第40話 従者は参加できません
翌朝。僕の財布は死んだ。
正確には、リーゼに没収された。
昨夜の説教、脚のマッサージ、使途不明金の追及、今後の小遣い制度についての説明。
どれも僕の心を確実に削っていった。
いや、リーゼの美脚をマッサージさせてもらったことだけは、ご褒美だったかもしれない。
そして今、僕の手元にあるのは銅貨一枚だけだ。
「これで何をしろと?」
「反省しなよ」
「監獄に反省は売ってないよ」
「逆だよ。監獄には反省が売るほどある」
妙に深いな……。
まあ、僕は反省する気など一切ない。
振り返らず、ただ前に進むのみだ。
「とりあえず、僕がいられるのはあと二日しかないんだから、看守戦に申し込みなよ」
「そうだな。まあ、もともと今日申し込む予定だったんだよ」
「ふーん。あ、そう。
まあいいや。お腹も減ったし、とりあえず市場に行こうか」
リーゼと二人で市場へ向かうと、そこは混乱のさなかにあった。
「なぜ召喚具店が一軒も開いていない?」
「召喚獣を追加できないのは困る……」
リーゼが訝しげに周囲の様子を眺める。
「何か事件が起きているようだね……。
君、関わってないだろうね?」
まずい……。
昨日、僕が監獄中のカードを買い占めたせいだな。
人を雇って買い集めたから、僕まで足がつくことはない。
だが、リーゼに告発されて犯人だとバレれば、吊し上げに遭いそうだ。
「少しだけ召喚獣を買ったんだよ。ほどほどに値段を吊り上げて売るつもりだったんだけど、駄目かな?」
「結局、君が犯人か……」
「いや、必要な人に届けたいだけだよ。僕の善意なんだけどな」
昔、転売屋がそんなことをテレビで言っていた気がする。
「よく分からないけど、商売なら別にいいんじゃない?
独り占めするわけじゃなくて、きちんとみんなに売るんだろ?」
怒られると思っていたが、意外な答えが返ってきた。どうやら僕とは少し価値観が違うらしい。
まあ、こっちの世界は本当に物が不足していそうだしな……。
「あと二日で監獄を出るから、それまでに全部売り切らないといけないんだけどね。
リーゼも少し協力してくれない?」
「いいよ。召喚獣もさっさと売りさばいて、ここを出よう」
「召喚獣とパックを売った金は、僕のものだからな」
「はいはい、分かった分かった。どうせ大した金額じゃないでしょ」
よし! リーゼから言質を取った。
販売には協力してもらう。しかも、手元のカードを売った金は、すべて僕の取り分だ。
地上なら銀貨五枚のパックを、ここでは一つ銀貨二十枚で買い占めたのだ。売り切らないと大赤字になる。
とはいえ、すぐに売り出しては値段を吊り上げられない。
市場がさらに混乱するのを待つ間に、脱獄戦の申し込みを済ませておこう。
リーゼには市場の様子を見てもらい、僕は一人で看守の詰所へ向かった。
詰所では、一人の看守が暇そうに椅子へ座っていた。
そういえば、この監獄では揉め事がほとんど起こらない。詰所以外で看守を見ることも稀だ。
まったく、いい職業だ。僕も働くなら、こういう楽な職場がいい。
リーゼから返してもらった参加費の銀貨三枚を、看守の前に並べる。
「銀貨三枚。これで外に出たい」
「うん? 脱獄戦か。続けて申し込みが来るのは珍しいな」
どうやら先約がいるらしい。看守は僕の差し出した銀貨を受け取ると、脱獄戦の説明を始めた。
「脱獄戦は、勝てば無罪放免。外に出られる。
だが、負けた場合は、さらに深い階層へ行ってもらう」
「深い階層?」
「この監獄は、罪の重さによって収容される階層が分かれているんだ。
脱獄戦に挑むような反逆の意思がある奴は、負けたらさらに奥の階層で管理する」
負けたらペナルティがあるのか。聞いてないんだけど。
そりゃ、誰も気軽に挑まないわけだ。どこの世界でも、管理する側はしたたかだ。
「喜べ。今日はこの後脱獄戦がある。それを見て絶望するんだな」
この監獄からは、まだ一人も脱獄できていない。
銀貨三枚を稼ぐだけならイージーだ。それでも誰も外に出られていないなら、脱獄戦の難易度が高いに違いない。
看守は銀貨をしまうと、改めて僕の顔を見た。
「うん?どこかで見た顔だと思ったら、召喚獣を買い占めていた奴か?」
まずい…
なぜか顔を覚えられているうえに、行動までバレている。
「市場の召喚獣を買い占めて、騒ぎを起こしたそうだな。
監獄内の秩序を乱した奴は処罰対象だ。本来なら、今日中に深層送りにする予定だったんだぜ」
買い占めただけで、そこまでされるのか。
「だが、タイミングがよかったな。お前の脱獄戦は明日だ。それまでは自由にさせてやるよ」
「脱獄戦、今から取り消しても?」
「取り消してもいいが、その場合は今すぐ深層へ行ってもらうことになるな」
くそ、選択肢がないじゃないか。
「それと、脱獄戦にはパートナーが必要だと分かっているか?」
「パートナー? なんで?」
「脱獄戦はタッグマッチだからだ。
いくらお前一人が強くても、ラナ監獄の看守には勝てねえ。
明日までにパートナーを見つけられなかった場合も、深層へ行ってもらうからな」
タッグマッチ。変則ルールか。
変則ルールでは、そのルールに特化したデッキが強い。
恐らく看守側は、タッグマッチに特化したデッキを組んでいる。
即席のペアで挑むこちら側には、かなり不利なルールだ。
「パートナーも銀貨三枚を払う必要がある。相手がいないなら、別の挑戦者が現れるまで待つことになる」
僕の場合は、明日までに別の挑戦者が現れなければ、時間切れで深層送りというわけか。
しかし、僕は運がいい。
今日は先客が看守の手の内を見せてくれる。
それに、僕にはすでにリーゼという頼りになる相棒がいる。
悪いが、負ける理由が一つもない!
「そうそう。自分の従者をパートナーにするのは禁止だ」
看守が意地悪そうに笑う。
僕の完璧な計画は、音を立てて崩れ去った。




