第41話 海を呼び切り札
僕とリーゼは再び闘技場に来ていた。
これから脱獄戦が行われる。
賭けの倍率は挑戦者五・〇倍、看守一・二倍。
圧倒的に看守有利との見立てのようだ。
「リーゼ、手持ちのお金、看守側に全部入れない?」
「却下。どちらの実力も分からない。賭けるなら、自分の金で買えばいい。
朝、銅貨を渡しただろ?」
「……分かったよ」
僕は一人で賭場へ向かい、持っている金をすべて看守側に突っ込んだ。
クックック。リーゼは僕がまだ銅貨一枚しか持っていないと思っているようだが、それは違う。
さきほど監獄の上位ランカーにパックが二つ売れ、銀貨五十枚を手に入れていた。
いつまでも負けっぱなしじゃないんだよ。これを堅いところにぶち込んで、さらに儲けてやる。
ある程度の資金がないと、自由に振る舞えないからな。
掛札を握りしめて戻ると、リーゼが呆れたように僕の手元を見た。
「本当に買ったのか。君は懲りないな。ほら、もう始まるよ」
リーゼに促され、僕も闘技場へ視線を向ける。
野次が飛び交うなか、観客が次々と席を埋めていく。
試合開始が近づくにつれ、闘技場の熱気も高まっていた。
「レディース・アンド・ジェントルメン!
本日、久方ぶりに脱獄戦が開催されます!まずは挑戦者の入場だ!」
司会者が大きな身振り手振りで観客を盛り上げる。門が開き、二人の挑戦者が闘技場へ姿を現した。
そのうちの一人を見て、僕は目を疑う。
忍野だ。
その隣には、がっしりした体つきの強面の男が立っていた。
「功績値を払えず監獄に落ちた、異世界からの召喚師・忍野!
そして、一般召喚師から名を上げるも、素行不良によって投獄された男・ガフィ!
この二人が脱獄に挑む!」
忍野に先を越されたか。
あいつにも従者がいる。一刻も早く外へ出るため、必死なのかもしれない。
「そして、そんな二人を迎え撃つのは、我が監獄の精鋭!
アッシュ&ゲイル!」
反対側の門が開き、二人の看守が姿を現した。
そのうちの一人は、くすんだ赤髪を後ろで雑に束ねた、気だるそうな男だった。
看守服の襟元は開き、立ち姿にもまるで力が入っていない。
それでも、目だけは鋭く闘技場を見渡していた。
見覚えがある。
昨日、僕が脱獄戦を申し込んだ看守だ。
もう一人は対照的に、まるで隙がなかった。
灰色の短髪に、皺一つない看守服。細い目が、忍野たちの召喚具や立ち位置を順に確認している。
赤髪の看守――アッシュが、欠伸を噛み殺した。
「精鋭とか言われても困るんだけどな。俺、今日は非番の予定だったし」
隣のゲイルが冷たく言い放つ。
「黙れ、アッシュ。囚人の前で品位を落とすな」
「はいはい。ゲイルは今日も真面目だねえ」
これから負ければ深層送りになるというのに、看守二人には気負った様子がない。
アッシュが忍野たちに目を向けた。
「お前ら二人とも、明日からは深層だ。ここみたいに甘くないから、気をつけてな」
「シシシ、心配してくれてありがとよ。
だけど、負けて失職する自分の心配をした方がいいんじゃないか?」
忍野はアッシュの挑発を軽く受け流した。
慎重な忍野が、勝算もなく脱獄戦に挑むとは思えない。
少なくとも、五分以上には戦えると踏んでいるはずだ。
しまった!
この試合、全額忍野に賭けるのが正解だったか?
「望願紙に双方の条件が出揃いました!それでは、星儀戦開始です!」
開始と同時に、忍野のパートナーであるガフィが動いた。
「おら、リトルタイガー!真面目そうな方を先に狙え!」
小さな虎が召喚され、そのままゲイルへ飛びかかる。
鋭い爪が振り抜かれ、ゲイルのタリスマンを一つ破壊した。
「スライム、畳みかけろ」
忍野の召喚獣も戦場に現れ、ゲイルへ向かっていく。
タッグマッチの定石は分からないが、一人を集中的に狙うのは理にかなっている。
片方を倒せば、それ以降に出てくる召喚獣も半分になるからだ。
「ウィンドウォール、攻撃を防げ」
「まるこげ鳥、ガフィを狙え」
看守たちも召喚獣を追加するが、その展開は遅い。
対する忍野たちは、攻撃の手を緩めないよう、次々と召喚獣を追加していく。
看守側の召喚獣は次々と破壊され、戦場には忍野とガフィの召喚獣だけが残った。
これ、このまま勝てるんじゃないか?
「まずいな。誘われてるぞ」
リーゼが眉をひそめる。
「範囲スペルを狙ってるのか?
二人とも召喚獣を散らしてるし、一発で全滅はしないだろ」
召喚獣の位置を分散させれば、範囲スペルによる被害は抑えられる。
今の配置なら、一枚ですべてを倒すのは難しいはずだ。
「まとめて焼き払わせてもらう。【ファイアレーザー】」
アッシュの前に炎が集まり、戦場へ放たれようとする。
「そいつは通さない。【カウンタースペル】」
忍野のスペルが発動し、ファイアレーザーを打ち消した。逆転を狙った一手を防ぎ、観客席から歓声が上がる。
だが、隣のリーゼは険しい表情を崩さなかった。
「使ったな、カウンタースペル」
ゲイルが小さく笑う。
「そっちは囮だ。【プッシュウィンド】」
戦場の外側から強風が吹き荒れ、散らばっていた召喚獣が中央へ押し集められていく。
「ナイスだ、ゲイル。これでまとめて焼ける。【ファイアストーム】」
集められた召喚獣の足元で、炎がチリチリと爆ぜ始める。
最初のファイアレーザーは、忍野にカウンタースペルを使わせるための囮だったのか。
「忍野! まずいぞ、なんとかしろ!」
「無理だ。さっきのでスペルを使い切った」
「役立たずが!」
忍野とガフィが言い争っている間にも、炎は勢いを増していく。次の瞬間、戦場の中央で炎が爆発した。
巻き込まれた召喚獣は、すべて灰となって消えていく。
一撃で、戦況がひっくり返った。
「ちっ、お前を信じた俺が馬鹿だった。ここからは、お前の指示には従わん」
ガフィは吐き捨てると、新たな召喚獣を呼び出し、アッシュへ向かわせた。
「あいつが攻撃の要だ。先に潰す」
「待て、今はゲイルを狙い続けるべきだ」
「うるせえ。もうお前の言うことは聞かん」
「くそっ……勝手にしろ」
先ほどまで連携していた二人が、別々の相手を狙い始める。
攻撃が分散し、どちらの看守も仕留められない。
「今の一撃で、召喚獣だけじゃなく、二人の信頼まで焼き払ったな。もう勝負は決まった」
リーゼの言葉どおり、忍野たちは連携を取り戻せないまま押し込まれていった。
そして先に力尽きたのは、ガフィだった。
「くそっ、俺が負けるなんてありえない……」
最後のタリスマンが砕ける。直後、アッシュの召喚獣がガフィの顔を思い切り殴りつけた。
「これは反抗的な囚人への教育だ」
アッシュが冷たく言い放つ。その瞬間、忍野の目つきが変わった。
「グリンモス、フィアアリゲーター。ゲイルの召喚獣を潰せ」
ガフィが操っていた召喚獣たちが、一斉に咆哮する。
ガフィが敗北しても、場に出ていた召喚獣は消えないらしい。
その制御だけが、残ったパートナーである忍野に引き継がれていた。
「くっ、急に動きが変わった……」
不意を突かれたゲイルは対応が遅れ、召喚獣を次々と討ち取られていく。
特に狙われているのは、空の位相を持つ召喚獣だった。
「ここからは二対一だ。そろそろ諦めろよ」
アッシュが余裕を崩さずに言う。
「シシシ……空が空いた」
忍野が不気味に笑った。
「空が空いたから何だってんだ。こっちには、まだ地上の召喚獣が残ってるだろ?」
「空が空いたからこそ――ここから逆転できるんだよ!」
忍野がカードを高く掲げる。
「来い、リヴィアサン!」
巨大な召喚獣が姿を現した瞬間、闘技場へ大量の水が押し寄せた。
荒れ狂う水流が、地上にいた召喚獣をまとめて押し流していく。
そうか。忍野はリヴィアサンを止められる空の召喚獣を、先に片づけていたのか。
【リヴィアサン】属性 水
コスト 10
パワー 8
タフネス 8
位相 海
能力
・場に出た時、戦場の位相を海に変える
「これで、地の位相を持つ召喚獣は呼び出せない。ここからは僕のフィールドだ」
大量の水がうねり、フィールドが水に沈む。
忍野はいつのまにか呼び出した、クラゲのような召喚獣の上に乗っていたら。
海へと変わった戦場を、リヴィアサンが猛然と突き進む。
空から迎え撃つ召喚獣は、もう残っていない。
その巨体を止めるものはなく、肩口まで水に浸かったゲイルのタリスマンが派手な音とともに砕け散った。
「参ったな……。
アッシュ、空の召喚獣は残っているか?」
「もちろん温存してある。さすがに飽きたし、もう決めるぜ」
なぜ温存できている?
忍野がリヴィアサンを使うことを、最初から知っていたのか?
「ファイアバード、召喚」
アッシュの頭上に、炎をまとった鳥が現れる。
「サンダーバード、召喚」
続けてゲイルが、雷をまとった鳥を呼び出した。
二匹の鳥が水上を高速で飛び抜け、無防備になった忍野のタリスマンを次々と叩き割る。
「要注意人物の切り札くらい、看守なら把握してるんだよ。残念だったな」
アッシュが笑う。
最後のタリスマンが砕けると、忍野はその場に膝をつき、看守たちに取り押さえられた。
「俺は認めねえ!」
ガフィも叫びながら拘束され、ゲイルに引きずられていく。アッシュは意地悪そうに笑い、忍野を見下ろした。
「最後に何か言うことがあれば、聞いてやるよ」
「今ので攻略法が分かった」
忍野は取り押さえられたまま、笑みを浮かべる。
「パートナーなんぞ当てにせず、一人で勝つことだ。
シシシ……次は負けない」
「お前に次なんてない」
「殺さないんだろ?だったら覚えておけ。忍野の名をな」
忍野は大きな笑い声を響かせながら、ガフィとともに深層へ連れていかれた。
二人の姿が見えなくなったところで、リーゼが心配そうに僕を見る。
「トオル、勝てるか?」
「パートナー次第だろ。金はなんとかなるが……」
問題は、リーゼ以外に誰と組むかだ。そのとき、横から呆然とした声が聞こえた。
「忍野が……負けたぞ……」
振り向くと、顔を青くした火野が立っていた。
ああ。
僕のパートナーは、ここにいた。




