第14話 死兵の代償
昨日はあまり眠れなかった。
それでも、今の自分に組める最高のデッキはできた、という確信だけはある。
朝食をローウェンと一緒に取る。
「兄さんと二人の食事も、今日で最後だな」
「そりゃ寂しいな。何、これからは僕の弟子としてこき使ってあげるよ」
「ふん、抜かせ。負けたらちゃんと、俺の言うこと聞けよ」
ふふふ、と二人で睨み合う。
「午後から、お前の仕上がりを見に来るからな。情けない姿、見せんなよ。とりあえず召喚できるなら合格だ」
誰が、とは聞けなかった。ローウェンはそれだけ言って席を立つ。
僕も部屋に戻り、最終調整を繰り返した。
何度も手札の流れを確かめ、少し迷った末に、一枚だけカードを入れ替える。
……これで負けたら、仕方ない。
午後になり、広場でローウェンと向かい合った。
広場の端から、一人の男がゆっくりと歩いてくる。
姿が見えた瞬間、周囲の空気が少しだけ変わった。
「ローウェン。見届けに来たぞ」
こちらでは珍しい黒髪だった。年齢は三十歳くらいだろうか。伸びかけの無精髭に、着崩した上着。眠たそうな目でこちらを見ている。
ぱっと見ただけなら、召喚士というより、寝起きのまま外に出てきたような男だ。
だが、腰のデッキホルダーだけは妙に使い込まれていた。革は擦り切れ、留め具には細かな傷がいくつも入っている。
「ああ、ミヤモトさん。今日はよろしくお願いします」
ローウェンの声が、ほんの少しだけ硬くなった。
「お、君が今度の召喚者?弱小の風陣営同士、仲良くしようや。俺は宮本」
「御厨です。よろしくお願いします」
「はいはい、よろしく。で、召喚できるようになったんだっけ?」
「一応は」
「じゃあ一体出してみて。見たら帰るから」
軽い。
あまりにも軽い。
思わずローウェンを見る。ローウェンは眉間に皺を寄せていたが、何も言わなかった。
どうやら、それで本当に確認としては足りるらしい。
僕はデッキから一枚を選び、広場に置く。
「召喚。風狼」
カードが淡く光り、僕の前に小さな狼が現れた。薄い緑の毛並みが風に揺れ、丸い耳がぴくりと動く。
宮本さんはそれを一瞥して、手をひらひら振った。
「はい合格。召喚できてるから問題なし」
「ミヤモトさん」
ローウェンの声が低くなる。
「なんだよ。見届けろって言われたから見届けただろ。召喚できるかどうかの確認なら、今ので十分だ」
「この後、試合をします」
「それはお前がやりたいだけだろ?」
「でも…」
「ローウェン、仕事の本質を見失うなよ」
宮本さんは面倒くさそうに肩を回した。
「俺はそこらへん忙しいの。近くにいい店があるんだよ。昼の時間を外すと、まともな席が空いてない」
あくびを噛み殺しながら、こちらに背を向ける。
「あんまり頑張りすぎるなよ、御厨くん。期待されると、あとが面倒だから」
それだけ言って、宮本さんは広場を出ていった。
残されたローウェンは、深くため息をつく。
「……悪い。あの人は、いつもああなんだ」
「でも、合格は合格なんだよな?」
「形式上はそれでいい。けど、俺はそれで納得しない。ここからは予定通り勝負だ」
僕は風狼を戻しながら頷いた。
「望むところだ」
互いに距離を取る。
ローウェンの目つきが、さっきまでの落ち着いたものから、召喚士のそれへ変わった。
僕は山札からカードを引く。
風見鶏。そして、死兵。
思わず笑いそうになった。
悪くない、どころか最高の手札だ。
「どうやら、いい手札のようだな。勝負の約束、忘れるなよ」
僕が勝てば、ローウェンは僕の弟子。
ローウェンが勝てば、今後は全面的に彼の指示に従う。
もちろん、覚えている。
召喚魔法の源泉である、召喚クリスタルにエネルギーが満ちていくのを感じる。
「いけ、風見鶏。ローウェンを打ち抜け」
風見鶏が羽ばたき、鋭い風の弾を放つ。
ローウェンはすぐに自分のカードへ手を伸ばした。だが、ほんのわずかに判断が遅れる。こちらが最初から攻めてくるとは思っていなかったのだろう。
その隙に、風見鶏の攻撃がローウェンのタリスマンを削った。
「来い、ジャイアントバット」
ローウェンの足元に黒い影が落ちる。
巨大な蝙蝠が翼を広げ、風見鶏へ牙を向けた。
風見鶏はまだ失うわけにはいかない。別のカードで受ける。
「道を開け、死兵」
ローウェンの召喚に重ねるように、僕もカードを置く。
地面が黒く濁った。そこから、錆びた鎧をまとった兵士が這い上がる。
風見鶏のコントロールは渡さない。
「えっ!?」
「なんだ?」
僕とローウェンの声が、ほとんど同時に重なった。
ローウェンは、僕の出した死兵を見ていた。
そして僕は、自分のタリスマンが背後で派手に砕ける音を聞いていた。
ばきん、ばきん、ばきん、ばきん。
四つ。
僕のタリスマンが、一気に削れる。
【死兵】 属性 闇
コスト 2
パワー 4
タフネス 4
位相 地
能力 戦場に出た時、あなたのタリスマンを四つ砕く
“死兵を操るなら、痛みを覚悟しろ”
「……そういう意味かよ」
覚悟はしていたつもりだった。
でも、自分の命綱がまとめて砕ける音は、想像していたよりずっと心臓に悪い。
それでも、場は優位は取れる。
死兵はジャイアントバットの前に立ちふさがり、錆びた剣を構えた。
ここで退くつもりはない。
この痛みごと、僕の勝ち筋だ。
「気持ち悪い召喚獣使いやがって」
ローウェンが顔をしかめる。
ジャイアントバットが低く飛び、死兵の肩口に牙を突き立てた。
死兵はよろめきながらも、錆びた剣を振り下ろす。
その隙に、風見鶏がもう一度風弾を放った。ローウェンのタリスマンを、さらに削った。
だが、ローウェンも黙ってはいない。次の召喚獣が飛び出し、風見鶏を叩き落とす。
死兵も、続く攻撃を受けて地面に崩れた。
最初に呼び出した戦力は、もういない。それでも、主導権はこちらにある。
僕は低コストの召喚獣を続けて並べ、ローウェンの防御を押し込んでいく。
ジャンボラビット、羽虫、小鬼。ローウェンのカードを相打ちながらもタリスマンを削る。
小さい召喚獣でも、数で圧をかければ、ローウェンは受けに回るしかない。
僕の場には四体の召喚獣。
ローウェンの場には護衛兵が二人。
押し切れる。
「全員、護衛兵を倒せ」
僕の召喚獣たちが、一斉に護衛兵へ殺到する。
その瞬間、ローウェンの口元がわずかに上がった。
「こういう展開を待ってたぜ。エアカッター」
カードが風に溶ける。
次の瞬間、見えない刃が戦場を横薙ぎに走った。
【エアカッター】属性 風
コスト 4
特定範囲の敵に3点のダメージを与える
(風の加護:ダメージを4点にする)
“巻き込まれる? 僕の前に立つな。〜風魔導師の言葉”
僕の召喚獣たちが、まとめて両断された。
一体、二体、三体。
残った一体も、風の刃に弾き飛ばされて倒れる。
「……魔法まで強化されるのかよ」
ローウェンの能力は、風属性の召喚獣だけを強くするものだと思っていた。
だが違った。
吹き荒れた刃を見ればわかる。風属性なら、魔法カードまで強化される。
完全に誤算だった。
さっきまでこちらに傾いていた戦場が、一撃で空になる。
「悪いな。ここから逆転だ」
ローウェンが笑う。次の瞬間、手札に入ったカードがひどく重く感じた。
僕は息を呑み、カードを確認する。タルタロスのカード。
先ほどエアカッターでやられた召喚獣を含めて、ソウルは5つ確保できた。
ソウルは足りる!
僕はタルタロスのカードを握りしめた。
「まだ、終わらない。来い、タルタロス――」
「砕け、ソウルイーター」
ローウェンの召喚のほうが一足早かった。
次の瞬間、僕の背後に積み上がっていたソウルが、一つ砕けた。
「……は?」
5つあったソウルのうち1つが消え、必要な数に届かなくなる。
召喚は、成立しなかった。
勝ち筋だと思っていたものが、目の前でただの紙くずに変わってしまった。




