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第12話 奈落の王

部屋に戻り、バインダーを取り出す。

今朝見た時はただのバインダーだったのに、いまはそこから禍々しい気配が滲んでいた。


喉の奥がわずかに詰まる。

意を決してバインダーを捲っていくと、『敗北にまみれろ』と書かれていた未解放カードが消え、代わりに黒色のカードが収まっていた。


【未解放カード 敗北にまみれろ】は、【奈落の王 タルタロス】へと変じていた。

その事実を理解した瞬間、冷たい声のようなものが頭の奥に流れ込んでくる。


――敗北にまみれし者よ。

――なお立つならば、奈落を背負え。


【奈落の王 タルタロス】属性 闇

コスト 10  + ソウル5

パワー 7

タフネス 7

位相    地

能力    ・??? 

・???

“奈落に囚われたものは二度と出ることは叶わない。タルタロスが認めたもの以外は”


正直、コストの重さに対して数字だけ見れば弱い。

けれど、このカードは切り札になる。そんな妙な確信だけが、なぜか僕の中にあった。


問題は、デッキに組み込むための条件だ

召喚獣の中には死んだ時にソウルを残すものがいる。だが、僕の手持ちでソウルを残すカードはほとんどない。

現状、使えない召喚獣だ。


しかも、まだわからないことが多すぎる。少なくとも、問題は四つある。


スペルが少なすぎる

ローウェンの固有能力がわからない

ソウルが足りない

タルタロスの能力がわからない


ローウェンからもらった黄色いパックを開けながら、なおも考える。

相変わらず、出てくるカードは基礎性能しかわからない。

それでもスペルが二枚入っていたのはありがたかった。


とはいえ、ここに来て煮詰まってしまった。

思えばこの六日間、館にこもりきりだ。少しくらい街の様子を見て、頭を冷やしたほうがいいかもしれない。


「ローウェン、少し出かける」


声をかけると、部屋のドアが開き、ローウェンが顔を出した。


「日の高い間はいいが、夕暮れまでには戻れよ。安全は保証できないからな」


開いた扉の向こうに、乱雑に散らばった召喚カードと、書き散らしたらしいメモが見えた。

僕の視線に気づいたのか、ローウェンが少し照れたように言う。


「明日で最後だろ? 全力で叩きのめしてやろうと思ってな」


彼もまた、僕と同じでカードが好きなのだろう。

最後まで手を抜かず、真正面から相手をしてくれるらしい。


「楽しみにしておくよ」


「ほら、外出るならこれ持ってけ。明日にはここを離れるんだろ。なんか食べてこいよ」


十円玉のような硬貨を数枚、手渡される。

銅貨か。この世界の金の感覚も、そろそろ知っておいたほうがいい。


「ありがとう」


短く礼を言って、外に出る。

召喚師として報酬をもらったら、何か返さないといけないな。

もっとも、この金で何ができるのかも、まだわからないのだけれど。


気づけば足は、自然とカードショップへ向かっていた。


「こんにちは」


「いらっしゃいませ。どうぞ、お好きにご覧ください」


前回と同じく、魔女のようなお姉さんが店番をしている。


「あら。この前のお兄さんですね。何かご入り用ですか?」


「これで買えるもの、ありますか?」


ローウェンにもらった硬貨を見せると、お姉さんは軽く笑った。


「これだと、うちでは何も買えませんね。銀貨三枚からです」


「そうなんですか……。お店、今日は暇なんですか?」


少し残念ではあったが、ここまでは想定内だ。


「そもそも召喚師の方があまり多くないので、いつもこんなものですよ」


「なるほど。それだと、少し退屈ですね。僕、この街は初めてなんですが、おすすめの軽食とかありますか?」


「私が好きなのは糖蜜のクレープですね。二軒隣で売ってます。少し高いですけど、お持ちのお金でも買えますよ」


礼を言って店を出る。

カードは買えない。

けれど、情報なら買えるかもしれない。


僕は二軒隣でクレープを二つ買い、カードショップへ戻った。


「いらっしゃいませ、って……またお兄さんですか」


「二つ買ってきたので、食べながら少しだけ話せませんか?」


「こほん。職務上、お断りしております」


きっぱり言いながらも、クレープの方を見ている。


「カードは買えませんでしたけど、情報料ということで」


「……仕方ないですね。今回だけですよ。立って食べるのもお行儀が悪いので、中に入ってください」


カウンターの内側に腰掛け、クレープを食べながら少し話す。

いくらかやり取りを重ねた頃には、彼女の口調はすっかり崩れていた。最初の上品な店員口調は、どうやら仕事用だったらしい。


「そういえば、名乗ってなかったね。リコだよ。この店の店番兼、店主かな」


「僕は透です。一応、召喚者」


「えー、とおるっち、召喚者なの?大変だね。でもエリートじゃん。いいな」


「僕は落ちこぼれで、一人だけ見習いなんだけどね……」


「ふーん。私もおばあちゃんからこの店継いだけど、毎日ちょっと退屈なんだよね」


さっきまでの店員らしい笑い方より、今のほうが年相応に見える。


「そういえば、ソウルを残すカードについて教えてくれない?」


「ソウル? あれ、中級者以上向けだよ。

ソウルを要求するカードは強いけど、そのぶんソウルを残すカードって普通の召喚獣より弱めなんだよね」


「やっぱりそうなんだ。

弱くてもいいから、ソウルを残すカードが欲しいけど、自分が持ってるかわからなくて」


「うーん。能力がわからない召喚獣、見せてみて」


先ほどローウェンから貰ったパックから出てきた召喚獣を見せると、リコさんは何枚か確認してから言った。


「この一枚だけだね」


何とか追加で一枚は確保できたが、これでギリギリソウルが5つ。やはり心もとない。


「ちょっと待ってね。1枚ソウルを残すカードあげるよ」


リコさんは立ち上がると、店の奥に置かれたカードストレージを漁り始めた。


「えーっと……確か、この辺に……」


しばらく探したあと、リコさんの手が止まる。取り出したのは、一枚のカードだった。

そのまま少しだけ黙り込み、カードを見つめる。


「……まぁ、これでもいいか」


小さく呟いてから、こちらへ差し出してきた。


「はい、これあげる。大事にしてね」


【魔術師見習い】属性 風

コスト  2

パワー 1

タフネス 1

位相   地

能力   ???

“魔術師は執念深い”


「ありがとう。ソウルを残すカードがどうしても必要だったんだ」


「クレープのお礼だよ。ソウルを使う戦い方って、召喚獣を殺すことを前提に考えないといけないからさ。

あんまりこだわりすぎないようにね」


「ありがとう。もっと簡単に召喚獣が手に入るといいんだけど」


リコさんは、にっこり笑った。


「地道にやるしかないね。私も暇だから、お店に来たらアドバイスくらいはしてあげるよ」


「助かった。また来るよ」


「はーい。また来てね。次はカード買ってよ」


丁寧に礼を言って、店を後にする。


リコさんは、話しやすい人だった。

どうすれば、もっと仲良くなれるんだろう――


いや、違う。明日のことに集中しろ。


自分にそう言い聞かせながら、館へ戻る。

部屋に入り、何気なく机の上を見た瞬間、足が止まった。


黒いパックの封が、開いている。


僕は、まだ触れていない。それなのに、中から覗くカードの端はタルタロスと同じ、底のない黒をしていた。


まるで、僕が戻るのを待っていたかのように。

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