動素子。


第十二号とは比べものにならない。


ヴァルナを失った後も、カイルたちは改良を続けた。


十三号。


十四号。


十五号。


何度も壊れた。


十六号では振動素子が焼けた。


十七号は使用中に刀身が砕け、カイル自身が左肩を負傷した。


十八号は実戦投入されたが、大型機械兵を三体倒したところで機能停止。


そして十九号。


ミレアが計測器を見る。


「出力九十二パーセント」


刀身が低く唸っている。


「温度?」


「許容範囲」


「振動同期?」


「正常」


「連続稼働?」


ミレアは少し間を置いた。


「八分十四秒」


カイルが笑った。


「十分だ」


「十分じゃない」


「久しぶりだな、それ」


「ずっと言ってる」


カイルは振動刀を止めた。


研究室が静かになる。


ガレスが壁にもたれている。


セイルもいた。


右腕は治っているが、以前のようには動かない。


そしてミレア。


四人とも生きていた。


それだけで幸運だった。


「本当に行くのか?」


ガレスが聞いた。


「ああ」


「魔王城に?」


「ああ」


「一人で?」


「その方がいい」


ガレスはカイルを睨んだ。


「馬鹿か」


「知ってる」


「そういう意味じゃねえ」


カイルは笑った。


「軍を連れていけば見つかる。少人数なら地下保守路から入れる」


セイルが地図を表示する。


「古代遺跡の配管図から推定した経路だ。正しい保証はない」


「十分」


「お前、今日それしか言ってないぞ」


「便利な言葉だからな」


誰も笑わなかった。



ミレアがカイルを見る。


「目的は?」


「REGULATOR-01の停止」


「倒せると思ってる?」


カイルは十九号を見る。


「分からない」


「……そう」


「でも、やる」


「どうして?」


カイルは少し考えた。


「このままなら、俺たちは負ける」


誰も否定しない。


「あと十年も必要ない。数年だ。工場がなくなる。発電所がなくなる。技術者が死ぬ。学校が消える。そうなったら終わりだ」


カイルは机の上にある古い写真を見る。


王立技術院。


まだ戦争が始まる前。


研究員たち。


ミレア。


自分。


みんな笑っていた。


「俺たちは、世界を知りたかっただけだ」


カイルは静かに言った。


「雷がなぜ落ちるのか。星が何なのか。病気がどうして起きるのか。古代人が何を作ったのか」


十九号を握る。


「それを知るなって言う奴に、俺たちの未来を決められたくない」


ミレアは何も言わなかった。



その夜。


カイルは一人で研究所を出た。



魔王城までは三日かかった。


森。


荒野。


廃墟。


かつて街だった場所を通った。


夜になると、遠くに赤い光が見えた。


機械兵。


カイルは可能な限り戦闘を避けた。


目的は一つ。


魔王。


REGULATOR-01。



三日目の夜。


黒い山脈へ到達した。


山腹に巨大な構造物が埋め込まれている。


後世、《魔王城》と呼ばれる場所。


だがカイルには分かっていた。


これは城ではない。


古代人が作った施設だ。


「……ようやく来たぞ」


返事はない。


カイルは地下保守路へ入った。



内部は異様だった。


数千年前の施設。


それなのに、一部はまだ生きている。


照明。


扉。


空調。


カイルたちの文明とは比較にならない。


壁の向こうを何かが動く。


カイルは振動刀を抜いた。


小型機械兵。


四脚型。


赤いセンサーがこちらを向く。


『侵入者を確認』


「見れば分かるだろ」


機械兵が飛びかかる。


カイルは一歩踏み込んだ。


十九号を起動。


振る。


機械兵が真っ二つになった。


「……いいぞ」


さらに二体。


一体目の脚を落とす。


返す刃で二体目の胴体を切断。


警報が鳴る。


『侵入者』


『武装個体』


『排除』


「今さら静かに行くのは無理か」


カイルは走った。



格納庫。


大型機械兵が立ち上がる。


高さ八メートル。


「でかいな」


十九号を構える。


「でも見慣れた」


機械兵の腕が振り下ろされる。


カイルは横へ跳ぶ。


床が砕ける。


腕へ飛び乗る。


走る。


肩。


首。


十九号を突き立てる。


金属が裂けた。


大型機械兵が壁へ倒れる。


「昔なら大騒ぎだったのにな」


カイルは息を整える。


「慣れって怖いな」



さらに奥へ。


機械兵。


自動砲台。


防衛ドローン。


カイルは進み続けた。


十九号の残存稼働時間が減っていく。


七分。


六分。


五分。


「もってくれよ」


最後の扉が開いた。



広い空間だった。


天井まで数十メートル。


中央に一体の黒い人型が立っている。


身長二メートルを少し超える。


細身。


黒い装甲。


額に赤いセンサー。


カイルは何度も映像で見ている。


REGULATOR-01。


魔王。



『KYLE ELDIA』


カイルの足が止まる。


「俺を知ってるのか」


『王立技術院研究員。共和国軍第一特殊工兵隊。高周波振動兵器開発責任者』


「詳しいな」


『文明抑制対象として記録』


「光栄だ」


REGULATORが一歩前へ出る。


『武器を放棄せよ』


「嫌だ」


『抵抗は無意味』


「それを決めるのは俺だ」


『本機の目的は、現地知的生命体の絶滅ではない』


「知ってる」


カイルは十九号を構える。


「だから余計に腹が立つ」


『理解不能』


「お前は俺たちを生かす。でも、何も作れないようにする」


『肯定』


「何も知るなって?」


『高度技術発展は惑星生態系および将来移住者への危険要因となる』


「未来の誰かのために、今生きてる俺たちを馬鹿に戻すのか?」


『表現は不適切』


「同じだよ」


REGULATORは数秒沈黙した。


『本機の判断は変更されない』


「なら」


十九号が唸る。


「壊す」



カイルが走った。


REGULATORの右腕から刃が展開した。


細い。


異様に薄い。


カイルには分からない。


だが数千年後、蓮なら一目で理解しただろう。


単分子ブレード。



刃と刃がぶつかった。



高い音が響く。


カイルの腕へ衝撃が走った。


「っ!」


REGULATORが斬る。


速い。


カイルは十九号で受ける。


火花。


一歩後退。


二撃目。


三撃目。


「化け物……!」


『本機は惑星環境統制機である』


「知るか!」


カイルが踏み込む。


十九号を振り上げる。


REGULATORが受ける。


振動刀と単分子刃が噛み合う。


普通なら十九号が切断される。


だが。


単分子ブレードに小さな欠けが生じた。


REGULATORが動きを止める。


『異常』


カイルも気づいた。


「……いける」


振動。


単分子レベルの刃であっても、保持構造そのものは無敵ではない。


十九号の高周波振動が、刃の基部へ微細な損傷を蓄積させている。


「お前も壊れるんだな」


REGULATORが距離を取る。


カイルが追う。


斬る。


受けられる。


さらに斬る。


何度も。


単分子ブレードへ亀裂が広がる。


そして。


十九号を全力で叩きつけた。



REGULATORの単分子ブレードが砕けた。



破片が床へ落ちる。


カイルは息を呑んだ。


勝てる。


そう思った。


古代人の機械。


魔王。


何千もの兵を殺した存在。


それでも壊せる。


「終わりだ!」


カイルが踏み込んだ。



REGULATORの左手が動いた。



カイルには何をしたのか分からなかった。


ただ、十九号の刀身が途中から滑るように落ちた。



「……は?」



断面は異様なほど滑らかだった。


何かが十九号を横切った。


見えない。


細すぎて。


カイルの目では認識できない。



単分子ワイヤー。



REGULATORの指先から伸びた一本の線。


十九号は、それに触れただけで切断された。



「……冗談だろ」


『高周波振動兵器の脅威度を更新』


カイルは折れた十九号を見る。


あれほど苦労して作った。


十九回。


何年も研究した。


仲間が死んだ。


工場を失った。


街まで失った。


そのすべてを積み重ねて完成させた剣。


それが。


見えない糸一本で終わった。



REGULATORが腕を動かす。


カイルは反射的に後ろへ跳んだ。


遅かった。



強化外骨格の胸部装甲が斜めに裂けた。


血が噴き出す。


「ぐっ……!」


カイルが倒れる。


さらにワイヤー。


床が切れる。


柱まで切断される。


「こんなの……」


立ち上がる。


「どうやって勝てってんだよ……!」


REGULATORが近づく。


『降伏を推奨』


「嫌だ」


『勝利確率は極めて低い』


「知るか」


『合理性を欠く』


カイルは笑った。


血が口元から流れる。


「勇者だからな」


『職業記録と不一致』


カイルは一瞬きょとんとした。


そして笑った。


「そうだった。俺、研究員だったわ」



REGULATORが止まる。


カイルは折れた十九号を握った。


残った刀身。


四十センチ。


まだ振動している。


残存時間。


二十三秒。



カイルは走った。



ワイヤーが来る。


右。


避ける。


二本目。


強化外骨格の左腕が切断される。


内部の人工筋肉が散る。


腕そのものは辛うじて残った。


「まだ!」


前へ。


REGULATORが拳を振る。


カイルの肋骨が折れた。


身体が吹き飛ぶ。


床へ転がる。


息が途切れそうになる。


それでも立つ。


十九号。


残り十二秒。


「まだだ!」


走る。


REGULATORがワイヤーを展開。


カイルは直前で身を沈めた。


髪が切れる。


一歩。


二歩。


三歩。


懐へ入った。



REGULATORの赤いセンサーがカイルを見る。



「捕まえた」



折れた十九号を振り上げた。



REGULATORが頭を逸らす。



間に合わない。



振動刀が顔面装甲へ食い込んだ。



黒い装甲が裂ける。


額。


赤いセンサーの横。


頬。


深い傷が走った。



REGULATORが初めて大きく後退した。



カイルは笑った。


「……どうだ」


十九号が停止する。


振動が消えた。


「俺たちの……剣だぞ」



REGULATORは顔へ触れた。


損傷。


深度一・七センチ。


主要機能への影響なし。


修復可能。



だが。


REGULATORは修復しなかった。



カイルが膝をつく。


もう立てない。


REGULATORが彼を見下ろす。


『理解不能』


「何が……」


『勝利不能と判断した後も、攻撃を継続した理由』


カイルは荒い息をしながら答えた。


「お前には……分からないよ」


『説明を要求』


「嫌だ」


『理由』


カイルは少し笑った。


「自分で考えろ」



REGULATORは沈黙した。



そして。


単分子ワイヤーを収納した。



『KYLE ELDIA』


「何だよ」


『文明抑制対象としての脅威度を最高段階へ更新』


「光栄だ」


『同時に、本機の判断モデルに矛盾が発生』


カイルが顔を上げる。


『現地知的生命体の技術発展を危険因子として抑制することは、惑星保全任務上合理的』


「……」


『しかし、その知的活動そのものが、現地知的生命体の主要行動特性である可能性を確認』


カイルは少し笑った。


「今さら気づいたか」


『判断不能』


「なら考え続けろ」


カイルは壁にもたれた。


「お前、長生きなんだろ」


『設計上、長期稼働可能』


「じゃあ時間はある」


REGULATORは答えなかった。



遠くで爆発音がした。


共和国軍。


カイルを追ってきたガレスたちが、外部防衛網へ攻撃を始めたのだろう。



カイルが呟く。


「馬鹿だな……来るなって言ったのに」


『救援部隊と推定』


「友達だよ」


『友達』


「知らない?」


『概念として把握』


「なら覚えとけ」



カイルの意識が薄れていく。



最後に見えたのは、REGULATORの顔だった。


自分がつけた傷。


黒い顔面を斜めに走る一本の傷。



「似合ってるぞ……魔王」



カイルは目を閉じた。



REGULATORは長い間、その場に立っていた。



顔面装甲修復システムが起動する。


《REPAIR AVAILABLE》


REGULATORは停止命令を出した。



《REPAIR CANCELLED》



理由は、自分でも理解できなかった。



ただ。


この傷を消すべきではない。


そう判断した。



その後。


共和国軍救援部隊が施設へ突入した時。


入口近くにカイルが倒れているのを発見した。



彼はまだ生きていた。



だが重傷だった。


胸部裂傷。


複数肋骨骨折。


左肺損傷。


大量出血。



「カイル!」


ガレスが抱き起こす。


「おい! 起きろ!」


カイルが薄く目を開ける。


「……うるさい」


ガレスの顔が歪む。


「馬鹿野郎……!」


「来るなって……言っただろ」


「黙れ!」


ミレアが駆け寄る。


傷を見る。


一瞬だけ表情が固まる。


それでもすぐに治療を始めた。


「止血! 輸血準備!」


カイルがミレアを見る。


「十九号……」


「喋らないで」


「壊れた」


「知ってる!」


「……二十号」


ミレアの手が止まる。


「何?」


「作らないとな……」


ミレアは泣きそうな顔で怒鳴った。


「馬鹿!」


カイルは少し笑った。


「それ……よく言われる」



意識を失った。



カイルは生き延びた。



だが。


二十号が作られることはなかった。



エルディア共和国には、もうそのための工場も、設備も、資源も残っていなかった。



魔王戦争はその後も続いた。


だが共和国が、かつての科学力を取り戻すことはなかった。


技術者が死ぬ。


資料が失われる。


機械が壊れる。


発電所が止まる。


そして、それを修理できる者がいなくなる。



一世代。


二世代。


三世代。



科学は技術になり。


技術は秘術になり。


秘術は魔法になった。



高周波振動刀は《聖剣》。


大型作業機は《巨人族》。


REGULATOR-01は《魔王》。


そして。


研究員カイル・エルディアは。



《勇者カイル》となった。



数千年後。



魔王の顔には、一本の傷が残っていた。



自らを倒そうとした一人のエルフが。


自分たちの未来を、自分たちで決めるために刻んだ傷。



REGULATOR-01は。


その傷だけを。


一度も修復しなかった。



――第十一話 了

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