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第125話 タイプ2への道 Part.2

 最初の発電衛星群が、主星近傍の所定宙域へ到達した。


 EDENを出発してから、およそ二か月。


 複数の大型発電衛星をまとめて輸送していた構造体は主星へ接近した後、減速し、それぞれの衛星を予定軌道へ放出していた。展開された集光・発電設備は主星から降り注ぐ莫大なエネルギーを受け止めながら、最終調整を続けている。


 JANUSの管制区画、その壁面に表示されていた衛星群のすべてが、順番に緑へ変わった。


『第一恒星近傍発電衛星群、全基配置完了』


 イザナミの声が響く。


『発電設備、受電系統、姿勢制御系統、すべて正常。長距離送電システムへの接続を確認しました』


「スタンバイ?」


 蓮が尋ねる。


『スタンバイ完了です』


「やっとか」


 蓮は椅子の背にもたれた。


 発電衛星を造った。


 主星まで運んだ。


 そこまでは、まだ分かりやすい話だった。


 問題はここからである。


 主星近傍で作った電力を、EDENのある惑星圏までどうやって持ってくるのか。


 電線を引けるはずもない。


「本当に届くんだよな?」


『届きます』


 隣に立っていたナミが当然のように答えた。


 今日は人型のボディでJANUSに来ている。白い衣服状の外装に細い青色の光が走り、黒髪が肩へ落ちていた。


「五千年かけて研究したんだっけ?」


「約五千年です。途中で複数回、方式そのものを変更しています」


「そこまで聞くと逆に不安になるな」


「失敗した方式を使用する予定はありません」


「そりゃそうだろうけど」


 長距離無線電力網。


 言葉にすれば単純だった。


 主星近傍で発電した莫大な電力を、宇宙空間を越えて遠隔地へ供給する。


 イザナミがアマテラスとともに眠っていた五千年の間、途切れることなく続けてきた研究の一つ。その成果が、ようやく実物として動き始めようとしていた。


『第一段階試験送電、予定通り開始されています』


「されています?」


 蓮が聞き返した。


『はい。発電衛星側では数時間前に送電を開始しています』


「ああ、そうか」


 蓮は壁面を見た。


 主星とEDENの間には、何十億キロもの空間がある。


 どれほど高度な送電技術でも、エネルギーそのものがその距離を瞬間的に移動するわけではない。


 送電開始時刻と伝搬速度から算出された到達予測が、壁面に表示されていた。


 残り一分を切っている。


「なんか、変な感じだな」


「何がでしょうか」


「もう何時間も前に向こうを出た電力を、今ここで待ってるっていうのが」


「長距離通信でも同様です」


「分かってるけどさ」


 数字が動いた。


 発電衛星側から送り出されたエネルギーが、中継・収束制御を経て、今まさにEDEN圏へ到達しようとしている。


 誤差。


 損失。


 位相。


 出力。


 それらが目まぐるしく更新される。


 蓮には分かる数字もあれば、もはや分からないものもあった。


 残り十秒。


 九。


 八。


 蓮は無意識に壁面を見つめていた。


 三。


 二。


 一。


 数秒の遅れ。


『受電を確認』


「おお」


『第一段階、正常です』


「本当に来たな」


 何十億キロという空間を、数時間かけて越えて届いた電力だった。


 蓮が少し感慨深く表示を眺めている横で、ナミは特に表情を変えない。


「もうちょっと喜んでもいいんじゃない?」


「予定通りですので」


「五千年研究したものが初めて動いたんだぞ?」


「はい」


「嬉しくない?」


 ナミは少し考えた。


「成功してよかったと思います」


「だいぶ薄いな」


      ◇


「で、次は?」


 試験送電が安定したところで、蓮は別の資料を開いた。


 発電衛星群は一基で終わる計画ではない。


 すでに次の衛星群の建造も進められている。


 だが、いつまでもEDENから大量の資源を持ち出し続けるわけにはいかなかった。


「宇宙資源採掘艇および大型輸送船の製造を優先します」


 ナミが答える。


「やっぱりそっちか」


「はい。現在使用している宇宙構造物の大部分は、EDENで採取した資源を使用しています」


「いつまでもアルセリアの地面掘ってるわけにもいかないしな」


「その必要もありません」


 表示が切り替わった。


 恒星系内に存在する小惑星群。岩石天体。資源量の推定値。


 すでに無人探査機による観測は進められている。


「まず小惑星?」


「優先順位としてはそうなります。採掘が容易で、離着陸時の重力損失も小さいためです」


「精錬はJANUSまで持ってくる?」


「初期段階では。その後、資源量が確認された小惑星上、またはその近傍へ無人精錬設備を設置します」


「その次が工場?」


「はい」


「最終的には?」


「採掘、精錬、部材製造、組み立てまでをEDEN外で完結させます」


 蓮は表示された恒星系を眺めた。


「発電衛星も?」


「現地製造へ移行する予定です」


「輸送船も?」


「可能です」


「採掘艇も?」


「可能です」


 蓮は少し黙った。


「それ、宇宙に工業地帯造るってことだよな」


「はい」


 ナミはあっさり認めた。


 EDENから資源を持ち出して最初の設備を造る。


 その設備で宇宙資源を採る。


 宇宙資源で工場を造る。


 その工場が、さらに採掘艇や輸送船や発電衛星を造る。


 一度軌道に乗れば、EDENの地上資源への依存は急速に小さくなる。


「自動で採掘できる範囲は、ゴブリンたちが宇宙へ出る前にある程度作っときたいしな」


「その予定です」


「危ない初期調査とか、採掘設備をゼロから立ち上げるところまでバルガたちにやらせる必要はないし」


「はい。有人作業が必要になる頃までに、基本的な採掘拠点と輸送経路を整備します」


 蓮は少し笑った。


「まあ、バルガたちなら何もない小惑星に降ろしても、喜んで掘り始めそうだけど」


「可能性は高いと思います」


「否定しないんだ」


「これまでの行動から推測しています」


 実際、否定する材料がなかった。


      ◇


 JANUSの別区画へ移動すると、蓮の足が止まった。


 格納庫に、見覚えのない宇宙艇が並んでいる。


 まだ塗装らしい装飾もほとんどなく、実用一点張りの外観だった。大気中を飛ぶ必要がないため、飛行機のような大きな翼はない。船体の各部には重力制御機構が組み込まれ、機首も宇宙空間用らしく短い。


「これが採掘艇?」


「違います」


 ナミが答えた。


「じゃあ輸送船?」


「こちらが宇宙空間での戦闘用に準備した戦闘艇になります」


「……戦闘艇?」


「はい」


 蓮は機体を見上げた。


 驚かなかったと言えば嘘になる。


 だが、少し考える。


「ああ……まあ、そういうのも必要になるか」


 宇宙へ出ていくのだ。


 NOAHという別の恒星間移民船も実際に近づいている。今後、何が来るか分からない。救難や警備だけでも高速の宇宙艇は必要になる。


「何機ある?」


「現在は六機です」


「人が乗るの?」


「搭乗できます」


「搭乗できます?」


「基本運用は無人です。戦闘時は私が直接制御します」


「じゃあ完全無人でよかったんじゃない?」


 ナミが蓮を見る。


「完全無人の方がよかったですか?」


「……」


 蓮はもう一度、戦闘艇を見た。


「いや」


「はい」


「人が乗れた方が、いろいろ使えるだろ。救難とか調査とか」


「先ほど想定用途として含めています」


「そうだよな」


「手動操縦も可能です」


「できるの?」


 その声に少しだけ反応した蓮を、美冬が横から見た。


「よかったじゃない。操縦できるんだってさ」


「別に、それ目当てじゃないけど」


「はいはい」


 蓮は機体を見上げた。


「まあ……宇宙空間での戦闘って、ちょっとロマンあるよな」


「宇宙空間での戦闘ほど地味なものはないかと思います」


 ナミが言った。


「なんで?」


「音はありません。相手を肉眼で確認できる距離まで接近する必要もありません。多くの場合、遠距離で探知し、遠距離から攻撃して終了します」


「……夢がないな」


「現実です」


「でもさ」


 蓮は戦闘艇を眺めながら、少し考えた。


「人型のロボットとか無理だったの?」


「可能です」


 蓮の顔が少し明るくなる。


「できるんだ」


「ただし、人型である理由が一切存在しません」


「……」


「宇宙空間において、二本の脚は不要です。腕も作業機械としては専用マニピュレーターの方が効率的です。頭部を設ける必要もありません。関節部は構造上の弱点になります」


「もういい」


「また、同一質量であれば球形または――」


「もういいって」


 蓮は心底がっかりした顔で戦闘艇へ向き直った。


 美冬が笑っている。


「現実は厳しいね」


「宇宙まで来たんだから、一機くらい人型がいてもいいだろ」


「必要ありません」


「ナミはロマンが分かってない」


「理解する必要がありますか?」


「こういうところだぞ」


      ◇


 格納庫を出たあとも、宇宙資源開発の話は続いた。


 JANUSの外部映像には、建設設備や作業機、係留された輸送機が映っている。


 蓮が何気なくその映像を眺めていた時だった。


「……ん?」


 視線が止まった。


 何かがおかしい。


 星空の一部が、丸く欠けている。


「ナミ」


「はい」


「あれ何?」


「どれでしょうか」


「あの、外に浮いてる……黒いやつ」


 蓮が表示を拡大した。


 それでようやく輪郭が見えた。


 直径二メートルほど。


 完全な球体だった。


 突起らしいものは何もない。


 継ぎ目も見えない。


 そして異様なほど黒かった。


 JANUSから漏れる光を受けても、表面はほとんど何も返さない。宇宙の闇の中に、星を隠す丸い穴だけが浮かんでいるように見えた。


「あれですか」


「うん」


「BABEL防衛用自律迎撃機です」


「……迎撃機?」


「はい」


「いつからあるの?」


「三週間ほど前からです」


「三週間?」


「はい」


「俺、初めて見たぞ」


「光学的に視認しにくい表面構造ですので」


「そういう問題かな」


 蓮は倍率を下げた。


 そして、一度球体の見つけ方が分かると、別の場所にも同じ欠けがあることに気づいた。


「……待って」


「はい」


「あっちにもある?」


「あります」


「その上も?」


「あります」


「何個いるの?」


「現在、JANUSおよびBABEL周辺に十二機を配置しています」


「十二個も浮いてたの?」


「はい」


 蓮はしばらく映像を見た。


「何を迎撃するんだ?」


「スペースデブリ、小隕石、その他BABELへ衝突する可能性のある宇宙物体です」


「ああ」


 そこで一度、蓮は納得した。


 BABELはあまりにも巨大だ。


 宇宙空間へ伸びる長大な構造物である以上、デブリや隕石への対策は必須になる。


「BABELには防御場もあるだろ?」


「あります」


「なら、それでいいんじゃない?」


「小規模な物体については防御場で対処可能です。しかし、すべてを直接受ける必要はありません」


「先にどかす?」


「はい。危険度によって軌道変更または破砕を行います」


「その玉で?」


「はい」


 蓮は黒い球体を拡大した。


「武器、どこ?」


「搭載していません」


「迎撃機なのに?」


「本機そのものと重力制御機構で十分です」


 蓮の眉が動いた。


「……どうやって砕く?」


「目標近傍に重力井戸を形成します」


「重力井戸?」


「対象内部へ大きな重力差を発生させ、構造を破砕します」


「それで砕けなかったら?」


「本機が直接衝突します」


 蓮は黒球を見る。


 もう一度ナミを見る。


「玉の方は?」


「損傷しません」


「なんで?」


「外殻には分子的な継ぎ目がほぼ存在しません。内部はナノワイヤーを三次元的に編成した構造になっています」


 別の断面図が表示された。


 球体内部は、単純な金属の塊ではなかった。


 極細の構造材が無数に絡み合い、全方向へ連結されている。


「外部から加わった衝撃は、一点へ残りません。内部構造全体へ分散されます」


「どのくらいまで?」


「現在想定している物理衝撃の範囲では、破壊条件を確認できていません」


「……壊せない?」


「現時点では」


「それを隕石にぶつけるの?」


「必要であれば」


 蓮はしばらく黙った。


「これ、電源は?」


「長距離無線電力網です」


「……あ」


 嫌な予感がした。


「どれくらいの重力場出せる?」


「定格電力供給下では、この質量の機械としては従来不可能だった規模の重力制御が可能です」


「隕石は確実に壊せる?」


「BABEL防衛基準で想定される質量および相対速度範囲内であれば、破砕成功率は100パーセントです」


「百パーセントって言った?」


「はい」


 蓮は先ほど見た戦闘艇のある方向を振り返った。


「……これ、あの戦闘艇に使ったら?」


「破壊できます」


「どっちが強いの?」


「用途が異なります」


「そういう話じゃなくて」


「用途が異なります」


「二回言ったな」


      ◇


 蓮は嫌な予感のまま、聞かなければいいことを聞いた。


「ほかにも何か造ってない?」


「あります」


「あるのかよ」


「アマテラスにPULSARを搭載しました」


「……何それ」


「人工パルサー砲です」


 蓮が止まった。


「パルサーって、あのパルサー?」


「はい」


「中性子星の?」


「中性子星そのものを生成するわけではありません。高速回転する強磁場および重力場を人工的に構成し、放射機構の一部を再現します」


「待って待って」


 美冬まで少し顔を引いた。


「アマテラスにそんなもの付けたの?」


「はい」


「なんのために?」


「万一、遠距離から大型宇宙物体を排除する必要が生じた場合に備えてです」


「大型宇宙物体って便利な言葉だな」


 収束させれば、極めて遠距離まで高密度の放射を到達させる。


 収束を弱めれば、射程と単位面積当たりの威力を犠牲にして広範囲へ照射することもできる。


「……連射できる?」


「できません」


 蓮は少し安心した。


「発射準備には時間を要します。人工パルサー状態を形成し、磁場、重力収束場、船体姿勢を安定させる必要があります」


「どのくらい?」


「条件によりますが、通常状態から十数分です」


「長いな」


「そのため通常兵装には適していません」


「通常兵装って言った?」


「はい」


「もう兵器なのは認めるんだな」


「PULSARについては、その用途を含めて設計しています」


「黒い玉より潔いな」


 蓮は少し考えた。


「それが一番やばいやつ?」


「いいえ」


 嫌な返事だった。


「……まだあるの?」


「BABELのカウンターウェイトにも大型PULSARを設置しています」


 蓮はしばらく何も言わなかった。


「カウンターウェイトって……あの、外側の重り?」


「はい」


「何のため?」


「BABEL防衛用です」


「またそれ?」


「球形迎撃機では安全に処理できない大型天体が接近した場合の最終防衛手段です」


 カウンターウェイトは、BABELを支えるためにもともと巨大な質量を必要とする。


 その内部容積と構造質量を利用して、アマテラス搭載型よりはるかに大きな人工パルサー発生設備が組み込まれていた。


「撃つのに時間は?」


「アマテラス搭載型より長くなります」


「威力は?」


「比較になりません」


 蓮は目を閉じた。


「これ、宇宙船に撃てるよな?」


「物理的には可能です」


「撃ったら?」


「現時点で想定される人工宇宙構造物であれば、重大な損傷または完全破壊が予想されます」


「……防衛砲台って性能じゃないだろ」


「BABELは非常に大きな防衛対象ですので」


「そういう問題かなあ」


 ナミは何もおかしいとは思っていない顔をしていた。


 蓮は窓の向こうを見た。


 黒い球体が一つ、星を隠しながら静かに浮かんでいる。


 その向こうにはJANUS。


 さらにBABEL。


 そして、はるか外側には巨大なカウンターウェイト。


 人類が宇宙へ出るために造った、新しい道。


「お前、BABEL造ってる間に何作ってたんだよ……」


 ナミが蓮を見る。


「BABELです」


 当然のように答えた。


「これ柳原さんに誰が説明するんだよ⋯⋯」


     ――第百二十五話 了


挿絵(By みてみん)

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