第29話 勝者の報酬
僅差でシュバルツとの勝負に決着がついた。背後から、ぱちぱちと軽い拍手の音が聞こえる。
「いやぁ楽しかった。
ウィニー勝負でトオルくんが負けると思ってたのに、いい番狂わせだったわね」
振り返ると、サキさんがにこやかに笑っていた。
「僕が負けていたら、どうするつもりだったんですか?」
「助けてあげたわよ。大銀貨5枚分楽しませてくれたらね」
この人は、最初から僕が負ける前提で見ていたのだ。
それでも止めなかった。
金を貸している相手が無茶をしているのに、忠告もせず、ただ面白そうに眺めていた。
本当に、食えない人だ。
「ちなみにどれくらい勝算ありましたか?」
「9:1ってところかしら?
もちろんシュバルツが9ね」
「ほとんど勝ち目ないじゃないですか‥」
「簡単に勝てると思っていたの?
相手は武名高きシュバルツ家の騎士よ。勝率10%でもトオルくんを高めに見積もっている方だわ」
サキさんの言葉に、僕は声を失った。
「けど今日の勝負は大銀貨5枚…
いえ、金貨1枚分は楽しめたわ。
来てよかった…」
「つまり、僕の借金はチャラですか?」
「それは別の話でしょ。
私は大銀貨五枚であなたを買ったの。返せないなら、体で返してもらうわ」
サキさんは、恍惚とした表情を浮かべる。
「まだまだ楽しめそうね……」
この人、助ける気があったのは本当なのだろう。ただし、その助け方がまともとは限らない。
体で借金返すときはかなり危ない橋を渡らせられる可能性がある。
僕の勤務先の店長コハクさんからも早めに借金を返すように忠告されたっけ…
「ふふ、でも領地を取り上げられて盗賊に落ちた騎士に、風を取り上げられたのに最後まで抗った召喚師。
最初から結果は決まっていたのかもね」
「たまたま二つの属性を持った人間だっただけだろ。無属性だけなら、君も諦めてたさ‥
地属性もまとめて取り上げなかった僕のミスだ」
シュバルツは吐き捨てるように言う。
「いや、こいつ最初は無属性だけで倒すって意気込んでましたよ‥」
ローウェンが口を挟む。余計なことを言うな。
無属性だけになっても、最後には僕が勝っていた。
たぶん。たぶんだが。
「‥周りの人間が力を貸してくれたんだろ。
僕には何もなかったし、誰もいなかった」
シュバルツの声から、さっきまでの鋭さが抜け落ちていた。
怒りというより、諦めに近い声だった。
「もういいだろ?敗者は去るの。。早く連れていけ」
「ふふ、やり方が違えば家を再興できたかもしれない。
変われなかったのが、あなたの敗因ね」
サキさんは、シュバルツを値踏みするように見つめていた。
それから、いつもの柔らかい声で言う。
「うん。
あなたは面白くないから、いらないわ」
サキさんは、いらないと言った。
けれど、シュバルツはまだ僕を睨んでいた。
膝をついて、息も乱れているのに、剣だけは離していない。
殺されるのを恐れている顔じゃない。負けを受け入れた顔でもない。
まだ、納得していないし、 まだ、終わっていない。サキさんには、これがつまらなく見えたのかもしれない。
でも、僕には違った。何もなかったと言いながら、誰もいなかったと言いながら、それでも剣を離さない。
こんなに面白い人間、そういない。
けれど、勝負は終わった。勝ったのは僕で、負けたのはシュバルツだ。
どれだけ睨もうが、その事実だけは変わらない。
シュバルツは敗者としてギルドに引き渡される。
僕は勝者として、その報酬を受け取る。
それだけのはずだった。
シュバルツを連れてギルドに戻り、受付に報告する。
「では、盗賊の引き渡しをもって、報酬を――」
受付嬢の声が、途中で止まった。
「……少々、お待ちください」
彼女の視線は、シュバルツの青い鎧に向けられていた。
正確には、鎧に刻まれた白鷲の紋章に釘づけになっている。
さっきまで事務的だった表情が、見る間に強張っていく。
「まさか……シュバルツ家の方、ですか?」
シュバルツは答えない。けれど、その沈黙が答えのようなものだった。
受付嬢は小さく息を呑む。
「もしこれが本当なら大手柄です。
確認はしますが、功績値は1万ポイントは下らないでしょう」
1万ポイント。
これまでの依頼を何十回こなしても届かない数字だ。
「またえらい数字ですね」
「当然です。ひとまず、通常の盗賊討伐として功績値1200ポイントを仮付与します。
正式な査定は、身柄の確認が取れてからになります」
受付嬢の動きがあわただしくなり、忙しそうに書類を探している。
「引き渡すと、シュバルツはどうなるんですか?」
「恐らく、死罪は免れないかと思います…
元々が騎士ですし、王国への謀叛は許されません」
言葉につまった。僕はこの人を殺したいわけじゃない。
風を奪われた僕が、もし誰にも手を伸ばされなかったら。
シュバルツと同じ顔をしていたかもしれない。
シュバルツをそのままギルドに引き渡すと殺される。そう聞いて、咄嗟に言葉が出てしまった。
「僕の従者にします。ギルドには引き渡しません」
受付嬢の手が、書類の上で止まった。
ローウェンが、ぎょっとして僕を見る。
シュバルツも、初めて意味がわからないものを見るように、僕を見た。
けれど、もう取り消す気はなかった。




