表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/30

第16話 奈落の王は眠らない

通常、勝負がつくと召喚獣は消える。少なくとも、これまで僕が見てきた召喚獣はそうだった。

けれど、タルタロスだけは違った。


黒い煙の巨体は、なおも戦場に立っている。

煙の奥で揺れる赤い光が、ローウェンを捉えたまま離さない。


「おい……勝負はついただろ」


ローウェンの声が、少しだけ掠れていた。

さっきまであれだけ余裕ぶっていたくせに、今は一歩も動けていない。

いや、動けないのだ。


タルタロスに睨まれたまま、下手に動けば何をされるかわからない。

それは僕にもわかった。


「タルタロス、助かった。戻ってくれ」


僕は命じた。命じた、はずだった。

だが、タルタロスは戻らない。


煙の奥で、赤い光だけがゆっくりとこちらを向く。

その一瞬、胸の奥が冷えた。

それは、召喚獣が召喚者を見る目ではなかった。


そしてタルタロスは、すぐにローウェンへ視線を戻した。


ジャラ、とローウェンの足元で鎖の音がした。

まずい。制御できていない。


「タルタロス、やめろ!」


叫んでも、届かない。

ローウェンの顔から血の気が引いていく。両足には、先ほど召喚獣を闇へ引きずり込んだものと同じ黒い鎖が、蛇のように絡みついていた。


鎖はゆっくりと締まり、ローウェンの身体を奈落へ引きずり込もうとしている。


「っ……!」


ローウェンが歯を食いしばる。

けれど、動けない。振り払えない。

タルタロスに見据えられたままでは、抵抗することすら許されていないようだった。


その時だった。


「……ほんと、しゃれになってないんだけど」


呆れたような声が、後ろから聞こえた。ルナさんだった。


黒い法衣を揺らしながら、彼女はゆっくり前へ出る。

いつもの、人を食ったような笑みはもうない。


タルタロスがゆっくりと視線を動かした瞬間、空気そのものが沈んだような錯覚を覚えた。

胸が圧迫され、呼吸が浅くなる。ローウェンですら動けない。僕もまた、得体の知れない威圧感に身体を強張らせていた。


そんな中、ルナさんだけが動いた。


ルナさんの声が、静かに響いた。

歌うようで、祈るようで、それでいて命令のようでもあった。


「其は暗闇。其は破滅。其は奈落の底に座すもの。契約は果たされた。ゆえに、あるべき淵へ還れ」


タルタロスの動きが、ぴたりと止まる。

空気が凍り、次の瞬間、ローウェンの足から鎖が外れていた。


その光景は目の端に映っていた。

けれど僕は、ルナさんから目を離せなかった。


黒い法衣をまとったルナさんは、ひどく華奢に見えた。

それなのに、その場の誰よりも恐ろしい存在を前にして、一歩も引いていない。


タルタロスの赤い光が、ゆっくりルナさんへ向けられる。

それでもルナさんは、視線を逸らさなかった。


やがて、断末魔のような声を残しながら、タルタロスの巨体が黒い霧となって崩れていく。

煙は地面へ溶けるように沈み、そのまま戦場から消えた。


誰も、すぐには口を開かなかった。

僕はそこでようやく、自分が息を止めていたことに気づく。

ルナさんが静かにこちらを振り返った瞬間、張り詰めていた空気がようやく緩んだ。


――その瞬間だった。


ルナさんの顔が、一気に険しくなる。


「何を呼んでんだよ、お前! あんなもん、見ただけでやばいのわかるだろ。デッキに入れるな! 召喚するな!」


先ほどまでの神秘的な雰囲気は消え失せ、いつものルナさんに戻っていた。

まだ喉の奥が冷えていた。

タルタロスの赤い光を思い出すだけで、背中に汗が滲む。

それでも僕は、いつもの調子を取り戻すように言った。


「……負けられない勝負だったので、つい」


「つい、じゃない!」


ぴしゃりと言い切ったあと、ルナさんは眉を寄せた。


「どこからあんなもん手に入れた? もしかして、俺が渡したパックか?」


その声音は、さっきより少し落ちていた。

表情も曇っている。責任を感じているのだろう。

けれど、ルナさんのパックが悪いわけじゃない。


「……いえ、未解放カードです」


「……は?」


ルナさんの表情が固まる。


「未解放カードって、召喚者が一生かけて一枚開くようなもんだぞ? それを十日で解放できましたとか、舐めてんのか?」


またヒートアップしてしまった。

嘘でもルナさんのパックから出たことにしておけばよかった。


ルナさんは頭を押さえるようにため息を吐き、それから僕を睨みつけた。


「さっきのカードも、俺が渡したパックから出た闇属性のカードも、今後使うな。あれは使っちゃいけない」


確かに、一歩間違えば危なかった。

ルナさんがたまたまここにいたから、この場は収まった。

もし、いなければ。

ローウェンは、闇の中に引きずり込まれていたかもしれない。


「わかりました。もう使いませんよ」


「絶対だぞ。次は助けないからな」


そう言ってから、ルナさんは茫然自失としているローウェンに向き直った。


「君も、このことは他言無用だ。絶対、外に漏らすな」


ローウェンは、さっきまでとは違う目で僕を見ていた。

怯えと、警戒と、ほんの少しの畏れが混じった目だった。


青い顔のまま、ローウェンが小さく首を縦に振る。

いつもの軽口を叩く余裕は、もう残っていない。


「しかし、残念でした」


ルナさんが、顔を真っ赤にして怒る。


「まだ未練があるのか? さっきので十分わかっただろ?」


「いえ。ルナさんとの賭け、未解放カード十枚じゃなくて一枚にしておけばよかった」


「なんでそうなる?」


「そうすれば、今ごろルナさんは、僕のものだったのに……」


「つっ……」


今度は怒りではなく、別の意味で顔が真っ赤に染まった。

冗談めかして言ったが、半分は本気だった。


タルタロスを鎮めた、あのときのルナさんの姿が頭から離れない。


「兄さん……今それを言えるの、逆にすごいな」


ローウェンが呆れたように呟く。

さっきまでの怯えはまだ残っているのに、それでも少しだけ、いつもの調子が戻っていた。


そのとき、バインダーの中で亀裂が広がる音が聞こえた。

あぁ、もう次が来るのか。


次はもう少し、おとなしいやつを頼む。

第一章、ここまでです。

読んでくださりありがとうございます。


次章からは、透の召喚師としての活動が本格的に始まります。


ブックマーク・評価・感想をいただけると、とても励みになります。

引き続きよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ