第24話 敗北のあとに残ったもの
シュバルツに敗れた僕は、喪失感に苛まれながら街へ戻った。
足を引きずるたびに疲労が全身へ広がる。体の傷よりも、胸の奥に空いた穴の方がよほど痛かった。
部屋に入るなり、机の上へバインダーを広げる。震える手でカードを確かめた。
見た目には何も変わっていない。
「風狼」
呼びかけても返事はない。
「風狼!」
今度は強く呼んだ。だが、何も起こらなかった。
他の召喚獣も、風狼と同じように何の反応はない。
カードはそこにあるのに、まるで中身だけ抜け落ちてしまったみたいだった。
忍野に負けて功績値を奪われ、騎士に負けて召喚能力まで奪われた。
積み上げたものが、一日で全部ひっくり返された気分だった。
功績値は足りない。新しいクエストも受けられない。月末まで生き残れるのかさえ分からない。
考えれば考えるほど、頭の中は悪い想像で埋まっていった。
それでも体力の限界には勝てず気づけば、そのままベッドへ倒れ込み、意識は深い眠りへ沈んでいた
翌朝になっても、状況は変わらなかった。
一晩眠れば戻るかもしれない。そんな都合のいい期待は、カードに触った瞬間に消えた。状況は変わっていない。
のろのろと身支度を整え、ギルドへ向かう。
入口でローウェンを待っていると、しばらくして、いつも通り呑気そうな顔をした本人がやってきた。
「ちょっと付き合ってくれ」
「おぉ、師匠。朝からどうした?」
説明するより、見せたほうが早い。
僕はローウェンを連れて、昨日、忍野と星儀戦を行った訓練場へ向かった。
「一戦、相手をしてくれ」
「まぁ構わないぜ。負かしてやるよ」
軽口を叩くローウェンを前に、手札が補充される。
まずは一枚目――これだ。
「ピクシー召喚」
その瞬間、ピクシーのカードがぼろぼろと崩れ、何も召喚されなかった。
「な、なんだそれ?」
ローウェンが目を見開く。どうやら、ローウェンもこんな事象は初めて見るらしい。
僕は無言のまま次のカードを唱えていく。
「ウィンドブラスト」
本来なら風を弾丸のように放つスペルだが、そよ風ひとつ起きなかった。
「おい、そろそろ説明してくれ」
ローウェンの声にも、さすがに焦りが混じっていた。
「いや、ちょっと召喚能力がなくなったみたいでさ」
「ちょっと、で済む話じゃねぇだろ」
その通りだった。けれど、深刻な顔をしたところで力が戻るわけでもない。だから僕は、わざと軽く笑った。
ふと、さっき引いた時計塔のカードに目が止まる。
どうせこれも駄目だろう。そう思いながら、半ば投げやりにカードを出す。
次の瞬間、カードが淡く煌めいた。
目の前の空間が歪み、石造りの時計塔がゆっくりと姿を現す
「……出た」
思わず漏れた声に、自分でも驚いた。
「条件を緩和したって、もしかしてそういうことか……」
シュバルツの言葉が脳裏によみがえる。“翼をもがれた鳥が、どこまで足掻けるか見せてみろ”
完全に奪われたわけじゃない。どうやら僕に残されたのは、無色のカードだけらしい。
「おい、もういいだろ。きちんと説明しろよ」
僕はローウェンに事情を話した。
「盗賊退治の依頼を受けたんだけど、挑んで負けたら、このザマだ」
「相変わらずいかれてるな。普通、初級者は討伐系の依頼なんて受けねえぞ」
ローウェンは呆れたように言う。
「まぁ、負けて命も残ったし、召喚能力も一部とはいえ残ったんだろ。まだマシだったのかもな。
討伐依頼は本当に死ぬこともあるからな」
無色のカードが使える。それだけ分かれば十分だった。
完全に終わったわけじゃない。僕はまだ戦える。
「そうだね。本当によかった。これでリベンジできる」
シュバルツの顔が脳裏によぎる。余裕ぶった態度。
勝者の顔。そして最後に見せた、あの慈悲。
「次は負けない。今度こそ思い知らせてやる……」
「普通、そこでちょっとは自重しないか? 残った能力で慎ましく生きるとかさ……」
「そんな選択肢はないかな」
「俺の時もそうだったけど、お前ほんと執念深いよな……」
まぁ、ローウェンの時も、勝つまでやったからな。
一勝百敗、という感じだったけど。
「しかし、負けたってことは相手は上級召喚師か?稀に騎士崩れが盗賊になることもあるからな」
「シュバルツ家の騎士だってさ」
ローウェンの表情が驚愕に歪んだ。
「シュ、シュバルツ家?名門の騎士の家系だぞ!? 本当に?」
「白鷲の紋章をつけた、青い鎧の騎士だったけど」
「直接見たことはないが……たぶん本物だ。元々、武闘派の騎士の家系だったはずだが……」
ローウェンは独り言のように呟きながら考え込む。いつも軽口ばかり叩くローウェンが、ここまで動揺するのは珍しかった。
「取り潰された? まさか、そんな……」
何か知っているらしいが、今の僕にはそれよりも優先することがある。
「シュバルツの事情は後でいい。それより無色のカードの勝ち筋を教えてくれないか?」
「おい、後でって……」
「あいつが誰かに討伐される前に、僕が倒す」
騎士だの盗賊だの、そんなことには興味がない。
あいつは僕を負かして、そのまま勝ち逃げした。それがただ、許せなかった。
ローウェンの表情が露骨に曇る。
「やめとけ。無色のカードはパラメータこそ高いが、能力を持たないものが多い。それにシュバルツ家の人間は、制限つきの状態で勝てるほど甘い相手じゃない」
「準備はするさ。だから協力してくれよ」
「師匠は言っても聞かないよな……無色のカード、何枚持ってるんだ?」
言われてみれば、無色のカードはリコさんにもらった分しかない。
「十枚!」
ローウェンは深々とため息をついた。
「それで勝つ気かよ……」
「勝つ気がなきゃ聞いてない」
「ほんと、面倒くせぇな」
ローウェンは頭を掻きながら、バインダーから一枚のカードを抜き取った。
「とりあえず、俺の召喚獣を貸してやるよ。これで試してみろ。俺の言ってることも少しはわかるだろ」
ローウェンと模擬試合を開始する。
「【無銘の剣士】、【村の射手】を召喚」
「護衛兵、迎え撃て」
戦況が進むにつれ、ローウェンの言っていた意味が嫌というほどわかってきた。
【無銘の剣士】 属性 無
コスト 2
パワー 2
タフネス 3
位相 地
“戦場を渡りぬいた歴戦の戦士”
序盤、無色の召喚獣は強い。
同じコスト帯なら一回り高い能力値を持ち、真正面からぶつかれば押し切れる場面も多い。
実際、試合開始直後は僕が優勢だった。だが、その優位は長く続かない。
相手は召喚獣の能力を使い、スペルで戦況を組み立ててくる。
こちらは殴るだけだ。一手ごとに選択肢が減り、少しずつ主導権を奪われていく。
押していたはずの盤面はいつの間にかひっくり返り、最後には僕のタリスマンが砕け散った。
予想していた結果だったが、だからといって納得できるものでもない。
無色のカードは弱くない。むしろ一枚ごとの性能なら優秀だ。問題は、それしかないことだった。
工夫が必要だ。ただ強いカードを並べるだけでは勝てない。
この制限そのものを利用するような戦い方を見つけなければ、あの騎士には届かない。
「勝ち筋ができたら呼んでくれ。友をむざむざ死に追いやるわけにはいかんからな」
そう言い残して、ローウェンは訓練場をあとにした。
気遣ってくれるのはありがたい。でも、今の僕には、それだけじゃ足りなかった。協力してほしかった。
ローウェンが協力してくれないなら、自分で見つけるしかない。
無色カードだけで、あの騎士を地面に這いつくばらせる方法を。




