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閑話 お別れまでの10日間

監獄に従者がいられるのは、初日と終了期間だけ。


僕はトオルと別れ、用意された部屋へ戻った。しかし、まさか監獄に来ることになるとは思わなかった。


しかも、トオルが犯罪者で、従者である僕は客人扱いだ。犯罪者を救った召喚師と、謀反を起こした騎士。立場が逆ではないだろうか。


だが、事実は覆らない。


トオルと会えない間、僕は何をさせられるのだろう。看守長が僕をここに残した以上、ただ待たせるつもりではないはずだ。


明日になればわかるだろう。


僕は小さな部屋で目を閉じた。


翌朝、扉を叩く音で目が覚めた。


「朝食の準備ができました。ご案内いたします」


若い看守が一人、迎えに来ていた。


案内された食堂では、何人もの看守が思い思いに食事を取っていた。


僕が中へ入ると、一斉に視線が集まったような気がした。気のせいだろうか。


「毎日の献立は決まっております。こちらから一人分をお取りください」


今日のメニューは、パンとスープ、それに肉を炒めた料理だった。


僕が席に着くと、案内役の看守も向かいに座った。


「監獄の食事は、外から料理人を雇って作らせています。きっと気に入っていただけると思いますよ」


彼の言うとおり、味はなかなか悪くなかった。


「リーゼさんのような従者の方は、ここで新しい召喚師を探すことができます」


そういえば、看守長もそんなことを言っていた。


つまり、僕に与えられた十日間は、新しい主人を探すための時間なのか。


「看守の中にも、従者を欲しがっている者は大勢います。リーゼさんなら、すぐに相手が決まると思いますよ」


「うーん。僕の主人は、勝ってここを出るつもりらしいからね。期待には添えないかもしれない」


それまでどこか自信なさげだった看守の目つきが変わった。


「それはあり得ません」


まるで疑う余地などないとでもいうように、きっぱりと断言する。


「ラナ監獄の看守は精鋭揃いです。ここへ送られてきた召喚師に、勝ち目はありません」


強い信頼と、揺るぎない自信。


僕も昔は、こんな感じだったのかもしれない。


「コホン。失礼しました。ただ、お連れ様がどれほど強くても、諦めた方がいいと思います。下手に希望を持てば、後で絶望に変わりますから」


まあ、僕は別にトオルへ期待しているわけではないし、負けたところで構わないのだが。


「ごちそうさま。ところで、この後は何をすればいい?」


トオルのところには行けない。それに、何もせず残り九日を過ごすのはさすがに長い。


「よろしければ、看守たちの働きぶりをご覧ください。ご希望があれば、主人候補となる看守との面談もできます」


どうしても僕を看守の従者にしたいらしい。


しかし、トオルほど強い召喚師は、そう簡単には見つからない気がする。


「わかった。適当に見て回るよ」


「はい。それと……もしよろしければ、私も候補に加えていただけると」


看守は恥ずかしそうに目を伏せた。


僕は思わずため息をつく。


「考えておくよ。ところで、最終日はどうすればいいのかな?」


「最終日ですか? 相手を選んでいただければ、その時点で看守のもとへ移ることができますよ」


「違う違う。今の主人に会えるのは、いつなのかを聞いているんだ」


「ああ、失礼しました。最後の三日間は、一緒に行動していただけます。本当に面会されるのであれば、私がご案内いたします」


「三日? 最終日だけじゃなくて?」


「はい。お別れの期間は、少し長めに設けておりますので」


最後に主人と会う従者自体が、あまり多くないのだろうか。


確かに、それまでに新しい主人が決まっていれば、わざわざ以前の主人に会おうとは思わない者も多いのかもしれない。


「じゃあ、そのときは頼むよ」


食事を終えた僕は、看守たちの働きぶりを見て回ることにした。


僕が近づくと、それまで気だるそうに仕事をしていた看守が、急に背筋を伸ばして働き始める。その様子が少しおかしかった。


一日かけて監獄の中を見て回ったが、これがあと五日も続くと思うと、少し退屈かもしれない。


部屋へ戻ると、机の上に手紙らしき封書が何通も置かれていた。一通開いてみると、中身は従者になって欲しいという申し出だった。


新しい主人か……。


だが、別に僕は誰かの従者になりたいわけではない。


どの手紙にも、自分なら僕を大切に扱えると書かれていた。けれど、不思議と心は動かなかった。


ベッドへ倒れ込むと、監獄へ来る前日のことを思い出した。


あの日、僕はトオルを馴染みの店へ連れていった。僕を無理やり従者にした男は、嬉しそうに料理をつついていた。

別に助けてくれと頼んだわけではない。


それでも、捕まれば処刑されていた僕が、トオルに救われたのは事実だった。


食事を終えた帰り道、トオルがふいに尋ねてきた。


「結局、リーゼはなんで盗賊なんてやったんだ?」


答えは決まっていた。


「シュヴァルツ家を存続させるためだ。それと、理不尽な王家に鉄槌を下すためだ」


「ふーん。それで盗賊?

手段がおかしくない?」


「おかしくないだろ」


「だって、後継ぎがいなくて家を取り潰されたんだろ?リーゼが婿を取れば済んだ話じゃないの?」


「そんな簡単な話ではない。だいたい、僕は当主で騎士だ。婿など取れるか」


トオルはいつも、こちらを苛立たせるようなことを平然と言う。


「でも、そのままじゃ後継ぎがいなくて、結局は滅びるだろ。リーゼの考え方にも問題があったんじゃないか?」


「なっ……!」


「正式な騎士を婿に迎えるか、自分で婿候補を育てて騎士にすればよかった。まあ、次があるなら頑張って」


腹の立つ言い方だった。

だが、言っていることが完全に間違っているわけでもない。


確かに、その道はあった。

ただ、僕には選べなかった。


騎士として育てられてきた僕にとって、婿を迎え、女として家を残すという選択は恐ろしかった。


僕がずっと見ないふりをしてきた道を、トオルはあまりにも簡単に口にした。


「僕に、女として生きろと言っているんだな?」


「家を残したいなら、その方法もあるってだけだよ」


「だが、失敗したらどうする。僕はそんな道想定したこともないんだ。

取り返しがつかないだろ」


「失敗したら、僕が責任を取ってやるよ。

従者一人くらい養える。今だってそうだろ」


失敗したら、トオルが僕を引き取るということか。


主人としての立場を使えば、僕を無理やり従わせることもできる。それでもそうしないトオルに、僕は少なからず信頼を置いていた。


「その言葉、二言はないな?」


「ないない。僕には失うものなんて何もないからな」


話しているうちに宿へ着いた。

シャワーを浴び、自分のベッドへ潜り込む。


しばらくすると、床で寝ていたトオルが、僕の布団へ入ろうとしてきた。


「おい、何をしている! ついに正体を現したな!」


信じた僕が馬鹿だった。

結局、トオルも契約を盾に、僕を自分のものにするつもりだったのだ。


「寒いから入れてくれ。そのまま寝るだけだから」


そう言うトオルの体は、確かに震えていた。

今日は少し冷える。


僕に厚い布団を譲り、自分は薄い布団で寝ていたのだから、寒くても無理はない。


「仕方ないな。何かしたら許さないからな」


「何もしないよ。何かあったとしても、責任は取るから」


「またそれか」


僕たちは、一つの布団で眠ることになった。


責任を取る、か。


君は僕をライバルだと言ってくれた。ずっと騎士として扱ってくれていた。


それなのに、シュヴァルツ家を残したいなら、僕が女として婿を迎えるしかないと突きつけた。失敗したなら、自分が責任を取るとまで言った。


僕はずっと、騎士であることを言い訳にして、自分が女であることから目を逸らしていた。

それをトオルは、たった一晩で認めさせた。


あれを「女にされた」と言わず、何と言えばいい。


複雑な気持ちを抱えたまま、僕は眠りについた。そして今、僕を従者にしたせいで、トオルは監獄にいる。


「気は進まないが、情報収集くらいはしてやるか」


僕は届出の束を手に取り、その中から召喚師区画の警備を担当している看守のものを抜き出した。


まずは、トオルに一番近い者からだ。



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