第39話 勝っても負けても僕の負け
豪華な個室。
机には肉料理と酒。
隣には女子棟から、交流の名目で呼んだ女の子が2人。
僕はカードの束を数えながら笑っていた。
昨日まで、食事代の銅貨数枚に頭を悩ませていた。
それが今は、机の上に銀貨が積まれている。
カードの価値を見抜いただけで、金が増える。
少し相場を動かしただけで、監獄中の召喚師が僕のカードを欲しがる。
ドアが開き火野が入ってきた。 向かいの椅子に乱暴に座る。
「遅かったな」
「忍野とやり合ってた。あいつのデッキ、透に強化してもらったデッキでも互角だぞ」
「1人じゃ何もできないだろ」
「まぁ、そうかもな」
そう言うと火野は酒を一気に煽った。
「さっき召喚具店からカードが無くなったって騒いでたんだが、透は大丈夫か?」
「僕が全部買ったからな」
「は?」
「僕が全部買ったんだよ。ここからの値付けは全部僕の胸三寸だ」
「本当か?トオル、お前やっぱ天才だな。
おいおい、今月中に金貨に届くんじゃないか?」
僕は椅子に深く腰を沈めながら、曖昧に頷いた。地上なら、銅貨六枚を稼ぐだけで一日が終わる。
それがここでは、カード一枚の価値を示すだけで銀貨が動く。
誰も本当の価値を見ていない。でかい召喚獣に飛びつき、流行に流され、負ければ次のカードを欲しがる。
人の欲望がある限り、カードは売れる。
「御厨商会もデカくなったもんだ」
監獄。その言葉から想像していた地獄とは、ずいぶん違っていた。
僕は机の上に並んだカードを見下ろした。
大地喰らいを流せば、大型召喚獣が流行る。
大型召喚獣が流行れば、除去スペルが売れる。
除去スペルが流行れば、今度はそれを避けるカードが売れる。
監獄の中の相場は、思っていたよりずっと素直に動いた。
「全部僕の思いのまま。人生イージーすぎるだろ」
そう口にした瞬間、隣に座っていた女の子が身を寄せてくる。
「トオルさん、次はどのカードが流行るんですか?」
「次はこの召喚獣を流行らせる」
「えー本当に?欲しいな」
「けど、ほら。渡すところがない」
「えぇ、もう‥」
隣に座った女の子が胸元のボタンを一つ外す。僕は大きく開いた谷間にカードを一枚挟んだ。
リーゼには劣るかもしれないが、今日来てくれている女の子は美人だ。
昨日までなら、少しは緊張したかもしれない。だが今は、不思議と何も怖くなかった。
「今日この後どう?」
「んー。どうしようかな‥」
「星儀戦で決めようか」
「もぉ、トオルさんに勝てる人なんかいませんよ」
自分の才能が怖い。
何もかも思い通りだ。
金がある。カードがある。勝ち筋も見えている。
つまりこの監獄のものは全部僕のものだ。
「クックック、星儀戦で勝ったやつが全部手に入れる。金も女もな。この世界はシンプルだ」
僕が悦に浸っていると、乱暴に扉が開いた。
最近、僕の周りには小遣い稼ぎを手伝う囚人が増えていた。
その一人が、真っ青な顔で部屋に飛び込んでくる。
「ノックくらいしろよ」
「社長、討ち入りです」
討ち入り?
僕は鼻で笑った。
この監獄でまだ僕に喧嘩を売る馬鹿がいるのか。
かまわない。思い知らせてやる。
静かに扉が開く。
そこにはリーゼが立っていた。
部屋に入るなり、ぐるりと部屋を見渡す。
並んでいるのは、酒、食べ物、女。
まずい‥
「楽しそうだね」
その声で、部屋の空気が一段冷えた。
「‥いや、違うんだ」
気づけば言い訳の言葉が喉から出た。
リーゼと暮らし始めて、まだ間もない。そもそも僕たちは、主人と従者であり、ライバルでもある。
なのに、なぜか浮気現場を見つかったような気まずさがあった。
「はぁ、僕が君のこと心配している間、君はここを脱出せずに、女の子を囲って豪遊してたわけだ」
火野が横から口を挟む。
「おいおい、ここじゃ揉めたら星儀戦。それがルールだ。なぁ、透」
リーゼの視線だけが、すっと火野に動いた。
次の瞬間、彼女は無言で火野に近づいた。
火野が笑ったまま口を開こうとしたところで、右拳が顔面にめり込んでいた。
火野の体が、部屋の端まで吹き飛ぶ。
椅子が倒れ、酒の器が床に転がった。
リーゼはこちらに向き直り、僕に詰め寄った。
「へー。君、星儀戦で僕のことを、無理やり従わせようとしてるんだ。
で、どうするの?君のハーレムに僕も加えるのかな?」
僕の頬を汗が伝った。
「違う違う、これは商売のお付き合い。
女の子も火野が呼んだんだ。僕は仕方なく」
「なっ、裏切るなよ」
予想外の回答に、床に転がった火野が目を剥いている。
知ったこっちゃない。今は自分の命が優先だ。
「いいよ、星儀戦受けようか?君が負けたらどうするの?腹を切る?」
だめだブチ切れてる。
誰だよ星儀戦で勝ったやつが全部手に入れるとか言ったやつ。
そんな簡単な話じゃないぞ‥
僕は土下座した。こちらの世界に土下座文化があるかは知らないが、精一杯誠意を見せた。
顔を上げると、さっきまで僕の横に付いていた女の子はドン引きした表情でこっちを見ていた。
「今晩いくら使ったの?」
「小銀貨3枚です」
「君のお金、今日から全部僕が預かるね」
「それはお許しを」
「じゃあ、君の好きな星儀戦で決めようか?」
リーゼは楽しそうに言った。
「君が勝ったら、毎日銅貨一枚。君が負けたら、月に銅貨三十枚渡す。どう?」
「それどっちも同じじゃないか。望願紙の条件が合わないだろ」
「うん。試してみようか?」
よし、星儀戦に持ち込めばこちらのものだ。逆転の目が出てきた。
望願紙は賭けるものの価値が伴わないと勝負を成立させない。今の条件は通らないはずだ。
僕が勝ったら、月当たり小銀貨5枚の自由を約束させる。これで最低限の自由を得る。
しかし、無情にも望願紙は青い光を発していた。
「‥なんで?」
「君がお金を持つと碌なことにならないんだろ。もしくは、僕に管理されることがメリットなのかもね」
リーゼは涼しい顔で言った。
「‥」
僕はそれ以上何も言えなかった。
一応星儀戦はやった。普通にリーゼに負けた。
召喚獣も僕に応えてくれなかったわけだ。
もし、望願紙の条件を変更できても結果は変わらなかった。
あり金は全部取られ、明日から小遣い生活。
サラリーマン時代、小遣い制の先輩を馬鹿にしていた僕が同じ目に遭うとは‥
「リーゼは、僕が監獄を抜け出せないって言ってなかったっけ?」
「そんなこと言ってないだろ」
「ほら僕が期限内に監獄を抜けられたら‥」
リーゼを負け犬呼ばわりして、首輪代わりのチョーカーをはめるはずだった。
「あぁ、ご主人様が僕に似合うアクセサリーを買ってくれるって話だよね。
ここで資金も稼いでくれたのかな?」
これは、絶対高額なもの買わされる‥
さっきの勝負と同じ。勝とうが負けようが、僕の負けだ‥
「はは、よくわかったな…」
僕は引きつり笑いを浮かべるしかなかった。
少し前まで対等な関係だと思っていたが、すでに序列は決まっていた。
「ところで今日の宿は?」
「監獄で一番いい部屋を押さえてます」
「じゃあ早く案内して。部屋行ったら足をマッサージしてよ。
君のために、いろいろ調べて疲れた」
僕は黙ってリーゼの案内をするしかなかった。
「ところでさっき女の子を部屋に連れ込んで何しようとしてたのかな?
そこもきっちり説明してもらうからね」
「リーゼには関係な‥」
僕は言いかけてやめた。リーゼは表情は笑っていた。目の奥が一切笑っていなかった。
僕は君の主人でお互いライバルだろ?
馴れ合いはなし、って言ってなかった?
そう言いたかった。言いたかったが、言える空気ではなかった。
リーゼは前を向き、宿に向かって歩き始める。
背筋は伸びていて、歩幅も迷いがない。完全に、僕を連行する側の足取りだった。
……まぁ、こんな美人に管理されるなら、それはそれで悪くないか。
不覚にもそう思ってしまった。
しまった!だから望願紙が勝負を成立させた?
この後、僕を詰問する気のリーゼ。どうやら、今日はまだ終わらないらしい。
「まずは、なぜあの子の胸にカードを挟んだのか聞こうか?」




