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第119話 宇宙ゴブリン?

 ニーツェルが人類居住区を去ってから、イザナミの分散化計画はすぐに動き始めた。


 JANUSの軌道工場では生産ラインの一部が切り替えられ、最初の演算衛星が組み上げられた。完成した衛星はJANUSから静かに離れ、自身の推進系で予定軌道へ向かう。管制室の表示上で新しい光点が軌道へ収まると、その表示が青へ変わった。


『第一演算衛星、同期を完了しました』


「とうとうアマテラスの外に出たか」


『はい』


 ナミの返答を聞き、蓮は表示をしばらく眺めた。ニーツェルとの問答から始まった話が、もう物理的な形になってEDENの周囲を回っている。


 そしてJANUSの別区画では、さらに大きな構造物の建造も進んでいた。主星へ送る発電衛星群である。


 一基ずつ飛ばすのではない。複数の発電衛星を一つの輸送構造へまとめ、長距離航行に必要な重力推進系や航法、通信設備を共有する。主星付近へ到達した後、それぞれが分離して所定の軌道へ入る計画だった。


 もっとも、現在はまだ建造の真っ最中である。


 JANUSの貨物区画には、今日もBABELから上がってきた大量のコンテナが運び込まれていた。金属、炭素材料、各種の希少元素。宇宙に巨大な工場を造ったところで、材料まで無から生まれるわけではない。今のところ、その大半はEDENで掘り出している。


 蓮は搬入されるコンテナを眺めながら、小さく息を吐いた。


「……ベルグに話さないとな」


 隣にいた美冬も、何を言いたいのかすぐに理解したらしい。


「そうですね」


「怒るよな」


「たぶん」


 少し前まで、人類側は資源が足りないと言ってゴブリンたちに協力を求めていた。新しい鉱床を探し、採掘量を増やし、人類側へ鉱石を供給してほしい。そのために探査装置や採掘機械まで提供し、共同で資源開発を進めている。


 ところが、宇宙資源の利用計画が現実味を帯びてきた。


 小惑星。衛星。そしてさらに先には、生命圏を持たない岩石惑星もある。宇宙から必要な資源を得られるようになれば、わざわざ生物の暮らすEDENを大規模に掘り続ける理由は薄くなる。


「頼む時は散々頼んで、今度は宇宙から持ってこれそうだから減らします、だもんな」


「その言い方は絶対にしないでくださいね」


「分かってるって」


「本当に?」


「柳原さんが説明するんだろ?」


「天城さんも同席です」


「……じゃあ黙ってようかな」


「それも困ります」


      ◇


「前と言ってることが違うだろ!」


 バルガの怒声が会議室に響いた。


 蓮は椅子に座ったまま、心の中でやっぱり来た、と思った。


 ベルグ側から来ているのはバルガだけではない。鉱山技師や坑道設計を担当する者、資源管理に関わる者たちも数人同席している。人類側は柳原、蓮、美冬、それに資源担当者。ナミも少し離れた場所に座っていた。


「その通りです」


 柳原は正面から認めた。


「以前、我々は資源が不足しているため、採掘と供給に協力していただきたいとお願いしました。そして実際、大変助かっています」


「もっと必要になるとも言ったな!」


「はい」


「それで今度は減らすだと!」


「すぐに必要なくなるわけではありません。現在進めている採掘もありますし、宇宙からの資源調達が安定するまでは――」


「どこから持ってくる!」


 バルガが机を叩いた。


 柳原が一瞬だけ黙る。


「……鉱石をですか?」


「それ以外に何がある!」


「宇宙からです」


「宇宙のどこだ!」


 まだ怒っている。だが、その怒り方が少しおかしい。


 蓮は眉をひそめた。


「まず考えてるのは小惑星だな」


「ショーワクセー?」


 バルガの隣に座っていたゴブリンが聞き返す。


 蓮は卓上表示を操作し、簡単な天体図を出した。


「こういうやつ。恒星の周りを回ってる岩だよ」


「岩?」


「そう。大きさはいろいろだけど、でかいものなら山どころじゃない」


「山より大きいのか?」


「あるよ」


 バルガの声から、少しずつ怒気が抜けていった。


「全部、岩なのか?」


「岩石が主体のものもあるし、金属を多く含んでるものもある」


 鉱山技師の一人がすぐに身を乗り出した。


「鉄は?」


「鉄やニッケルを多く含むものもある」


「銅は?」


「ある」


「銀は?」


「天体次第だな」


「金は?」


「それを含むものもある」


 ゴブリンたちが顔を見合わせた。さっきまでとは、明らかに空気が違う。


「……待て」


 バルガが表示を睨んだ。


「小惑星というのは、一つしかないのか?」


「いや。たくさんある」


「どれくらいだ」


「どれくらいって言われても……かなり」


「山ほどあるのか?」


「比喩じゃなく山ほどあるな」


 今度は誰も怒鳴らなかった。全員が卓上表示へ顔を寄せる。


「お前たち、前に惑星がいくつもあると言っていたな」


「ああ」


「ほかにも岩の星があるのか?」


「岩石惑星もあるし、衛星にも資源はある」


「そこも掘れる?」


「将来的には候補になる」


「惑星を?」


「惑星全部を掘るわけじゃないぞ」


「そんなことは聞いていない」


 バルガが苛立ったように言った。


「鉱山を作れるのかと聞いている」


「技術的には作れる」


 その瞬間、隣の鉱山技師がぽつりと呟いた。


「……宇宙には、掘れる岩がそんなにあるのか」


「ある」


「なら、そこに鉱山を作るんだろう?」


「まあ、そうなるな」


 別のゴブリンが聞いた。


「誰が掘る?」


「最初は無人採掘機を使うつもりだけど」


「なぜだ!」


 再びバルガの声が響いた。


 蓮は思わず身を引いた。


「なんでそこでまた怒るんだよ!」


「なぜ機械だけで掘る!」


「危ないからだよ。宇宙だぞ!」


「俺たちが行けばいい」


「……はい?」


 会議室が静かになった。


 バルガは、何がおかしいのか分からないという顔をしている。


「俺たちの方が岩を知っている」


「いやいや、場所が違いすぎるから」


「岩なんだろう?」


「岩だけど」


「なら掘れる」


「空気ないぞ」


「作業する場所に入れればいい」


「外は真空だぞ」


「外に出なければいい」


「重力だってほとんどないところがある」


「それは覚える」


「簡単に言うなよ」


 バルガの隣にいた年配の鉱山技師が口を開いた。


「掘るなら、中へ入るんだろう?」


「方法としてはそうなるだろうな」


「なら、岩が外から守る」


 蓮は言い返そうとして、止まった。


「……ああ。放射線か」


 バルガが眉を寄せる。


「何だ、それは」


「宇宙を飛び回ってる、身体にあまり良くないものだと思ってくれ。目には見えないけどな」


 蓮はナミへ目を向けた。


「ゴブリンの耐性って、どうだった?」


『人類より高いです。ゴブリンを含む当時のデザインヒューマンは、環境耐性について複数の改変が行われています』


「それで、岩の中に入ればさらに遮れる?」


『十分な厚さがあれば、宇宙放射線の多くを低減できます』


「ほら見ろ」


 バルガが即座に言った。


「今初めて放射線って言葉聞いたくせに、何を見たんだよ」


『ただし、真空、低重力環境、閉鎖空間での生命維持など、別の危険要因があります』


「なら覚える」


「やっぱりそうなるのか」


 バルガは腕を組んだ。


「前にもあったな」


「何が?」


「お前たちの機械が、ここから掘れと言った場所を、俺たちが変えた」


 蓮は思い出した。


 人類の地下探査技術は、ゴブリンのものとは比較にならないほど高度だった。それでも実際に坑道を通すとなれば、話は別だった。岩の割れ方、水の流れ、崩れやすい地層、古い坑道、地面の癖。探査機が示した掘削経路を、何世代にもわたって地下で暮らしてきたゴブリンの技師が修正したことは、一度や二度ではない。


「宇宙の岩が同じとは限らないぞ」


「だから実際に見に行く」


「……」


「無人機は調べた数字で動く。俺たちはその場で岩を見て、割れ方を見て、掘り方を変えられる。機械だけに任せるより、俺たちがいた方が早いんじゃないのか」


「それは……」


「違うか?」


 蓮は即答できなかった。


 少なくともEDENの地下では、その通りだったからだ。


「まだ誰も行かせるって言ってないぞ」


「なら今決めろ」


「決められるか」


 バルガは身を乗り出した。


「掘らせろ」


 蓮は柳原を見た。柳原も蓮を見た。


 少し前まで、人類側は採掘量を減らすと言えばゴブリンたちが怒ると思っていた。


 確かに怒られた。


 ただし、どうやら怒っていた理由からして違っていたらしい。


      ◇


「行くのであれば、訓練は徹底的に受けてもらいます」


 柳原が言った。


 会談は既に一時間を超えていた。議題はいつの間にか、ベルグからの資源調達を減らす話から、ゴブリンが宇宙採掘へ参加できるかという話へ完全に変わっている。


「どれくらいだ」


 バルガが聞く。


「こちらが安全に作業できると判断できるまでです」


「随分曖昧だな」


「ゴブリンを宇宙へ送り出した前例がありませんからね」


 柳原は平然と答えた。


「真空、減圧、低重力、無重力、生命維持装置の故障、火災、通信途絶、宇宙服の損傷、採掘設備の故障、緊急退避。採掘技術以前に覚えていただくことがあります」


「全部やるのか?」


「やってもらいます」


「実際に事故を起こすのか?」


「VRを使います」


「ヴイアール?」


「本物に近い環境と事故を再現して、何度でも訓練する仕組みです」


 バルガは少し考え、それから頷いた。


「ならやる」


「まだ参加を決定したわけではありません」


「その判断をするためにも必要なんだろう?」


「……まあ、そうですね」


 柳原は小さく笑った。


      ◇


 数日後。


 宇宙採掘への参加を希望したベルグ側の者たちは、再び人類居住区へ集められていた。正式な宇宙要員になったわけではない。まず身体検査を行い、訓練方法や必要になる装備を洗い出すためだった。


「先に説明しておくことがあります」


 医療担当者が言った。


「宇宙で長期間活動する場合、医療用ナノマシンの導入を推奨します」


 バルガの眉が動いた。


「身体の中に入れるのか?」


「はい。健康状態を常時監視し、異常の早期検出や必要な医療支援を行います」


「誰が動かす?」


「基本的には自動です。必要に応じて医療システムと連携します」


「取り出せるのか?」


「処置を行えば可能です」


 バルガは少し黙った。


「俺は入れん」


 蓮が横から口を挟む。


「即答だな」


「身体の中に、お前たちの機械を入れる話だ。簡単に決めるものじゃない」


「まあ、それはそうだけど」


「入れなければ宇宙へ行けないのか?」


 医療担当者が首を横に振った。


「必須にはしません。ただし、健康状態の監視は宇宙服や設備側で補う必要があります。それとは別に、作業中の情報を提示する手段も用意しなければなりません」


「情報?」


「坑道図、機器の状態、気圧、酸素量、警報、通信などです。人類が現在使っている仕組みは、身体側のナノマシンや周囲の環境型ナノマシンとの連携を前提にしている部分があります」


「それも身体に何か入れなければ使えないのか?」


「現在の方式をそのまま使うなら、そうなる部分があります」


 バルガは腕を組んだ。


「なら、身体に入れなくても使えるものを作ってくれ」


「簡単に言うなあ」


 蓮はそう言いながらも、頭の中では既に古い記憶を探していた。


 ほかのゴブリンたちの反応は分かれていた。安全になるなら医療用ナノマシンを受け入れてもいいという者もいれば、バルガと同じように身体の中へ機械を入れること自体に抵抗を示す者もいる。説明をもっと聞いてから決めたいという者もいた。


 人類側も、それを無理に統一するつもりはなかった。


 問題は、ナノマシンを利用しない者へどうやって大量の作業情報を渡すかである。


      ◇


「昔の方式を使うか」


 その日の検討で蓮が言うと、美冬がすぐに気づいた。


「VEILですか?」


「うん。あれなら身体に何も入れなくていい」


「さすがに昔の物をそのまま復元しても使いづらいでしょう」


「形と基本思想だけ借りればいいよ。網膜投影と通信はそのまま残して、操作系も中身も今の技術にする」


 蓮はナミを見る。


「できる?」


「可能です」


「早いな」


「過去のVEILの設計資料を基礎とし、現行技術へ置き換えます。宇宙作業用として必要な機能も追加できます」


「じゃあ頼む」


「承知しました」


 人類にとってVEILは、遥か昔に一時代を築いたガジェットだった。Visual Environment Interface Layer。視界へ情報の層を重ねることから、身に纏うベールという意味にも掛けられた名前である。


 スマートフォンの次の時代に普及し、やがてさらに直接的な情報インターフェースへ置き換えられて姿を消した。


 その古い道具を、数千年後の技術で作り直す。


 イザナミにとって、それは難しい仕事ではなかった。


      ◇


 さらに数日後。


「これならどうだ」


 蓮が机の上へ細身の眼鏡を置いた。


 再び呼ばれたバルガは、それを手に取って裏表を確かめる。


「眼鏡か?」


「VEIL」


「ベール?」


「Visual Environment Interface Layer。頭文字を取ってVEIL。大昔、人類でかなり流行った通信端末だよ」


「昔の道具なのか?」


「元になったものはな。スマートフォンの次くらいに流行った」


「スマートフォンが分からん」


「ああ、そこはもういい」


 蓮は苦笑した。


「外見と基本的な使い方だけ昔のものを残してる。中身はナミが今の技術で設計し直した」


「これなら身体には入れない?」


「何も入れない。掛けるだけ」


 バルガは少し警戒しながらVEILを掛けた。


 一瞬だけ視界の端に光が走る。瞳の位置、焦点、視線の動き、脳波、指の動きが自動的に読み取られ、使用者に合わせた設定がほとんど瞬時に完了した。


「……何だ、これは」


「もう使えるよ」


「もう?」


「今ので全部合わせた」


 バルガの目の前には、裸眼では存在しない文字や記号が浮かんでいるはずだった。


「レンズの中から網膜へ直接映してる」


 蓮が操作すると、バルガの視界へベルグの立体坑道図が送られた。


 バルガが黙る。


 視線を動かし、指先をわずかに動かした。坑道図が回転する。もう一度動かすと、今度は一部が拡大された。


「触ってないぞ」


「指の動きを認識してる。脳波も補助的に使ってるから、慣れればもっと小さい動きで操作できる」


 バルガの顔が険しくなる。


「頭の中を読むのか?」


「読まないよ。操作しようとした時の反応を拾ってるだけ。考えてること全部読めるような物だったら、俺だって嫌だ」


 バルガは納得したのかどうか分からない顔のまま、再び表示へ意識を戻した。坑道を拡大し、階層を切り替え、別の経路を呼び出す。初めて触るにしては覚えるのが早い。


「音声通話もできます」


 少し離れたところにいたナミが言った。


「通話?」


「同じVEILを使用している者同士で会話できます。通信網に接続された端末との通話も可能です」


「お前とも話せるのか?」


「場所によります」


 バルガが眉を寄せた。


「どういう意味だ」


「宇宙船やJANUS、将来建設される宇宙採掘拠点など、私の管理系に接続された環境では、必要に応じて私とも通信できます。ただし、VEILを装着していれば、どこからでも私と通信できるわけではありません」


「ベルグでは?」


「通信設備を整備すれば、VEIL同士の通話は可能です」


「それでいい」


 バルガは即答した。


「作業員の場所も出せるか」


「通信網と位置情報を連携すれば可能です」


「崩れた坑道は?」


「情報が入力されれば表示できます」


「逃げ道は?」


「使用可能な経路を算出して提示できます」


「岩盤の探査結果も重ねられる?」


「可能です」


「離れた坑道にいる奴とも話せる?」


「通信設備が届いていれば」


 バルガはVEILを外した。


 しばらく手の中の眼鏡を眺め、それから蓮を見る。


「天城」


「何?」


「これはベルグでも使いたいぞ」


 蓮は数秒黙った。


「……宇宙へ行くために作ったんだけど」


「それはそれだ」


 ――第百十九話 了


挿絵(By みてみん)

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