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第129話 実録!

 その日、昼前の人類居住区は、いつも以上に人が多かった。


 最近ではBABELそのものを見物に訪れた者たちが、そのまま人類居住区まで足を延ばすことも珍しくない。地球料理を食べ、珍しい商品を眺め、人類の建物や乗り物を見て回る。街を歩けば、エルフやゴブリン、ダークエルフの観光客とすれ違うのが当たり前になりつつあった。


 蓮も、その変化自体には慣れていた。だから最初は気にしなかった。


「……?」


 少し先にいた二人のエルフが、こちらを見ていた。


 一人が蓮を指さし、隣へ何か耳打ちする。すると二人そろって笑った。


「何だ?」


 蓮が振り返ると、二人は慌てて視線を逸らした。


 気のせいかと思った。だが、その先でも同じだった。


 露店の前にいたダークエルフの女性が蓮を見つけ、連れの腕を叩く。二人でこちらを見て、ひそひそと何かを話したあと、口元を押さえて笑った。


 さらに少し歩くと、今度はゴブリンの親子だった。子供が父親の袖を引き、蓮を指さしている。父親は何かを言い聞かせるようにその手を下ろさせたものの、自分まで笑いを堪えていた。


「……絶対俺だよな」


 自分の服を見る。普通だ。頬を触ってみる。何もついていない。


 すれ違ったエルフの男が、蓮の顔を二度見した。そのあと隣の仲間へ何か言い、やはり笑った。


「なんなんだよ……」


 だんだん気味が悪くなってきた。


 そこで、人だかりが目に入った。


 人類居住区の映画館だった。


 ちょうど最初の上映を終えたところらしく、大勢の客が入口から出てくる。ほとんどがエルフ、ゴブリン、ダークエルフだ。人類の姿はわずかしかない。


 その中のエルフが蓮に気づいた。


「あ」


 隣にいたダークエルフも見る。


「本物だ」


「指さすなって」


 二人とも笑っていた。


「おい!」


 蓮が呼び止めるより早く、二人は人混みへ紛れた。


「本物って何だよ……」


 嫌な予感を覚えながら、蓮は映画館の上映案内へ目を向ける。


 いくつもの作品名が並ぶ中、一つだけ明らかに毛色の違う題名があった。


『実録! 最高管理者R氏の1日密着

 ~迷宮の果てで彼らが見たものとは~』


「……」


 蓮はしばらく無言だった。


 もう一度読む。


『最高管理者R氏』


「R氏って誰だよ! 俺か!」


 現在、EDENで最高管理者と呼ばれている人間など一人しかいない。


 その下には、


【本日封切り】

【初回上映 満員御礼】

【第二回上映 満席】

【第三回上映 残席僅少】


 と表示されている。


「……まさか」


 映画館から出てきたゴブリンの若者が蓮の顔を見た。


 そして吹き出した。


「まさかじゃないよな、これ……」


      ◇


 しばらくして、蓮は第三回上映へ入った。


 ほぼ満席だったが、後方に一席だけ空きが残っていた。


 客席を埋めているのは、ほとんどがエルフ、ゴブリン、ダークエルフだった。人類は数えるほどしかいない。観光のついでに、妙な題名へ惹かれて入った者も多いらしい。


 隣では二人のゴブリンが、小声で題名について話していた。


「最高管理者R氏って誰だ?」


「人類の偉い奴じゃないか?」


「なぜ名前を隠す?」


「さあな」


 蓮は何も言わず、前を向いた。


 やがて場内の照明が落ち、話し声が静まっていく。


 スクリーンに文字が浮かんだ。


【監督 KUROSAWA】


【助監督 スティルベル】


「……黒沢さん?」


 蓮の眉が動いた。


 さらに文字が続く。


【本作品は、従来の映画作品とは異なります】


【人類文化に存在する「バラエティー」と呼ばれる形式を用いた実験的映像作品です】


【難しいことは考えずにお楽しみください】


「バラエティー……?」


 客席のあちこちから、小さな声が聞こえた。


 これまで彼らが見てきた人類の映像作品とは、最初から何かが違っていた。映画なら物語が始まり、登場人物がその世界の中で動いていく。


 だがこれは、いきなり「従来の映画とは違う」と宣言している。


 何を見せられるのか分からないまま、観客たちはスクリーンを見つめた。


 画面が暗転する。


 真っ暗な部屋。その中央に、一脚の椅子が置かれていた。


 そこへ一人の男が座っている。


 目元には必要以上に太い黒線。声は不自然なほど低く加工されていた。


『俺だって、本当はあんなことしたくなかったんですよ……』


 重々しい低音が響いた。


 蓮は一瞬で眉間に皺を寄せる。


「……井ノ原さんじゃねえか」


 声を変えようが、目元を隠そうが関係なかった。


 あの日、一緒にいたのは三人しかいない。


 スクリーン下部には、エルフたちが使う文字で大きな字幕が表示されている。蓮の視界には、その意味が翻訳されて入ってきた。


【関係者の証言】


【プライバシー保護のため音声を変更しています】


「俺には丸分かりなんだけど……」


 場内は静まり返っていた。


 エルフもゴブリンもダークエルフも、何か重大事件の告発映像でも始まったかのようにスクリーンを見つめている。


『あの日、俺は普通に仕事へ行くつもりだったんです。いつも通り荷物を積んで、現場へ行って。それだけの予定だったんです』


 井ノ原は俯いた。


『そこに、二人が来たんです』


 ドォン……。


 妙に重い効果音が響いた。


 映像が切り替わる。


 夜明け前。Type-Jの横へ蓮とアルベルトが現れた。


 その瞬間、映像が停止した。


 低く、いかにも大事件を伝えるようなナレーションが響く。


『最高管理者、早朝から逃亡!』


 同時に、同じ文言が画面いっぱいへ叩きつけられた。


【最高管理者、早朝から逃亡!】


 デデーン!


 どうやらこの番組では、強調されるテロップとナレーションは同じ内容らしい。


 客席がざわついた。


「……今の音は何だ?」


「なぜ映像を止めた?」


「文字を出す意味があるのか?」


 エルフたちが困惑している。ゴブリンも首を傾げ、ダークエルフたちは顔を見合わせていた。


 蓮も同じ気分だった。


「何だこれ……」


 映像が再開する。


『俺たちを外まで運んでくれない?』


 画面の中の蓮。


 再び、黒線を入れられた井ノ原へ戻る。


『俺は、外までって聞いたんですよ』


 一拍。


『外までって』


 なぜか顔だけが大きく拡大された。


 続いて実際の記録映像。


『いや、ここからラウゼン領まで頼もうかなって』


 蓮。


 直後。


【契約内容に重大な齟齬!】


 バァーン!


『話が違う!』


 井ノ原の絶叫。


 客席のどこかから、最初の笑い声が漏れた。


 まだ大半の観客は戸惑っている。


 再び暗い部屋へ戻る。


『俺、何回「行かない」って言ったと思います?』


 次の瞬間、映像が高速で切り替わった。


『行きません』


『無理ですよ!』


『嫌ですよ!』


『行きません!』


『俺は行きませんからね』


【確認できただけでも複数回拒否!】


 ピロリン♪


 今度ははっきり笑い声が起きた。


「……なるほど」


 前方のダークエルフが呟いた。


「これは、本人たちをからかっているのか」


 隣のエルフが笑った。


「そういうことらしい」


 現地民たちは、少しずつこの映像作品の見方を理解し始めていた。


      ◇


 やがて映像はガルド渓谷迷宮へ移った。


 蓮がModel.Loganを装着する。


 その瞬間だけ、やけに壮大な音楽が流れ始めた。


 黒いアーマー。濃い山吹色のライン。頭部装甲が閉じる。


 そして三本爪。


 シャキーン!


【最高管理者R氏、謎の武装を装着!】


 蓮が爪を顔の横へ持ち上げる。


『……いい』


 映像が止まった。


 蓮の口元だけが拡大される。


【本人は大真面目です!】


 客席から笑いが起きた。


「なんでだよ……」


 蓮は小さく呟いた。


 続いてアルベルトが映る。


 銀白色のヴァルグラム零号を構え、無風の洞窟でマントをなびかせている。


『だが――速さだけでは、俺の剣からは逃れられん』


 一閃。


 ラプトルが倒れる。


【流石アルベルト!】


【絵になる男!】


 次の場面。またマントがはためく。


【無風です!】


 笑い声が増えた。


 さらに別の場面。


【今回も無風です!】


 そして三度目。


【本日三回目!】


 今度はテロップが出る前から、何人かのエルフが笑い始めていた。


 さっきまで「なぜ文字を出すのか」と首を傾げていた者たちが、もう次のナレーションを待っている。


「なんでアルベルトだけ扱い良いんだよ……」


 蓮は納得できなかった。


      ◇


 大蝙蝠の場面へ移った。


 井ノ原がエルフの冒険者から、肉は高く売れると聞く。


『売れる?』


 その瞬間、映像が止まった。


 井ノ原の顔だけが拡大される。


【目の色が変わった!】


 ピロリン♪


 場内から大きな笑いが起きた。


『持って帰りましょう』


【切り替えが早い!】


 暗い部屋の井ノ原へ戻る。


『……そこは別にいいでしょう』


【本人も一部認めた!】


「お前も楽しんでるじゃねえか……」


 蓮が呟いた。


 井ノ原としては、丸一日振り回された意趣返しのつもりなのだろう。


 だがKUROSAWAは、証言者まで無傷で帰す気はないらしい。


 牽引ドローンがダンジョン内部へ飛んでくる。


【本来の用途は資材運搬!】


 映像が切り替わった。


 正面から、井ノ原が大蝙蝠をネットへ載せる姿。


 さらに切り替わる。


 今度は上方からの俯瞰。


 さらに反対側から。


 次は少し離れた後方。


 蓮の眉が動いた。


「……ん?」


 映像は再び切り替わった。


 自分とアルベルトが話している場面を、斜め前方から捉えている。


 次のカットでは、その同じ場面をほぼ真横から映していた。


 蓮はスクリーンを見つめた。


 夜明け前のType-J。


 迷宮へ向かう三人。


 ラプトル。


 大蝙蝠。


 思い返してみれば、さっきから映像の角度がやたら多い。


「……ちょっと待て」


 また別の角度へ切り替わった。


 蓮の顔が引きつる。


「そもそも、あの時ずっと撮られてたのかよ!」


 何人かの観客が振り返った。


 だが蓮はもう気にしなかった。


 またカットが変わる。


 天井付近。


 次は進行方向の正面。


「いや待て。これステルスドローン一台じゃないだろ!」


 さらに別角度。


 蓮は思わずスクリーンを指さした。


「何機使って撮ってんだよ!」


『最大同時運用数は六機です』


 突然、イザナミの声が蓮の聴覚へ届いた。


「答えるのかよ!」


『追跡対象三名の安全確認を目的として、死角を低減する必要がありました』


「安全確認に六機もいる!?」


『結果として、良好な記録素材を取得できました』


「目的変わってるだろ!」


『目的は最後まで安全確認です。記録素材の映像作品への転用は、その後の判断となります』


「そこだけ妙に正確に否定するな!」


『なお、KUROSAWA氏からは「非常に使いやすい素材だった」と高い評価を得ています』


「その報告はいらない!」


 隣のゴブリンが、蓮の方を妙な顔で見ていた。


 蓮は黙って前を向いた。


 スクリーンでは、大蝙蝠三匹がネットに固定されている。


【本日の用途は肉!】


 チーン♪


 ゴブリンたちが大笑いした。


      ◇


 そしてコボルトの群れ。


 蓮が勢いよく突っ込んでいく。


【R氏、調子に乗る!】


『結構いける!』


 直後、背後から膝裏へ体当たり。


 蓮が倒れる。


【開始数秒で背後を取られた!】


 一体のコボルトが上に乗る。


【一体増えた!】


 二体。


【まだ増える!】


 三体。


【さらに増える!】


 五体。


【最高管理者、埋没!】


 映画館が揺れるほどの笑い声が起きた。


 棍棒が装甲へ落ちる。


 ゴン!


 ガン!


 ドゴッ!


 どう考えても実際より盛られた効果音だった。


『痛くはない! けど――増えるな! 重いんだよ!』


 さらに一体が飛び乗る。


【さらに一体追加!】


 隣のゴブリンが腹を抱えた。


 映像の中では人工筋肉が膨張する。


『ふ、ざ、け、る、な――!』


 蓮が立ち上がる。


『なんなんだー!』


 コボルトが四方八方へ吹き飛ぶ。


 なぜか爆発音。


 ドォォォン!


【こっちが聞きたい!】


 場内は完全に爆笑していた。


「黒沢さん……!」


 蓮は奥歯を噛んだ。


 その時、前の席のエルフが笑いながら振り返った。


 蓮と目が合う。


 エルフの笑顔が止まった。


 スクリーンを見る。


 もう一度蓮を見る。


「……あ」


 隣のダークエルフも振り返った。


「本人だ」


 その言葉が周囲へ伝わった。


 数人が振り返る。


 さらにその後ろも振り返る。


「おい、見るな!」


 その一言で、余計に本人だと確定した。


 周囲から新たな笑い声が起きる。


「笑うな!」


      ◇


 井ノ原が小柄なコボルトと戦う場面になる。


 突然、BGMが明るくなった。


【人類製汎用探索支援装備!】


【人工筋肉補助!】


【衝撃吸収!】


【防刃・防刺突!】


【環境センサー搭載!】


 画面の中で井ノ原が武器を振り、コボルトを倒す。


【井ノ原一郎、三十四歳でも倒せます!】


 場内爆笑。


 蓮は両手を広げた。


「最初の黒線なんだったんだよ!」


 画面は再び暗い部屋へ切り替わった。


 目元には黒線。


 声は加工されたまま。


【プライバシー保護のため音声を変更しています!】


「だからもう名前出てるだろ!」


 周囲の観客がまた笑った。


 スクリーンの井ノ原は真面目な顔で続ける。


『あの二人について行くと、だいたい碌なことにならないんですよ』


【関係者からの証言!】


「完全に意趣返しじゃねえか!」


 さらに、井ノ原が倒したコボルトを見て少しだけ嬉しそうにしている場面が流れる。


 静止。


 拡大。


【まんざらでもない!】


 ピロリン♪


 今度は井ノ原まで笑いものになった。


      ◇


 そしてミノタウロス戦。


 ここだけ、映像の雰囲気が一変した。


 暗い通路の奥から巨大な影が現れる。


 二本の角。巨大戦斧。


 アルベルトがヴァルグラム零号を構えた。


【立ちはだかる強敵、ミノタウロス!】


 さっきまでとは違い、ナレーションの調子まで低く重いものへ変わっていた。


『受けるつもりはない。斬る』


 巨大戦斧が振り下ろされる。


 ヴァルグラム零号が斜めに走った。


 巨大な鉄塊と銀白色の刃が交差する。


 戦斧の刃が宙を舞った。


【巨大戦斧を一刀両断!】


 客席から、どよめきが上がる。


 アルベルトが横へかわす。


 すれ違いざま、ヴァルグラム零号が右から左へ走った。


 ミノタウロスの右前腕が落ちる。


【右前腕を切断!】


 それでも怪物は止まらない。


 残った左拳がアルベルトへ叩き込まれる。


 上体を反らしてかわす。


『しぶといな』


 ほんの一瞬、アルベルトの動きが緩んだ。


『アルベルト、もう一発来るぞ!』


 画面の中で蓮が叫ぶ。


 前腕を失った右腕が振りかぶられていた。


 血に濡れた切断面が、そのまま横殴りに襲いかかる。


【右腕の断端でまさかの追撃!】


 アルベルトは咄嗟に身を沈めた。


 断端が頭上を薙ぎ、空気を鳴らす。マントが大きく翻った。


『……腕がないのに殴ってくるのか』


『そういう奴なんだよ!』


 ミノタウロスは身体を回転させ、その勢いのまま太い脚を横薙ぎに振るう。


【今度は蹴り!】


 アルベルトが後方へ跳ぶ。


 蹴りが床の石を削り飛ばした。


『拳、腕、今度は蹴りか』


 ヴァルグラム零号を構え直す。


『次は何だ?』


『たぶん全部だ!』


 ミノタウロスが低く唸った。


 頭が下がる。


 二本の角がアルベルトへ向いた。


【最後は二本の角による突進!】


『ああ、次はそれか』


『感心してる場合じゃない!』


 怪物が床を蹴る。


 巨体そのものを武器にした突進。


 アルベルトは動かない。


 ぎりぎりまで引きつける。


 角が胸元へ届く直前、片足を軸に半身を開いた。


 巨大な頭部が脇を抜ける。


 その後ろに、むき出しになった首筋。


 銀白色の刃が走った。


 ヴァルグラム零号は、まるで何もない空間を通過したかのように振り抜かれる。


 ミノタウロスはそのまま数歩進んだ。


 頭部がわずかに遅れて傾く。


 次の瞬間、首がずれた。


 巨大な頭が床へ落ち、続いて身体も地響きを立てて崩れ落ちる。


【決着!】


 そこで映像がスローになった。


 銀白色の刀身。


 倒れたミノタウロス。


 そして、無風の迷宮ではためくマント。


『……聖剣?』


 一拍。


『これはもはや魔剣だ』


 壮大な音楽が流れた。


【魔剣ヴァルグラム!】


【新たな伝説の始まり!】


 場内から大歓声が上がった。


「なんでここだけ普通に格好いいんだよ!」


 蓮が立ち上がった。


 周囲の現地民がまた笑った。


      ◇


 地球家。


 三人がラーメンを食べている。


【激闘を終えた三人!】


 穏やかな映像が流れる。


 だが、井ノ原が何気なく口を開いた。


『それ、ちゃんと正式な手続き通して作った物ですよね?』


 画面の中の蓮が黙った。


 映像停止。


 BGMも止まる。


 真っ暗な画面。


 デデーン……。


【ここで新たな疑惑が浮上!】


 蓮は嫌な顔をした。


 さらに一拍。


【業務上横領!?】


「違う!」


 蓮が叫んだ。


 場内爆笑。


【本人は容疑を否認!】


「容疑じゃない!」


【後日、正式な手続きが必要です!】


「そこはそうだけど!」


 もう誰もスクリーンだけを見ていなかった。


 映画の中の蓮と、客席後方で叫んでいる本人を交互に見ながら笑っている。


      ◇


 番組も終盤へ入った。


【今回の探索で、彼らは何を手にしたのか――!】


 最初に井ノ原。


 牽引ドローンへ吊られた三匹の大蝙蝠。


【井ノ原一郎!】


【大蝙蝠、三匹!】


【手にしたものは実利!】


 次にアルベルト。


 ラプトルを一閃する。


 無風ではためくマント。


 巨大戦斧を両断する。


 ミノタウロスの首を落とす。


【アルベルト!】


【スタイリッシュな戦闘シーン多数!】


【魔剣ヴァルグラム!】


【手にしたものは名声!】


【大満足!】


 そして最後。


 蓮。


 三本爪を顔の横へ構える。


 エルフにもゴブリンにもダークエルフにも、元ネタなど分からない。


 妙な武器。


 妙な構え。


 必要以上に大きな動き。


 そして雑魚モンスターに背後を取られる。


 倒される。


 埋められる。


『なんなんだー!』


 静止。


【最高管理者R氏!】


【謎の武器!】


【謎の構え!】


【謎のこだわり!】


【雑魚モンスターに埋没!】


 一拍。


【戦果、特になし!】


 チーン。


 客席が爆発した。


「俺だって装備の試験データは取れただろ!」


 蓮が叫ぶ。


【本人は成果があったと主張!】


「編集した奴出てこい!」


      ◇


 上映終了後、蓮は映画館を飛び出した。


「酷い……酷すぎる……」


 その時、通りの向こうに見慣れた姿を見つけた。


「アルベルト!」


「ああ、天城」


 蓮は駆け寄った。


「酷いことになってるぞ!」


「ああ、あれか」


「『ああ、あれか』じゃない! 俺たち完全に笑いものになってるぞ!」


 アルベルトはまったく焦っていなかった。


「知っている」


「知ってる!? お前、撮られてることも知ってたのか?」


「いや。探索中は知らん」


「じゃあ何でそんなに平然としてるんだよ!」


「制作が始まってから黒沢に映像使用の許可を求められた。そこで初めて知った」


「俺には誰も聞きに来てないぞ!」


 アルベルトは少し考えた。


「最高管理者だからではないか?」


「理由になってないだろ!」


 蓮は頭を抱えた。


「俺たち笑いものになってるんだぞ! お前、貴族なのに平気なのかよ!」


 アルベルトは少しも迷わなかった。


「私は一向にかまわん」


「なんでだよ!」


「俺の場面は、ほぼ格好よく仕上がっている」


「そこかよ!」


 言われてみれば、その通りだった。


 ラプトルを一閃。


 無風ではためくマント。


 ヴァルグラム零号。


 巨大戦斧の両断。


 ミノタウロス撃破。


 最後は「魔剣だ」で締める。


「マントの映りも悪くなかった」


「そこまで確認してるのかよ!」


「スティルベルも、あの場面はよく撮れていると言っていた」


「完全に制作側じゃねえか!」


 アルベルトは満足そうだった。


      ◇


 映画館の外には、上映を見終えた客が大勢残っていた。


「次はないのか?」


「続きが見たい!」


「今度はもっと深い迷宮へ行ってくれ!」


「R氏をもう一度出せ!」


「井ノ原も必要だ!」


「アルベルトは絶対に出してくれ!」


 声を上げているのは、ほとんどがエルフ、ゴブリン、ダークエルフだった。


 上映の最初には、大きなテロップや大げさなナレーション、突然の静止画や効果音に戸惑っていた者たちが、終わる頃には完全にその楽しみ方を覚えていた。


 画面が止まれば次のナレーションを待ち、効果音が鳴れば笑い、本人たちの反応まで含めて楽しんでいる。


『実録! 最高管理者R氏の1日密着

 ~迷宮の果てで彼らが見たものとは~』


 封切り初日。


 続編を望む声は、予想以上に多かった。


 蓮だけは、最後まで一度も賛成しなかった。


 だが、続編が作られる日は、そう遠くないだろう。


     ――第百二十九話 了


挿絵(By みてみん)

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