第51話 あるべき場所へ
目を覚ますと、見慣れた僕の部屋だった。
結局、どうなったんだ?
僕たちは勝ったのか?
バン、と大きな音を立てて扉が開く。
金髪の女性が部屋に入ってきた。
リーゼ?
「ようやく起きたか。星儀戦でちょっと殴られたくらいで、寝すぎだ」
心底呆れたような調子で、僕の従者はため息をつく。
「脱獄戦はどうなったんだ?」
「火野殿が一人で勝った。情けない僕の主に代わってな」
勝てたのか。よかった。
「なんで僕、家で寝てるの?」
「勝った途端、監獄から追い出されたんだ。仕方がないから僕がここまで連れ帰った」
どうやら、リーゼに迷惑をかけてしまったようだ。
「ほら、もう少し寝ておけ」
リーゼに促されるまま目を閉じると、すぐに意識が遠のいた。
翌朝、僕はリーゼに引きずられるようにしてギルドへ向かった。道すがら、リーゼが僕に尋ねる。
「ところで、どこまでがトオルの計画通りだったんだ?」
「最初から最後まで読み切ってた。全部、計画通りだ」
リーゼは絶句した。
「……トオルのことを見くびっていたかもしれないな。まさか、ここまで優れた戦略家だったとは」
「星儀戦がどう進んだのかは知らないけど、僕が残したロキと火野が、なんかいい感じに勝つ予定だったからな。計画通りだ」
「そんなものを計画とは言わない。サラマンダーとロキのコンボは分かっていたのか?」
「ロキ?ぶっつけ本番で使ったから、能力は知らないよ。火属性のロキはどんな能力だったんだ?」
「前言撤回だ。トオルはたまたま勝っただけだな」
リーゼは結局、ロキの能力を教えてくれなかった。
それにしても、火野はよく勝てたな。
あのデッキ構成で看守二人を相手にするのは、かなり厳しかったはずだ。
今度会ったら、祝杯をあげよう。
ギルドでは、滞納していた前月分の功績値について確認した。
監獄から戻ってきた人間など前例がなかったらしく、前月分は不問となり、今月分から改めて納めればいいことになった。
用事を済ませると、そのまま街へ出た。
「今日はクエストを受けないのかい?」
「今日はオフにしよう。さすがに疲れた」
「昨日、君は一日中寝ていたけどね」
リーゼと軽口を叩きながら歩いていると、ふいに呆れた声をかけられた。
「トオル。君、この街のことをあまり分かっていないだろ?」
「バレた?」
「市民街に向かっているんだから、すぐ分かるよ」
普通の人々が暮らす市民街には、僕たちが利用するような店は少ないらしい。
目的もなく歩いていた僕は、監獄へ行く前に交わした約束を思い出した。
「じゃあ、貴族街でアクセサリーを扱っている店を教えてくれない?」
「君がアクセサリー? また女に貢ぐ気か?」
監獄で内緒にして遊んでいたことを、まだ怒っているらしい。
「女といえば女だね」
「へえ。闇討ちされないように気をつけてね」
「リーゼとの約束だろ。早く案内してくれよ」
「僕? なんだ、早く言ってよ」
リーゼの顔がぱっと明るくなる。
この街へ来たばかりの頃は、こんな表情を見せることはなかった。
この数日で、僕たちはずいぶん仲良くなったものだ。
「知っている店に案内するよ。僕はアクセサリーなんてつけないから、良し悪しはあまり分からないけどね」
リーゼについて貴族街へ入ると、建物も、行き交う人々の服装も一気に華やかになった。
「きょろきょろしていると恥ずかしいから、堂々としなよ」
「善処するよ」
迷いなく進むリーゼの後ろを歩いていると、やがて一軒の店の前で足を止めた。
白い石造りの壁に、金色の文字で店名が刻まれている。
通りに面した大きな窓の向こうには、色とりどりの宝石や銀細工が並び、僕のような人間には少し入りづらく見えた。
「ここだ。お母様がよく来ていた店だよ」
どうやら、リーゼにとって思い出のある店らしい。
場違いだと思っていることを悟られないよう、僕は何でもない顔を装って店へ入った。
「いらっしゃいませ」
店員が丁寧な物腰で出迎えてくれる。
店内に並ぶ品は、僕でも手が届きそうなものから、値札を二度見するようなものまでさまざまだ。
「どういったものをお探しでしょうか?」
落ち着かず店内を見回していたせいだろう。
初老の男性店員に声をかけられた。
「彼女に似合うアクセサリーを探していてね」
男性は改めてリーゼへ目を向け、一瞬だけ表情を止めた。
だが、それは本当にわずかな間で、僕の見間違いだったのかもしれない。
「ご予算は、どの程度をお考えでしょうか?」
「大銀貨一枚だと、どんなものがありますか?」
「そうですね。こちらのイヤリングなら、お連れ様の美しい髪にもよく映えるかと。こちらのペンダントもおすすめです」
うん、全然分からない。
当初はチョーカーを買うつもりだったが、慣れない店の雰囲気に気圧され、僕の頭はすでに限界を迎えていた。
リーゼに似合うなら、もう何でもいい。
さっさと決めて帰ろう……。
店員にいくつか勧めてもらう間も、リーゼは店の片隅に飾られたペンダントへ何度も視線を送っていた。
「あのペンダントは、いくらですか?」
リーゼに聞こえないよう、声を落として店員に尋ねる。
「お目が高い。あちらは金貨一枚です」
「えっ、そんなにするの?」
「あれは、シュバルツ家の奥方が愛用されていたものを、当店で引き取った品でございます」
リーゼのお母さんのものか……。
「奥方には、昔ずいぶんとお世話になりました。できることなら、あの品は本来あるべき方のもとへ戻ってほしいと思っております」
だが、僕にそんな金はない。
黙って首を横に振るしかなかった。
「これなんてどうかな?」
リーゼが持ってきた首飾りも、よく似合うと思う。
だが、店員の話を聞いてしまった今では、これを選ぶのは違うような気がした。
「悪い。お金を忘れたから、また今度にしよう」
「相変わらずださいね。少し見直した僕が馬鹿だったよ」
店員に礼を言い、先にリーゼを店の外へ出す。
僕は店内に残り、最後に一つだけ店員へ頼み事をしてから、その後を追った。
翌日、クエストを終えて部屋へ戻ると、ちょうど来客があった。
「バンスト商会の者です。ご注文の品をお届けに参りました」
昨日、店で応対してくれた男性だった。
「何か買ったの?」
「昨日、帰り際に注文しておいたんだよ」
「こちら、トオル様からリーゼ様への贈り物でございます」
店員が箱を開く。中に収められていたのは、シュバルツ家のペンダントだった。
「ちょっと、これ……どうしたの? 君にそんなお金ないでしょ?」
「監獄で稼いだ金をリーゼに預けただろ。それで払ってくれ。これは主人としての命令だ」
「自分からの贈り物を、僕が預かっているお金で払わせるのかい?」
「僕が稼いだ金だから問題ない」
リーゼは呆れた顔をしながらも、預かっていた金を取り出した。
支払いを終えると、監獄で稼いだ金はほとんど残らなかった。
「それでは、私はこれで失礼いたします」
店員はリーゼへ穏やかな目を向ける。
「リーゼ様は、お母様によく似ておられます。
そのペンダントも、あるべき場所へ戻ることができて何よりです」
そう言い残し、店員は店へ戻っていった。
「もう、こんな高いものを勝手に買うな。君はまた一文なしじゃないか」
「僕の従者に似合うアクセサリーを買うって約束しただろ」
「だからって、全財産を使う奴があるか。……次からは、ちゃんと僕に相談しろ」
リーゼは呆れたように言いながら、胸元のペンダントをそっと指でなぞった。
口元に浮かんだ笑みまでは、隠しきれていなかった。
リーゼが嬉しそうだからいいか。
明日からまた頑張ろう。
監獄での星儀戦も、これでようやく終わった。
残ったのは、一文なしの僕と、少しだけ笑うようになった従者だけだった。
第三章はここまでです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
透と火野は力を合わせ、無事に監獄から脱出することができました。
リーゼとの距離も少しずつ縮まり、監獄での経験は透たちに大きな変化を残しています。
次章では、ようやく日常へ戻った透の前に、新たな人物と厄介ごとが現れます。
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引き続きよろしくお願いします。




