第35話 ようこそラナ監獄へ
リーゼに促されるままに扉に手をかける。
扉を開けると全身鎧の兵士が2人立っていた。
「御厨トオルと従者のリーゼ=シュバルツだな。
功績値が足りなかった貴殿らには、我らに同行してもらう」
特に暴れてもいいことはないだろう。
兵士の後ろに大人しくついていくと、馬車が用意されていた。
「ほら、後ろに乗れ」
促されるままに馬車に乗りこむ。
ペナルティなのに馬車で迎えに来てくれるんだ、至れり尽くせりだな。
「今月はお前みたいに、功績値が納められない奴が3人もいる。嘆かわしいことだ」
「明日まで待ってくれたら払えるんですけどね」
「連れて行かれる奴は、みんなそう言う。
中で仲良くしてもらえ」
座り心地が悪い馬車に揺られることしばし、いや、かなり。
リーゼは平気な顔をしているが、僕は尻が痛くて仕方なかった。
「降りろ」
短く声がかかる。
馬車から降りると、そこはまったく見覚えのない場所だった。
目の前には、要塞のような巨大な建物が鎮座している。
高い外壁。重そうな門。壁の上には見張りの兵士までいる。
「ラナ監獄か‥功績が足りないのは犯罪か」
リーゼの言葉が気になる。
「監獄?」
「あぁ、決して出られないな」
監獄ということは、僕はこれから服役するのだろうか。
先に送られた召喚師たちは、なぜ出てこられないのだろう。
「ほら行くぞ」
兵士に促されながら、監獄の中に入る。
鉄格子。石壁。囚人。
そういうものを想像していたが、違った。
「……なんだこれ」
目の前に広がっていたのは、牢獄ではなかった。
石造りの建物が並び、たくさんの人が行き交っている。
酒場があり、露店があり、囚人服を着た男たちが普通に商売をしていた。
監獄というより、一つの集落だ。
「驚いたか?」
背後から声がした。振り返る。
大柄な男がこちらを見下ろしている。片目には大きな傷跡。首には銀の徽章。
「ようこそラナ監獄へ、ここは罪人を閉じ込める場所じゃない」
男は笑いながら、視線を僕に向けた。
「王国に不要と判断された召喚師を集める場所だ」
大男は慇懃な口調で続ける。
「申し遅れた、私はここの監獄長レムルだ。
あぁ覚えなくていい。もう会わないだろうからな」
僕を見据え、目を細める。
「では、監獄のルール説明しよう。
監獄の中で暮らすのにも金が必要だ。働いて稼いでもいいし、奪い合ってもいい」
金?
監獄の中に金がいるのか。監獄と聞いて強制労働などを想像していたので、肩透かしを食らう。
「ここから出る方法は?」
監獄長レムルは、おもしろそうにこちらを見た。
「地獄の沙汰も金次第。ガムシャラにお金を貯めるんだね。銀貨3枚分貯まったら、看守に声をかけてくれ。
なに、上級召喚師なら容易いよ」
金を貯めたら出れる。
それならここから出られるやつも多そうだが、外では1人も戻ってこないと聞いている。
何かあるに違いない。
「従者の君は10日間オブザーバーとして見学した後でここを出てもらう。
初日と最後だけは主人と共に行動できる。ただし、ここで見たことは他言無用だ」
「主人を忘れて、好きに生きろと?」
「別にそいつである必要はないだろ?
必要なら新しい上級召喚師を紹介しよう。看守で従者を欲しがるものは多い」
「ほう、それは助かるな」
リーゼは平然と答えた。
「説明は以上。後はここで過ごしながら覚えるんだな。これを」
そう言うと僕には5枚の銅貨。
リーゼには銀の首飾りとすっぽり被れるような布のようなものを渡した。
「その首飾りは、オブザーバーだと区別するためのものだ。
あと、監獄は男女で区画が分かれている。男性区にいる間は、その布を頭から被っておいてくれ。食事と部屋は別に用意される」
「これだけですか?」
銅貨5枚。小銭だ。
僕が召喚具店で1日働くぐらいの額。銀貨3枚、つまり銅貨300枚には到底届かない。
「そうだ。君は収監された囚人だ。
その意味を噛み締めて毎日過ごすんだな」
そう言うとレムル監獄長は立ち去った。
説明が全然足りない。しかし当面の目標は決まった。銀貨3枚を確保する。これが脱出の第一歩だ。
「とりあえず見て回るか。リーゼどうする?」
「約束通り、君の最後を見届けるさ」
今日は初日なので、リーゼも同行できるらしい。
僕たちは二人で監獄の中を見て回ることにした。
思った以上にたくさんの人がいることに驚いた。どれだけ召喚師が収監されているんだ。
「はい、今日の仕事あるよ!
先着だ!荷運び銅貨8枚だ」
「こっちは建築作業だ。銅貨10枚」
監獄で仕事の募集?
ドヤ街みたいだな。それなりの金額が確保できそうだ。
時間はかかるが銀貨3枚の確保もできるだろ。
だが、ここで暮らすにも金が必要なら、稼ぎがそのまま残るとは限らない。
周りを見ると仕事の斡旋以外にも食べ物屋などもあり、小さな街のようだ。
どこから調達してきているんだ?
「銀貨3枚貯めろってどう思う?」
「少なくともそのまま出れるわけではないだろうな」
リーゼが短く答える。僕と同じ印象のようだ。
「お尋ね者も何人かいるな。
僕が捕まったら死罪じゃなくこっちだったのか」
「なんで犯罪者まで、捕らえてるんだ?」
「召喚師も資源だからじゃないか?何かに使えるかもしれんしな」
ふと露店が目に入る。カードを売ってる?
ばら売りが多いけど、パックも少しあるように見えた。
僕の視線に気づいたのか、店主が声をかけてくる。
「旦那、いい召喚獣ありますぜ。
パックは銀貨20枚。ばら売りなら銅貨1枚からあるよ」
「高っ!外の4倍じゃないか!?」
「旦那もしかして、上級召喚師か?
パックなんて魔女の店でしか買えないんだぞ。
こっちだってやばい橋渡って手に入れてんだ。高くて当たり前だろ?」
「魔女の店?」
「そうだよ。この価格は一般召喚師にとっては相場通り。
上級召喚師でも、監獄じゃこの価格でしか買えないよ」
カードを手に入れるのは絶望的だな。割高のカードを買う意味も薄い。
「銀貨20枚もあれば外に出れるだろ?」
「あぁ銀貨3枚ってやつか?
はは、それはまだ入り口だよ」
「入り口?」
「いずれわかるよ。ここにいればね」
店主は僕が金にならない客だと判断したのか、そこで会話を打ち切った。
やはり、ここには何かある。
まずはそれを確かめるのが先だ。
「今日は星儀戦あるよ。なんと銀貨一枚を賭けた大勝負だ。掛札の締め切りまであと少し。買う人はお早めに」
その声にリーゼが反応する。
「監獄のレベルがどの程度か見に行くか?」
「そうだね。星儀戦で何かわかるかもしれない。
大金を賭けるのは牢獄の中でも強者だろうしね」
勝てば銀貨二枚。
監獄脱出にかなり近づく額だ。どんな人間なのか確認しておきたかった。
観戦するには掛札を買う必要があるようで、僕は倍率の低い方を銅貨一枚で買った。
まだ時間じゃないらしい。星儀戦が始まるまで、しばらくリーゼと話しながら待つ。
しかし、人の星儀戦を見るのは初めてかもしれない。試合が始まるのを楽しみにしていると、横からいきなり声をかけられる。
「久しぶりだな、御厨トオル。お前も監獄に堕ちてきたのか」
僕と同じぐらいの年齢。目を引くのはその服装。Tシャツにジーンズを着ているやつなんて、この世界にはいない。
地球人か?
だけどこんな人を僕は知らない。
目の前の男への警戒心が、一気に跳ね上がった。




