第31話 蒼薔薇と色欲王
ドアを開けた瞬間、僕は固まった。
そこに立っていたのは、僕と同じくらいの年頃の少女だった。
束ねた長い金髪に、澄んだ青い目。人形みたいだな、と場違いな感想が浮かぶ。
「悪い、遅くなったね」
少女は当然のようにそう言った。
僕の脳はフル回転する。
誰?
知らない。
こんな可愛い娘の顔忘れるか?
否。
この世界の知り合い?
該当なし。
知らない人だ。そう結論づける。
「あの、お部屋間違えてませんか?」
「はぁ?君が呼んだんだろ。覚えていないなんて言わせない」
わからん。本当にわからん。
「鎧をつけていないからわからないのか?」
少女は呆れたように息を吐いた。
「シュバルツ=リーゼ。君から風を奪った騎士だ」
あぁ、なるほど‥
シュバルツ。一昨日星儀戦で勝って、従者にした騎士だ。
まさか、女性だったのか‥
全然気づかなかった。
「とりあえず、上がらせてもらう」
そう言うと、リーゼはずかずかと部屋に上がり込んできた。
散らかった部屋を可愛い女の子に見られたくないんだけど……。
「で、リーゼさん、こんな時間に何か用ですか?」
もう夜だ。来るならせめて昼間に来て欲しい。
「君が僕を従者にした。特別指定がない限りは同室に住むことになる」
僕は混乱した。いきなりこれは困る。
「一旦元の場所に住みません?
ほらここ狭いですし‥」
「僕は住むところもないし、金もない。
別室に住んでほしいなら、僕用の部屋を借りてくれ。
まぁ、駆け出しの召喚師が従者に部屋を与えているなんて話は聞いたことないけどね」
僕もローウェンとサキさんから金を借りっぱなし。追加の金を用立てる当てもない。
「わかりました。とりあえず同室で行きましょうか…ベッドは使ってください」
リーゼが、ハァ、と大きくため息をつく。
「女を従者にしたってことは、そういうことだろ?白々しい」
要点が掴めない。僕の態度の何が白々しいんだ?
「ほら、僕は負けたんだ。
好きに抱いて自分のものにしろよ。
体は好きにできても、心まで自由にできると思うなよ」
リーゼの顔に、侮蔑の色が浮かぶ。
ギルドで従者になるのを拒否されたのは、このせいか。
「違う、違う。
僕は君が女性だって知らなかった。そういう意図はない」
「シュバルツ家は跡取りがいなくて取り潰されたのは周知の事実だろ?」
「知らない、知らない」
「シュバルツの蒼薔薇。世間じゃ有名だろ?
女だと知らなかったは通らないよ。
まぁ、今日は気分じゃないことはわかったよ」
召喚師に用意された部屋はそこまで大きくない。六畳一間といったところなので、逃げ場もない。
沈黙が怖くなった僕は、今後の話をリーゼに振った。
「明後日までに功績値が1000ポイント必要なんだ。
ポイント稼ぎに協力してくれるのか?」
「そうだな…
下劣な男に囲われて夜は最悪なんだ。昼間くらいは楽しいことがしたい」
リーゼはそこで、初めて笑った。
「たとえば、駆け出しが死ぬようなクエストとかね」
今持っている功績値が200ポイント。明後日までに800ポイントはなかなかに厳しい。
リスクの高いクエストを取るしかない。
「悪いけど、先に休ませてもらう」
そう言うと、リーゼはさっさと布団に潜り込んだ。
誤解を与えたままだが、今すぐ解ける気配はない。
翌朝。全身が痛い。
床はとても硬かった……
「朝食はどうする?」
「パンを買ってあるけど、2人分ないから今日は半分で我慢してくれ」
パンは一つしかなかったので、半分に割って食べた。
明日からは食費も2倍か。生活できるかな‥
不安が渦巻く中、引き取った以上は面倒を見ないと、という気持ちもあった。
正直、勢いで引き取ってしまった部分はある。
それでも、従者になったのがリーゼだったのは、まだよかったのかもしれない。
これがおじさんだったら、食い扶持を稼ぐ途中で心が折れていた気がする。
「そういえば僕、まだ風属性の召喚獣を呼び出せないんだけど‥」
「風属性を返せなんて言われてないからな。
もし返して欲しいなら、主従の交代を賭けて勝負するか?」
勝負したい。しかし、まだまだ僕のデッキは完成していない。そんな状態で勝負するのが果たして面白いのか?
僕の困り顔を見てリーゼが口を開く。
「そんな顔するなよ。
言っただろ、君の爪も牙もへし折ってやるって」
リーゼは勘違いしている。
僕も戦いたくないわけじゃないんだよ。ただ少しまだ早い。
「まぁ、また今度ね」
「臆病者だな」
「なんとでも言ってくれ。昨日今日だとおもしろくないだろう」
リーゼは納得したような納得していないような曖昧な表情で頷いた。
「とりあえずクエスト見たいから、ギルドに一緒に来てくれ」
リーゼを伴い、ギルドのクエストボードを覗く。しかし高額依頼は見つからない。
「2日で800ポイントに届きそうな依頼ありそう?」
「そんなものいつもあるわけないだろ。駆け出しは、毎日コツコツやるしかない」
「1000ポイント貯めないとまずいんだけど‥」
「そっちの事情は知らない。僕から助けを求めたわけでもない」
リーゼはバッサリ切り捨てる。
仕方なく前と同じように受付嬢に何か依頼がないか、確認する。
「そんな依頼はありません」
「何か他に功績値を稼ぐ方法ありませんか?」
「知りません!自分で調べてください」
強めに拒絶の意思を示される。今日かなり塩対応だな…
「色欲王が揉めてるぜ。受付嬢も狙ってるのか?」
「ああはなりたくないものだな。
まぁ、あの調子なら月末までの命だ」
僕を遠巻きに見ていた人も嘲笑を浮かべる。
そこまで、おかしいこと聞いたかな?しかも色欲王?
不思議そうにしているとリーゼが横から声をかけてくる。
「何故不思議そうな顔をしてるんだ。
自分の命より僕の従者化を優先したんだから、当たり前だろ」
「どういうこと?」
「目先の女を抱くために、英雄になる権利を捨てたってことだろ?
しかも、僕という火種を抱え込んだ。
事実はわからないけれど、周りはみんなそう見てる」
「そんな意図一切ないんだけど」
「そこは知らないよ。僕もみんなと同じように見てるからね」
周りからどう見られてるかは分かった。
だけどこれはあんまりでは?
僕はリーゼが女だって知らなかったんだけど。
「しかし、なぜ功績値が足りないんだ?無計画すぎる」
その言葉に忍野の顔がよぎる。
「功績値の重要性を知らない時に、500ポイント賭けて勝負しちゃってね」
「それは無知な方が悪い」
「そこを言い訳するつもりはないさ」
「ならいい。
で、我が主は借りを返せない情けない男なのか?」
そういえば忍野には借りがあるままだな。
「そんな風に見える?
そうだな、確かに利子をつけて忍野に返してもらう方がいいな」
僕がリーゼを見ながらニヤリと笑うと、リーゼも同じように口の端を持ち上げた。
「それでこそ我が主だ、面白い。2人で血祭りにあげよう」
目を見つめ合って笑い合う。
あぁやっぱりこの人を従者にしてよかった。
僕たち二人、初めての共同作業だ。
さぁ忍野から功績値を全て奪い取ろう。




