第121話 完成式の朝
人類居住区の地下駅は、夜が明ける前から普段とはまるで違う様子になっていた。
ホームへ続く広い通路には人の列ができている。家族連れ、若者の集団、旅装を整えた老人、大きな荷物を抱えた者。早朝だというのに、すでに酒を手にしている者までいた。
そのほとんどがエルフだった。
壁面には、大きく行き先が表示されている。
《HERMES SHINAR CITY》
「すごい人だな」
「みんな見に来たんだろ」
「そりゃ来るだろ。空まで続いてるんだぞ」
「俺、まだ実物を見たことないんだよ」
「俺もだ」
各地から人類居住区までやって来て、そこからさらにHERMESへ乗る。
今日の目的は同じだった。
完成したBABELを見ること。
そして、その完成を祝う式典へ参加すること。
さらに今回は、BABELの根元に造られたSHINAR CITYの商業地区や観光施設も、本格的に一般へ開放されることになっている。
「遊ぶところもできたって聞いたぞ」
「何がある?」
「知らん」
「知らないのに行くのか」
「人間が遊ぶために造ったんだろ?」
「ああ」
「なら面白いだろ」
妙な説得力があった。
『まもなくSHINAR CITY行きが到着します。乗車される方は、案内に従ってお進みください』
柔らかな女声が響く。
列がゆっくりと動き始めた。
今日のHERMESは、早朝からほとんど休みなく人を運んでいた。
◇
車両が動き出したことに気づかなかった者は多かった。
「……もう出た?」
「たぶん」
窓のない白い車内では外の様子も分からない。
加速した感覚もほとんどない。
しばらくして、再び案内音が鳴った。
『SHINAR CITYに到着しました』
「もう?」
「早すぎないか?」
百キロを超える距離を移動したとは思えない。
だが扉の向こうに広がっていたのは、先ほどまでいた駅とはまるで違う巨大な地下空間だった。
乗客たちが次々とホームへ降りていく。
その頭上では、何機もの小型案内ロボットが静かに飛んでいた。
『完成式会場へ向かわれる方はこちらです』
一機が高度を下げ、人々の少し前を飛び始める。空中には青い矢印が表示された。
別の機体が横から近づいた。
『宿泊施設をご利用の方はこちらへどうぞ』
さらに高いところを、客の荷物を積んだ搬送機が通過していく。
「どれについて行けばいい?」
『完成式をご覧になりますか?』
「お、おう」
『では、私についてお進みください』
「こいつ、俺に返事したぞ」
「人間の街の機械なんだから、それくらいやるだろ」
「そうなのか?」
「たぶん」
知ったような顔で答えた男も、本当のところは知らなかった。
ただ、人類居住区へ何度か来たことのある者にとって、自分で飛び、話し、こちらの言葉を理解する機械は、以前ほど珍しい存在ではなくなっている。
地上へ向かう大型昇降機が、次々と人を飲み込んでいった。
そして地上へ出た瞬間、何人もの足が止まった。
街があった。
広大な中央広場。
何階建てもの建物。
道路を静かに走る車両。その両側の歩道を、エルフ、人間、ゴブリンまでが入り交じって歩いている。
上空には案内ロボットや小型搬送機が飛び交っていた。
さらに、その街の中心。
BABEL。
地上から伸びた巨大な構造物が、そのまま空へ突き刺さっている。
見上げても終わりがない。
雲を貫き、そのさらに上へ続いていた。
「……でかいな」
誰かが呟いた。
言葉にすれば、それしか出てこなかった。
だが隣にいた子供は、すぐ別の方向へ目を向けた。
「父さん、あれ何?」
「どれだ?」
「あれ」
指差した先には、巨大な輪があった。
巨大な荷馬車の車輪のようなものがゆっくり回っている。
その向こうには巨大な球体。
さらに少し離れた場所には、建物の間を縫うように複雑な軌道が伸びていた。
「……何だろうな」
「乗れる?」
「知らん」
近くにいた男が笑った。
「遊ぶために造ったものらしいぞ」
「何して遊ぶの?」
「それは知らん」
「知らないの?」
「人間が造る物なんて、見ただけで分かる方が珍しいだろ」
周囲から笑いが起きた。
別の女が巨大な輪を見上げる。
「でも、面白いんじゃない?」
「なんで?」
「人間たちが、わざわざ遊ぶために造ったんでしょう?」
「らしい」
「なら面白いはずよ」
「それだけ?」
「映画だって最初は何をするものか分からなかったじゃない」
「あれは面白かったな」
「じゃあ、あとで行こう」
「行く!」
何をする施設なのかは分からない。
だが、それで困る者はいなかった。
むしろ、分からないからこそ興味を引かれている。
中央広場へ向かう人の流れから外れ、早くもアトラクションエリアへ歩き出す者たちが現れ始めた。
◇
『中央広場は直進です。商業地区は左手です』
飛行する案内ロボットが、人の流れをいくつにも分けていく。
「そちらの方、ホテルをご利用ですか?」
白を基調とした制服を着た若いエルフの職員が、鞄を持った家族へ声をかけた。
「そうだ」
「でしたら、この案内機について――」
そこまで言ってから、頭上の機体を見た。
「……違った」
『私は商業地区担当です』
「分かっています」
『先ほど宿泊施設への案内を指示されました』
「今、直します」
『了解しました』
案内ロボットが少し上昇する。
代わりに、近くを飛んでいた別の一機が降りてきた。
『宿泊施設までご案内します』
「こちらです!」
職員は笑顔で家族を送り出した。
その少し離れたところでは、別のエルフ職員が空中表示を見上げている。
「東口、多くないですか?」
「西側へ誘導を増やしてるから大丈夫」
隣にいた人間の職員が答えた。
「私たちは?」
「迷ってる人と、機械だけじゃ対応しにくい人を見てればいいよ」
「分かりました」
「あと、そんなに走らなくても間に合うから」
「はい!」
返事をした直後に走っていった。
人間の職員は、その背中を見送って苦笑した。
現地から採用された職員たちにとって、今日は初めての本番だった。
訓練は受けている。
案内設備の扱いも、受付も、緊急時の対応も覚えた。
だが、数万人規模の客が実際に押し寄せる状況までは、研修では再現できない。
それでも、施設そのものは問題なく動いていた。
案内ロボットが人の流れを整理する。
清掃機が自動で巡回する。
上空では監視機が混雑を確認し、荷物は無人搬送機が運んでいく。
必要ならイザナミが案内経路そのものを変更する。
人間やエルフの職員は、その中で人の判断が必要な仕事を受け持てばよかった。
「ミレアさん!」
呼ばれて、ミレアは振り返った。
「はい!」
「東側休憩区画、もう七割です!」
「分かりました。確認します」
ミレアは手元の端末を操作した。
「東側休憩区画が七割です。臨時区画は開放しますか?」
『開放してください。案内機を二機追加します』
「了解しました」
すぐ近くにいた職員へ声をかける。
「臨時休憩区画が開きます。そちらの案内をお願いします」
「はい!」
「飲料水の残量も確認してください」
「分かりました!」
職員が駆けていく。
「走らなくても大丈夫ですよ!」
「はい!」
やはり走っていった。
ミレアは少しだけ笑った。
自分だって、人のことは言えない。
まだ研修を終えたばかりだ。
迷えば確認する。
分からなければ聞く。
今日は通常の担当業務ではなく、完成式に合わせて来賓対応の応援にも入っていた。
それでも、最初にここへ来た頃とは違う。
もう客としてBABELを見上げているだけではない。
自分も、この施設を動かす側にいる。
「ミレアさん。来賓側の到着予定、更新されました」
「今行きます」
感慨に浸っている暇などなかった。
◇
「また増えた?」
天城蓮が聞いた。
『はい』
壁面にはSHINAR CITY周辺の広域図が表示されていた。
人類居住区。
各領地へ伸びる街道。
上空を移動する飛行艇。
さらに、街へ向かっている人の集団までが細かな表示として示されている。
『現時点でのSHINAR CITY到着者は一万二千三百六十一名です』
「それはまだいい」
『人類居住区でHERMESへの乗車を待っている者、各街道を移動中の集団、確認済みの飛行艇搭乗者を含め、本日の総来訪者数は三万三千名前後と推定します』
「昨日より増えてるよな」
『はい』
「どのくらい?」
『昨日二十三時時点の予測より、約十三パーセント増加しています』
蓮は椅子の背にもたれた。
「みんな暇なの?」
「BABELの完成式ですよ」
柳原が言った。
「そうだけど」
「それにSHINAR CITYの観光施設も今日から本格開放でしょう」
神崎美冬が手元の端末を見ながら続けた。
「誰だよ。完成式と同じ日に全部開けることにしたの」
「行政側と運営側で決めたことですよ」
「柳原さんもいた?」
「いましたが、私一人で決めたわけではありません」
「止めもしなかったでしょ」
「天城さんも、重力制御を使う設備にはずいぶん口を出していたでしょう」
「安全面だけだよ」
『天城蓮は複数の設備について技術的助言を行っています』
「ナミ。記録を掘り返さなくていい」
『事実確認です』
「そういうところだぞ」
蓮は顔を擦った。
前日の朝から、ずっとこんな調子だった。
BABEL本体の最終確認。
クライマーの運行。
JANUSとの通信。
式典会場。
一般開放区域。
重力制御を使用する設備の安全確認。
一つ終われば、また別の確認が入る。
「でも、輸送そのものは問題ないんだろ?」
柳原が聞く。
「BABELは余裕。クライマー一便で九千人くらい運べるんだから」
「なら問題は地上側ですね」
「そっち。飯、休憩所、救護、迷子、ホテル。あと、みんな好きなところへ行くから」
『現在の人流は想定範囲内です』
「ならいい」
『ただし、アトラクションエリアへの流入率が予測を上回っています』
「もう?」
『はい』
「式典まだ始まってないんだけど」
『来訪者に式典開始まで待機する義務はありません』
「正論だな」
柳原が笑った。
その時、表示の一部が点滅した。
『追加報告です』
「今度は何?」
『ベルグ方面から到着したゴブリンの人数が、当初の申告を大幅に上回っています』
「バルガたち?」
『正式招待者を含みます。ただし、一般見学者が多数同行しています』
「迎えはいらないって言ってたよな」
「ええ」
柳原が頷く。
「自分たちで来る、と」
「まあ、そう言うよな」
『さらに、人類居住区へダークエルフの一団が到着しました』
蓮は少しだけ黙った。
「誰?」
『先頭にセレネを確認しています』
「ああ」
「納得するんですか?」
美冬が聞く。
「セレネだから」
◇
「蓮! 久しぶりだな!」
SHINAR CITY中央広場の外周で、聞き慣れた声が飛んできた。
蓮が振り返る。
白い髪。
褐色の肌。
軽装。
何人かのダークエルフを連れたセレネが、真っ直ぐこちらへ歩いてくる。
「セレネ」
「ああ」
「来るって聞いてないんだけど」
「言ってないからな」
「なんで来たの?」
セレネは空を指した。
「完成したんだろ」
「うん」
「だから来た」
「それだけ?」
「他に何がいる?」
「……いらないな」
「だろう」
話が早い。
「やあ、蓮」
今度は横から声がした。
アルベルトだった。
「アルベルトも?」
「空へ続く道が完成したんだ。来ない理由がないだろう」
「お前、こういうの好きそうだもんな」
「当然だ。未知へ続く道というものは、それだけで――」
「長くなるぞ」
セレネが遮った。
アルベルトが口を閉じる。
「まだ何も言ってないだろう」
「分かる」
「ひどいな」
その時、少し離れたところから子供たちの声が聞こえた。
「レモちゃん!」
「こっち!」
「レモちゃん、あれ行こう!」
「一度に言うでない!」
二本の角。
黒を基調とした服。
レモちゃんが大勢の子供たちに囲まれていた。
一人の子供がアトラクションエリアを指差す。
「あれ!」
「どれじゃ!」
「大きい丸いやつ!」
レモちゃんが巨大な輪を見る。
「……何をするものじゃ?」
「知らない!」
「知らぬのか!」
「でも面白いって!」
「そうか!」
一瞬で納得した。
「ならば行くぞ!」
「おー!」
子供たちを引き連れ、走っていく。
「待て! 式典!」
蓮が声を上げた。
誰も振り返らない。
セレネがその後ろ姿を見る。
「あれがレモちゃんか」
「うん」
「元気だな」
「元気すぎる」
アルベルトも遠くの巨大な輪を見ていた。
「あれは何をする施設なんだ?」
「俺も詳しく知らない」
「蓮も?」
「担当じゃないし」
セレネが先に歩き出した。
「なら、あとで乗れば分かる」
「乗る気なの?」
「来たんだからな」
実に分かりやすかった。
◇
昼が近づくにつれ、SHINAR CITY上空へ飛行艇が集まり始めた。
一般客を運ぶものではない。
各領地へ来賓を迎えに出していた機体だった。
一機目が専用発着区画へ降りる。
続いて二機目。
三機目。
五人の領主たちが、それぞれ家族や随員とともに到着していった。
エドガル。
グレゴール。
オスカー。
マティアス。
そして、ヴァルディア領主バルガス・ヴァルディア。
以前にも人類の街へ来たことがある。
BABELの建設中の姿も見ている。
それでも、完成したSHINAR CITYは別物だった。
「……ずいぶん増えたな」
オスカーが辺りを見る。
建物ではない。
人だ。
どこを見ても人がいる。
白い案内ロボットが上空を行き交い、その下を観光客が流れていく。
商業地区からは料理の匂いが漂い、すでに多くの店に客が入っていた。
さらに遠くでは、用途の分からない巨大な構造物がいくつも動いている。
「また何か造ったな」
エドガルが言った。
「何だ、あれは」
マティアスが巨大な輪を見る。
「知らん」
エドガルが答えた。
「お前でも知らんのか」
「最近できたものまで全部知っているわけではない」
バルガスは別の方向を見ていた。
商業地区の一角。
《ラーメン地球家》
その近くには、《ラァメンマシマシ屋》。
そしてもう一軒。
《ヴァルディア式ラーメン》
人類居住区で営業していた店が、SHINAR CITYにも新たに店を出していた。
バルガスの曖昧な記憶から始まった料理だったが、料理長が本気で研究を重ねた結果、今では澄んだスープを軸にした本格的な淡麗ラーメンへと進化している。
すでに店の前には列ができていた。
「……悪くない場所だな」
エドガルがその視線に気づく。
「嬉しそうだな」
「何がだ」
「顔だ」
「普通だ」
全然普通ではなかった。
「お父様」
声に、エドガルが振り返った。
白を基調とした制服を着たミレアが立っていた。
「ようこそ、SHINAR CITYへ」
頭を下げる。
その後ろでは、同じ制服を着たエルフの職員たちが来賓の荷物を確認し、空中で待機している搬送機へ預けていた。
少し離れたところには、人間の主任職員もいる。
「慣れたようだな」
エドガルが言った。
「まだまだです」
「そうは見えん」
「今日は、そう見えるように頑張っています」
ミレアは少しだけ笑った。
「本日は来賓対応の応援に入っています。皆様、まず共用ラウンジへご案内します。それぞれの控室も別に用意されています」
頭上へ一機の案内ロボットが降りてくる。
『こちらへどうぞ』
五領主たちは、その後を歩き始めた。
◇
王家を乗せた飛行艇が到着したのは、その少し後だった。
王家の紋章。
専用区画へ機体が静かに降りる。
扉が開いた。
白と金を基調とした衣装。
長い外套。
顔の上半分を覆う黄金の仮面。
アルセリア王国国王、レオニアス・アウレリウス・アルセリア。
今日は、お忍びで人類の街を歩いていたレオニスではない。
正式な国王としての訪問だった。
王族。
重臣。
近衛。
その列の前へ、柳原が進み出る。
「ようこそお越しくださいました」
「招待に感謝する」
短い挨拶を交わす。
レオニアスは、まずBABELを見た。
巨大な構造物が地上から真っ直ぐ空へ伸びている。
以前、完成後の姿は仮想空間で見ていた。
だが、実物は違う。
しばらく見上げたあと、その視線が横へ動いた。
「柳原殿」
「はい」
「あれは何だ?」
指した先には、巨大な輪。
「観覧車という娯楽施設です」
「何をするものだ?」
「それは、実際に乗っていただくのが一番早いかと」
柳原は少し笑った。
レオニアスはもう一度見る。
「人間は、遊ぶためにあれを造ったのか」
「人間だけで造ったものではありませんが、まあ、そういうものです」
「そうか」
それ以上は聞かなかった。
だが、来賓施設へ向かう途中で、もう一度そちらを見た。
さらに少し進み、今度は巨大な球体施設を見る。
「あれもか?」
「はい」
「何をする?」
「そちらも、中へ入った方が早いでしょうね」
「……そうか」
レオニアスは黙った。
明らかに気になっていた。
◇
来賓施設には、王家用の控室、各領主家が使える小部屋、そのほか随員用の待機室まで用意されていた。
その中央には大きな共用ラウンジがある。
式典開始前になると、主要な来賓たちは自然とそこへ集まり始めた。
王家。
五領主。
人類自治政府の関係者。
そして、ベルグからの一行。
「迎えを出すと言ったんですがね」
柳原が言う。
「必要ない」
バルガが答えた。
「ここまで来るだけだ」
「そう言うと思いました」
「それより」
バルガが窓の外を見る。
中央広場の向こう。
BABEL地上ターミナル。
「クライマーはどこだ」
「式典が終われば見られますよ」
「外から見るだけでいい」
「あとで」
「触らん」
「誰も触るとは言ってません」
「顔に書いてある」
「あなたが言うと不安になるんですよ」
バルガは不満そうに鼻を鳴らした。
窓際では、五領主たちが広場を見下ろしている。
人の波。
エルフが圧倒的に多い。
その中に人間、ゴブリン、ダークエルフが混じっていた。
中央広場へ向かう者。
商業地区へ向かう者。
すでにアトラクションエリアへ入っている者。
空中では案内ロボットが絶えず行き交っている。
「今日だけで、これだけ集まったのか」
グレゴールが言う。
「ええ」
柳原が答えた。
「最終的には三万人を超える見込みです」
オスカーはしばらく外を見ていた。
「街道の話、急いだ方がよさそうだな」
「私もそう思います」
マティアスが頷く。
「今日だけならともかく、今後も人が来るならな」
バルガスは少し離れた場所から商業地区を見ていた。
「ヴァルディア式が一番並んでいる」
エドガルが横を見る。
「そこしか見ていなかったのか?」
「重要だろう」
「地球家にも並んでいるぞ」
「向こうより長い」
「張り合うな」
少し離れた窓際では、レオニアスが何も言わず外を見ていた。
BABEL。
中央広場。
商業地区。
そして時折、アトラクションエリア。
◇
『式典開始まで十五分です』
イザナミの声が響いた。
蓮は壁にもたれていた身体を起こした。
「やっと始まる」
「始まってからの方が忙しいですよ」
美冬が言う。
「分かってる」
『現在のSHINAR CITY来訪者数、二万七千百九十四名』
「まだ来る?」
『はい。移動中の集団を含めた本日の総来訪者数は、およそ三万三千から三万五千名と推定します』
「もう好きに来て」
『すでにそうなっています』
「ナミ、今日ちょっと厳しくない?」
『事実を述べました』
柳原が笑いながら立ち上がる。
「そろそろ行きましょう」
扉の外では、現地職員たちが最後の確認をしていた。
白を基調とした制服を着たエルフの職員が多い。
その間に、少数の人間が混じっている。
さらに頭上では、何機もの案内ロボットが次の仕事へ飛んでいく。
完璧ではない。
だが、動いている。
街も。
人も。
BABELも。
「来賓の皆様、準備が整いました」
ミレアが扉の前で一礼した。
レオニアスが立つ。
五領主も続く。
バルガたちゴブリンも席を離れる。
扉が開いた。
広場を埋め尽くすざわめきが、一気に流れ込んできた。
蓮は外を見た。
「……多いな」
「今さらですね」
柳原が言う。
蓮はそのまま空を見上げた。
BABELが伸びている。
地上から雲を貫き、その先へ。
これまでは、建設中の巨大構造物だった。
今日からは違う。
この星から、宇宙へ続く道になる。
「じゃあ、始めよう」
蓮は広場へ歩き出した。
――第百二十一話 了
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