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第36話 負け犬は監獄を出られない

ジーンズを履いた男が、こちらを見て眉をひそめた。

この世界では妙に浮いた格好だ。地球から来た人間だとすぐに分かる


「なんだよ、その顔。まさか忘れたのか? 一緒に召喚されただろ」


男は親指で自分の胸を指した。


「火の陣営の火野だ」


火野。 名前を聞いて、召喚された日の光景がぼんやりと蘇る。

たしか、僕たちの近くにいた男だ。


「ああ……火野さん。すみません、すぐには思い出せなくて」


僕は気まずく頭を下げた。


「火野さんも、功績値が足りなかったんですか?」


火野は苦い顔で頷いた。


「ああ。情けない話だが、忍野に負けてごっそり奪われた。

覚えてないか? 俺たちと一緒に召喚された、あのオタクっぽい男だ」


あいつ、片っ端から勝負を吹っかけているのか。

同じ日に召喚された僕たちなら、属性も陣営もある程度割れている。狙いやすい相手から狩っているのかもしれない。


「……知ってます。僕も忍野に負けて、ここに来ました」


火野の表情が少しだけ緩んだ。


「そうか。じゃあ、俺たちは同じ被害者ってわけだ」


火野は周囲を一度見回してから、声を落とした。


「どうだ。協力して、ここを抜けないか?」


「それは助かります。この後、星儀戦を見るので、そのあとで合流でもいいですか?」


「あぁ、俺もこのあと建築の仕事だ。

あそこにある看板に犬が描かれた店わかるか?そこで合流しよう」


こんなところで協力できるやつに出会えたのはありがたい。

しかも地球人。同郷というだけで、全然知らない人間よりは安心できる。


「そろそろ時間だ。行こうか」


リーゼに声をかけられ、振り返る。

いつの間にか、彼女の手には菓子のようなものが握られていた。


「それは?」


「あぁ、囚人以外なら無料で使える店があった」


「僕の分は?」


「ないよ。囚人に渡すのはルール違反らしい。欲しければ銅貨二枚で買えるそうだ」


「……そうですか」


僕はリーゼを助けたせいで、ここに来る羽目になったのに。

もちろん、助けると決めたのは僕だ。分かっている。

分かっているけど、目の前で一人だけ菓子を食べられると、少しくらい文句も言いたくなる。


「なんだ、不機嫌になるなよ」


「不機嫌なんかじゃない」


「やれやれ、あと10日間の付き合いだ。

仲良くやろう。ご主人様」


その言い方がまた気に入らない。

僕はリーゼと少し距離を取りながら、星儀戦の会場へ入った。


中は熱気に包まれていた。


会場の周囲を囲むように人々が立ち並び、二階席にも客の姿がある。

見上げると、そこだけ造りが少し違っていた。椅子も机もあり、下の観客席より明らかに待遇がいい。


「あれはVIP席だね。貴族も混じってるんじゃないかな」


いつの間にか隣に来ていたリーゼが、菓子をかじりながら言った。


「外じゃ、星儀戦を賭博の対象にするのは御法度だからね。ここなら、こっそり楽しめるってわけだ」


「監獄なのに、貴族が来るのか?」


「監獄だから来るんだよ。外でできない遊びができるからね」


なるほど。罪人を罰する場所というより、罪人を使って稼ぐ場所なのかもしれない。


その時、会場の中央で司会者が声を張り上げた。


「さて、今宵も始まりました。星儀戦のお時間です。まずは西側、炎の召喚師ガレス! 今日も彼の火力が炸裂するのでしょうか!」


歓声が上がる。


「そして東側、水の召喚師ロイド! 炎の勢いを殺しきれるのか、乞うご期待!」


司会者の紹介が終わり、いよいよ星儀戦が始まる。


「どっちも一般召喚師だね。

地味だから面白くないんだよね。寄せ集めのデッキだろうし」


試合開始の合図と同時に、二人の召喚師が召喚獣を呼び出した。


「2人とも殴り合うデッキか?」


「祠で契約できる召喚獣は小粒なのが多いからね、必然そうなる」


リーゼの言う通り、戦場に現れたのは小型の召喚獣ばかりだった。

炎をまとった小鬼。水を吐く蜥蜴。角の生えた小鹿のような召喚獣。


派手さはない。

けれど、小粒同士の殴り合いだからこそ、なかなかタリスマンまで届かない。

どっちが勝つか予想もつかない。しかし、勝負は呆気なく決まった。


「よし、引いたぞ。オーガ。戦場を壊せ」


ガレスが新たに召喚したのは、巨大な棍棒を担いだオーガだった。


小型の召喚獣しかいない戦場に、大型の召喚獣が現れる。それだけで場の空気が変わった。


オーガが棍棒を振るうたび、ロイドの召喚獣が潰されていく。

守りが崩れたところに、ガレスの召喚獣たちが一斉に攻め込んだ。


ロイドのタリスマンが、次々と砕けていく。


最後の一つが砕けた。普通なら、そこで勝負は終わりのはずだった。


だが、試合は止まらない。ロイドは顔を引きつらせ、後ずさった。

オーガは棍棒を引きずりながら、ゆっくりとロイドへ近づいていく。


「タリスマンはなくなったのに、止めないのか?」


「降参なし。本体に一撃入るまでが勝負なんだろうね。悪趣味だな」


ロイドが足を取られ転んだ。慌てて両手を上げる。


「降参、降参する」


だが、司会者も対戦相手も止めない。オーガだけが止まらなかった。

巨大な棍棒が振り下ろされ、鈍い音が響く。


ロイドの体が地面を転がり、会場が歓声に包まれる。


「おおっと! 決着です!」


司会者の声が、ひどく明るく響いた。


「やれやれ」


リーゼはつまらなそうに肩をすくめた。だが僕は笑えなかった。

ロイドは立ち上がらない。


「……死んだのか?」


「まさか。召喚師は使い潰すには惜しい。治療ぐらいしてくれるんじゃないか?

金はかかるかもしれないけどね」


ローウェンと勝負していた時、タリスマンが砕けた後、彼はいつも最後は手加減してくれた。

あれは、相手がローウェンだったからだ。


だけど、ここでは違う。

タリスマンが砕けても、終わりじゃない。負ければ、本当に本体に攻撃が飛んでくる。


「レベルは低いけど、もし負けたら大怪我だ。

君は銀貨3枚溜まるまで、ここで何回戦うのかな?」


銅貨5枚からスタートだと何戦必要だ?

そう簡単にはいかない。

しかもカードゲームってのは毎回勝てるものじゃない。何回かは負けるだろう。


そのたびに、今みたいな一撃をもらうのか。


果たして僕は生きていられるだろうか‥


「ふふ、10日間でここから出れたら従者として一つ命令を聞いてあげるよ。

まぁ、難しいと思うけど」


「ずいぶん楽しそうだな」


「そりゃあね。いいご主人様と巡り会えたと思ったのに、たった十日でお別れかもしれないんだ。悲しくて仕方ないよ」


絶対に悲しんでいない顔だった。

つまり、僕はここから出られない。リーゼはそう言いたいらしい。


「ここから出たら、リーゼに似合うチョーカーをプレゼントしてやるよ」


「へえ?」


「僕の自慢の犬だって、みんなに紹介してやる」


リーゼの目が細くなる。


「負け犬は監獄から出られないよ。

でも、楽しみにしてる。どっちが犬になるのかをね」


そう言って、リーゼは口元を歪めた。


くそ、従者って言っても相変わらず敵同士だ。


…なんでリーゼはこんなに面白いんだ。僕の従者はこうでなくちゃいけない。


上等だ。10日間、まずは金を増やす。これが脱出の第一歩だ。

まずは火野と合流する。あの男が本当に味方かどうかも含めて、使えるものは全部使うしかない。

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