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第6話 未解放カードの条件

ルナさんとの会話が終わるころ、僕たちは建物の出口に辿り着いた。


そこには、一人の男が立っていた。


高校生くらいだろうか。明らかに僕より年下に見える。けれど革の鎧に剣を帯びた姿は、学生というより、きちんと訓練を受けた兵士に近かった。


「ルナ様、ご無沙汰しております。騎士ローウェン、見習い召喚師を引き取りに参りました」


「こちらが、えーと――」


そこで初めて、僕はまだルナさんに名乗っていなかったことに気づいた。


「御厨透です。透と呼んでください」


「トオルだな。よろしく頼む」


受け答えは、見た目の年齢よりずっとしっかりしている。

ただ、その目は一瞬だけ、僕の腰のデッキを確認するように動いた。


「こいつには召喚カードの取得方法から教えてやってくれ。弱い召喚獣だけでいいから」


ローウェンさんは、ぽかんとした顔でルナさんを見た。


「はぁ、わかりました。しかし、召喚ができないのであれば、まずはそちらを練習させるべきでは?」


そうだよな。全部未解放カードなんて、普通はありえない。


ローウェンが僕の資質を疑うのも当然だ。

ただ、召喚そのものができないわけではないはずだ。


あの試合で何も出せなかったのは、カードが開いていなかったからで、僕自身に召喚の力がないと決まったわけじゃない。


「こいつ、自分のカードに嫌われてるんだよ。だから弱いカードから慣らすしかないの。十日間が期限だろ?」


ローウェンさんは、無言で頷いた。


十日。

それまでに結果を出せなければ、風の陣営に残れないようだ。


「ひとまず承知しました。時間もありませんし、これで失礼します。トオル、こちらへ」


ローウェンさんが軽く頭を下げ、歩き出そうとする。

どうやら、ここでルナさんとはお別れらしい。


「じゃあトオル。十日後、お前がまだ風の陣営に残っているか、見ものだね」


「賭けのことはお忘れなく」


「忘れるもんか。むしろ楽しみにしてる。負けたときの受け皿くらいは用意してやるよ。神殿の下働きでよければな」


「まさか。そんな運命、ありませんよ」


ルナさんは、ニヤリと笑った。

その赤い唇が、楽しそうに歪む。


「へえ。言うじゃないか」


一歩、こちらへ近づいてくる。


「じゃあ、せいぜい足掻いてみな。旦那様」


そう言って、ルナさんは法衣の中から小さな包みを取り出し、こちらへ投げてよこした。


「餞別だ。持っていきな」


慌てて受け止めると、真っ黒なカードパックだった。


カードが入っている?

もしかして、これで召喚獣が手に入るのか?


「ありがたく使わせてもらいます。では、また近いうちに会いましょう」


「それは資格がある奴にしか開けられない。けど、もし開けられるなら面白いな」


ルナさんはそれだけ言って、ひらひらと手を振った。


黒い包みは、手の中で妙に冷たかった。

紙のはずなのに、体温を吸われているような気がする。


「行くぞ」


ローウェンさんに急かされ、僕は慌てて黒いパックを握り直した。


僕たちは神殿を出て、石畳の道を進んだ。


背後から聞こえていた神官たちの声が、少しずつ遠ざかっていく。正門を抜けるころには、周囲の人影もまばらになっていた。


「あの、馬車とかは?」


「そんなもんねえよ。馬鹿か」


さっきまでの礼儀正しさが嘘みたいに、ローウェンさんの態度は一気に雑になった。


「新しい召喚師が来るって聞いて、少しは期待してたんだけどな。召喚もできないポンコツとは思わなかった。兄ちゃん、大丈夫か?」


「さっきと態度違いすぎるだろ」


「ルナ様の前で雑な態度取れるわけねえだろ。あと、使えない奴に頭下げる意味もねえし」


……ローウェン、とんだクソガキだな。


年相応と言えば年相応なのかもしれない。

だが、完全に舐められている。


「だいたい、ルナ様に声をかけられて、召喚カードまで貰うとか何様のつもりだ。本来なら、口を聞くこともできないお方だぞ」


ローウェンの言い方には、ただの敬意以上のものが混じっていた。

憧れというより、畏れに近い。


あの軽い口調に騙されそうになるが、やはりルナさんは相当な立場の人間らしい。


僕は手の中の黒いパックに視線を落とした。


見たことのない包みだった。

黒い表面には、見覚えのない紋章が薄く刻まれている。指でなぞってみても、紙なのか布なのか、質感すらよくわからない。


せめて僕が遊んでいたカードなら、少しは扱いもわかったかもしれない。

けれど、現実はそんなに甘くないらしい。


今すぐ開けたい。

中身を確かめたい。


けれど、ルナさんは「資格がある奴にしか開けられない」と言っていた。

無理に開けようとして失敗すれば、ローウェンにまた馬鹿にされるだけだ。


僕は衝動を押し殺し、パッケージをポケットにねじ込んだ。

少し落ち着いたときに開けよう。


……それはそれとして、まだ日は高い。


さきほど夕暮れまでにつくと言われたが、つまりこのあと三、四時間は歩くということだ。

異世界に来て早々、召喚もできず、十日後には追い出されるかもしれず、そのうえ徒歩移動。


待遇が悪すぎる。


「ローウェン、足が痛い」


一時間ほど歩いたところで、僕はとうとう足の痛みを我慢できなくなっていた。

普段、そんなに歩かないんだよ。せめて自転車を用意してくれ……。


「途中で召喚獣のカードが買えるところに寄ってやるから、我慢しろよ」


召喚獣のカード?


その言葉で、足の痛みより先に意識がそちらへ向いた。

もしかして、召喚獣のカードは普通に買えるのか。それなら、まだ立て直せる。


全部未解放カードで詰んだと思っていたが、外から戦力を増やせるなら話は変わる。


それさえあれば、このクソガキに舐められっぱなしでいなくて済む。


今はおとなしく従っておこう。

だが、このままで終わるつもりはない。


「召喚獣って、買うものなの?」


「一部はな。それ以外にも、直接交渉したり、実力を認めさせたりする。誰にでも力を貸してくれるやつもいるけどな」


なるほど。カードを増やす方法は、一つじゃないらしい。


十日以内に戦力を増やして、ローウェンを見返す。

まずはそこからだ。


「やってやる」


小さく呟いた、そのときだった。

ドクン、と胸元のデッキが脈打った。


「……え?」


思わず足を止める。


初めて負けたときにも、確かこんな感覚があった。

ただの紙束のはずなのに、生き物みたいに内側から震えている。


慌ててデッキを取り出すと、一枚だけ指に触れる感触が違っていた。


ざらり、とした感触。

まるで、黒く塗りつぶされた表面の奥から、何かがこちらを見ているみたいだった。


カードを抜き出す。


そこには見慣れた「未解放」の文字と、その下に、さっきまではなかった文が浮かんでいた。


『未解放 闇の聖女に魅入られろ』


「なんだ? 一丁前に未解放カードか? 召喚者なら一枚くらい持ってるもんだけどな」


「うん。解放する条件も見えた。これなら、なんとかなりそうだ」


ローウェンは露骨に眉をひそめた。


「未解放カードの解放条件なんか、誰にもわかんねえよ。頭、大丈夫か?」


……同じカードを見ているのに、ローウェンには文字が見えていない?


「なんか文字、見えない?」


「未解放カードだろ。真っ黒だよ。どこに文字が見えるんだ?」


ぶっきらぼうな返事だった。

けれど、その声を聞いた瞬間、背筋の奥が冷えた。


ローウェンには、本当に見えていない。僕にだけ、見えている。


ほかのカードも順番に確かめていく。

文字が見えたのは、さっきの一枚に加えて、もう二枚。


『未解放 敗北にまみれろ』

『未解放 あまたの傷をその身に刻め』


思わず、口元が緩んだ。


これから僕は、何度も負ける。

何度も殴られて、何度も倒される。


普通なら最悪だ。けれど今の僕にとっては、違う。

負けることも、傷つくことも、全部カードを開くための材料になる。


「おい、カード見ながらにやにやするなよ……気持ち悪いぞ」


ローウェンの声が聞こえた。

だが、笑いは止まらなかった。


負けても終わりじゃない。

傷ついても無駄じゃない。


なら、僕にはまだ、戦う理由がある。

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