第37話 次はお前だ
闘技場の賭けに勝って僕の銅貨は6枚になった。増えたと言えば増えたが、ほとんど誤差みたいなものだ。
火野の指定した、アンダードッグという店でリーゼと飲み物を頼んで待つ。
火野は僕の向かいに座ると、すぐにリーゼへ視線を向けた。
「待たせたな。そっちの美人さんは?」
「この子は従者のリーゼです」
「透、タメ口でいいぞ。俺とお前の仲だ。」
火野は勝手に距離を詰めてくる。
「しかし、異世界に来た途端に女を連れてるとはな。お前、思ったより楽しんでるじゃないか」
リーゼの表情が剣呑なものに変わるが、火野は全然気づいていない。
「…そういうのじゃない」
「まあいい。先に本題だ」
火野は身を乗り出し、声を少し落とした。
「監獄から出る条件が分かった。まず銀貨三枚を稼ぐこと。それから、看守に星儀戦で勝つこと。この二つだ」
銀貨三枚。金を稼ぐだけなら、まだ分かる。
問題は、看守に勝つことだ。ここから出たものがいないのであれば恐らくかなり強いのだろう。
「銀貨は看守への挑戦代金だとよ」
「挑戦するだけで銀貨三枚か…」
「そういうことだ。勝てなきゃ出られない。だが、挑戦権すら金が必要だ」
取り急ぎ金を稼ぐことは変わりない。
「協力体制だが、まずは情報を回し合う。それでいいか?
稼げる仕事、強い看守、使える店、そういう話が入ったら共有する」
「わかった。脱出に関わる情報が入ったらそっちに回す」
火野との協力がどこまで役に立つかは分からない。
だが、何も知らずに一人で動くよりはずっとマシだ。
「話は終わったか?じゃあ、僕は部屋に戻る」
リーゼが飲み物の器を置いて、席を立った。
「監獄の中だから大丈夫だと思うけど気をつけてな」
「監獄長のレムルが言った通り、従者は初日と最後しか一緒に行動できない。
だからしばらくは会えない。君こそ気をつけろよ。こっちでも一応情報は集めとくよ」
そう言って、リーゼは囚人区画とは別の通路へ歩いていった。その背中を見送ってから、僕は火野へ向き直る。
「僕らはどこで寝るんだ?」
「宿泊部屋で雑魚寝だ。金がありゃ個室も使えるらしいけど」
つまり、僕たちには関係ない話だ。
結局、僕と火野、それに知らない囚人が一人、四畳半ほどの狭い部屋に押し込められた。
薄い布を敷いただけの寝床。隣の寝息が耳元で聞こえる距離。
個室どころか、人としての最低限の空間すら怪しい。
これが監獄か。
翌朝、重い体を起こしながら、僕は金策について考えた。
昨日一日過ごして分かったが、ここでは食事だけでも銅貨五、六枚は持っていかれる。
肉体労働の報酬が銅貨十枚だとしても、手元に残るのはせいぜい銅貨四、五枚。
休まず働いても、銀貨三枚には遠い。しかも、僕に残された猶予はあと九日。
普通に働いているだけでは間に合わない。何か上手い方法はないだろうか。
監獄内で商売をする。
星儀戦で勝つ。
賭けで増やす。
思いつくことはいくつかある。
けれど、どれも具体的な勝ち筋までは見えていない。
「おい、そこの新入り。建築の仕事はどうだ。報酬は銅貨十枚だ」
通りがかった男が声をかけてきた。
肉体労働、これじゃ全然目標額に届かない。
だが、まずは監獄の仕事がどんなものか確認しておきたい。
「じゃあ、お願いします」
「はい、じゃあその転移陣から現場に行ってくれ」
床には魔法陣のようなものが刻まれている。
光り輝く魔法陣の上に立つと景色が切り替わった。
周囲には何もない。遠くに壁も街も見えない。
あるのは建築中の巨大な建物と、そこへ群がる囚人たち、そして荷を運ぶ召喚獣の群れだけだった。
なるほど。
どこかも分からない場所に飛ばされるなら、逃げ出すのは難しい。
「おい、そこのお前。こっちだ。資材を運べ。召喚獣も出せるなら出せ」
僕は相棒としてロックボアを呼び出した。
仕事は単純だった。積まれた資材を、指定された場所まで運ぶ。
ただそれだけだ。
けれど、単純だから楽というわけじゃない。
資材は重い。何度も往復するうちに、腕が痺れ、腰が悲鳴を上げる。
ロックボアも最初こそ鼻息荒く荷を押していたが、昼を過ぎる頃には息も絶え絶えだった。
なんとか仕事を終えた時には、全身が痛かった。こんなもの、三日も続けたら体が壊れる。
銅貨十枚を握りしめ、僕は監獄へ戻った。
そのまま痛む体を引きずって、酒場アンダードッグへ向かう。
店に入ると、すでに火野が座っていた。
しかも、机いっぱいに料理を並べている
「ずいぶん景気がいいな。いい儲け話があるなら教えてくれ」
「お、透。ボロボロだな。
ここは星儀戦が儲かりそうだ。一般召喚師しかいないし、いい狩場だぞ」
「僕らは、賭ける金がないだろ?」
「ファイトマネーありの試合があるんだよ。
一試合で小銀貨3枚。笑いが止まらんぜ」
つまり銅貨30枚?確かにボロいな。
「明日、僕も連れてってくれ」
「明日?せっかくだから今日行こうぜ、これ食い終わったらな」
「さすが火野。頼りになるな」
「まかせろ。相棒」
昨日は気づかなかったが、星儀戦は一日に何度も組まれているらしい。
なら、稼ぐ手段としては確かに現実的だ。問題は、勝てればの話だが。
食事を終え、火野と闘技場に向かう。
「ファイトマネーありのランク戦を頼む」
「はい、次は中級になります。よろしくお願いします」
受付は火野の召喚師カードを受け取ると、淡々とそう言った。
ランク戦。勝てば上がる仕組みらしい。
上に行けば報酬も増える。その代わり、相手も強くなる。
「中級なら勝てば、ファイトマネー小銀貨5枚だぜ?ボロいよな。
俺が勝つ方に賭けろよ。儲けさせてやる」
「考えておく」
そう答えたが、僕は賭けなかった。
火野の実力が分からない。見てから判断するべきだ。観客席に移動し、火野の試合を見守る。
「相手は一般召喚師か‥」
見たところ、昨日のガレスやロイドと大差ない。
なら、火野が順当に勝つ。そう思っていた。だが、試合が始まってすぐに考えを改めた。
これはひどい‥
火野の戦い方は一般召喚師と変わらなかった。スペルを使わず、可能な限りでかい召喚獣で殴り勝つ。
初心者の考え方そのもの。
2人の間には小型の召喚獣が小競り合いを繰り広げていた。
おまけに召喚獣の効果を理解していない。
「引いたぜ、俺の切り札!ファイアドレイク!」
【ファイアドレイク】属性 火
コスト 6
パワー 5
タフネス 5
位相 空
能力 なし
“火竜に策はいらない。空から降りて、すべてを焼くだけだ。”
ファイアドレイクが対戦相手の場を蹂躙する。歓声が上がり火野が勝ったようだ。
だが、火野のタリスマンも残り三個しかない。
狙って調整したならエンターテイナーだが、恐らくそうではなかろう。
かろうじて今回は勝ったがこのままだといずれ、ここで死ぬ。
「よー。見てたか。
余裕よ余裕。なんか食いに行くか、おごるぜ」
火野はいいやつだ。だからこそ死なせたくないと思ってしまった。
「シシシシシ! 僕が最強だ!」
隣の闘技場で聞き覚えのある声がする。
「あいつもここに堕ちてきたのか‥」
水の召喚師忍野。
両手を上げ勝利をアピールしている。隣には対戦者が血だらけで転がっていた。
手強いやつが参入してしまった。障壁にならないといいが。
その瞬間忍野の視線がこちらを捉える。
「忍野、口パクパクさせて何やってんだ?」
火野が不思議そうに呟く。
僕は答えられなかった。忍野の口は、確かにこう動いていた。
”次は、お前だ”




