第5話 闇の神官との賭け
「風の陣営が、裏切り者って、どういうことですか?」
ルナさんはニヤリと笑った。
「少し話しすぎたな。お前が本当に戻れたなら、風の王族から直接聞いてくれ。俺が勝手に話せる内容じゃない」
周囲を見れば、兵士たちは聞こえていないふりでもするように、揃って目を逸らしていた。あまり大っぴらに口にしていい話ではないらしい。
かなり不穏な情報だった。だが、今の僕が気にしたところでどうにもならない。
風の所属に戻れなければ、そもそも聞く資格すらない。
僕の立場は、まだその程度なのだ。
「よし、無駄話はここまでだ。そろそろ行くぞ」
ソルさんは他の七人を引率し、ルナさんが僕を案内するらしい。
綺麗な女の子と二人きり、というのも少し気まずい。
「しかし、本当に全カード未解放か? どんな人生送ったらそんなことになるんだよ」
「ごくごくまともな社会人なんですけどね」
正直、あまり思い当たるところがない。同じ時期に召喚された七人と比べて、自分だけがそんなに違うとも思えなかった。
「ふふふ、そんなわけないだろ。未開放カードはお前に期待して集まってきている。普通は波長が合う召喚獣しか寄ってこないんだぞ」
僕が、昔からカードゲームをやっていたからか。
いや、それを理由に召喚獣が期待するのもよくわからない。
勝手に期待して、僕のデッキを全部食い潰すなんて、いくらなんでも身勝手すぎるだろ。
「けど、それだけに残念だよ。恐らく、お前は一枚のカードも解放できないまま死ぬ」
そこまで言い切られると、さすがに腹が立つ。
「やってみなきゃわからないですよ。正直、なんとでもなると思ってます」
「弱い召喚師は長く生き残れんさ。まあ俺の記憶には残ったよ。それで、お前の命には意味があった。少しは納得できたか?」
こんな、わけのわからない世界で理不尽を押しつけられて死ぬことに、納得なんてできるはずがない。
「召喚カードを手に入れる手段ってないんですか?」
「うん? もちろんあるぞ。初期の召喚カードだけだと、いずれ滞るからな」
「へぇ。じゃあ、僕は確実に戻れますし、今ある未解放カードも全部解放してみせますよ」
カードが手に入るなら、なんとかなる。
いや、なんとかしてみせる。
このまま流されれば、ルナさんの言う通り、何もできずに死ぬ。
それだけは嫌だった。
だったら、決めるしかない。
全部解放する。この黒塗りのカードを、一枚残らず。
「ぶはっ、おもしろいね。一丁賭けをしないか? お前が未解放カードを十枚解放できるか、でどうだ?」
「十枚解放とは、えらく弱気ですね。さっきは一枚も解放できないって言ってたのに。いいですよ。当然、僕は十枚解放できる方に賭けます」
賭けには、当然賭けるものが必要だ。
僕がベットできるのは、ただ一つ。
「僕が賭けるのは命です。で、ルナさんは何を賭けます?」
ルナさんの笑みが、さらに深くなる。
「いいね。覚悟決まってるやつは嫌いじゃない。私も自分自身を賭けよう。お前が勝ったら、嫁になってやるよ」
思わず、ルナさんの顔を見返してしまった。
整った顔立ち。神官服のせいで体の線こそ見えないが、それでも目を引く美人だ。
「闇の神官は、王族でも嫁に迎えたがる者が多い。
未解放カード一枚でもよかったんだが、ただの召喚師が俺を手に入れたいなら、それくらいの偉業は必要だろ。これで、お前の命とも釣り合うはずだ」
先ほどから気になっていたが、僕とルナさんが通路を進むたび、神官や兵士たちは道の脇に退き、深々と頭を下げていた。
もしかすると、この人はかなり高位の神官なのかもしれない。
命と本当に釣り合うのかはわからない。
けれど、正直やることは変わらない。
この賭けは、僕にとっては報酬の上乗せでしかなかった。
「まあ、十枚にしたことを後悔するでしょうね」
「ぶはっ、いいね。そうこないとな。けど、お前、案外しぶとく生き残りそうな気がしてきた」
ルナさんが、じっと僕を見つめる。
「ダラダラ勝負がつかないのも興醒めだろ。期限もつけよう。一年だ。一年以内に十枚解放できれば、お前の勝ち。一枚も解放できなければ、俺の下で絶対服従。瘴気の溜まる地下神殿で、壊れた封印の見張りをやらせてやる。眠れば死ぬ。逃げればもっと悪いものに捕まる。生きていることを後悔できるぜ」
「構いませんよ。それぐらいなら」
ルナさんが、わずかに顔をしかめた。
「全然怯まないんだな。すでにぶっ壊れてるのか? だが、そういう奴にこそ資格がある」
ルナさんは性格が悪い。
こうやって他の人間もからかっているんだろうと、容易に想像がつく。
だが、僕はもう曲がらない。
この世界で誰よりも召喚カードを集めて、最強の召喚師になってみせる。
昔から、ゲームで負けるのはどうにも我慢ならないのだ。
「期待してるぜ、旦那様」
口の端を歪めたルナさんの赤い唇から、なぜか目が離せなかった。




