第四章 Marigold to the astronomical observatory
八月十五日。
遊び疲れて夕方まで眠り込んでしまった。
そのことに気づいたのは最初に目を覚ましたホムンクルスだった。
「天文台へ、行かなければ」
そう呟いて“鉱石で出来た翼”をはためかす。
天文台にはアレがある。
はやく。
誰かに邪魔される前に。
迅速に。
いかなければ。
だって、『私』に託されたのだから――
◇◆◇
「あれ? ホムンクルスは?」
夜まで寝てしまったことに驚いて有耶無耶になっていた事柄を口に出す。
夜ご飯を作ってしまってから気がついた。
「先に天文台に行ったのかな」
「無駄に実行力あるからな、あいつ」
「そうだね……」
哲と諫は夕食にラップをして、軽く菓子パンを放り込む。
流石に一日何も食べていないのに天文台まで行くのはキツかった。
「でも、場所わかるのかな」
「げ、確かに」
「迷ってるかも、早く行かなきゃ」
パンを咀嚼して、飲み込む。
その時間すらもどかしい。
食べながら支度をして、哲たちは家を出た。
◇◆◇
天文台はゼトワール・リセの北にある。
住居区とは川で隔たれた奥まった土地。
天文台の周りにはため池があって、星空を映し出していた。もう一つ、星空があるみたいだ。
そんな宇宙の隅っこみたいな場所で、ひとつ動く影があった。
哲と諫が扉を開け放つ。
「ホムンクルス!」
サラサラと揺れる長い黒髪。
宇宙を内包したかのように黒い瞳。
魂の隅々まで入り込む恐ろしいほど鮮やかな黒。
神の設計図のように美しい子供がそこに居た。
「よく来たね」
ひらいた屋根から星たちがきらきらと輝いて無知な少年たちに光を注ぐ。
愛しい奈落を照らし出す。
「君達には感謝しているんだ」
光の底でくすくすと子供は笑う。
二人の中で苦しい焦燥感が胸を撫ぜた。
「だから、世界を滅ぼしてあげる」
楽しかった日々が頭によぎる。
なんでそんなことを考えるんだろう。
ホムンクルスはそんなこと言う奴ではなかったはず、と思いかけて自分たちは彼のことをあまり知らないことに気づく。
だってほら、知らないことがこんなにたくさん。
親友だと、思いかけた矢先にこれだ。
他人のこと、完全に理解するなんてできるわけがない。
「そしたら、これから待ち受ける悲しみも全て壊してあげられる」
万象の、行き着く先は黒色だ。
「どういう、ことだ……! ホムンクルス!」
哲が吠えるように叫ぶ。
「ワタシは『誰か』になる特権を持っていたんだ。その『誰か』に当てはまったのが――」
哲たちを見つめるホムンクルスの虚な瞳は黒々と渦巻いていた。
嫌な予感がひしひしとする。
親友がどんどん他人へと遠ざかっていく。
「『黒宮留』。あの美しい他人だった」
◇◆◇
恋でもない。
愛でもない。
ただそこには羨望があった。
最初に持った感情と同じもの。
『何にでもなれる特権』を持ったホムンクルスから特権を奪ったのと同じように羨望だった。
熱烈な羨望。
ワタシは『なんにでもなれる特権』を使ってあの美しい人になろう。
そうして我が身を完璧な彼女に似せることを決意した。
奇しくも、彼女の狂った願望すら読み取って。
◇◆◇
「好きだから、この先に待ち受ける何かに折れてしまわないように。君たちは徹底的に殺し尽くす」
掛け違ってしまった友情に気づかないまま、ホムンクルスはそう述べた。
諫はどうして、と唇を噛んだ。
「どうして君と殺し合わなくちゃいけないんだ……!」
「未来に、いかせたくないからさ」
諫の問いにホムンクルスはぶっきらぼうにそう答えた。
ホムンクルスは翼を広げ、星空へ羽ばたく。
「人類の最初の発明は、火だった」
「創造――火」
『発明する』魔法。段階を踏まなければ次のステージへはいけないという制約がある。
それをホムンクルスに魔法を教えた時に知った二人は早くしなければと焦燥感にかられる。
でも、どうやって?
何をしたら彼は止まってくれる?
「創造――石」
「次に石。武器は偉大なる発明だった」
答えが出てこない。
『殺し合う』という正解しか思い浮かばない。
「創造――剣」
「鉄の発見は武力に大いな影響を与えた」
「やめろぉ!」
哲が力場を弄り、剣を弾き飛ばす。
「ふぅん、こうか?」
ホムンクルスは哲の技を反芻する。
片目を紅に染めて、技を“真似”した。
そして、哲の何も持っていない手が同じように吹き飛んだ。
「なっ⁉」
すかさずホムンクルスが魔法を使う。
「創造――銃」
無数の銃口が此方を向いた。
流石にやばいと思って哲と諫は巨大な望遠鏡の後ろに隠れる。
パンッと大量の発砲音が響き、望遠鏡に穴が空いた。
「ど、どうすればいいんだ」
「勅――銃を捨てろ」
「罰――⁉」
「ようは最後まで言わせなきゃいいんだろう?」
後ろから忍び寄ってきたホムンクルスは銃口を諫の口の中へ突っ込む。
「すまん!」
魔法を使って天文台の壁からレンガを引き抜き、ホムンクルスの頭を殴る。
鈍い音がしてホムンクルスが頭から血を流した。
「……ぐ、」
しまった、やりすぎたか、と哲が焦る。
すると、ホムンクルスが呻くように呪文を唱えだした。
「創造――火」
その言葉により一帯が焼き払われる。
なんとか哲が魔法でしのいだが次も防げるかどうかというと怪しい。
哲は魔法を使い、突風を起こす。
風は炎を纏い、ホムンクルスへと向かう。
しかし、届かない。
「創造――岩」
大きな岩が風を阻むように現れたからだ。
「創ぞ――」
銃口を突きつけられていた諫がホムンクルスを目掛けて蹴りを入れる。
鳩尾にあたり、ホムンクルスが苦しげに呻く。
「げほ……っ」
「もうやめよう! ホムンクルス……っ」
「やめれない、やめちゃいけないんだよ」
外見も、口調も、思想すら変わってもホムンクルスはただ哲と諫のことを考えているというのだ。
そんなホムンクルスとは二人とも戦いたくなかった。
「どんなに悲しい未来でも、俺たち三人なら乗り越えられる筈だ……! そうだろ、ホムンクルス!」
「ごめんね、そういう訳にはいかないんだ」
「創造――水」
水がどんどん虚空から注ぎ込み、膝まで水位が上がる。
「また三人手を取って……未来で僕らが折れそうになったら助けてくれればいいじゃないか。どうして……!」
「無理矢理願いを叶えたワタシの寿命はもって数時間だ。未来には行けない」
ホムンクルスはそう言って悲しげに微笑む。
そんなことで、微笑みなんて見たくなかった。
「そん、な」
あんなに楽しそうにしてたじゃないか。
それがもうすぐ寿命だって?
信じたくなかった。
しかし、目に付いて離れなかったのだ。
ホムンクルスの指先が黒ずんで崩れていたのが。
見ない振りをした罰だったのか。
それともそういう運命だったのか。
相対するホムンクルスは苦しそうに呼吸を荒らげていた。
頭の血を拭いながらホムンクルスは鉱石で出来た翼を広げ、空へと飛び立つ。
「創造――光」
「創造――レーザー光線」
諫の目の前に光線が迫る。
「諫ぁ!」
力場を曲げてなんとか逸らそうとするが間に合わない。
光線をまともにくらいはしなかったが、脇腹にかすったようだ。
肉の焦げる臭いが辺りに立ち込めた。
「痛……っ」
諫は痛みに眉をしかめ、傷口を軽く見る。
見るに耐えない赤黒く爛れた皮膚が見えたので、これ以上は見ないことに決めた。
「ホムンクルス、おまえええええええ!」
哲は怒りに任せ、力を増幅して起こした突風でホムンクルスを搦めとる。
そしてそのまま天文台へと叩きつけた。
「……は、ぁ」
ホムンクルスは瓦礫の山の上で立ち上がり、血を吐き捨てる。
ホムンクルスの腹には鉄骨が刺さっていた。
ぬじゅり、と鋭い痛みを伴って腹に血が滲んでいく。
それでも。
それでも、まだ。
ホムンクルスは鉄骨を引き抜いてふらふらと立ち上がる。
「創造――」
「させるか!」
哲が慌ててホムンクルスのことを『停止』させる。
ホムンクルスは動けず、諫の接近を許してしまう。
「チェックメイトだ。ホムンクルス」
彼の魔法は彼の言葉を聞いたものすべてを支配する魔法。
声が届けば、それで終わりなのだ。
「勅――もう終わりにしよう」
「罰――殺し合いの時間は終了だ」
◇◆◇
『特権』は完全ではなかった。
代償が付きまとう代物だった。
ホムンクルスの体が黒に侵食されていく。
末端から肘と膝まで黒に侵されたホムンクルスは諦めたように乾いた笑いを口にする。
「はは、まいったよ。創造――剣」
「ホムンクルス……?」
殺し合いはできないはずなのに何故剣を出したのかわからずに哲たちは首を傾げる。
ホムンクルスは二人に剣の柄を握らせた。
「ワタシが完全に侵食される前に」
そして、「殺してくれ」と囁いた。
「で、できない。そんなこと、出来ない……」
「このままだと貴方達が死ぬぞ」
「どういうことだ?」
「核が、暴発してしまえば……ここら一帯は更地になってしまうだろう」
だから自分を殺せ、とホムンクルスは急かすように話し出す。
その自我は『黒宮留』に侵食されてはいない、本来のホムンクルスのものだった。
「壊されない限り」
「核はエネルギーを吸い尽くす」
「宿主がいる状態でしか、この核は壊せない……」
「だから、暴走する前に、どうかその手で壊してほしい」
ホムンクルスは「そうすれば無事に事は済む」と付け足して、憑き物が落ちたような表情で力なく笑った。
「……っ、そんなのって」
哲が今にも泣き出しそうな表情でホムンクルスを見つめる。
諫は血が出るくらいまで唇を噛み締めて、「やろう、兄さん」と呟いた。
「でも……!」
「やるしかないよ、それとも兄さんは皆が犠牲になったっていいの?」
「それ、は」
哲はがっくりとうなだれる。
いつだって皆を救いたいはずなのに誰一人救えない矮小な手のひらを見つめる。
目の前にいる人すら救えずに、取りこぼしてくのはもう嫌だった。
「何か、別の方法はないのか……」
「ない、これしか方法はないんだ……ワタシのことはいい、その身を大事にしてくれ……」
哲は行き場のない感情を制御するように、剣を握る力を強める。
「ちくしょう……!」
哲と諫はお互いに目を合わせると軽く頷き、その手でホムンクルスの胸にある核を刺す。
「あり、がとう……」
温かく柔らかいその感触の奥でパリン、とガラスが砕けるような音がした。
鼓動は弱々しくなっていく。
急速に生命が失われていく。
不意に、ホムンクルスの髪に切れたミサンガが絡まっているのが見えた。
「……」
「……ごめんね、ホムンクルス」
ぽたり、ぽたりと涙が溢れ出してくる。
呆気ない生命の幕引きにどうしても気持ちがついてこれなかった。
眠るように閉じられた瞳はもう開かれることはないのに、開いてくれるんじゃないかと期待してしまうのをやめられない。
剣を抜く。
血飛沫が頬にかかる。
これが夢ではないとでもいうように温かさが伝わった。
「あ、ああああああ……! ホムンクルス……っ」
「ごめん、ごめんな」
「どうしてやることもできなくて、ごめん……!」
哲が断末魔に近い叫び声をあげる。
諫はそれを聞いて黙って俯く。
自分たちが無力なばっかりに、と哲が泣き噦った。
哲が泣き止むのを待ってから諫が一つ提案をした。
「兄さん。ホムンクルスのお墓を作ってあげよう」
「……ああ、わかった」
哲が魔法を使って人一人分のスペースの穴を掘る。
魔法の世界の住人が、科学の愛し子を埋葬する。
ああ、きっとこの罪は一生をかけて償うから。
だから、彼がせめて安らかに眠れますように。
止まった鼓動に耳を澄ます。
その無音にはもう温かな彼の面影はなかった。
「さようなら」
「ごめんな」
哲が穴を掘っている間に諫がとってきたマリーゴールドをホムンクルスの墓に添えて、土をかぶせる。
ただそれだけの出来事が悲しくて悲しくて仕方なかった。
◇◆◇
双子が家に帰ってしばらく経った、誰もが寝静まった時間。
実体を持たない少女が天文台へと舞い落ちる。
「なぁんだ。こんなところにあったんですね」
純白の翼を持つその少女はまるで天使のようだ。
いや、天使なのだ。実際。
「見つかってラッキーです」
天使は悪魔的な笑みを浮かべて鼻歌を歌う。
動作一つ一つが蠱惑的な少女は、見るものがいたらすべてを魅了しただろう。
墓を暴く。その動作ですら美しい。
「これで私も盤上に上がれますよ。ねぇ×××」
そう言って天使が、笑った。




