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第23話 翼をもがれた召喚師

商人は、鎧の男を前に震えていた。

「あれは……王国騎士、シュバルツ家の紋章だ。盗賊じゃない。だけど、なんで騎士が……」


シュバルツは静かに笑った。

「領地を取り上げられた元騎士だ。今はただの盗賊さ」


「に、荷は置いていきます。命だけは……」


シュバルツが、しっしっと追い払うように手を振る。商人はそれを見るや、馬車も荷も置き去りにして、来た道を転がるように逃げていった。


「……雇い主は消えた。もういいだろ?」


鎧の奥から、試すような声が落ちる。


普通なら、ここで終わりだ。 商人は逃げた。依頼主はいない。荷を守る理由もない。

けれど、僕には功績値が必要だった。


この男が盗賊なら、倒せば功績値は入る。ここで逃げれば、月末に足りなくなる。

それに――王国騎士の紋章を背負った男が、盗賊を名乗っている。


見逃していい相手じゃなかった。


「逃がすわけないだろ。勝負だ!」


シュバルツは、呆れたように小さくため息をついた。


「愚かだ……」


「僕が勝ったら、ギルドまで同行してもらう」


「では君が負けたらその召喚能力を貰おう。二度と余計な真似ができないように」


お互い望願紙に条件を書き込む。紙は蒼く光り、勝負が成立した。


勝負が成立し、手札が補充される。


「風見鶏、速攻だ」


相手の属性はわからない。

しかし、速攻で決められるようにデッキは調整してある。まだまだカード不足で歪な構成だが、手札も悪くない。

忍野の時みたいに、攻めきれず負けるわけにはいかなかった。


バリン、と風見鶏が騎士のタリスマンを叩き割る。


よし、いける――


風見鶏はデメリットつきの召喚獣だ。

だが、速さだけなら一級品だった。相手が守りを固める前に攻撃を通し続ければ、そのまま押し切ることもできる。


しかもシュバルツは、まだ一枚もカードを切っていない。

このまま主導権を握り続ければ勝てる。

そう思った瞬間、横合いから飛び込んできた召喚獣が、僕のタリスマンも叩き割った。


バリン、と蒼い破片が宙を舞う。


「なっ――」


反応すらできなかった。遅れてそちらを見ると、青い鳥が飛び立つところだった。


「そのまま行け、ブルーバード」


どうやら僕の横に召喚獣を呼び出し、そのままクリスタルを破壊させたらしい。攻撃を受けてから理解する。


こいつは僕の召喚獣を相手にしていない。最初から、僕だけを狙っていた。

召喚獣同士の戦いを捨て、どちらが先に相手を殴り切るか。それだけの勝負に持ち込むつもりらしい。


まずい。


風見鶏は、敵陣の召喚獣が増えて不利になると裏切り敵側へ回る。維持するためにも、こちらもすぐ次を出さなければならない。


「ライムラット。召喚獣は無視して、タリスマンを狙え」


「アイストード、マスター狙い」


シュバルツは、僕の召喚にぴたりと張り付くように、次々と召喚を重ねてくる。

速攻で押し切るつもりだったのに、主導権はもう握れていなかった。


こいつ、水属性なのにコントロールデッキじゃないのか。

忍野の時みたいに、スペルでいなしながら大型召喚獣を並べてくるものだと思っていた。けれど当てが外れた。

僕と同じく小型を横に並べ、数で押し切るつもりのデッキだ。


「……守らないのか?」


シュバルツが初めてこちらの盤面を見る。


「必要ない。攻め続けて先に終わらせる」


「いいな。すぐに終わりそうだ」


ヘルムの奥、表情は見えない。けれど今、確実に笑っているとわかった。


お互い、召喚獣やマスターを庇う護衛持ちは出てこない。

召喚獣同士もぶつけず、ただひたすらタリスマンを潰し合う。


楽しい。楽しすぎる。

自然と笑いがこみあげて来る。


「はは、お前が守れよ。すぐにタリスマンを空にしてやる」


正直に言えば、僕は守らないんじゃない。守れないんだ。


護衛持ちを引けていない。


それでも、そのおかげでなんとかシュバルツの速度についていけている。

もしここで守りに回れば、その瞬間に置いていかれる。そんな予感がしていた。


恐らく、先に守りに回った方が負ける。


「……やるじゃないか」


感心したように、シュバルツが呟く。


「これで攻め切る!」


風見鶏がタリスマンへ飛びかかる。

その瞬間、僕は手札から強化スペルを叩きつけた。


【俊足】 属性 風

コスト 2

召喚獣のパワーは永続的に2倍にする。

“勢いをつけて殴る。これが最強だ”


風の力が風見鶏の身体を包み込む。これでタリスマンを6枚割れる。

そう確信した、その瞬間だった。


「それは通さない」


シュバルツは短くカウンタースペルを紡ぐ。蒼い光が走る。


【退散】 属性 水

コスト 1

召喚獣をオーナーの手札に戻す

“追い払うのは簡単だ。呼び戻す方が面倒だけどな”


風見鶏の身体が揺らぐ。次の瞬間には光の粒となり、カードへ吸い込まれていた。

僕のスペルは空を切る。


「くそっ……!」


外された。スペル自体は一対一交換だ。だが、失ったものはそれだけじゃない。


再び風見鶏を出すには、もう一度コストを払わなければならない。

攻撃の手が、一手遅れる。それは、この勝負では致命的だった。


「今のは守りじゃないからな」


シュバルツが、かろうじて聞こえるくらいの声でぼそりと呟いた。

思わず苦笑する。守護持ちの召喚獣は出さない。


守るという発想そのものがないのだ。自分の攻めが、相手の攻めを上回る。

そう信じて疑っていない。


変な男だ。


けれど、嫌いじゃなかった。


さっきの一手で、こっちのテンポは崩された。正直不利だ。

だが、その直後だった。引いたカードを見て、息を呑む。


【ワイバーン】 属性 風

コスト 6

パワー 6

タフネス 6

位相 空

能力 戦場に出た時、パワー3以下の召喚獣を全て破壊する

“ありゃ、ほぼドラゴンだ”


タルタロスなき今、僕のフィニッシャーとなるワイバーン。

引いた瞬間、勝ちを確信した。騎士の盤面は小型召喚獣ばかりだ。


ワイバーンが着地すれば、一掃できる。そして、空になった盤面をそのまま蹂躙できる。


これで勝てる。


シュバルツの小型召喚獣を蹴散らしながら、ワイバーンが飛来する。これで一気に有利にたった。


「……そんなトドメを待っていた」


シュバルツが短くスペルを紡ぐと、淡い光がワイバーンを包んだ。

硬直したように、ワイバーンの動きが止まる。


動きを止めるスペル?いや、待て。


あの言い方はおかしい。ただ時間を稼ぐだけなら、「待っていた」なんて言葉は出ない。

そう思った瞬間だった。ワイバーンがゆっくりこちらへ向き直った。


「タリスマンを潰せ」


次の瞬間、ワイバーンがこちらへ飛来し、僕のタリスマンが爆発した。


【隷属】属性 水

コスト 5

召喚獣を一時的に味方にする

“召喚獣を盗み取る方法もあるぞ”


つっ……。


一時的なコントロール奪取か……。

序盤からノーガードで殴り合ったせいで、もうタリスマンは残っていない。


僕は膝から崩れ落ちた。


「……僕の負けだ」


ワイバーンが戻るまで時間を稼ぐ、という考えが一瞬よぎる。

けれど、ローウェンにきつく止められたことを思い出し、僕はそのまま降参した。


あと一歩。

本当に、あと一歩だったのに……。


「楽しかったよ」


シュバルツはそう言って、ヘルムの奥で笑ったように見えた。


「なぜ、それだけの力があって盗賊なんて馬鹿な真似を?」


「君にはわからんよ。力を奪われた人間のことなどな」


自嘲するように口元を歪めた。


「だけど、他のやり方が……」


「あると思うか?」


反論しかけた言葉は最後まで続かなかった。


「家を失った。領地を失った。仲間を失った。誇りを失った。人はな、何かを失った時に本性が出る」


その声には怒りも悲しみもなかった。だからこそ、妙に重かった。シュバルツは望願紙へ手を伸ばした。


「癪に障るな……ああ、こうしよう。僕の勝利報酬を変更する。全部奪うつもりだったが、緩和してやる」


そう言って、望願紙に手を加え始める。敗者の僕には、それを止める術もない。


条件を緩和するなら、後からでも変更できるのか……?


「これで君も僕と同じだ。翼をもがれた鳥が、どこまで足掻けるか見せてみろ」


立ち去りかけたシュバルツが、こちらを一瞥した。


「ギルドに伝えておけ。シュバルツは終わっていない、と」


その声だけは、初めて感情が混じっていた。


「そして、君も終わっていないと言うなら、証明してみろ。できるものならな」


僕の体から、力が急速に抜けていく気がした。

何を緩和したのかはわからない。けれど、これでもう召喚はできなくなるのだろう。


召喚師でなくなった召喚師に、何ができる?


リベンジする機会すら奪われた。

胸の奥で燻るこの火種を、どうすればいい。


シュバルツにやり返さない限り、いずれこの火種は大火になって僕自身を焼き尽くすに違いない。


「風狼」


呼んでも、答えるものはいない。

僕は一人、街道に立ち尽くしていた。


その時、不意にバインダーの中で、カードがひび割れる音がした。


――奪われし力を嘆く者よ。

――なお取り返す意思があるならば、我と共に這い上がれ。


はは。

この状態でも、未解放カードは僕を呼ぶのか……。


でも、もう僕には扱えない……。

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