第10話 能力なしの召喚獣
館から少し離れた空き地まで移動する。
そこは、草が短く刈られた広場だった。地面には何度も踏み固められた跡があり、端の方には木剣や的が雑に立てかけられている。どうやら、ただの空き地ではなく、訓練に使われる場所らしい。
ローウェンは慣れた様子で向かい側へ立つと、腰のケースからカードを取り出した。
僕もそれを真似る。指先が少し汗ばんでいる。
昨夜あれだけ眺めたはずなのに、手札に触れるだけで心臓がうるさくなる。
「簡易ルールだ。今回は位相なしでやる。召喚できるかを見るだけだからな」
「位相なし?」
「空だの海だのを考えるのは後だ。まずは召喚獣を出せるかどうかだろ」
簡易ルール、ね。つまり、戦い方は一つじゃない。
位相ありの本来の戦い方がある。でも、今の僕はそこに立つ以前の段階だ。
ローウェンは、僕が勝負になるかどうかではなく、召喚できるかどうかだけを見ようとしている。
その扱いに少しだけ腹が立った。でも、文句を言う資格はまだない。
まずは一体。一体でもいい。この手札から、本当に召喚獣を呼び出してみせる。
お互いにカードを引き、初めての勝負が始まる。
初手は微妙だった。僕の手札には、軽いカードがほとんどない。昨日見たときから嫌な予感はしていたが、いざ手札に来るとかなりきつい。
だが、引き直したところで大差ない気もする。
……これで行くしかない。
「来い、ジャンボラビット」
手札に一枚だけあった軽めの召喚獣を、ローウェンに先んじて場へ出した。
瞬間、カードが指先から溶けるように消えた。
淡い光が地面に落ち、土を押し上げるように膨らむ。次の瞬間、大型犬ほどもある兎が、どすん、と僕の前に現れた。
長い耳。太い後ろ脚。丸い体。かわいい、とは言いづらい。目つきが妙に悪い。
でも、確かに召喚できた。僕が呼び出した召喚獣が、今、目の前にいる。
「……おお」
思わず声が漏れる。これが召喚か…
「なんだ、本当に召喚できるのか。心配して損したぜ」
ローウェンは、肩透かしを食らったような顔をした。
「ほら、感動してる場合か。指示を出さないと意味ないぞ」
「あ、そうか」
召喚できたことに気を取られて、完全に止まっていた。
「ジャンボラビット、マスターを狙え!」
ジャンボラビットが地面を蹴った。
見た目に反して速い。丸い体が弾丸みたいに跳ね、ローウェンへ一直線に突っ込んでいく。
「おっと」
ローウェンは軽く横へ跳び、突進をかわした。
「え、避けていいの?」
思わず声が出た。
僕の感覚では、召喚師は盤面の外にいるプレイヤーだった。カードを出し、指示をして、召喚獣同士を戦わせる。そういうものだと思っていた。
「当たり前だろ。殴られるのを待つ馬鹿がいるか」
ジャンボラビットは勢い余って地面を削り、そのまま大きく旋回する。
「召喚獣任せじゃ勝てねぇぞ」
再び、ジャンボラビットが跳ねた。今度は真正面からローウェンへ飛びかかる。
「護衛兵、召喚。俺を守れ」
ローウェンの声は落ち着いていた。次の瞬間、彼の前の地面から鎧をまとった兵士が現れる。
護衛兵は盾を構え、ジャンボラビットの突進を真正面から受け止めた。
鈍い音が響く。一瞬、押し込めるかと思ったが、護衛兵の盾は動かない。
そのまま、上から剣が振り下ろされた。ジャンボラビットの姿が、土に溶けるように崩れていく。
最初の召喚獣は、あっけなく消えた。
「……弱っ」
思わず本音が漏れる。その瞬間、頭の中に情報が流れ込んできた。
【ジャンボラビット】 属性 風
コスト 3
パワー 2
タフネス 2
位相 地
能力 ソウル1
“小さい動物をいじめるな?あれを見りゃ考えも変わるさ”
"ソウル1"、死んだ時ソウルを1つ残す。
ソウルを何に使うか、まだわからないが、ただ死んだだけでなないようだ。
ジャンボラビットがいた場所に、小さな光の粒が一つ残っている。あれが、ソウルなのか。
しかも、問題はそこからだった。手札は重いカードばかりで、続きが出せない。
なんでこんな手札をキープしたんだ、僕……。
まずいぞ。その隙にローウェンは護衛兵をさらに追加し、二体になった護衛兵で僕のタリスマンをがんがん削っていく。
護衛兵が踏み込むたび、僕の前に浮かぶタリスマンが弾けるように光を散らした。
タリスマンが削られて、順調に負けに向かっている。
「おい、ローウェン、手加減しろよ!」
護衛兵を引き連れたローウェンは、鼻で笑った。
「召喚できるなら話は別だ。スペル、“風の祝福”で二枚ドロー」
ローウェンの手元でカードが淡く光り、新しい二枚が加わる。
「よし。カマイタチ、飛びムササビを召喚」
ローウェンは迷いなく召喚獣を並べていく。
こちらも必死にカードを切った。エアショットで護衛兵を削り、時計塔を置いて時間を稼ぐ。けれど、何をしても盤面が崩れない。
護衛兵は倒しきれず、カマイタチは僕の召喚獣を食い破るように場を駆け回る。飛びムササビは上から邪魔をして、ローウェン本人には一度も攻撃が届かなかった。
硬い。いや、違う。ローウェンが強いというより、僕のデッキが弱すぎる。
カードが足りない。能力がわからない。コストも噛み合っていない。頭ではわかっていたはずなのに、実際に戦うと、それが容赦なく現実として突きつけられる。
「初めてにしちゃ悪くねえよ。けど、これで終わりだ」
ローウェンが掲げたカードが淡く光る。
「グリフィン召喚」
【グリフィン】 属性 風
コスト 8
パワー 8
タフネス 8
位相 地/空
能力 ???
“グリフィンに目をつけられたら、逃げることはできない”
現れた瞬間、空気が変わった。
巨大な翼が影を落とし、獅子の胴が地面を踏み鳴らす。さっきまでの護衛兵や風狼とは比べ物にならない。見ただけでわかる。この場を終わらせるための召喚獣だ。
僕の手札に、これを止めるカードはない。それでも、最後まで足掻くしかない。
「来い、森ふくろう」
その名前を口にした瞬間、ローウェンの表情が変わった。
「森ふくろう!?」
昨日、祠で契約した召喚獣だ。能力はない。少なくとも、カードにはそう書かれていた。
なのに、ローウェンはジャンボラビットや時計塔を出した時とは比べものにならないくらい、強く反応している。
なんだ?こいつ、そんなに珍しいのか?
森ふくろうは音もなく羽ばたき、僕の前へ降り立つ。ただ、それだけだった。
場をひっくり返すような力はない。護衛兵を退けることもできなければ、グリフィンを止められるわけでもない。
それでも、ローウェンの視線は森ふくろうに釘付けになっていた。
その反応だけで十分だった。能力がなくても、意味はある。
少なくとも、ローウェンの常識から外れた召喚獣ではあるらしい。
だが、それだけだ。不利な盤面は変わらない。
「グリフィン、終わらせろ」
巨大な翼が空を裂く。僕の前に浮かんでいたタリスマンが、一枚、また一枚と砕け散った。光の破片が宙に舞い、最後の防御が消えていく。
「ほら、これでタリスマン全破壊だ。怪我する前に降参しろよ」
その声が、妙に遠く聞こえた。悔しい。
負けるのは仕方ない。寄せ集めのデッキだ。昨日まで召喚すらできなかった。そんなことはわかっている。けれど、一方的に押し潰されるのは、想像以上に腹が立つ。
「甘っちょろいね。僕は最後まで戦う」
「めんどくせぇな…。護衛兵決めろ。手加減はしろよ」
護衛兵の拳が腹にめり込んだ瞬間、肺の中の空気が全部吹き飛んだ。膝が折れ、視界が揺れ、地面に手をついたところで、ようやく勝負が終わったのだと理解する。
完敗だ。
まともに戦いにもならなかった。こちらの召喚獣は一度もローウェンに届かず、最後は手加減された護衛兵に殴られて終わった。
それでも、指先にはまだ召喚の感触が残っている。
カードが光に溶け、獣へ変わり、自分の声に応じて動く。あの感覚は、ただただ爽快だった。
護衛兵みたいな基本的な召喚獣だけじゃない。グリフィンみたいな、見ただけで格の違いがわかる召喚獣もいる。しかも、僕のカードにはまだ能力が見えていないものまである。
このゲーム、思っていたよりずっと深い。絶対に面白い。
顔を上げると、文句なしに勝ったはずのローウェンが、なぜか焦ったような顔をしていた。
僕には、その正体がわからない。
腹は痛い。悔しさも消えない。だが、それでいい。
この痛みも、敗北も、カード解放の力に変えて僕は先に進む。




