第6話 妖精との出会い
拳一郎は中学生の頃の理科の授業を思い出した。
そのドロップアイテムはワインのコルクに似た蓋をされ、細長いガラス製の試験管のような形をしていたのだ。
中には琥珀色の液体が入っていて、横になっている管の下半分に溜まって揺れていた。
ハイポーションという地上世界にはない回復薬だ。
間違いない。
水色の普通のポーションは軽い切り傷や軽度の疲労回復の効果しかないが、ハイポーションは重度の怪我や疲労回復に絶大な効果がある。
拳一郎は本物のハイポーションを拾った。
今は昔よりも魔道具関連の研究も進み、地上世界ではこのような本物のポーションから成分を抽出して製薬したジェネリック回復薬が病院の薬局で処方されている。
まあ、それはさておき。
「おい、そこに誰かおるんやろ? そんでゴブリンどもの攻撃が止んだってことは倒してくれたんやな。人間の探索者なんか?」
宝箱の中からは依然として少女の声が聞こえている。
「なあ、お願いやから助けてくれへんか? 助けてくれたら礼はするで。なんぞ深刻な怪我でもしてへんか? うちの力ならちょちょいのちょいで治したるぞ」
少女の言っている意味はわからなかったが、声の感じからしてどうも小学生の子供ではないらしい。
拳一郎は念のため警戒しながらに近づいた。
宝箱の目の前まで来ると、中から「――――ッ!」と反応があった。
どうやら宝箱の中にいる人物は拳一郎の存在に気配で気づいたらしい。
「おお……やっぱり人間や。そんで力の感じからして成人した男やな。頼むわ、兄さん。どうにかこの聖宝箱を壊してうちを助けてくれんか?」
「聖宝箱?」
聞いたことのない名前だった。
ダンジョンについては一般人よりも知識はあるほうだが、聖宝箱という名前の宝箱は聞いたことがない。
「なんや聖宝箱のことも知らんのか? 何百に一つの確率でダンジョンの魔素を取り込みすぎて変化する宝箱のことや。中には絶対にレアアイテムが入っとるんやが、いかんせん一度開けて閉じると二度目はなかなか開けられんのや」
「そんな知識があるのにどうして中に入った?」
「はあ? んなもん決まってるやろ。とんでもないお宝があるのなら、たとえ危険とわかっていても採りにいく。それが妖精族の誇りっちゅうもんや」
拳一郎は頭上に疑問符を浮かべた。
聖宝箱という聞いたことのない宝箱のこともそうだが、少女の言った「妖精族」という単語の意味もいまいち理解できない。
「なあなあ、頼むわ。どうにか聖宝箱を開けてくれんか? 兄さんも魔法は使えるんやろ? うちも内側から協力するさかい、どんな魔法でも構わんから外側の錠前を破壊してくれんかな」
「この錠前は魔法でしか開けられないのか?」
自分は魔法なんて使えない一般人だ。
このダンジョンに来てからなぜか身体能力は格段に向上したが、謎の少女の言っていることが事実なら自分には助けることができない。
「聖宝箱は特別な宝箱なんや。こっちの世界の住人の兄さんには理解できへんやろうが、普通の武器では絶対に壊されへん。うちの故郷の世界の特別な力ならすんなり壊せるけど、それ以外やとやっぱり中級か上級の魔法を撃ちまくって何とか破壊できるレベルやな」
「ふむ」
拳一郎は分厚い錠前を掴んで感触を確かめる。
確かに頑丈そうな錠前だ。
しかし、魔法を使わないと破壊できないほどの代物なのか?
そう思って拳一郎は軽く錠前を捻ってみた。
すると――
バギンッ!
「あ、取れた」
「……へ?」
一拍の間を置いたあと、少女はおそるおそるといった感じでたずねてくる。
「い、今なんて言ったんや?」
「だから錠前が取れたんだ。意外と簡単だったぞ」
拳一郎は錠前を地面に捨て、ゆっくりと聖宝箱を両手で開けていく。
「君がどこの誰かは知らないが、これで外に出られるな」
やがて聖宝箱を完全に開けたとき、中から光の塊が飛び上がった。
「出られたあああああああああ!」
上空に飛翔した光の塊を注視すると、信じられないことに光の塊の正体は小さな人型の妖精だった。
全長は30センチぐらいだろうか。
水色の髪は綺麗に三つ編みにされ、顔立ちは精巧なフランス人形のように整っている。
ワンピースに似た純白の衣装に身を包み、背中にはトンボのような四枚の羽が生えていた。
拳一郎は驚きで声を失っていると、妖精は空中を泳ぐように飛行して拳一郎の眼前まで飛んでくる。
「いや~、閉じ込められたときはもうこのまま死ぬかと思ったわ。ホンマにありがとうな兄さ……あれ?」
妖精は拳一郎の顔をまじまじと見つめてくる。
「……おいおいおい、ホンマか? ホンマにこんな偶然があるんかいな。お前、勇者ガゼルの息子やろ」
「は?」
拳一郎は素っ頓狂な声を漏らす。
「ああ、せやった。こっちの世界での名前は拳一郎やったな。いや〜、ホンマに大人になってもうて……今いくつになったんや?」
妖精は何の脈絡もなしに訊いてくる。
「こ、今年で三十五になるけど」
ほうか、と妖精は両腕を組んで遠くを見上げる。
「源次郎に頼まれてお前に〈封体術〉を施したのが十五歳ぐらいやから、あれから二十年も経ってしもうたんか。うちら妖精族は人間よりも年を取るスピードが遅いから見た目ではわからんかったわ」
唖然とする拳一郎に構わず、妖精は意気揚々と早口でまくし立てる。
「あ、あのう……」
「せやけど、お前の全身に纏っている〈聖気〉で確信したで。こっちの世界の住人は〈聖気〉が使えんからな。〈聖気〉が使える人間はうちと一緒にアルガイアから転移してきたガゼルの息子しかおらん。この聖宝箱の錠前を簡単に壊せたのがその証拠や。聖宝箱の錠前は〈魔力〉を込めた魔法でも壊せるんやが、天地万物の根源の力の〈聖気〉やともっと簡単に壊せるんや」
「ちょっと……」
「おっと、つい喋りすぎたな。ほんで、源次郎はどこなんや? お前がダンジョンにおるってことは、育ての親の源次郎から〈封体術〉の解除の許可が下りたってことやろ? せやのにスマンな。うちら妖精族は金銀財宝やレアアイテムに弱くてな。危険とわかっていても本能で宝箱は開けたくなるねん」
「ちょっと待ってくれ……」
「でも、こうして会えたからには安心しい。うちら妖精族は交わした約束は必ず守る。源次郎には魔王を倒した勇者ガゼルの血を引くお前をこっちの世界で育ててくれた恩があるからな。源次郎はお前に施した〈封体術〉は二度と解除せんと言うとったが、解除の許可が下りたんなら話は別や。ダンジョンに来たことで少しばかり〈封体術〉が解除されとるが、それでも全部やない。せやから、うちの力でお前の本来の力を元に戻――」
「だから待てって!」
拳一郎は無理やり妖精の説明を遮った。
「君が何を話しているのか全然わからない。どうして君は俺や親父のことを知っている? 〈封体術〉の解除って何だ? 俺は君のことなんて何も知らない。そもそも魔王や勇者って何だよ。アルガイアってゲームの世界の話か?」
「げえむの世界って何やねん。アルガイアはこのダンジョンを通じた先にある世界――こっちの世界の住人が言うところの異世界のことや。そんでお前はアルガイアで破壊の限りを尽くしとった魔王を倒した勇者の血を引く人間なんやぞ」
しんと静寂が訪れる。
「嘘……だよな?」
しばらく経って拳一郎はようやく言葉を口に出せた。
「嘘ちゃうわ。お前は紛れもない勇者の血と勇者の固有能力――〈聖気〉の力を受け継いどる偉大な存在や。それはうちが保証する。なにせうちは向こうの世界では勇者の相棒やったからな」
「相棒?」
「そうや。お前の実の父親と相棒やったんやで……っていうか、それよりもうちの名前を憶えてへんのか? うちやうち。エリー・ブライハム・リトルダンテ・グン・ファトゥムや。お前はうちが〈封体術〉を施す前まではエリーちゃんって呼んでやないか」
「……俺には妖精の知り合いなんていない」
嘘ではなかった。
本当に拳一郎には妖精の知り合いは皆無だった。
それは魔法という人外の特殊能力を得た探索者や配信者でもそうだろう。
さすがに妖精の知り合いはいないはずだ。
となると、考えられることは一つ。
「まさか魔物?」
思わず口にしたが、妖精――エリーからは危険な感じはまったくしない。
むしろ周囲の空気が浄化しているような清々しさが漂ってくる。
「アホか! こんな可愛い魔物が存在しているはずないやろ!」
エリーは怒声を発したものの、すぐに困った表情を浮かべた。
「そうか……〈封体術〉の効果が効きすぎて、うちのことはおろか自分の生まれた異世界のことも忘れたんか」
異世界。
この言葉に拳一郎は著しく反応した。
「なあ、妖精さん。俺は本当にこの世界の……地球人じゃないのか?」
エリーは大きくうなずく。
「そうやで。お前は正真正銘、こっちの世界の住人で言うところの異世界人やで」
今度こそ拳一郎は無言になった。
頭が真っ白になってエリーに背中を向ける。
「おい、どこへ行くんや?」
どこでもいい。
あまりにも不可解な情報が大量に入ってきたので、拳一郎は別の場所で頭を落ち着かせるべくフラフラと足を動かしていく。
「お~い、うちの他にも助けを求めてる奴はそっちの方向にはおらへんぞ。逆や逆」
(うるさい、どっちのほうへ行こうと俺の勝手……)
不意に拳一郎は歩みを止めた。
顔だけを振り向かせ、エリーと視線を交錯させる。
「……今なんて言った? 君の他にも助けを求めている人がここら辺にいるのか?」
「おるよ。ここからもっと先のほうに一人の女が魔物に襲われとるな。しかもただの魔物やない。おかしな気配を持っとる凶悪な魔物や。早く助けに行かんと間違いなく殺されるで」
「それを早く言え!」
拳一郎はエリーから正確な場所を聞くと、石畳を凹ませるほど強く地面を蹴った。
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