第20話 情報交換会と水の召喚師
「霜の月まで働きますので、小銀貨一枚にしてください」
カードに訴えかけられているような気がして、結局未開放カードを買ってしまった。
あー、しまったな……。しばらく節制だ。
「やった、助かるよ! これでしばらく求人募集出さなくて済む」
どんだけ不人気なんだ、この店……。
「よしよし。今度、お店終わったらご飯食べに行こ。トオルくんの歓迎会ってことで」
コハクさんの顔がぱっと明るくなって、見るからに上機嫌になる。
仕事終わり、僕は小銀貨1枚分の銅貨と未解放カードを交換した。
他の召喚獣のカードも綺麗に棚へ並べられている。
「他のカードも、全部誰かが使ってくれるといいですね」
「そうだね。店としても在庫、捌けて欲しいもんね」
微妙にニュアンスが違う気もしたけれど、たぶん言いたいことは同じなんだろう。たぶん。
「ちなみに、この持ち主は誰にやられたんですか?」
「それがわからないらしいんだよね。街の外で死んでて、血だらけのデッキホルダーだけ残されてたんだって。まぁ、よくある話だよ……」
辻斬り、みたいなものだろうか。
生活していてあまり意識していなかったが、この街は意外と治安が悪いのかもしれない。
その後、閉店間際になって、見知った人に声をかけられた。
「君か。復帰できたんですね。一人だけ別行動だったのできになってたんですよ」
「おかげさまでなんとか。今は同じ寮で暮らしています」
「そうなんですね。カードショップで働いてるんですか?」
同じく異世界からの召喚者、あのキャリアウーマンだった。
「あれ、お久しぶりですね。今、ここでお世話になってるんです」
「へー、なんかいいですね。じゃあ、アースパック一個ください」
銀貨5枚。
なかなかの大金で、僕にはまだそう簡単には出せない額だ。でも、この人はもう買えるところにいる。
その差を感じて、少し焦燥感に駆られた。
「何か使える召喚獣が入ってるといいんですが」
「当たること、祈ってますよ」
「ふふ、ありがとうございます。そう言えば、三日後の夜空いてません?
一緒に召喚された人を集めて、情報交換したいんですよ」
「それは助かります……。僕も、他の人がどうしてるのか気になってました」
「みなさん忙しいみたいなので、来られる方だけで。燃えるカエル亭に、夕の鐘が鳴る頃、集まりましょう」
「わかりました」
「もちろん、情報はタダじゃないですよ?」
キャリアウーマンは冗談めかして笑った。
「お互い、出せる情報を持ち寄る形でお願いします。召喚獣でも、クエストでも、街の噂でも」
「……なるほど」
「今はみんな手探りですからね。独占したほうが得な情報もあると思いますし」
よく考えると、金もないのに外で何か頼むことになるかもしれない。
それでも、今の状況を知れるなら悪くない。そう思って、参加することにした。
当日、夕方まで仕事をこなすと、僕はそそくさとカードショップを後にした。
「今日は失礼します」
「掃除手伝って欲しかったのに」
掃除は善意でやっているだけで契約外だ。聞こえないふりをすることにした。
まだ夕暮れまでは少し時間がある。
けれど燃えるカエル亭の場所がわからないので、早めに店を出た。
確か寮の近くらしい。そう思いながら、燃えるカエル亭を探して歩いた。
飲み屋街をいくつか見て回ると、カエルが茹でられ、その背後が燃えている看板を見つけた。
ここだな。
中に知った顔が見えず、少し不安になる。
それでも意を決して、扉を開けた。
「トオルさん。こっち」
がらんとした店内で、キャリアウーマンが手を振っていた。
隣にはヤンキーが座っていて、向かいがオタク。その隣に、知らない女性が一人いる。
誰だ、この人?
「皆川さんも誘ったんですけど、予定が合いませんでした」
それは残念だ。
「そちらの女性の方は?」
部外者らしき人の存在が気になって、僕は少し不躾かと思いながらも聞いてしまう。
「ぼ、僕の従者、サラだよ」
オタクが吃りながらも、どこか自慢げに答えた。
従者。言葉の意味はわかる。けれど、僕たち召喚者に従者がつくなんて、初耳だった。
「制度として認められてるらしいんですよ。一般の召喚師を従者として採用すること」
「雇われる側にメリットあるんですか?」
キャリアウーマンが補足してくれた。
「通常の召喚師は召喚具店を使えないんですって。私たちみたいな異世界から、召喚された人は特別なんです。
従者になれば、同じように召喚具店使えるようになるから、希望者は多いらしいですよ」
「シシシ、そうそう。サラがどうしてもって頼み込んできたから、従者にしたの」
隣に控えたサラさんが、こくりと頷く。
「従者に受け入れていただき、毎日大変充実しております」
なるほど。従者になった側にも、それなりの利がある制度らしい。
「労働力を提供してもらう代わりに、生活の面倒を見る。お互いに義務が発生する契約、みたいなものですね」
「サラは身寄りもないからね。今は僕の部屋で暮らしているんだ。雇う側も大変なんだよ」
「オシノ様はとてもお優しい方です。毎晩、将来について相談にも乗ってくださいます」
「従者のケアも主人の仕事だからね」
こいつ、完全に下心で従者にしただろ。
「まぁ、忍野は水の陣営だからな。希望者も多いだろうよ。俺は気に入らんが」
ヤンキーがオタクを睨みつける。だが、オタクはどこ吹く風だ。
「そうだよ。最強の水陣営。僕は全勝したんだし、従者だって雇える。
シシシ、風の陣営の君とは大きく差が開いちゃったね」
こちらを見ながら、小馬鹿にしたような調子で言う。
裏切り者の風陣営。
そんな言葉が、頭の中で嫌に反響した。
「ちっ、絡むなよ、忍野」
ヤンキーが舌打ちし、空気が悪くなり始める。僕はなんとか流れを変えたくなった。
「皆さん、どんなクエスト受けておられるんですか? 僕、途中合流なのでわからなくて」
「私は騎士の皆さんの模擬戦相手や、害獣駆除が多いですかね。功績値が高くておすすめです」
キャリアウーマンは、やはり功績値狙いらしい。
「俺も、草野さんと組んで同じ仕事受けてる」
ヤンキーがぶっきらぼうに続ける。
「僕は召喚具店くすのきでお世話になってます」
「召喚具店?くだらない仕事してるな。雑魚のやる仕事だ」
忍野が嘲るように言う。
いちいちカチンと来るな、こいつ……。
「忍野さん」
キャリアウーマンが咎めるような声を上げる。
「だって風属性で召喚具店だよ。笑うしかないよ。シシシ。
そうだ、君どう? 僕と功績値賭けて勝負しない?」
ここまで馬鹿にされると、さすがに腹が立った。
でも、それだけじゃない。今の自分のデッキがどこまで通じるのか、確かめたい気持ちもあった。
タルタロスと闇のカードを封印した今のデッキは、果たしてどの程度強いんだろう。
「いいですよ。だけど僕、功績値500ポイントくらいしかないですけど」
「いいよ。じゃあそれ、全部賭けてよ」
「御厨さん、乗る必要ないですよ。忍野さんもやめましょ」
オタクにも腹が立っていたが、それ以上に、自分の立ち位置をここで見ておきたかった。
「シシシ、僕の最強の水デッキで押し流してあげるよ」
勝利を確信したかのような忍野の笑みが、ひどく不気味だった。




