第14話 シーカー協会にて
ダンジョン街の一等地にシーカー協会の本部ビルはある。
その本部ビルの大会議室に、ダークグレーのスーツを着こなしている二人の男女の姿があった。
「……何度見ても信じられないな」
明るめの髪をオールバックにしている男が、苦々しい表情で嘆息する。
見た目はホストと間違えられそうな印象の優男だ。
それもそのはず。
今年で三十六歳になるものの、男の顔は二十代半ばのように若く見える。
それでも身体つきは細身ながら引き締まっていて、スーツの上からでも強靭でしなやかな筋肉の持ち主であることが窺い知れた。
日頃から食事管理と健康管理を徹底的に整え、仕事の合間の鍛錬を欠かしていないことで得られたものだ。
男の名前は桐谷雅彦。
半年前に病死した先代会長に成り代わり、会員数500人を超えるシーカー協会の現会長を務める男だった。
そんな桐谷は円卓型のテーブルの上座に座り、祈るように両指を絡ませて大型スクリーンの映像を見つめている。
「そうですね。AランカーやSランカーたちがレイドを組んでも勝てるか不明なネームドのイレギュラーを単独で倒せる人間が現れるとは……」
桐谷の言葉に深くうなずいたのは、大型スクリーンに映像を投影している映写機の横に立つ女性だ。
艶のある黒髪を背中まで伸ばし、ボストン型の眼鏡をかけている。
170センチ近くある長身で、年齢は二十代後半ぐらいだろう。
無駄な贅肉や染みは一切ない。
切れ長の目眉やすっきりと伸びた鼻梁。
中性的で凛々しい顔立ちは美人というよりも女サムライと表現したほうがしっくりとくる。
女性の名前は菱形君夜。
迷宮探索庁から出向している、シーカー協会の副会長を務める人物だった。
「それで、クリムゾン・オーガを倒した〝謎の武道家〟の正体は掴めたのか?」
桐谷の問いに、君夜は首を左右に振った。
「全国の支部に問い合わせましたが、件の人物に該当する探索者は存在していないそうです。そもそも何の武装もせずにダンジョンに潜るなど正気の沙汰ではありません」
君夜の意見は十分に理解できる。
現在の探索者たちは中世ヨーロッパ風の武具を装備しているのが普通だ。
もちろん、武具の素材は鉄だけではない。
特殊軽合金やダンジョンで採掘された特殊資源を使い、見た目よりも軽量で防御力に優れた代物になっている。
理由はダンジョンの魔物には中世ヨーロッパ風の武具が一番効果があると実証されているからだ。
これは生物学者や地質学者、環境科学者が提唱していることだが、日本全国に出現したダンジョンの先には中世ヨーロッパに似た異世界があるからだという。
つまり魔物たちは中世ヨーロッパ時代の武具に似たものに激しい嫌悪があるから、中世ヨーロッパ時代風の武具を使用すれば甚大なダメージを与えられる、と。
正しいのかもしれない、と桐谷は思っている。
ダンジョンが発見された当時は、一般人が想像する特殊部隊の格好で警察や自衛隊がダンジョンに潜っていた。
しかしダンジョンの魔物には銃器がほとんど通用せず、しかも防刃・防弾ベストを物ともしない魔物の攻撃に大量の死傷者が出たのは周知の事実だ。
ところが現在では一見するとコスプレに見えてしまう格好で、有名無名を問わず多くの探索者が全国のダンジョンに潜っている。
ある者は未踏の下層を発見するため、ある者は採取した資源で一財産を築くため、ある者は配信という形で承認欲求を満たすため。
全員とも様々な理由で命を懸けている。
桐谷は背もたれに深く身を預け、絡めていた指を解いて両腕を組む。
「たとえば、この映像がAIで生成されたという可能性は?」
「ありません。この映像はZや専用掲示板で拡散されているものではなく、Dライバーの姫川梨音さんから提供してもらった配信時の元映像です。それに念のため関連企業に映像の解析を依頼したところ、間違いなく本物のライブ配信映像だという結果が出ました」
「そうか……」
桐谷も職業柄、Dライバーたちの活躍はちょくちょくチェックしている。
Dライバーとは近年主流になりつつある〝探索配信者〟の通称で、上層で自分に合った探索をライブ配信する探索者たちのことだ。
そして大抵のDライバーたちは配信によるインセンティブ目的以上に承認欲求を満たしたい者が多く、AIなどの合成映像はまったくと言っていいほど流れた試しはない。
桐谷もそこはよく理解していたが、それでも大スクリーンに映っている映像が生成AIによるものだと疑いたくもなる。
それぐらいクリムゾン・オーガを素手で倒した謎の武道家の映像は凄まじかった。
最強クラスのSランク探索者たちと遜色がないほどに。
「姫川さんは確かFWに所属していたと記憶しているが?」
君夜は「はい」とうなずいた。
「姫川さんは大手クラスのDライバー配信事務所――FWに所属しているDライバーです。リオンの名で配信していて、チャンネル登録者数は50万人……ですが、ここ最近はチャンネル登録者も同接数も伸び悩んでいたとのこと」
「数年前までは考えられなかったが、今のDライバーの数は異常だからな。とはいえ、それでも姫川さんは50万人越えのDライバーだ。フェイク映像など流す必要はないか」
「仮に姫川さんがフェイク映像を流したとしても、それは自身のチャンネル登録や同接数を増やせるような映像にしたはずです。間違っても赤の他人の評価を上げるような映像は配信しないでしょう」
うむ、と桐谷は低く唸った。
「となると、あの謎の武道家の正体がいよいよわからない。全国の支部の探索者リストに該当者がいない以上、彼は未登録の〈迷門〉を通ってダンジョン内に入ったことになる」
君夜は小首をかしげた。
「まだダンジョンの存在が一般化されていなかった数十年前ならいざ知らず、現在で未登録の〈迷門〉がそんなに多くあるとは思えませんが……」
「確かに多くはないだろう。だが、ゼロではない。過去には養護施設に入った高齢独身者の私有地内に〈迷門〉が出現していたケースもある」
「では、彼は私有地に出現した〈迷門〉の届け出もせず、勝手にダンジョンに入っている犯罪者ということになりますね」
「仮にそうだったとして、彼に何の得があると思う?」
「それは……」
君夜はどう答えていいかわからない顔をする。
「そう……ないんだよ。私有地に〈迷門〉が出現したら国に報告するのは今の日本の国民の義務。それを意図的に報告を怠ったり隠蔽すれば重罪になる。そんなことは子供でも知っていることだ」
「ですが、そうなると彼は何者なのでしょう? ドローンの映像では遠くから、しかも画角が悪かったことで顔まではよくわかりません。空手着か柔道着を着ている男性としか……」
「姫川さんは直接彼と話したんだろう? 何か正体を掴める情報を得なかったのか?」
「いえ、本人もあまりの出来事に顔もよく覚えていないそうです。それにほとんど何も話さず走り去ってしまったので、謎の武道家の正体がわかるようなことは何も見ていないと証言しています」
桐谷は眉間に深くしわを寄せた。
本当だろうか?
確かに映像では謎の武道家と姫川梨音が長時間話している様子はない。
だが、謎の武道家は高価な天然のハイポーションを惜しげもなく姫川梨音に渡している。
これは姫川梨音が足に怪我をしていたからだろう。
そして、このことから謎の武道家の人となりがわかる。
最強クラスの強さを持ちながら、ダンジョンという弱肉強食の中でも他人を思いやる高潔な心を持っている武人ということが。
しかし、今の探索者の中で高価なアイテムを無償で渡す人間がいるだろうか。
「…………神山源次郎」
やがて桐谷はある人物の名前を口にした。
君夜はその名前を聞いて目を見開く。
「まさか、会長は姫川さんを助けたのが〈拳聖〉――神山源次郎氏だというのですか?」
神山源次郎。
今のダンジョン業界でこの名前を知らない探索者は多い。
初期のシーカー協会の発展に大いに貢献し、ダンジョン内の魔物の生態を命を懸けて闘って調べ上げたという空手家だ。
けれども神山源次郎は地上の公式試合にはほとんど参加したことはなかったらしい。
先代会長の話によれば、ときには死者が出る禁じ手無しの裏の格闘界で有名な空手家だったという。
そんな神山源次郎ならばイレギュラーを倒せるはずだ。
何せ現在でもAランク探索者たちがレイドを組まないと降りられない第五層以下を、史上初めて単独で降りて帰還してきた人間だったからだ。
ただ、ライブ配信に映った謎の武道家が神山源次郎とは思えない。
桐谷は今でこそ会長職に就いているが、元はSランクの探索者である。
映像越しとはいえ、クリムゾン・オーガを倒した謎の武道家は動きからして二十代から四十代の間ぐらいに違いない。
一方、神山源次郎は生きていれば六十をとっくに超えている。
「神山氏はシーカー協会を去ったあと、そのまま当時パートナーを組んでいた迷宮探索庁からの出向職員の女性と結婚してダンジョン業界から姿を消した。それ自体は協会も特に問題視はしていない。神山氏の人柄の良さは折り紙付きだったらしく、ダンジョンについての貢献度の高さもあって消息は追わなかったらしい」
桐谷は顔を歪めながら天井を仰ぎ見る。
「問題は、あの謎の武道家が神山氏と何の関係もなかった場合だ。仮に謎の武道家の正体がご子息や高弟の一人ならばさしたる問題はない。接触して協会に協力してくれるのならば、未登録の〈迷門〉からの不法侵入にも目をつむろう……しかし協会の探索者リストに該当者がいなかったのは地上の未登録の〈迷門〉からダンジョンに入ったからではなく、最初から地下世界のダンジョンにいたとしたら?」
「仰っている意味がわかりません。ダンジョンに入る際にはどんな人物でさえ身元証明は必須です。それは会長や私も同じ。他にもダンジョン街に住んでいる住民や、地上からの観光客なども協会の管理施設での身元証明が求められるのですよ。それなのに最初からダンジョンにいるというのは――」
そこで君夜はハッとした。
どうやら自分の言いたいことを理解したらしい。
「もしかすると謎の武道家は普通の人間ではなく、〈アルカナ創魔会〉が生み出した特殊な生命体だと?」
「あくまでも可能性の話だ。どちらにせよ、ネームドのイレギュラーを単独で倒すほどの規格外な武力を持っていることは確か。味方にせよ敵にせよ、一刻も早く正体を突き止める必要がある」
桐谷は前のめりになると、刺すような鋭い視線を君夜に向ける。
「もう一度、全国の支部に連絡してほしい。少しでも謎の武道家に近しい風貌や雰囲気を持つ者が現れたさいには、さり気なく事情を聞くこと。そして、相手が答えをはぐらかすようなら深追いをせず、すぐに本部へと連絡するようにと」
桐谷はさらに続ける。
「あと迷宮探索庁のネット関連の部署にも通達してほしい。今回の謎の武道家に関する情報は厳重に秘匿する必要がある。シーク・ストリームはもちろん、SNSにも元配信や切り抜きが掲載されないようにしてくれ、と」
「了解しました」
そう言うと、君夜は早速とばかりに会議室から出ていった。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……それとも」
桐谷は再び背もたれに身体を預け、大型スクリーンへと視線を移す。
大型スクリーンには、クリムゾン・オーガの腹部に掌打を浴びせて倒した謎の武道家の姿が映っていた。
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