↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
127/133

第127話 女ができたんじゃな

 ここ数日、蓮の様子がおかしかった。


 昼間は、いつも通り忙しい。


 BABELへ行き、JANUSへ上がり、NOAH受け入れに関する打ち合わせへ顔を出し、時には人類自治政府から呼び出される。第一恒星近傍発電衛星群からの電力供給が始まって以降は、新たに実用化可能となった技術についての確認まで増えていた。


 むしろ以前より忙しくなっているくらいだった。


 おかしいのは夜である。


「じゃ、ちょっと行ってくる」


 夕食を済ませた蓮が、妙に軽い足取りで立ち上がった。


 ソファに寝転がっていたレモが顔を上げる。


「またか?」


「うん」


「今日はどこへ行くのじゃ」


「ちょっとそこまで」


「昨日もそう言っておったぞ」


「まあまあ」


 蓮は笑いながら上着を羽織った。


 機嫌がいい。


 明らかに機嫌がいい。


「遅くなるかもしれないから、今日も美冬のところにいてくれる?」


「妾は子供ではないぞ」


「学校通ってるだろ」


「それとこれとは別なのじゃ」


「帰ったら迎えに行くから」


「仕方ないのう」


 文句を言いながらも、レモは立ち上がった。


 ここ数日、ずっとこんな調子だった。


 蓮は昼間の仕事を終えると、一度家へ戻る。


 夕食を食べる。


 それからレモを美冬へ預け、自分だけどこかへ出かけていく。


 行き先は言わない。


 帰宅は遅い。


 そして何より、出かける時の顔が楽しそうだった。


      ◇


「今日も?」


 美冬が呆れたように言った。


「今日もなのじゃ」


 レモは美冬の部屋のソファに腰を下ろした。


 こうして預けられるのも、もう四日目になる。


「何してるんだろうね」


「それを妾も考えておったのじゃ」


「仕事じゃないの?」


「仕事なのに、あんなに楽しそうなのは変なのじゃ」


「仕事が楽しい時もあるでしょ」


「蓮じゃぞ?」


「……まあ」


 美冬は否定しきれなかった。


 仕事が嫌いというわけではない。


 技術関係の話をしている時などは、放っておけば何時間でも続ける男である。


 だが、ここ数日のそれとは何かが違った。


「そういえば」


 美冬が思い出したように言った。


「今朝、首のところ赤くなってたわね」


「妾も見たぞ」


「聞いたら、擦れたって言ってたけど」


「何で擦れたのじゃ?」


「そこまでは聞いてない」


 レモが腕を組む。


 しばらく考え込んだあと、何かに気づいたように顔を上げた。


「……分かったのじゃ」


「何が?」


「あれは女ができたんじゃな」


「なんでそうなるのよ」


「考えてみるのじゃ」


 レモは指を一本立てた。


「夜になると妾を預ける」


 二本目。


「行き先を言わぬ」


 三本目。


「毎晩、妙に楽しそうじゃ」


 四本目を立てる。


「しかも首まで赤くして帰ってくる」


「最後のはやめなさい」


「条件が揃っておるではないか」


「何の条件よ」


「ドラマでは大体そうなのじゃ」


「その知識、映像作品からなのね……」


 美冬はため息をついた。


 しかし、完全に馬鹿にすることもできなかった。


 蓮の周囲には、現地の女性もいる。


「セレネかもしれぬ」


「いきなり具体的ね」


「蓮とは以前から親しいではないか」


「まあ、それはそうだけど」


「あるいはリシェルじゃな」


 美冬は少し考えた。


「……どっちも絶対にないとは言い切れないのが面倒ね」


「じゃろ?」


 レモは得意げだった。


「でも、だからって勝手に決めつけるのは駄目よ」


「なら確かめればよい」


「どうやって?」


 レモはにやりと笑った。


「ついていくのじゃ」


「嫌よ」


「気にならぬのか?」


「別に」


「本当に?」


「……」


「本当に?」


「二回言わなくていいから」


      ◇


 翌日の夜。


「じゃあ、今日も頼む」


 やはり蓮は来た。


 しかも今日も妙に機嫌がいい。


「また?」


 美冬が聞く。


「うん。ちょっと用事」


「何時頃帰るの?」


「そんな遅くならないと思う」


「ふーん」


「何?」


「別に」


 美冬の視線に何かを感じたのか、蓮が首を傾げる。


 レモもじっと蓮を見ていた。


「何だよ二人して」


「何でもないのじゃ」


「そう?」


「うむ」


「じゃ、行ってくる」


 蓮はそれ以上気にすることなく出ていった。


 扉が閉まる。


 数秒。


 レモと美冬が顔を見合わせた。


「後をつけるのじゃ」


「……一回だけだからね」


「うむ」


      ◇


 蓮はBABELのある方角へ向かった。


 夜になってもSHINAR CITYの明かりは消えていない。


 物流施設や商業区画にはまだ人が行き交い、BABELそのものも夜空へ向かって巨大な構造体を伸ばしている。


「やっぱり仕事じゃないの?」


 美冬が小声で言った。


「なら、なぜ黙っておる」


「いちいち仕事の予定を全部レモに説明する必要もないでしょ」


「それでは妾の推理が間違っていることになるではないか」


「間違っててもいいのよ」


 二人は距離を取りながら後を追った。


 蓮はこちらを警戒している様子はない。


 そもそも尾行されるなどとは考えてもいないのだろう。


 しばらくすると、蓮はBABELの主要施設から少し離れた居住区へ入った。


 新しく造られた建物が並んでいる。


 BABELやJANUSで働く人々のために整備された従業員用宿舎だった。


 夜とはいえ、まだ多くの窓に明かりが灯っている。


 レモの足が止まった。


「ほれ」


「何よ」


「宿舎なのじゃ」


「見れば分かるわよ」


「やはり女ではないか」


「どうしてそうなるのよ」


「夜に一人で、楽しそうに、従業員用宿舎へ来たのじゃぞ」


「ここに何人住んでると思ってるの」


「その中の誰かじゃ」


「もう完全に決めつけてるじゃない」


 蓮は宿舎の間を歩いていく。


 一棟。


 二棟。


 三棟。


 だが、どの建物にも入らない。


「……入らぬのじゃ」


「そうね」


 そのまま宿舎群を通り抜けた。


 レモが首を傾げる。


「では、宿舎の裏で待ち合わせかの?」


「どうしてそこまで女にしたいのよ」


「ここまで来たら最後まで確かめるのじゃ」


「あなた、もう楽しんでるでしょ」


「少しだけじゃ」


 宿舎の明かりが次第に遠ざかっていく。


 その先には、保守設備や資材倉庫、材料試験棟、大型工作機械を収めた施設が並んでいた。


 昼間なら技術者や作業ドローンが行き交う区域だが、夜間は人影がほとんどない。


「こんな奥まで来るの?」


「妾に聞くでない」


「さっきからそればっかりね」


 蓮は迷う様子もなく進み、そのうちの一棟へ入っていった。


 二人も少し時間を空けて近づく。


 中から機械の作動音が響いていた。


 低い振動。


 断続的な金属音。


 何かを加工しているらしい。


 二人は声を潜めながら奥へ進んだ。


 その時だった。


「きれいな銀色だな」


 蓮の声が聞こえた。


 美冬とレモの足が止まる。


「銀色……」


 レモが小声で呟いた。


「何よ」


「リシェルではないか?」


「どうして髪の色だけで決めるのよ」


「セレネも白に近い銀髪じゃな」


「だから決めつけないの」


 工作機械が再び唸る。


 何か返事があったようだが、音にかき消されて聞こえない。


 少しして、再び蓮の声がした。


「その色、めちゃくちゃいいね!」


 レモが美冬を見る。


「ほれ」


「まだ何も分からないでしょ」


「色を褒めておるぞ」


「服かもしれないし」


「女の服を褒めておるのでは?」


「だから――」


 さらに蓮の声。


「爪、もうちょっと長いほうが俺は好きだな」


 レモがゆっくり美冬を見た。


「……確定じゃな」


「何がよ」


「女じゃ」


「爪の長さで確定させないで」


「夜に宿舎の前を通り、銀色で、色を褒められ、爪の長さまで好みを言われておる」


「宿舎には入ってないでしょ」


「細かいことを気にするでない」


「そこ一番大事でしょ」


 機械音の向こうから低い声が聞こえた。


 しかし、またすぐに研削音へ飲み込まれる。


 美冬が眉を寄せる。


「今の声……」


「低かったのう」


「ちょっと待って」


 二人はそっと作業区画を覗いた。


      ◇


「だから、あと三センチくらい」


「不要だ」


「見た目が違うんだよ」


「戦闘能力への寄与を説明しろ」


「格好いい」


「却下する」


「なんでだよ」


 そこに女はいなかった。


 いたのはREGULATORだった。


 そして蓮。


 二人の間には、見たことのない装備が並んでいる。


 最初に目に入ったのは剣だった。


 長い銀白色の刀身。


 古い意匠を残しながらも、各部は明らかに現代技術で再設計されている。


 先ほど蓮が「きれいな銀色」と言っていたのは、どうやらこれらしい。


 その隣には黒い装甲服。


 全体を艶の少ない黒が覆っている。


 さらに作業台には、左右一対の大きな手甲。


 そこから、それぞれ三本ずつ金属製の鉤爪が伸びていた。


「……」


 美冬は黙った。


 レモも黙った。


 蓮は二人にまったく気づいていない。


「じゃあ、とりあえず今の長さで試すか」


「それが合理的だ」


「あとで絶対伸ばすからな」


「必要性が確認された場合のみ認める」


「俺が必要だと思ってる」


「主観は必要性の根拠にならない」


「融通利かないなあ」


 蓮は楽しそうだった。


 本当に楽しそうだった。


 レモが小声で呟く。


「仕事ではなかったのじゃ」


「そうね」


 REGULATORが黒い装甲を示した。


「試着しろ」


「待ってました」


 蓮が装備を身につけていく。


 黒を基調とした軽量アーマー。


 重装甲というより、身体の動きを邪魔しないよう薄く構成された近接戦闘用外装だった。


 胸部。


 肩。


 前腕。


 腰。


 脚部。


 装着が終わる。


 蓮が首を左右へ動かした。


「やっぱ、ここちょっと擦れるな」


「頸部シール形状を再調整する」


「昨日よりはだいぶいいけど」


 美冬がレモを見る。


 レモも美冬を見る。


「……首のあれ」


「これね」


 すべてがつながった。


「白兵戦用軽量アーマー、基本動作を確認しろ」


「Model.Loganな」


「識別名称として登録されている」


「よし」


 蓮が戦闘モードを起動した。


 黒い装甲の各所に光が走る。


 胸部。


 肩。


 腕。


 脚。


 黒一色だったアーマーに、濃い山吹色のラインが浮かび上がった。


「おお……!」


 蓮の声が弾んだ。


「その色、やっぱめちゃくちゃいい!」


「発光色は性能に影響しない」


「分かってないなあ」


「何を理解する必要がある」


「こういうのは雰囲気が大事なんだよ」


「理解不能」


 蓮が両腕を上げる。


「クロー展開」


 小さな駆動音。


 左右の手甲から、それぞれ三本のAdamantium Clawsが一気に伸びた。


 銀灰色の爪が、山吹色の光を受けて鈍く輝く。


「……いい」


 蓮が呟いた。


 美冬は額に手を当てた。


 レモは口を半開きにして見ている。


 蓮は右腕を振った。


 人工筋肉が収縮する。


 その瞬間、前腕と上腕の装甲がわずかに膨らんだ。


 肩から胸へ続く黒い外装も、それに合わせて一回り厚みを増す。


 力を抜くと、すぐに元の細身のシルエットへ戻った。


「おお」


 蓮が自分の腕を見る。


「ちゃんと膨らむ」


「人工筋肉の出力増大に伴う形状変化だ」


「これ、いいな」


「機能上必要な変化だ」


「そこがいいんだよ」


「意味不明だ」


 蓮はさらに腰を落とした。


 左腕。


 右腕。


 踏み込み。


 力を込めるたびに、腕や肩の人工筋肉が一瞬だけ肥大し、黒いアーマーの輪郭が獣じみた逞しさへ変わる。


 濃い山吹色のラインがその動きに合わせて強く輝いた。


「何をしている」


 REGULATORが聞いた。


「動作確認」


「戦闘上不要な動作が含まれている」


「これは必要なんだよ」


「理由を説明しろ」


「格好いい」


「それは理由ではない」


「俺には理由なんだよ」


 蓮は数歩後ろへ下がった。


 軽く助走をつける。


「何をする」


「ちょっと見てて」


 跳んだ。


 着地の瞬間、人工筋肉が一気に収縮した。


 肩。


 腕。


 太腿。


 脚部。


 黒い装甲が一瞬だけ力強く膨らむ。


 そして蓮は、両手と片膝を床についた。


 三点着地。


 左右の手甲から伸びた六本の爪が床すれすれで止まる。


 黒い装甲。


 濃い山吹色の光。


 肥大した人工筋肉がゆっくり元へ戻っていく。


 蓮はその姿勢のまま数秒静止した。


「……よし」


 満足そうだった。


 REGULATORが言った。


「二足で着地した方が、次の行動への移行時間は短い」


「そういう話じゃないんだよ」


「では何のために行った」


「だから、格好いいだろ」


「何がそんなに楽しいのか理解不能」


「お前には分からないだろうな」


 蓮は立ち上がり、両手の爪を眺めた。


「これだよ、これ」


「性能確認を続行する」


「はいはい」


 作業台には、もう一振り。


 銀白色の剣が置かれている。


「次はヴァルグラム零号の振動系確認を行う」


「それはアルベルトに使わせたいんだよな」


「お前より適任だ」


「俺もそう思う」


「なら、お前が振る必要はない」


「ちょっとくらい振らせてくれてもいいだろ」


「不要だ」


「本当に融通利かないな」


 美冬はしばらくその光景を見つめていた。


 ここ数日。


 レモを預け。


 夜な夜な出かけ。


 首を赤くして戻り。


 何をしているのかと思えば。


 新素材を使ってREGULATORに秘密の装備を作らせ、自分専用の黒いアーマーを着込み、戦闘モードで山吹色に光らせ、両手から三本ずつ爪を出し、人工筋肉まで膨らませながら一人で喜んでいた。


「……女ではなかったのじゃ」


 レモがぽつりと言った。


「そうね」


 蓮は向こうで、もう一度クローを収納している。


「展開速度もうちょっと上げられる?」


「現状で十分だ」


「一瞬で出た方が格好いいだろ」


「要求理由がすべて同じだ」


「大事だからな」


 レモはその姿をしばらく見つめていた。


 そして、深刻そうな顔で言った。


「美冬」


「何?」


「女と会ってるほうが健全なのじゃ」


 美冬はため息をついた。


「……さっさと帰りましょ」


     ――第127話 了


挿絵(By みてみん)

【作者よりお願い】ここまでお読みいただきありがとうございます!もし「続きが気になる」「おもしろい」と思っていただけましたら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、評価の【☆☆☆☆☆】をタップして応援していただけると、執筆の大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。