第30話 蒼薔薇の従者
僕のシュバルツを従者にするという言葉に、受付嬢は驚愕の声を上げる。
「なっ?確かに制度上は可能です。可能ですが‥」
「僕が従者にすると決めました。
従者を得るのは召喚師の権利のはずです。何か問題がありますか?」
受付嬢は慌てて首を振る。
「問題はあります。
あなたはまだ、十分な功績値を持っていません。三日後までに規定値に届かなければ、罰せられることになります。
わかっているんですか?」
受付嬢がこちらを叱りつける。もちろん僕を思って言ってくれているのはわかる。
だけど今は、その正しさが少し煩わしかった。
「功績値だけ?じゃあ、何も問題ないです」
「おい、余計なことをするな。自分の世話ぐらいできる」
受付嬢を援護するようにシュバルツも声を荒げる。
けれどその声は、強がりにしか聞こえなかった。
誰も信じられない人間が、誰かに手を伸ばされる前に拒んでいる。そんな声だった。
「前は誰も助けてくれなかったんだろ? 今回はたまたま僕が隣にいる。
それじゃ駄目か?」
「それが余計な世話だと言っている」
「わかった。僕は君に勝った。だから君は僕のものだ。
これからは僕に従ってもらう」
「嬲る気か‥下郎が‥」
強い拒絶だった。けれど、関係ない。
目の前の騎士は、僕だったかもしれない。それだけで助けるには十分だった。
それ以上にシュバルツとの勝負は刺激的だった。
また戦いたい。何度でもやり合いたい。ここで終わらせるには、惜しすぎる。
「おい、やめとけ。
自分のことだけ考えろよ。仮に功績値が間に合っても召喚師としての評判を落とすぞ」
ローウェンの忠告は聞けない。
シュバルツとの勝負に勝ったのは僕だ。なら、その処遇を決める権利も僕にある。
「悪い、ローウェン、もう決めたんだ。
シュバルツは僕のものだ」
ローウェンが口を噤む。
その横から、場違いな笑い声が響いた。
「あはは、面白い。
あなたと一緒にシュバルツ家がどう変わっていくのか、見届けたくなってきたわ」
サキさんがたまらず、と言った調子で笑い出す。
「別に面白いものなんてありませんよ。お金はきちんと返しますので」
「その前に功績値が足りなくて、ペナルティで死んじゃうかもよ?
ふふふ、どう乗り切るのか楽しみだわ」
サキさんはそう言うと踵を返す。
「あなたが死ぬ時は、絶対に立ち会わせてね。
それで借金はチャラにしてあげる」
「縁起でもないこと言わないでください」
「じゃあね」
ろくでもないことを言い残し、サキさんは去っていった。
僕が死ぬことは彼女の中ではもう予定の一つらしい。まぁいいか…
僕は受付嬢に向き直る。
「シュバルツの従者契約を進めてください」
「もう一度だけ確認します。
あなたは、この選択の意味を本当に理解していますか?」
受付嬢の声は、さっきよりも硬かった。
「本来なら、あなたは大きな功績を得る立場です。
ですが、シュバルツ家の者を従者にするとなれば話は変わります。
英雄扱いされるはずだったあなたが、犯罪者として疑われる可能性すらあります」
受付嬢は書類を握りしめたまま続ける。
「私は召喚師を補助する立場として、この選択を勧めることはできません」
「大丈夫です。僕は納得しているので手続きを進めてください」
「……もう、どうなっても知りませんからね」
受付嬢は、諦めたように息を吐いた。
こうして、僕はシュバルツを討った英雄ではなく、シュバルツを従えた変人になった。
ギルド中の視線が、その事実を何より雄弁に語っていた。
「物好きなやつだ……」
シュバルツが、低く呟く。
「後悔するぞ…
いや、僕が必ず後悔させてやる」
「そっちの方が楽しいな。僕の隣でいつでも剣を向ければいい。
僕に負けてなお剣を捨てていないならな」
シュバルツに笑いかける。
サキさんはいらないと言ったが、こんな面白い人なかなかいないだろう。
「次は翼をもぐだけじゃ済まさない。
その汚い爪と牙もへし折ってやる」
「いいさ、また全力で殺し合おう」
それを聞くと、シュバルツは踵を返す。
「少し準備する。二、三日経ったら君の家に伺うよ」
シュバルツはそう言うと、振り返りもせず去っていった。
結局最後までヘルムを取らなかったので、次会っても顔はわからないかもしれないな‥
まぁいいか。どうせ僕の自己満足だ。
従者化の手続きが終わる頃には、ギルド内の視線は完全に僕を変人扱いしていた。
まあ、今さらだ。
ギルドの外へ出ても、背中に刺さる視線の感触は消えなかった。
その視線から逃げるように息を吐いたところで、黒衣の聖職者が壁にもたれているのが見えた。
「ルナさん、お久しぶりですね」
「よう。聞いたよ、相変わらず負けまくってるらしいな」
「言っても同期のホープと、シュバルツ家の騎士に負けただけです」
「負けたら失うものもあるだろ?」
呆れたといった様子でルナさんはため息をつく。
「風属性は失いましたね。まぁ得たものもあるので些細なことです」
「待て、シュバルツ家?なんで騎士の名家と揉めるんだよ?」
目を剥くルナさん。相変わらず反応がいいな。
「なぜか成り行きで。リベンジして最後はきちんと勝ちましたよ」
「風属性の召喚獣も、闇属性の召喚獣なしでなんとかしたのかよ?
相変わらず規格外だな。
普通は絶対無理だろう。
いや、待てよ、どんなやつだった?シュバルツと言ってもピンキリだ」
「名前も聞いてないし、顔も見てません。青い鎧を着た騎士でしたよ」
「よりによって、蒼薔薇かよ…」
蒼薔薇?2つ名持ちの騎士か。シュバルツ家の跡取りぽかったし、当然か。
僕の想像では、シュバルツは華奢なイケメンじゃなかろうか。隣に並ばれるのやだな…
比べられたくないし、少し離れて歩いて欲しい…
「まぁそこはいいんですが、少し納得いかないことがあって」
「へー、一応話してみ」
ルナさんは興味なさそうに言う。
「相手が出した【堕ちた騎士 アンドン】という召喚獣、一撃でタリスマン10個以上持っていかれて‥
あれはなんだったのか‥」
「似たような境遇の召喚獣だから、力を貸したのかもな。
たまーに、そういう不思議なこともあるよ」
全然納得いかない。ルール破壊もいいところだ。
「ところでさ、風属性も戻ってきたのか?」
「もちろん。来い、風狼」
何も召喚されず、僕の言葉だけが寂しく響いた。
僕は勝った、勝ったはずだ。
なのになんで‥
「勝ったのに風属性を戻すように願わなかったのか?こりゃしばらくお預けだな」
確かに僕は勝った時、シュバルツの身柄の拘束だけを願った。
それがまずかったようだ。
「そんなの気づかないじゃないですか。どうすれば?」
「蒼薔薇ともう一回勝負するしかないんじゃないか?
けど、もうギルドに引き渡したのか?
じゃあ一生戻らないな」
危なかった、シュバルツを従者にしたおかげで首の皮一枚繋がった。
「いや、何とかなりますよ」
「よくわからないけど、相応のもん賭けないと勝負乗ってこないからな。
覚悟した方がいいぜ」
「従者にしたので、交渉してみます」
露骨にルナさんの機嫌が悪くなる。
「ふーん。従者ね。まぁ好きにすれば」
僕に一瞥をくれるとそのまま通りに出てしまう。
「えっ?なんでいきなり不機嫌?」
シュバルツには勝った。
けれど、風属性は戻らなかった。なら、もう一度奪い返すしかない。
しかし、しばらくは慣れない地属性で戦うほかないようだ。
自然に笑みが溢れる。またシュバルツと命を懸けて戦える。
次はお互い万全だ。どっちが勝つか楽しみだ。
第二章はここまでです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
シュバルツとの勝負には勝ちましたが、透にはまだ功績値の問題が残っています。
次章では、その期限が迫る中、透がさらに厄介な状況へ巻き込まれていきます。
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引き続きよろしくお願いします。




