大満足でした
俺は今までで、こんなに美味しいサーモンの炙り寿司を食べた事があるだろうか……。
いや、無い。
というか、逆に今まで俺は本当にサーモンを食ってたのか? ってなるんだけれども。
炙られたことで表面に脂が滲み出し、それが口に入れた瞬間、舌に乗った瞬間にパァッと広がり、口一杯にサーモンの旨味が広がる。
炙られたことで表面の食感が変化し、そもそも身自体が程よい弾力があるのもあって、一瞬だけ歯を受け止めるのよ。
その直後に歯を受け入れ、身がほぐれると同時に肉汁を放出。
そうして口の中に広がった脂を、乗せられたクリームチーズが回収。
クリームチーズも、乳臭さというか、チーズ特有の臭みがサーモンの香りに消されててさ。
濃厚なコクと程よい塩味のおかげで、炙りサーモンの味に変化をもたらしている。
そしてそれらを支える土台として活躍するシャリのポテンシャルね。
たった一貫。
その一貫で、俺の炙りサーモン寿司の中で不動の一位に君臨したわ。
「マジで美味かったです」
この寿司一貫だけを求めて食べに来る客がいる、と聞いても納得するレベルの味。
これがトキシラズ……恐るべし。
「美味いな。流石はトキシラズ、か」
「もう手に入らないかもしれませんので、本当にお客様方は運がよろしいですよ」
「? そんなレベルなんです?」
いうてトキシラズって、毎年獲れはするんじゃないの?
漁獲量が少なくて、それらを取り合うから滅多に市場に流通しないってだけで。
「時間軸を泳ぐ特殊な魔物だからな、トキシラズは。発見出来ても捕獲はおろか討伐すら難しいのだぞ?」
「……はい?」
なんかとんでもない事言い出してない?
時間軸を泳ぐって何?
四次元とかの話してる?
「その名の通り、時知らず。産まれた時間さえが不明の、時間を泳ぐ魔物。それがトキシラズです」
「過去にも末来にも到達出来る。攻撃を受けても攻撃が当たる前の過去に泳ぎ、その未来を覆して反撃してくるぞ?」
「……倒せるんです? それ?」
無敵では? 倒し方が想像出来ないのは俺だけかな?
「逃げる前に動けないようにしてしまえばいい。トキシラズの周囲の空気だけを凍らせるとかな」
「……あ、時間を渡るのに本当に泳ぐ必要があるから、動きさえ止めてしまえばどうにかなるのか……」
……なるほど?
確かに完璧な作戦っすねー。
不可能って点に目を瞑ればよー。
おおよそ人間には出来ませんよね? それ。
「ちなみに今回の個体は、頭部だけが時間移動の境界を越えた瞬間に時間軸の波を断ち切ったとかで、頭が落とされた状態で購入しました」
「……はい?」
また謎な事言ってる。
時間軸の波を断ち切るってなんぞ?
魔法でどうにかなるんか? そんな事。
「ペグマ刀か。時間軸まで斬れる物が作られるとはな」
「試作段階、とはお聞きしましたが、現に斬って見せたようなので……」
「あの工房は本当に周囲の追随を許さぬな」
……工房って言うからには物作りの場所なんだろうけど……。
そんなところで作られてるの? 時間軸を斬れる刀が?
――あと、普通に流したけど刀あるんだ。
異世界に。
「タマゴです」
……そうか。
高級な卵は緑色だったな。
寿司屋定番のギョク。
寿司屋の腕を見るネタと広く知られているけど、ぶっちゃけ俺は何をどう見るのか分からんのよな。
「……お、美味い」
ただ、そんな俺でも素直に美味しいと思えました、はい。
「……魚のすり身が入ってます?」
「海老のそぼろが入ってますね」
「あ、海老か」
卵だけじゃあ出ない味わいがあると思ったんだよ。
やっぱり何か入ってたな。
海老のそぼろとは思わなかったけど。
卵本来の味とコクに、海老のそぼろ由来の甘みが加わって。
そこに卵に混ぜられた出汁の旨味と香りが合わさり、程よいシャリの酸味も相まって、かなり完成された卵の握りになってると思う。
卵は均一の火の通りで、しっとりした焼き上がり。
層の境目は分かるものの、色は全部均一の緑色。
素人目線でもかなり綺麗な焼き色だし、やっぱり高級店の卵って違うんだなぁと。
「締めのかんぴょうです」
ほう。
かんぴょう巻きが締めか。
確かに締めのイメージがあるな、かんぴょう巻き。
……回転寿司でしか食べた事無いけど。
「……え、うま」
これは想定外。
しっとりと仕上げられたかんぴょうは、噛むとジュワッと煮汁が溢れてくる。
海苔のパリッとした食感とかんぴょうのしっとりした食感のコントラストもいい。
コース料理が終わったんだ、って納得感を感じられる味がするよ。
……あと、お酒によく合う。
御柳ね。
どれもこれにも合ったんだけど、かんぴょう巻きみたいな、甘じょっぱい味付けのものとよく合う気がするわ。
……ふぅ、満足満足。
「リクエストがあれば追加で何か握りますが?」
「俺は大丈夫です。大満足です」
「我もやめておこう。ここで追加しては折角の組まれたコースが崩壊してしまう気がするからな」
まぁ、確かにあるかもな。
シメの一品を出したのに、そこから追加しちゃあね。
まぁでも、その辺は考えなくてもいいとは思うんだけれども。
「お会計はいかがしますか?」
「全て我が払う。カードで」
「かしこまりました」
……スイさん、カード持ってたんだ。
いや、まぁ、持ってるか。
でもなんというか、龍族のイメージカードより現金より宝石や金のイメージなんだけどな。
これは言わないでおこう。
「ご馳走さまでした」
「楽しめたぞ」
というわけでスイさんにご馳走になり、大将にも伝えてお店を出る。
ふぅ……マジで満足。
「言うほど頑固でした? 特に何も感じなかったんですけれど」
「いや、貴様と一緒に食べて分かったのだが、我は食べ方を間違えていたらしい」
「と言うと?」
「間を置かずに次から次に口に運んで、腹一杯になるまで食っていたからな。だが、あの店ではそれは違ったらしい」
「あー……」
なるほど。
何となく理由が分かった気がする。
料理と料理の繋ぎを無視して食事してたのか。
そりゃあ、大将も言いたくはなるかなぁ……。
「だが、今回貴様と一緒に食べてあの店の楽しみ方は分かった。次からは参考にするとしよう」
「であれば良かったです」
いうて俺は普通に食べて楽しんだだけだけどね。
「む。仕事だ。行ってくるぞ」
なお、食後にすぐガーディアンとしての仕事が入った模様。
そう言って姿を消してしまったスイさん。
……さて、と。
「ノクティアさんのお店に行くかな」




