第42話 相棒探しと看板娘
掛札をこっそり換金したあと、僕たちはアンダードッグで火野と食事を取った。
「忍野は強かった。あいつが負けるなんて……」
「パートナーとの連携が悪かったな。僕が組んでいたら勝ってたよ」
「トオルは相変わらず自信があるな。俺には、そこまで言い切れない」
忍野の敗北を目の当たりにして、すっかり萎縮しているようだ。
だけど、僕には火野しかいない。
「明日、僕は脱獄戦に挑戦する。協力してくれないか?」
その言葉を聞くと、火野は困ったように笑った。
「悪い。別のやつを探してくれ」
「僕がフォローする。一緒に戦ってくれ」
「俺のせいで、透まで深層に連れていかれるのが怖いんだ。ごめんな」
そう言うと、火野は席を立った。
「待ってくれ」
火野は何度か振り返りかけたが、結局こちらを見ることなく人混みへ消えた。
頼みの綱が、あっさり切れてしまった。
「それで、どうするんだ? 諦めるのか?」
リーゼの声で我に返る。
「まだ時間はある。どうするか考えるよ」
そう答えたものの、正直なところアテはない。
どう考えても火野が最適なのに、説得できない自分が歯痒かった。
「あの……透さんですよね?」
不意に隣から声をかけられた。
振り向くと、ローブとマスクで顔を隠した人物が立っている。
声からすると女性のようだ。
ここは女性禁止のはずだ。リーゼと同じく、誰かの従者だろうか?
「私です。忍野さんの従者だったサラです」
忍野の従者――。
さきほど忍野が深層へ連れていかれたばかりだ。
その原因を作った僕としては、顔を合わせづらい。
「……僕のせいで、忍野が監獄へ送られることになりました。申し訳ありません」
「いえ、功績値を賭けて勝負したのは忍野さんですから……。
それに、忍野さんが深層へ送られたことで、私は従者ではなくなりました。これから別の召喚師を探そうと思っています」
僕が忍野からすべてを奪った結果、サラさんはここにいる。
そう考えると、かなり責任を感じる。
「私はあと一日ここにいられるので、何かお手伝いできることがあれば言ってください」
サラさんは、とてもいい子だ。
なんで忍野の従者だったんだろう。謎だ。
手伝いか。
それなら、まずは買い占めたカードを売りさばきたい。
ついでに、脱獄戦のパートナー候補も探せるかもしれない。
「召喚獣とパックを売りたいんですけど、人手が足りないんです。少し手伝ってもらえませんか?」
「ええ。私でよければ」
これで、リーゼとサラさんという強力な売り子を確保できた。
パートナーの問題は残っているが、販売しながら探せばいい。
高額なパックを買えるほど稼いでいる奴なら、それなりに腕も立つはずだ。客の中に強そうな召喚師がいれば、声をかけてみよう。
さっそく準備を整え、市場の一角に商品を並べる。
「カードパック入荷だよ! 一つ銀貨二十四枚と小銀貨九枚!
召喚獣もどっさり用意してある! 僕が販売するのは今日限りだ。さあ、買っていってくれ!」
声を張り上げると、あっという間に店の前へ人だかりができた。
理由はいくつかある。
脱獄戦を見て、自分も強くなりたいと思った奴。
カード不足で困っていた奴。
そして――
「アースパックを一つ。ほら、銀貨二十五枚だ。
それにしても、なんでこんな中途半端な値段なんだ……」
「ありがとうございます。こちらが商品です。お釣りの小銀貨一枚も、どうぞ」
サラさんは客の手を取り、包み込むように小銀貨を握らせた。
そして最後に、とびきりの笑顔を向ける。
「監獄から出られるように、頑張ってくださいね」
「お、おお……」
顔を赤らめた男は、パックを抱えて去っていった。
よしよし。いいぞ。
リーゼとサラさんは、顔を隠していたローブを脱いで接客している。
露出を増やしたわけではない。それでも、女性の姿が珍しいこの場所では十分な効果があった。
噂を聞きつけた囚人が次々と集まり、店の前の人だかりはさらに大きくなっていく。
これだよ、これ。
この調子なら、今日中に全部売り切れそうだ。
リーゼの笑顔は少し硬いが、それでも懸命に接客している。
朝、協力すると約束した以上、手を抜くつもりはないらしい。
夕方になる頃には、なんとか商品をほとんど売り切ることができた。
特に、高額で買い占めたパックがすべて捌けたのは大きい。
僕が売上を数えようとした、そのときだった。
「はい。これは僕が預かっておくね」
リーゼが無情にも、売上をすべて取り上げた。
「僕の召喚獣を売ったお金は、自由にしていいって言っただろ?」
「うん。君のお金だよ?」
「だったら返してくれ」
「これは僕が預かっておく。使いたいときは、何にいくら必要なのか言いなよ」
「くっ……あまりにもひどい」
金は稼げた。だが、肝心のパートナー候補は見つからなかった。
この階層にいるのは、一般召喚師と上級召喚師になったばかりの者がほとんどらしい。
高額な商品を買える客は何人かいたが、命を預けたいと思えるほどの奴はいなかった。
客足も途絶え、店じまいを始めようとしていたところへ、うなだれた火野が現れた。
「すまん。もう一度、謝っておきたくてな」
火野のことだ。
どうせ僕の頼みを断ったことを、一日中考えていたんだろう。
「気にするな。それより、今夜一緒に食べないか?」
「ああ。アンダードッグに行くか?」
ここで火野を説得する。火野に断られたままでは、僕に明日はない。
「リーゼ、サラさんも一緒にご飯へ行きませんか?」
「はい。今日はたくさん働いたので、おいしいものをご馳走してください」
サラさんがローブを羽織り直しながら答える。
その声を聞き、火野は初めて彼女の存在に気づいたようだ。
サラさんへ顔を向けたまま、ぴたりと動きを止める。
その目は、完全に釘付けになっていた。
「火野、どうした? ほら、アンダードック行こうぜ」
「ああ、美味しいところだろ?
アンダードックじゃなくて、ウィナーホース行こう」
正気か? 美味いけど、かなり高いぞ。
「そうだぞ、働いた僕たちを労ってくれ。まったく、どれだけ人が来るんだ」
リーゼは疲労困憊といった様子だった。
アンダードックは安くて美味いんだけどな……
四人で食卓に着く。よく考えれば、ここで夕食を食べるのも最後だ。たまには豪勢でもいいか。
「サラさんはなぜここに?」
火野がサラさんに興味津々だ。
「従者だったんですが、主人が功績値を払えなくて。
明日が監獄にいられる期限なんです。だからまた、雇ってくれる召喚師の方を探さないと」
「サラさんみたいに可愛い人なら、すぐ見つかりますよ」
「なかなか難しくて。今回契約してくれた方も、やっと従者にしてくれた人だったので」
倍率が高いらしいとは聞いている。それだけ旨みがあるのが従者だ。
「そうだよ、従者は召喚師に逆らえない。信頼するパートナーを見つけるのは至難だ。
僕も毎晩トオルに体を要求されている……」
「リーゼ、嘘ついて僕の評判を落とすのやめてくれよ」
「ふむ、監獄に来る前、人の布団に潜り込んできたのは誰だったか?」
「ちょっ、その話、人がいる前でしないでくれ」
リーゼ、めっちゃ爆笑してる。実は酒に弱いのか?
もう飲ませない。
「トオルさんは違うと思いますけど、実際そういったこともあるみたいです。
幸い、私の前の召喚師はそのようなことはありませんでしたが」
忍野が? 嘘だろ? あのムーブで紳士なの?
火野が沈痛な面持ちでサラさんを見ている。もしかして、これ使える?
「火野、トイレ行こうぜ」
無理矢理、火野を連れ出す。
「おい、火野。いいのか?」
「唐突にどうした?」
「サラさんを救えるの、お前だけだろ?このまま変な召喚師に引き取られると不幸になるぞ。
主人を失い頼れる相手もいない。あの人を放っておけるのか?」
「確かにそうだな……」
「だけど、明日僕と一緒に勝てばどうなる?火野がサラさんを従者にして、守ってやれるだろ」
火野が強く唇を噛む。
「だけど、負けたら……」
「任せとけよ、僕が勝たせてやる。この監獄に来てからは、ずっとそうだったろ?
だからサラさんはお前が守れ」
「そう……だな。わかった。 頼む、俺を勝たしてくれ」
なんとか火野を説得できた。
席に戻り、それとなくサラさんに伝える。
「明日、二人で脱獄戦に挑むんです。もし勝ったら、火野の従者になりませんか?」
「嬉しいです」
よし、いけるぞ。
「でも、火野さんの従者にはなれません」
火野が固まる。
おい、話が違う。
みんなでハッピーエンド目指そうよ。
僕の皮算用はあっさり裏切られた。




