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第25話 爪と牙

ローウェンを見送り、しばらくその場に立ち尽くしてから、僕はようやく自分の予定を思い出した。


「僕もバイトの時間だ」


能力を奪われても腹は減るし、金も要る。

落ち込んでいたところで、誰かがカードを恵んでくれるわけでもない。

ついでに、無色のカードを手に入れる方法がないか、店長のコハクさんにも聞いてみよう。


召喚具店では、いつも通りに振る舞っているつもりだった。

棚の埃を払い、商品を並べ直し、客に声をかける。

手順はいつもと同じだ。声もたぶん普段と変わらない。


けれど、そう思っていたのは僕だけだったらしい。


「なんか元気ないね。なんかあった?」


帳簿を閉じたコハクさんが、こちらを見ていた。

やっぱり、この人の目はごまかせない。普段と違うのは、とっくに見抜かれていた


「いえ……水属性の召喚師に、立て続けに負けまして」


口に出すと、思っていたより情けなかった。忍野に負け、シュヴァルツにも負けた。

しかも、ただ負けただけじゃない。召喚能力まで奪われている。


「あー、調子悪い時ってあるよね。トオルくんは風属性か。

土属性なら、水なんて踏み潰せるのに。残念だな」


その一言が、胸の奥に突き刺さった。

土属性なら。水を踏み潰せる。


僕は風属性の召喚師じゃない。

風のカードを多く使っていただけだ。

地属性のカードだって召喚できた。

森ふくろうも、エンシェントフラワーも、確かに僕の呼びかけに応じていた。


――そうだ。


なんで、気づかなかった。


「少しだけ休憩します」


声が少し震えていた。コハクさんが不思議そうに首を傾げる。


「いいけど、顔色悪いよ?」


「いえ、大丈夫です」


僕は店の奥へ下がりながら、頭の中で必死に手持ちのカードを数え始めた。

水に勝つには風じゃない。土属性だ。


「森ふくろう、来てくれ」


呼びかけると、淡い光が床に落ちた。

次の瞬間、森ふくろうが静かに姿を現す。


「よし……っ!」


召喚できた。地属性ならまだ使える。

思わず声が漏れた僕を、森ふくろうがきょとんとした顔で見上げてくる。


やっぱりそうだ。僕から取り上げられたのは、風属性だけだ。


負けて翼はもがれた。

でも、まだ僕には爪と牙が残っている。


僕はまだ戦える。

全部奪わなかったことを、後悔させてやる。


その瞬間、バインダーの中で何枚かのカードが小さく震えた。

未解放のカードだ。まるで、こちらの覚悟に反応したみたいだった。


いい。来るなら来い。

僕はお前たちを使って、あいつを地面に這いつくばらせてやる。


地属性のカードが使えるとわかったのはいい。

だが、僕の手元にある地属性のカードは、森ふくろうとエンシェントフラワーの二枚だけだ。


デッキとして成立させるなら、最低でも5パックは欲しい。

銀貨25枚。

今の稼ぎでは、とても間に合わない。お金がたまるのを待っていたら1年以上かかる。

けど、そんな悠長なことは言っていられなかった。


仕事が終わると、僕はコハクさんに声をかけた。


「お給料を前借りできたりしませんか?」


「んー。うちではやってないな。なんでお金が必要なの?」


「倒さないといけない奴がいるんです」


店長の顔が、わずかに渋くなる。


「ウィンドパック買うんでしょ?でも、カードパックから強いのが出るかなんてわかんないよ?」


「いえ、必要なのはアースパックなんです。負けた相手に、借りを返さないと……」


そう言って、森ふくろうを召喚する。自分が地属性も使えると、それで示した。


コハクさんの目つきが、少し変わった。


「トオルくん、風属性だったよね。まさか、デュアル適正?」


僕は何も答えなかった。けれど、それで十分だったらしい。


「じゃあ、魔女と契約するってことでいい?」


「魔女……?」


「私はトオルくんを助ける。トオルくんは、魔女を守る騎士になる。それでOK?」


店長の声が、冗談めいているのに妙に冷たかった。普段と違い目が爛々と輝いている。

逃がさない。そういっているような目。背筋が、ぞくりと冷える。


そのとき、不意に横から女の声がした。


「おもしろい話をしているのね。私がお金を出してあげようかしら」


いつの間に入ってきたのか。

そこには、高そうなドレスをまとった、おっとりした雰囲気の女がいた。背後には騎士が二人控えている。


金を出すという言葉より先に、店員としての反応が出た。


「本日、営業終了しておりまして」


「あ、サキさんはいいの」


店長の一言で察する。VIPだ。


「いくら必要なの?」


「少し高額なんですが、銀貨50枚ほど……」


25枚あれば足りるが、少し多めに要求して見ることにした。


「この子に大銀貨5枚、渡して」


サキさんが騎士に視線を向けると、すっと大銀貨が差し出された。

大銀貨5枚。つまり銀貨50枚相当。


「お金を貸す条件は二つ。

 一つ目、リベンジマッチに立ち会わせること。

 二つ目、お金を返せない場合は、私のお願いを聞くこと。

 どう? そんなに難しい条件じゃないでしょう?」


「なぜ、僕にそこまで?」


思わず聞いていた。サキさんは、少しだけ楽しそうに目を細めた。


「面白そうだから。負けた子が、次にどうやって勝とうとするのか。そういうの、嫌いじゃないの」


うますぎる話だった。だからこそ怖い。

けれど、ここで断る余裕なんて僕にはない。


「お借りします。必ずお返ししますので」


騎士から金を受け取り、サキさんの目を見て礼を言う。

その唇が、にやりとゆるんだ。

僕を見る目は、獲物を見るようでいて、どこか妙に親しげにも見えた。


「約束よ。必ず返してね。……まぁ、私の下で働いて返してくれるほうが、私は嬉しいけど」


変なところから金を借りてしまったかもしれない。

返せなければ、この人に取り込まれる。そんな未来まで頭をよぎった。


「店長、アースパックを六パックください」


カードパックを受け取って、改めてサキさんに頭を下げる。


「このお礼は必ず」


「いいのよ。けどリベンジマッチには招待してね。最近、毎日退屈で仕方なかったの」


そう言って、騎士を連れて店を出ていく。


「面白い子を拾っちゃった。これから楽しみ〜」


扉が閉まる直前に聞こえた最後のひと言が、妙に引っかかった。

……大丈夫、なんだろうか。


扉の向こうで、サキさんの笑い声が小さく残った。

僕の手には、六つのアースパック。借りた金で買った勝負札だ。

もう、負けられない。


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