第21話 狩るもの 狩られるもの
オタクこと、忍野との勝負はギルドで行われることになった。
「シシシ、じゃあ今回は簡易ルール。賭けるのはお互いの功績値500ポイントだ」
「事前に聞いた通り、OKだ」
「じゃあ望願紙に条件書いて」
忍野が紙のようなものを渡してくる。僕が不思議そうに見ていると、横からサラさんが説明してくれた。
「その紙に、今回の勝負で賭けるものを書くんです。価値が釣り合えば勝負は成立します。今回は功績値が賭ける対象ですね」
「使ったことないのかい? 召喚師の基本だよ。奪い奪われるのが召喚師ってわけ。本当なら従者でも取り合いたいくらいだよ」
冗談めいた口調だったが、周囲の召喚師は誰も笑わなかった。
しかし、サラさんだけは心配そうに尋ねてきた。
「功績値を500ポイントもかけて大丈夫ですか?」
「まぁ毎日稼げますし、なんとかなります」
10日間分の稼ぎだと思うと確かに大きいか?
少し迷ったがここで引き返すのは癪で、僕は《功績値500》と書いて、望願紙を差し出した。
忍野の紙と僕の紙が共鳴したように青く光った。
「出揃った条件で成立しました。では、始めましょう」
手札は無銘の剣士、ジャンボラビット、風狼。軽めの手札で悪くない。キープして試合が始まる。
「来い、無銘の剣士」
無色のカードながら軽くてクセがない。最初に出せるなら文句なしだ。
忍野は召喚が間に合わないらしい。無銘の剣士が無人のフィールドを駆け抜け、忍野のタリスマンを削る。
「ファーストアタックはいただきだ」
「ハンデだよ。せいぜい今のうちにリードしとくんだね」
忍野はまだ余裕の表情だ。
最初、召喚獣が現れただけで周囲は大騒ぎだった。だが今は違う。みんな少しずつ、この異常な勝負の形に順応し始めているのかもしれない。
「ジャンボラビット、風狼」
召喚獣を用意できない忍野を、そのまま押し込む。タリスマンは削れ続けていた。
もしかして手札事故か。行ける。このままタリスマンを全部削り切る。
「シシシ、来い、【風喰いクラゲ】 」
軟体のドロドロした液体がフィールドに現れ、ジャンボラビットを飲み込む。
【風喰いクラゲ】 属性 水
コスト 3
パワー 1
タフネス 4
位相 地
能力
・守護
・風属性から受けるダメージを0にする。
“風の刃も、水の身体は捉えられない”
対風に特化した、特殊召喚獣!?
「雑魚じゃ突破できないよ」
「クラゲだけで全部は止めきれないだろ。このまま押し切る」
「シシシ、やってみな」
無属性の【無銘の剣士】ならクラゲを倒せる。
【無銘の剣士】に視線を向けた瞬間、足元に氷が絡みついているのが見えた。動きが止められている。
視線を戻すと忍野がにやりと笑う。スペルで動きを止められたか。
「ビッグマンティス召喚。マスターを倒せ」
「数頼み?甘いよ、【引き返せ】 」
風狼とビッグマンティスが、まとめて僕の手札に戻ってきてしまった。
落ち着け。再召喚の必要はあるが、やられたわけじゃない。
「時間稼ぎだろ。もう一度来い、ビッグマンティス」
兆候があったわけじゃない。けれど、胸の奥に嫌な感触が残る。
「そいつは通らない。【封殺】」
【封殺】 属性 水
コスト 2
召喚呪文一つを無効にする。
“お前の召喚獣? そんなものどこにいるんだ?”
コントロール系のデッキか。
時間を稼ぎ、相手を妨害し、少しずつ有利を積み上げる。完成度が高ければ、そのまま何もさせてもらえなくなる厄介な型だ。
だが、忍野は新米だ。カードがそろっているとは思えない。
まだ僕のデッキでも勝てるはず――そう思っていた。
しかし、風狼は【風喰いクラゲ】 に止められ、【無銘の剣士】は氷に足を取られたままだ。
ビッグマンティスを出せば手札に戻される。盤面に残るはずの召喚獣が、一体も残らない。
「【無銘の剣士】、【風喰いクラゲ】 を倒せ」
「少し遅かったね」
ようやく【無銘の剣士】が拘束を解かれたときには、戦場は散々たる有様だった。
忍野の場には、クラゲを筆頭に防御型の召喚獣が複数体。僕の場にも【無銘の剣士】と風狼はいるが、忍野の守備を突破できる戦力じゃない。
このままだと、じわじわ削られて終わる。
まだ負けない。必要なのは、逆転のための一手だ。
「風狼、中央を突破しろ」
その瞬間、風狼が駆ける。
「おい、僕を守れ」
忍野の召喚獣が、風狼を止めるために中央へ寄る。
その瞬間だけ、敵陣の守りが一枚の壁になった。
ここだ。ローウェンに何度も見せてもらった、あの形。
「食らえ、ウィンドカッター!」
「なっ、ウィンドカッターはまずい!」
よし、これで逆転――のはずだった。
だが、いつまで経ってもウィンドカッターは発動しない。
「いい夢みれたかい? シシシ」
【口封じ】 属性 水
コスト 1
風呪文一つを打ち消す。
“口を塞いだだけで、呪文唱えられないの?”
渾身のスペルは、忍野の対抗スペルに防がれた。その瞬間、強い違和感が走る。
【風喰いクラゲ】 に口封じ。そもそも、まともなデッキに入るようなカードじゃない。
【風喰いクラゲ】 さえいなければ、敵陣を突破した召喚獣で忍野のタリスマンは全部破壊できていたはずだ。
――僕と戦うために作られた、対風属性のデッキ。
そう気づいたときには、もう遅かった。
タルタロスがデッキに入っていない今、僕に残された手はない。
漫然と召喚獣を出し、手札に戻され、タリスマンはゆっくり時間をかけて破壊されていく。
気づけば、僕のタリスマンは空になっていた。
「まいった。降参だ」
「シシシ、僕の完全勝利」
忍野が満足そうに笑う。
「サラ、十分功績値は稼いだ。今日は帰って二人でお祝いだ」
「……はい」
忍野はサラさんの腰に手を回し、そのまま寮の方へ戻っていく。
「シシシ、功績値ご馳走様。また功績値稼いだら勝負してよ。全部もらってあげるよ」
くそ、完敗だった。何も持っていない自分が惨めだ。周りのギャラリーの声が、やけに大きく聞こえる。
「雑魚狩りは、楽でいいよな」
「そもそも実力差があると、勝負を成立させるのが難しいからな」
「はー、しかし相手に勝てるデッキで功績値稼いで、帰って従者とお楽しみだろ? 羨ましい限りだ」
「ははっ、違いない」
忍野は僕のカードを見ていたんじゃない。僕という召喚師そのものを、最初から狩るつもりだったんだ。
完全に対策された状態で勝負を受けてしまった。なんて間抜けだったんだろう。
「おい、大丈夫か?」
顔を上げると、そこにはローウェンの顔があった。
「また負けただけ。いつも通りさ」
そう、また負けただけだ。
安心しろローウェン、忍野からは、後から5000ポイント以上分捕ってやるから。
「ならいいが、功績値を賭けたんだろ? 師匠、このままだと大変なことになるぞ」
ローウェンの不安そうな表情が、冗談ではないことを物語っている。どうやら、何かまずいことをやってしまったらしい。
「噂じゃ、功績値が足りないやつはどこかに連れていかれて、二度と戻れない。月末までにどうにかしないと」
おい、聞いてないぞ……。
どうやら、思っていたよりずっと悪い状態らしい。




