人違いでしたか
「……え?」
「ん?」
えーっと……。
水着を求めて売店に足を運んだら、意外な人物と遭遇。
――ノクティアさんですよね?
「お久しぶりです」
「??」
……あれ? なんか、反応があまり……。
――あ、もしかして、
「ノクティアさんのお兄さん?」
「ホーッホ、弟の知り合いか!」
やっぱり。
見た目そっくりですね、兄弟で。
もっとこう、見分けがつくようにしておいてくれません?
もっと腕にシルバー巻くとかさ。
「……おー、きっと君が弟にカジノのチップを渡した人間だね?」
「自分ですね」
あー、そう伝わってるのね?
いやまぁ、間違えては無いんだけれども……。
「おかげで私も楽しませてもらったよ。礼を言う」
「いえいえ。マジでたまたま当たったチップを押し付けただけなので」
謙遜でも何でもなく。
このチップどうしよう? からの、知ってる人物に押し付けちゃえ、だったからね。
マジで気にしないでください。
「ふむ。ところで君は何かを買いに来たのだろう? 良ければ私が支払いを持とう」
「いいんです?」
「その分楽しませて貰えたからね。と言っても、ここで売られているヴィンテージ物のワインと言われたら普通に立ち去るが」
「言いませんよ。水着を買いに来たんです」
「……水着?」
クルーズ船にそんな物置いてあるのか……。
と思ったけど、日本のクルーズ船にも置いてあるんだよな。
ジャパニーズウィスキーの高いのが。
買う人居るの? と思うけど、置いてあるという事はそう言う事なんでしょう。
「船ごと水に浸かるんですよね? だったら必要じゃないです?」
「……あー。君はこのツアーは初めてだね?」
「ですね」
「であればよくある勘違いだ。水着は必要ないぞ?」
「? でも、水に浸かりますよね?」
「浸かるな」
「俺、着衣水泳とか出来ないですよ?」
「しないしない」
「??」
話が見えてこない。
つまり、どういうことだってばよ?
「この船、および周辺に特殊なフィールドを展開されていてな。そのフィールド内では、水中でも日常と変わらずに過ごすことが出来る」
「?」
「つまり、水の中なのに浮かないし、視界が水で揺らぐ事も無い。着ている服は濡れないのだよ」
「……凄い事言ってません?」
「凄い事だぞ? このフィールドの展開は」
なんか、改めて異世界と思わせる事象が出てきたな。
水に入ってるのに濡れないってマジ?
「理解出来るかは分からんが、普段の生活にある周辺の空気が、全て水に置き換わったと思えばいい」
「……はえー」
理解を放棄した返答である。
みんなも熱心に説明してるのにこんな返答が聞こえたらぶん殴っていいよ。
今は違法だけどその内合法になるから。
「ちなみに泳ごうと思えば泳げる。実際にこのツアーのスタッフの移動手段は泳ぎだしな」
「そうなんですね」
「しかしそうなると、君がここで買うものが無いという事になってしまうか?」
「あー……じゃあ――」
*
ふぅ。
ただいま、という事でね。
もうすぐ出航との事で、利用客は客室で待機との事。
珍しい対応だと思うんだけど、水が入り込んでくる関係上、デッキとかに居ると流されかねないとかなんとか。
その場合、スタッフでも探しきれない可能性があります。とかアナウンスされたら、大人しく部屋に戻るよね。
そしてそして、先程売店であったノクティアさんのお兄さん。
あの方に奢って貰いましたでゅへへ。
その商品がこちら! 『深海豚の生ハム』!
……海豚だとイルカだけど、深海豚だと深海に生息するイノシシみたいな魔物の事らしいです。
イノシシなのに豚なんだ、と思ったなど。
まぁ、そんな事はどうでもよく、これでウェルカムワインを楽しもうかなと。
生ハムは赤にも白にも合うからね。
最適だろう。
「ん、動いたか」
で、座ってワインの封を開けたタイミングで振動。
飛行船が動き出したかな。
――よくよく考えたら飛行船じゃないな? 水中船?
まぁ、いいか。
「……ワインとか流れて行かないよね?」
空気が水に置き換わるだけと聞いてたから、ワインは開けても大丈夫だろうと判断したんだけれど。
これで海水と混ざって霧散したらどうしようか。
「……めっちゃ不安」
足元には水が登場。
徐々に水かさを増していきますわね。
さっき呼吸出来ることを確認しはしたけれど、それでもやっぱり不安だな。
えぇい、ままよ!
「…………まぁ、生きてるか」
これでギャグマンガとかだとウェルカムドリンクを飲んだ量が少なくて効果が切れて、溺れかけるみたいな展開になりそうなもんだけれど。
生憎とそういうものでもないので。
普通に呼吸出来てますわ。
「ワインも混ざってないようだしマジで空気と水が入れ替わっただけか」
ワインボトルを傾けると、普通にグラスにワインを注げるし。
座ったままでバタ足すると、ちょっぴり浮ける。
あ、無重力というか、浮遊感を感じながらワイン飲むのは初かもしれん。
ちょっと楽しい。
……テーブルに置いていた深海豚の生ハムに手が届かなくなった。
バタ足止め。椅子に帰還。
さてさて、それでは……深海豚の生ハムとやら――いただきます!!




