第53話 静かな暮らしはまだ遠い
シュヴァルツデッキ構築店を立ち上げてから1か月が経った。
おかげさまでぼちぼち人が入るようになり、リーゼと2人で食べていくことはできそうだ。
平和だ。本当は僕が望んでいたのは、こんな暮らしなのかもしれない。
昔リーゼに言った言葉を思い出す。
小さな店。
看板娘。
お嫁さんに子ども。
静かな暮らし。
あとは嫁に来てくれる人を探して、子どもができれば僕の理想の生活の完成か。
お嫁さんか。誰かいい人いないかな?
ルナさん?
コハクさん?
リコさん?
周りは美人揃いなのに、フリーの人が多い。
商売のことまで考えるなら、同業のコハクさんかリコさんだろうか?
しかしルナさんのはち切れんばかりの体も惜しい。
そんな妄想をしていると尻に衝撃が走る。
痛い‥
何事かと後ろを見るとリーゼに蹴りをかまされていた。
「なんで蹴るんだよ!」
「何か良からぬ事を企んでいる顔をしていた。
だから蹴った」
良からぬことではない。
だが、少し気後れしてしまった。
「いや、以前監獄に行く前に言ったろ。
小さい店で、お嫁さんもらって静かに暮らすってさ」
「あー、あのくだらん妄想か」
「くだらなくないから。
で、店と静かな暮らしは手に入ったし、あとはお嫁さんだけだなって」
「ふーん。結婚する気はあるんだな」
「静かなスローライフ目指しているからね」
「そうか‥」
リーゼは遠い目をしている。
「僕はそんな静かな暮らしができるか?
いや、待て‥」
リーゼが自分の世界に入ってしまったタイミングで客が来た。
火野と従者のサラさん。
監獄を出てから何度か会っているが、店に来たのは初めてだ。
なんでこの人達、腕組んでるの?
「よお、トオル。冷やかしに来たぜ」
「なんで腕を組んでるんだ?
従者へのセクハラで通報するぞ」
「いや、ほら、あんな狭い部屋で男女2人で住んでるとな。
同じ状況だからわかるだろ?」
わからん。リーゼにベッドは占拠されていて、僕は床で寝ている。
この1か月、甘い展開なんぞ一つもなかった。
「えっと、火野さんからお付き合いして欲しいって言われまして」
カップルになったってことか?
僕が望んでいる未来を先に手に入れた火野が、少し羨ましかった。
「そりゃおめでとう。
サービスしてやろうか?」
「いや開店祝いだ。俺が頼むよ。
梅の上を2人分頼む。銀貨10枚でいけるか?」
火野も大して金はないだろうに銀貨10枚だと?
僕の取り分である1割は、今回は受け取らないことにした。
「ほら、火野にはサラマンダーを軸にしたコンボだ。
条件付きで墓地から戻るスペルを組み合わせてある。
サラさんには、護衛で召喚獣を守った時に強化して反撃するコンボだ」
「早いな。早速実戦で試してみるぜ」
嬉しそうに店を出ていこうとする火野の裾を、サラさんが引っ張る。
「火野さん」
「あぁ忘れてた。
トオル、おまえ目立ってるみたいだから気をつけろよ」
「気をつける?」
「なんでもトオルの店で強化したローウェンが勝ちまくって噂になってる。
火の陣営でも同じような店作る動きもあるらしい。厄介ごとに巻き込まれないようにな」
他陣営が動き出したか。思ったより早かったな。
しかし、そう簡単に真似できるとも思えない。
新しいサービスを展開しながら様子を見るか。
「情報助かった」
「気にするなよ、親友」
火野が声を潜める。
「ところでこっちの世界ってどうやって避妊するんだ?」
色恋沙汰なんて何もない僕に聞くな‥
「後で教えてやるから」
「そうか、助かる」
絶対教えねぇ。
リア充爆発しろ!
しかし、もしもの時のためにちゃんと調べておこう。
来た時と同様、2人で腕を組んで帰っていく。いつか僕も‥
しばらくすると、僕のスポンサーのサキさんがやってきた。
正直この人は苦手だ。
お金を借りている手前何も言えないけれど、さっさと縁を切りたい。
「トオルくん久しぶりね。
すごくよかったわよ」
「へ?なんの話ですか?」
いきなり何の話かわからない。
サキさんはスッと声をひそめた。
「ラナ監獄の脱獄戦」
「なっ!?」
監獄の中の出来事を知る人はいないと思っていた。なのにこの人は知っている。
いや、おそらくどこかで見ていたのか。
「いや、まさかトオルくんが負けるとは思わなかったもの。
しかもそれが仕込みとはね。
あなたはいつも私を楽しませてくれるのね」
寒気が走る。
「あの、火野を紹介しましょうか?」
「火野くん?彼はまだよくわからないからいいかな。トオルくんの方が面白いし」
‥エスケープできなかった。
「あ、そうそう。監獄の獄長がトオルくんのことを探しているらしいわよ」
「なんで僕を‥」
「さぁ?だけど、また楽しくなりそうね。
ふふ、次も観戦させてね」
この人完全に僕のストーカーじゃないか。
「おい、サキ。用事が終わったら帰りなよ。
営業の邪魔」
後ろからリーゼが出てきて、サキさんに突っかかる。
そういえばこの2人、知り合いらしいんだよな。あまりよく知らないけど。
「あら、リーゼ。
いつからスカートなんて履くようになったの?
珍しい」
「うるさいよ。買わないなら、帰った帰った」
「まぁ、野蛮。
今日はもういいわ。
また食事でも行きましょう。じゃあね」
嵐のように店を後にするサキさん。
「サキさん。知り合いなの?」
「昔は友達だったよ。今はどうだろうね」
寂しそうに呟くリーゼ。
「友達じゃないなら食事なんて誘わないだろ。今度行ってきなよ」
「時間とお金があったらね」
リーゼは少し吹っ切れたような表情になった。
よく考えたら、リーゼの友達だと縁を切るのは難しいのか?
二度あることは三度ある。
今日は来客が多いなと思ったら、ルナさんがやってきた。
「よう、また変な事始めたんだって?」
「変なことって。
僕はみんなの役に立ちたいだけですよ」
「はん、だといいんだがな」
ルナさんは少し遠くで接客していたリーゼを見て目を細めた。
「本当に蒼薔薇を従者にしたんだな‥」
「まぁ流れでね」
ルナさんは渋い顔をする。
「トオルはシュヴァルツ家がどういう家か、わかっているか?」
「騎士の家とは聞いたけど、何か問題あるの?」
「そこは自分で調べな。
だけど覚えておけ。
トオルは爆弾を抱え込んだ。巻き込まれたくないならさっさと手放すんだな」
そう警告するとさっさと帰ってしまった。
ルナさんは不穏なことを言っていたが、リーゼはただの騎士だろ?
リーゼの方を見ると、目が合ったがすぐに接客に戻ってしまった。
僕の従者。リーゼには何も問題ない。
シュヴァルツ家がどういう家なのかはわからないが、僕はすでにリーゼを手放す気はなかった。
リーゼが厄介ごとを持ち込むことなんてない。僕はそう信じていた。
接客が終わったリーゼが笑顔でこちらにやってきて、何やら紙を取り出す。
そこには「野外実戦練習」の文字が踊る。
「なにこれ?」
「申し込んでおいた」
「なんで?」
「召喚師としても運動能力が必要だからね。
ほら、負けないように強くなって欲しいし。
お店は僕に任せてね」
火野からは商売敵の話。
サキさんからは監獄の話。
ルナさんからはシュヴァルツ家の警告。
全部なんとかなるかと思っていたのに、なぜリーゼが一番厄介そうな話を持ってくる?
理解が追いつかない僕にリーゼが言った。
「2泊3日だからね。
死なないよう気をつけて」




