第15話 破滅の扉
ソウルが砕ける音が、やけに大きく聞こえた。
ソウルを食い破った化け物が、満足げに戦場へ降り立った。
【ソウルイーター】属性 風
コスト 3
パワー 2
タフネス 1
位相 地
能力 戦場に出た時、ソウルを一つ砕く
“魂を食らう化け物。出会ったら全力で逃げろ!”
ローウェンが笑う。
「ソウルを壊されて計算が狂ったか?」
くそっ、ソウルを使った召喚が、読まれていたか。
僕の焦りを面白がるように、ローウェンは続ける。
「図星って顔してるぜ。そうだよな、ソウルは切り札だ」
その通りだった。
僕のデッキに積んでいるソウルは、必要最低限。これでタルタロスには届かない。
しかも、ローウェンの場には護衛兵二人とソウルイーター。対して僕の場は空。
まずはこの盤面を流さないといけない。
僕はスペルを切る。
【瘴気の森】
属性 闇
コスト 3
戦場の召喚獣全てに5点のダメージを与える。
あなたの手札を一枚捨てる
“この森で生きていられるのは、魔族ぐらいだよ〜サラディンの伝説第三巻より”
戦場に突如、森が生い茂る。
瘴気が一気に満ち、護衛兵もソウルイーターも、声を上げる間もなく呑まれて消えた。
手札を一枚失うのは痛い。だが、今は不本意ながら不要なカードがある。
タルタロスを見る。もう手札に残しても仕方がない。
僕は奥歯を噛み、タルタロスを捨てた。
「ローウェン、仕切り直しだ」
「ちっ、嫌なスペル持ってやがる」
その時だった。遠くから足音が近づいてくるのがわかった。
宮本さんが戻って来たのか。そう思ったが、そちらに気を割く余裕はない。
「来い、グリフィン、ジャイアントバット」
ローウェンは間髪入れずに場を建て直す。
だが、僕の手札にはグリフィンにぶつけられる召喚獣がいない。
「耐えろ、風狼」
かろうじて風狼を召喚する。これで互いの手札は空になった。
盤面は明らかに不利だ。
それでも、序盤に押し込んだぶん、ローウェンのタリスマンはもうほとんど残っていない。
残り5つ。護衛持ちの召喚獣がいない以上、簡単に届く数だ。
あとはこの後の引きで、こじ開けるしかない。
と思っていのも束の間。
「守れ、守護兵」
さらにローウェンが守りを固める。一番悪い展開になった。
ここに来て、ダメージを肩代わりする守護持ちか
残り五つ。たった五つのはずなのに、守護兵一体でその数字が遠くなる。
僕の手札は空。次の一枚で、盤面を返せなければ終わる。
届くのか――。
「ちゃんと召喚できてるじゃん。なかなかやるな、トオル」
横から聞こえた声に視線をやる。
ルナさんがいつの間にか観に来ていた。先ほどの足音は彼女のものだったようだ。
「しかし、そろそろ決着かな?7日間なら、まぁこんなもんか」
もう決着がついた。ルナさんには、そう見えているのだろう。
――ふざけるな。
僕はゲームでずっと勝ってきた。
勝ち筋が細かろうが、見えていなかろうが、最後は無理やりこじ開けてでも勝つ。
7日も同じ相手と戦って、1勝もできず負けるなんてありえない。
カードが補充される。
僕の手に来たのは、朝、一枚だけ差し替えておいたスペルだった。
【冥府の扉】
属性 闇
コスト 4
自分の召喚獣を一体生贄に捧げ、自分のタリスマンを四つ砕く。
墓地から召喚獣一体戦場に戻す
“冥府の扉が開く時、生と死の境界がなくなる”
ソウルが揃わなかった時のための保険。
そして今、その条件は揃った。
「風狼を生贄に捧げ、冥府の扉を発動する」
「なっ、闇属性のカード?
本当にあのパック開けれたの? なんで? もし、開けられてもデッキに組み込めないはずじゃ?」
ルナさんが驚愕の声を上げる。
風狼の足元から、黒い闇がじわりと広がった。
風狼は低く唸り、逃れようと爪を立てる。だが、その身体はゆっくり闇へ沈み込んでいった。
「僕が戻すのは、タルタロス」
瞬間、一面に黒い煙が立ちこめた。
戦場の地面が黒く染まり、底なし沼のように揺らぐ。
怨嗟の声が響き渡る。 次の瞬間、その闇から無数の黒い鎖が噴き出した。
グリフィンが翼を激しく羽ばたかせる。
ジャイアントバットが耳障りな悲鳴を上げた。
だが、鎖は逃がさない。
生き物のように絡みつき、締め上げ、無理やり地面へ引きずり込んでいく。
勝つためとはいえ、まずいものを呼んでしまったかもしれない。
そう思った次の瞬間には、戦場の召喚獣がすべて闇に呑み込まれていた。
さらに、僕のタリスマンが、続けざまに砕ける。
一つ、二つ、三つ。 最後の破片が足元に落ちた瞬間、背筋が冷えた。
闇がゆっくりと揺らぐ。その奥で、巨大な人影が立ち上がった。
人の形をしている。だが、その輪郭は煙のように曖昧で、どこまでが身体なのか判別できない。
まるで、奈落そのものが形を持って現れたようだった。
「……嘘でしょ」
ルナさんが、かすれた声を漏らす。
「兄さん! 何をした? こんな馬鹿なことが……」
ローウェンの声が震える。
僕が聞きたい…
タルタロスの効果は――
【奈落の王 タルタロス】属性 闇
コスト 10 + ソウル5
パワー 7
タフネス 7
位相 地
能力 ・戦場の全ての召喚獣を破壊し、その数だけ、あなたのタリスマンを砕く
・???
“奈落に囚われたものは二度と出ることは叶わない。タルタロスが認めたもの以外は”
リセットスペルを内蔵した召喚獣か。
…強力すぎる。
「タルタロス。ローウェンのタリスマンを砕け」
巨大な影が、ゆっくりローウェンへ向き直る。
ローウェンの顔から笑みが消えた。
「……おい、なんだよ、それ」
闇が足元から這い上がる。
戦場に散らばった黒い闇全てが、ローウェンの足元へ吸い寄せられていく。
「待っ――」
言い終わる前に、タリスマンが内側から弾け飛んだ。
乾いた破裂音だけが、広場に響く。
ローウェンは崩れたタリスマンを見下ろしたまま、しばらく動かなかった。
「……降参だ」
ローウェンが両手を上げ、決着がつく。
それでもなお、タルタロスの気配だけは、ローウェンを捉え続けていた。




