第15話 間宮新一の破滅②
(誰か教えてくれ……一体、どうしてこうなった?)
間宮新一は目の前で繰り広げられている光景に絶句していた。
「いやああああああああ」
「ぎゃああああああああ」
外光が完全に遮断されたコンクリート製の室内において、先ほどから見知った男女の悲鳴が響き渡っている。
しかも全員とも全裸の状態だった。
阿鼻叫喚とは、まさにこのことを言うのだろう。
巨大な防音室のような部屋中に男女の叫び声が反響している。
間宮は表情を青ざめながら、事の発端を思い出す。
数時間前――。
間宮たちは『五味岡商店』の社員旅行として、東京駅から大型観光バスで奥多摩にあるという五味岡の私有地に向かった。
その中で間宮は恋人だった美雪と表向きは同僚として振舞い、私有地についたら密かに二人で抜け出して大自然での逢瀬を楽しもうとも考えていた。
だが自分たちが辿り着いた先は奥多摩の私有地ではなく、違法な〈迷門〉を通った先のダンジョンの中だったのである。
そして大型観光バスごとダンジョンに入ると、間宮は急に猛烈な眠気に襲われた。
隣にいた美雪を見ると死んだように眠っていた。
意識を失う寸前に周囲を見渡したのだが、美雪と同じく同僚たちが眠っていたため、おそらくエアコンの吹き出し口から睡眠ガスか何かが噴出されたのだろう。
などと考えていた途中で間宮も意識を失った。
やがて間宮は四方をコンクリートで固められた密室内で目覚めた。
それは他の同僚たちも一緒で、どこかの研究施設のような殺風景な部屋に閉じ込められていたのだ。
いや、閉じ込められただけならまだマシだった。
間宮は一人だけ壁に張り付けられ、両手両足を広げた「×」の形で拘束されていた。
両手首と両足首には頑丈な拘束具が取り付けられ、どれだけ力を入れても解ける気配がなかった。
一方、美雪や他の同僚たちは別の形で拘束されていた。
広々とした無機質の室内には何台ものベッドが置かれ、そのベッドに間宮と同じく両手首と両足首を拘束された状態にされていたのだ。
そして――
「ぎゃああああああああああああ」
「ひいいいいいいいいいいいいい」
「助けてえええええええええええ」
室内の至るところで絶叫が轟いていた。
奥多摩の私有地で社員旅行を楽しもうとしていた同僚たちの悲鳴である。
「助けて! ねえ、助けてよ! 新一さん……い、痛いいいいいいいいいいい」
拘束されている美雪が自分の名前を必死に呼んでいる。
(助けたくても助けられねえよ)
間宮は自分に言い訳をしながら、激痛に苦しんでいる美雪から顔を背けた。
「ふむ……6番は全身内に強い痛みが発生しているな。よし、制御薬の濃度をもう少し上げてみよう」
室内には間宮たち以外の人間もいた。
それぞれフード付きの漆黒のロングコートを羽織り、まるで中世ヨーロッパ時代の秘密結社のような格好をしている見知った人間たち。
社長の五味岡哲夫を筆頭に、『五味岡商店』の幹部社員だった連中だ。
「しゃ、社長……これは一体、何で……すか?」
間宮がつぶやくと、近くにいた幹部社員の一人が気づいたらしく、五味岡に近づいて肩を優しく叩いた。
「おっ、気がついたか」
五味岡は振り返り、コートを翻しながら歩み寄ってくる。
「間宮くん、今の気分はどうかな? 頭痛や吐き気、めまいや全身に激痛はないかね?」
「…………」
間宮は答えなかった。
色々と訊きたいことがありすぎて、頭が盛大にパニックを起こしていた。
そのため間宮は上手く言葉を出せず、金魚のように口をパクパクとさせる。
「ふむ、見たところ他のモルモットのような大きな副作用は見られないな。よしよし、二十人近いモルモットの中で一体でもまともなモルモットがいたのはラッキーだ」
(も、モルモット……)
間宮の脳裏にバスの中での出来事がよみがえる。
――嘘ではありません。皆さんはこれから、我ら〈アルカナ創魔会〉が所有している〈迷門〉を通ってダンジョンの中へ入ります。そして、とある施設の中で皆さんを人体実験のモルモットとして扱います。よろしいですね?
そうだ。
五味岡たちは自分たちのことをモルモット呼ばわりしたばかりか、ダンジョン業界に生きている人間なら誰もが戦慄する単語を口にした。
〈アルカナ創魔会〉。
シーカー協会に高額の懸賞金を懸けられているカルト宗教団体だ。
間宮の全身がブルブルと震えだす。
まさか中途入社した『五味岡商店』が〈アルカナ創魔会〉のダミー会社だとは夢に思わなかった。
ブラック企業寄りではあったが、きちんと社会保険もあって給料やボーナスも支払われていたのだ。
要するに『五味岡商店』は非合法な組織が表向きの活動を装うダミー会社の類ではない。
本当に実際の事業を行いながら、非合法な活動を続けているという海外のマフィアのような組織力と資金力があるということ。
間宮もこれまでダンジョン業界で生きてきた人間である。
その中で〈アルカナ創魔会〉の色々な悪名は耳にしていたが、しょせんは過激派カルト宗教団体に毛が生えた程度だと甘く見ていた。
大きな勘違いだった。
二十人以上の一般人を地上世界で集め、政府に届け出をしていない〈迷門〉を通ってダンジョン内のどこかに集めるなど相当な下準備が要る。
それは数か月では足らず、もしかしたら数年を要する計画だったかもしれない。
普通だったら考えられないことだ。
だが〈アルカナ創魔会〉の連中はトップから末端に至るまでイカれていると噂の凶悪犯罪集団。
自分たちの目的を達成するためなら何でもやるだろう。
現にそうだった。
美雪を始めとした同僚たちは拘束された状態で、何かしらの薬物を注射器で腕に打たれている。
「お、俺たちを……どうする……気……だ?」
間宮は気力を振り絞って五味岡に質問する。
「どうするだって? 君たちは人造イレギュラーの制御薬を作るための実験動物――モルモットなんだよ。わかる? モルモットって?」
あまりにも小馬鹿にした物言いに、間宮はキッと五味岡を睨みつけた。
全身を拘束されていても反抗の意思だけは突きつけられる。
「ほう、他のモルモットたちと違って反抗する意思があるのは凄いことだ……だがね」
五味岡は満面の笑みのまま間宮に近づいた。
直後、間宮の腹に強烈な右ストレートを打ち込む。
ドズンッ!
「――おえええええっ!」
そのあまりの衝撃に間宮は大量の吐瀉物を吐き出した。
ビチャビチャと胃の内容物が床に落ち、つんとする刺激臭を漂わせる。
「モルモットの分際でその目つきはよくないよ。それに言葉遣いも注意しなさい。そこは「私たちをどうするおつもりなんですか? 偉大なるアーク・ゼウスさまを信奉する幹部の方々」と言わないと」
五味岡の声は間宮には聞こえていない。
間宮の内臓はパンチの衝撃で掻き乱され、全身からはどっと脂汗が浮かんでくる。
同時にあるイメージが目の前に広がった。
蜘蛛の巣に捕まってバタバタともがく羽虫。
それは圧倒的な捕食者に捕まった獲物のイメージだった。
(い、嫌だ……こんなところで死にたくない)
先ほどのパンチで視界がボヤけている中、体内の奥底から生に対する渇望が怒涛の如く湧いてくる。
それだけではない。
間宮の脳内に一人の男の姿が浮かんだ。
この地獄の社員旅行を逃れた元部下であり、恋人の美雪のATMで冴えないを絵に描いたようだった中年男。
神山拳一郎である。
(くそっ、どうしてあいつだけ今回の社員旅行に参加していないんだ!)
精神が極限まで追い詰められていたせいか、自分がクビにした拳一郎に対して間宮は怒り狂った。
(くそ、くそ、くそ、くそ、くそおおおおおおおおおおおおお)
間宮の心は憎悪と怒りが混じり合い、やがて殺意となって全身を支配する。
そして、その殺意の矛先は目の前の五味岡たちではなく、この場にいない拳一郎にすべて向けられた。
(ここから生きて出られたら、あの神山にも同じ苦しみを与えてやる……そうだ、どうして俺たちだけがこんな目に遭わないといけない? あいつもだ。あの神山も同じ目に――いや、もっとひどい目に遭うべきなんだ!)
間宮自身も頭の片隅で逆恨みだと理解している。
だが、それでも精神を保つためには拳一郎を恨むしかなかった。
「ご苦労、首尾はどうかな?」
ようやく腹部の痛みが治まりかけた頃、五味岡たちとは違う声が間宮の鼓膜を震わせた。
声がしたほうに顔を向けると、どこから現れたのか目元まで深々とフードを被ったロングコートの男が立っていた。
五味岡よりも体格は小さいが、声ではっきりと男だとわかった。
「これはこれは……わざわざお越しくださり恐縮です、教祖代行」
教祖代行。
五味岡は確かにそう言った。
すると顔を隠しているロングコートの男が〈アルカナ創魔会〉の現在のトップということか。
「新型の制御薬の効果はどうだ? 人造イレギュラーの完全制御ができる段階に入ったか?」
教祖代行の男が五味岡に問う。
「残念ながらその段階には至っておりません」
「では〈人工転移石〉のほうはどうだ?」
「申し訳ありません。それもまだ上手くいきません。ですが成功の兆しはあります。近いうちに完成すると思いますのでご安心を」
「うむ、我らの崇高な目的のためには何としてでも人造イレギュラーの完全制御と任意の場所に確実に転移させる必要がある……それはお前もわかっているな?」
「ははっ、もちろんであります」
五味岡は中世の騎士のように片膝をつく。
「ならば成功するまで実験を繰り返せ。そのためならモルモットなぞ何匹捕まえても構わん。そのための表の事業だ」
「教祖代行、そのモルモットのことなのですが」
五味岡はちらりと間宮を見る。
「モルモットの中にはこの男のように新型の制御薬の副作用に耐えられる者もいます……ですが、しょせんは普通の人間のモルモット。副作用が出ないだけで人造イレギュラーを完全制御できる魔薬の一部にはならないでしょう」
「何が言いたい?」
「教祖代行もご存じですよね。噂の謎の武道家について」
教祖代行は両腕を組んで「うむ」と唸る。
「つまり、お前はこう言いたいのか? 新型の制御薬を完成させるために例の謎の武道家をモルモットにする……と」
「御意にございます」
「だが、そう都合よく謎の武道家を捕まえられるのか? そもそも居場所すら簡単に特定できまい?」
「そ、それは……」
五味岡は表情を歪めて言い淀んだ。
明らかにその場のノリで口にしたのだろう。
教祖代行はふっと笑う。
「まあいい。謎の武道家をモルモットにするというのなら、お前の考えで捕まえてみればよかろう……ただし、まずは手堅いところから攻めるべきだ」
「〈赤い絨毯〉で行われるレイド戦ですね」
「そうだ。今回のレイド戦にはBランク以上の有名無名問わず高ランカーが参加する。これは新たな人造イレギュラーの実戦データに加え、良質なモルモットを確保できる絶好の機会だ」
「もちろん、レイド戦で我らの人造イレギュラーを投入する準備はできております。そして作戦の指揮はわたくしが執りますゆえ、どうかその点はご安心を」
「任せたぞ」
そう言うと教祖代行は振り返り、壁に向かって歩き出した。
間宮が目で追っていくと、コンクリートの壁の一部が自動的に開き、教祖代行はそのまま壁の外へと消えていく。
どうやらこの部屋は密室ではなく、密室に見せかけた出入り口があるようだ。
などと考えたときである。
「さて、これから忙しくなるからモルモットの実験はもっとスピーディーにやらないとな」
教祖代行がいなくなるや、五味岡はすくっと立ち上がった。
ポケットから何かを取り出して間宮に近づいてくる。
「お、おい……や、やめ……ろ」
五味岡が取り出したのは注射器だった。
「え~と、君は間山くんだっけ? さあ、お注射の時間だよ」
「やめてくれえええええええええ」
室内に間宮の絶叫が響き渡った。
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