第三章 人造人間(ホムンクルス)
どこまでも晴れ晴れとした青い空。
夏にしては少し涼しい、過ごしやすい気温。
そう、夏休みなのであった。
春先にあった事件から特に何事もなく、最近あったちょっとした事件はテストで悪い点を取ってしまい補習に呼ばれたくらいだ。
哲はすっかり平和ボケした頭でどこに遊びに行こうかな、と考える。
最近出来た“喰合”にある複合型ショッピングモールに行くのもいいし、好きなチームのサッカーの試合を見にいくのもいい。
そんな楽しい夏休みの計画を立てていると急に名前を呼ばれた。
「聞いているのか鬼武! さっき言った問題を答えてみろ!」
そう、今は補習中。
とらぬ狸の皮算用をしていた哲はギクリとして硬直する。
咄嗟に開いていたテキストを見てもさっぱりわからない。
哲は少し考えてから、ここは腹をくくるしかなさそうだと覚悟を決めて口を開く。
「すんません、聞いてなかったっす」
「よし、いい度胸だ。丁度いい、罰を与えよう」
「げぇ」
からからと快活に笑う軍人気質の先生、レーラ=アルバツキーに哲は憎たらしげな視線を送る。
レーラは「後で来るように」と付け足して先ほどの復習をしてくれる。厳しいが、なんだかんだいって優しい先生だ。
哲はペンをとり、テキストと向き合う。
よくわからない言葉の群れがうじゃうじゃと渦巻いていた。
◇◆◇
「このプリントをある生徒に届けて欲しいんだ」
ただしあまりこのことは人に言わないこと、と釘を刺されてプリントの入った封筒を渡される。
「わかったっすけど、なんで?」
「デリケートな問題なんだ、察しろ」
「わかった、ラブレター」「違う」
哲がぴんと思い浮かんだ単語をそのまま口にするとレーラに結構重めのデコピンを食らわせられる。
他に何があるんだろうとラブレターに支配された脳を切り替えるように考える。
すると、レーラは決まりが悪そうにして片手で顔全体を擦った。
「誰にも言わないと約束できるか?」
「出来ます」
哲は予想よりも重そうな事態に喉を鳴らして、気を引き締めた。
レーラは眉を寄せて険しい表情をして低い声で話し出す。
「実はいじめが発生してな……学校に来なくなってしまったんだ」
「それは……」
かける言葉も見つからなくて、哲は唇をかみしめて俯いた。
また知らないところで誰かが傷ついている事実を突きつけられたような気がして悔しかった。
「と、まあそんなわけでプリントを届けて欲しいんだ」
「誰のところにですか?」
「黒宮榴、学校にいるなら一度は耳にしたことはあるだろうあの『黒宮』の一族だ」
◇◆◇
榴とはクラス交流会の一件で顔を合わせたきりだ。
あれが初対面だったし、特に親しいわけでもなかったので記憶の隅に追いやっていた。
黒宮家はリセの北西部――イギリスエリアの一番端に存在する。
リセには四大名家と呼ばれる創立者達の一族がある。
『アルカディア家』、『ミリウェイク家』、『白石家』、『黒宮家』の者達だ。
四大名家はリセの四隅を陣取るように(アルカディア家だけ何故か少しずれているが)屋敷を建てていて、それはどれも豪奢な装飾がしており、遠目に見るだけでもまるでそれが一つの芸術作品であるかのように思えるほど豪華だ。
そんな普通の人では近づくことも困難な場所に突如入れることになったので心の準備とかがいろいろ出来ていないのだった。
深く呼吸をして、息を整える。
門に埋め込まれた黒い宝玉に触れ、魔力を込める。
ブゥンと微かな起動音が鳴り、青い粒子が集まって立体通信映像を作り出す。
映像は座敷童のような黒いおかっぱの少女を映し出した。
映像の少女は恭しく一礼すると機械的に言葉を口にする。
『何の御用でしょうか?』
「榴さんにプリントを届けに来ました」
『かしこまりました。どうぞお入りください』
そんな簡素なやりとりを経て豪奢な門が音を立てて開く。
哲は若干物怖じしながら、恐る恐る足を踏み入れる。
そこには、過多な装飾は排除された最低限の装飾だが華やかと思える、黒を基調としたシックなお屋敷があった。
庭には黒薔薇が咲いており、『黒宮家』の名の通り、なんというか全体的に黒かった。
扉を開けると黒がふんだんに使われたゴシックな内装で、黒がないところを探したほうが早いと言ったような有り様だ。
「お邪魔しまーす」
哲がそう言うと先ほどの少女とどことなく似たおかっぱの黒髪を二つに結んだ可愛らしいメイドがピクリと反応した。
「榴様のお部屋まで案内いたします」
つかつかと可愛らしい足音を鳴らすかと思えば、足音は全くの無音で、哲はプロってすごいんだなという感想を抱く。
メイドについて行くと柘榴石――ガーネットが埋め込まれたプレートが下げられた扉の前に案内された。
メイドは案内し終わると役目は終えたと言わんばかりに機械的な礼をしてさっさと去ってしまう。
哲はここまできたんだ、と自分に言い聞かせて扉をノックする。
哲がノックをすると榴の「はぁい」という間延びした声が聞こえた。
しばらくすると扉が開き、榴が出てくる。
榴は目の色が違う宝石のようなオッドアイの瞳を見開いて驚いた。
榴は艶やかな烏の濡れ羽色の髪を、龍の意匠がされた髪留めで一つに結んでいて、見開かれた瞳はルビーと琥珀のように煌めいている。
その端正な顔立ちを永遠に眺めていられそうだ、と取り留めもなくそう思ってしまった。
「……鬼武くん?」
「プリントを届けに来ました」
榴は「わかった」と相槌を打って、少し迷ったようなそぶりを見せる。
今にも折れてしまいそうな華奢な細腕を哲にかざして、何かを呟いた。
桃色の、ローズクォーツのような光がチカチカと不規則に瞬く。それと同時に榴の琥珀色の瞳が輝いたような気がした。
すると、榴は何故か頰を紅潮させて「照れるなぁ」と独り言を言った後、言葉を紡ぐ。
「汚いけど、上がってお行き」
「じゃあお言葉に甘えて」
あの『黒宮家』のお部屋に招かれるなんて一生にあるかないかの機会だ。
哲は即答して、顔を明るくさせる。
「おいで、大したものはないけれどお茶ぐらいなら出せるよ」
榴の部屋は深緑色とベージュ色の壁に囲まれたクラシカルな部屋だった。
榴は天蓋付きのベッドに腰掛け、哲にもそこに座るよう、ベッドをぽんぽんと叩いて合図した。
「他に座るところがなくって、ごめんね」
「いえいえ! 大丈夫っす」
「タメ口がいいな、鬼武くん」
「……わかった、うん」
榴が気恥ずかしそうに頬をかく。
哲もなんだか照れ臭くなって片手で口元を覆った。
「じゃあ鬼武じゃなくて、哲って呼んでくれ」
双子の弟がいるんでちょっと紛らわしいんだよな、と笑って照れ臭さをごまかす。
榴ははた、と驚いた顔をして「哲くん、これでいいかな?」と確かめるように名前を呼んだ。
「こういうの、なんだか久しぶりだな」
「そっか」
「聞かないんだね。知ってるの?」
「な、なにを……」
哲は思わずギクリとしてしまう。
榴は哲の様子を見て小さく含み笑いをした。
「君はわかりやすいね、ちゃんと引っかかってくれる。いいんだよ、遠慮しなくて」
「その、いじめられてたって聞いて……」
「うん、そうだよ。それで学校に行かないんだ」
榴はなんでもない風にその言葉を口にする。
開いていた窓から、そよ風が舞い込んだ。
「そうか、その、困ったことがあれば手伝うからな」
哲は相手を安心させるために、ニコリと満面の笑みを浮かべる。
榴は遠慮がちに笑顔を返して、手で口を覆う。
「うん、そろそろ行かなくちゃ。ありがとう」
どこに行くんですか、とは聞けないまま哲は「分かった」と返事をした。
◇◆◇
あれから榴と軽く世間話などあたりさわりのない話をしてプリントを渡し、黒宮の屋敷を出た哲はレーラに報告するために校舎へと戻る。
実はもうこの時点ではレーラは他所に出かけており全くの無駄足になるのだが置いておこう。
ふと、頭上に大きな光の瞬きの後、大きな影が通った。
リセでは大型ドラゴンなどの飼育は禁じられているはずだが、と思って空を見上げてみる。
「なんだあれ⁉」
そこには、白いのっぺりとした物体が飛行していた。
飛行艇とはまた違うすっきりとしたシルエット。
あれはもしや科学世界の方にしかない『飛行機』というものではと哲が思い至った瞬間、その飛行機は急下降し校舎へと激突した。
ズン、と重い音が響いて校舎が崩壊していく。
飛行機は校舎を巻き込みながら進んで行き、やがて止まった。
土煙が完全に晴れた頃には校舎は跡形もなく潰れていた。
哲は突然の出来事に唖然としてしまう。
転入して一年も経たないうちに教室だけでなく校舎が壊れましたって、どういうことなんだろうと思いながら。
◇◆◇
校舎が無くなったから補習はなしになった。
そんなことを兄から聞いて最初に出た言葉は「なんで?」だった。
話によると一生徒がジェット機で校舎に突っ込んで来たらしいのだが、一体全体どうやったらそうなるんだと諫は疑問を抱いた。
「まあ、なにはともあれ遊びに行こうぜ」
軽いノリでそれを笑い飛ばす兄をにわかには信じがたい目で見て、焼きそばの最後の一口を食べ終わる。
「いいけど、どこに」
「喰合に最近できたショッピングモールとかどうだ?」
喰合に宿泊施設や研究所、その他様々な施設が合わさった複合ショッピングモールが出来た、というのは最近の新聞が繰り返し伝えていた。
「いいね、明日?」
「うん」
ショッピングモールという場所に初めて行く諫はワクワクしながら食器を片付ける。 ちょうど欲しい調理器具があったんだ、そう思いながら財布の中身を確認した。
◇◆◇
八月九日。
哲と諫は喰合のショッピングモールへと来ていた。
鮮やかな店の看板が立ち並び、ガラス張りの壁からは日が入ってきて眩しい。
色とりどりの店の群れや様々な商品が入ったショーウィンドウを全て見るには目が幾つあっても足りなさそうだ。
「わぁ……っ! すごいね、兄さん!」
「すげぇな……! 諫!」
あれこれと心を引かれたが感激のあまり言葉が出ずにただお互いの名前を呼ぶ。
「僕調理器具のところ見たいんだけど、いい?」
「スポーツ用品店寄ってくれたらいいぜ」
哲と諫はふらふらと熱に浮かされるように歩みを進め、次々と店を回って行った。
まず一軒目、調理器具専門店。
科学世界では型落ち品なのだが、魔法世界にとっては最新のものがたくさんあった。
哲と諫は二人とも当番制で自炊をしている為、あれやこれやと目を輝かせて店を徘徊する。
「あった、電動ミキサー!」
電力は魔術を使い補うとして、自動で混ぜてくれると言うのはお菓子作りを趣味にする諫にはとても魅力的な商品だ。
商品を取ろうと手を伸ばしたら、誰かの手と被ってしまった。
慌てて「すみません」と言うと相手も短い謝罪の言葉を述べる。
その声に聞き覚えがあるような気がして前を向くと、そこにはアインがいた。
「おっ、久しぶりだな。あの時以来か、双子くん」
「アインさんも電動ミキサーにつられてやってきた口ですか?」
「そうだ。魔法的に必要ないんだけど、やっぱ手で作る時に便利かなって」
アインは諫の問いに照れたようにはにかむ。
「いつも美味しいものだと飽きるしな」と付け足してアインは電動ミキサーをカゴに入れた。
「贅沢ですねぇ」
「贅沢だろ? ふふん」
「そういえばヴィーゼルタさんは一緒じゃないんですね」
「ばっ、アイツとはそんなんじゃないって」
諫がふと思ったことを口にすると、アインは焦ったように喋った。
不思議なことだがなんとなく、二人は一緒にいるような気がするのだ。
なぜかは知らないけれど。
「ヴィーゼルタが勝手に俺について回ってるだけなんだよ。ニコイチとかじゃ全然ないから」
「贅沢ですねぇ」
「ったくもう」
アインが困ったようにため息をついた。
それを見て諫はニヤニヤ顔をやめて軽く笑いながら謝る。
ころころと表情が変わるアインを見ているとなんだか心が和んでついからかってしまった。
「じゃ、俺はこれで」
「はい、また」
諫も電動ミキサーをカゴに入れてレジへ持っていく。もっと店を見ていきたいという願望はあるが、予算オーバーだぞと一喝して店を後にした。
◇◆◇
グシャリ。
何かを踏みにじるように“奴ら”の足音がする。
息を押し殺して慎重に隠れる。
ガシャリ。
“奴ら”が警戒して銃を構え直す音。
見つかればきっと殺される。
パサリ。
誰かが空から舞い降りた音。
――上空から、軽やかに。
その少女は黒い長髪を翻して、こちらを見て天使のような笑みを浮かべた。
「大丈夫、私は君の味方だよ」とでも言うような美しいその笑みはワタシの心を虜にした。
初めてこの世のものを美しいと思ったのだ。
少女はくるくると可愛らしく回って、可憐なその手に不釣り合いなほど厳めしい武器を手に取った。
「創造――レーザー光線銃」
少女が手に取ったソレが光を放つと、光に当たった“奴ら”の表面が炭化し、剥離して崩れて行く。
焦げ臭い匂いをさせて“奴ら”は逃げ惑い、少女を攻撃しようとするが――出来なかった。
少女がもう一回光線銃を撃ち、武器を構える素振りを見せた“奴ら”を全て炭にしてしまったからだ。
「今のが通常出力さ。強めにしたらここら一帯は炭に出来るよ。投降する気は起きた?」
“奴ら”が何かを呻くように叫んだが、ワタシには聞き取れなかった。
少女はそれを聞くと満足そうな表情を浮かべて、残りの“奴ら”を炭にしてしまった。
そしてこちらを振り向くと、まるで鏡に話しかけるかのように朗らかに少女は話し出す。
「お逃げ。あとは君に任せたよ」
◇◆◇
二人の用事も済ましてさあ後は帰るだけだ、となった時、哲が不意に口を開いた。
「ショッピングモールの裏ってどうなってるんだろうな。ちょっと見てみないか?」
「いいね、行ってみよう」
哲の提案に諫が乗っかり裏口の方を見て回る。
特にものはなく、がっかりしたところに一つ、誰かの足音が聞こえた。
足音はだんだん近くなり、やがて足音の主が現れる。
肩で切りそろえられた純黒の髪、翡翠のように綺麗な緑の眼。
造形美めいたその美しい顔には相当走ってきたのだろう、苦痛が滲んでいる。
少年はこちらに気づかず、後ろを向いて走ってきた。
そして。
咄嗟のことに反応できなかった哲と諫にぶつかってしまう。
哲と諫が尻餅をついて「痛つつ……」と声を漏らすと少年はターゲットを捕捉したロボットのようにこちらを無感動に眺める。
いつまでそうしていただろう。
一瞬のようで、長い時間だった。
少年はやがて口を開き、抑揚の少ない声でこう言った。
「『たすけて』」と。
◇◆◇
訳もわからず、メトカルフェを騙すような形で少年をゼトワール・リセへと連れ込んだ。
哲と諫は誰の目にもつかないように隠れて自分たちの家へと少年を招待する。
「感謝する。ワタシは“奴ら”に追われていたから」
「奴ら、って?」
「一言で説明すると、悪い人達だ」
少年が事のあらましを話し出す。
自分は研究所から逃げ出して追われている事。
研究所では非人道的な実験が行われていた事。
――そして自分は研究所で作られたホムンクルスだという事。
最初の二つは科学の世界ではそういうこともあるのだろうと耳を傾けていたが、最後の『ホムンクルス』という言葉に馴染みがなかった。
「ホムンクルス、ってなんだ?」
哲は素直に疑問を口にする。
諫は何故かそれに気まずそうな顔をした。
「ホムンクルスとは人造人間――機械で作られた人間のことだ」
「マジで? 科学ってすげぇな」
「ちなみに科学世界では製造を禁止されている」
「それやばいじゃん……」
哲が驚愕に顔を染める。
それと同時に、科学世界では一体どんなことが起こっているんだ、と諫が苦々しい顔をした。
「お前達は魔法世界の住人なのだな」
「うん」
「ワタシは世界のことに疎い。色々と教えてくれないか?」
哲と諫は一瞬、面食らった顔をしてから考えることなく大きく頷いた。
「魔法世界に追っ手はこないんだよな?」
「ああ。“奴ら”は喰合にしかいないはずだ」
「じゃあ、此処だと好きにできるってこと?」
「そうとも言える」
「じゃあ決まり、夏休みを満喫しよう!」
哲は喜色に満ちた声で言う。
ずっと研究所にいたということは娯楽を僅かしか知らないということだろう。
しかも、難しい問題は先送りにして今を楽しもうというのは夏休みの鉄則だ。
すっかり哲と諫のペースに飲み込まれたホムンクルスはにこり、と二人の真似をして口の端を釣り上げた。
「まずは名前! 名前教えてくれ」
「僕は鬼武諫。泣きぼくろがある方が鬼武哲だよ」
「ワタシに名前はない。ホムンクルスと呼んでくれ」
哲はそれを聞くと、驚いたように目を見開いた。
「じゃあホム……とか?」
「なんか間抜けじゃない?」
「じゃあそのままホムンクルスだな」
哲の提案を諫が却下して二人は若干迷ってから結論を出した。
それをぼうっと無感動な目でホムンクルスが眺める。
察するに、人よりも感情の機微が少ないようだった。
「よろしく、ホムンクルス」
「ああ、よろしく。哲と諫」
ホムンクルスがそう返すと哲と諫はますます目の輝きを強くする。
二人はホムンクルスに名前を呼ばれたことが嬉しく、思わず笑みを浮かべてしまった。
「ホムンクルスは何がしたい?」
「……思いつかない」
「とりあえず今日は休んで明日から遊ぼうよ」
諫がホムンクルスに尋ねる哲をたしなめる。
夏休みの予定はぼんやりと立ててはいたが、思いがけぬジェット機と客人の到来で全てなくなったに等しかった。
「そうだな。じゃあそろそろごはん作るよ。ホムンクルスはリクエストとかある?」
今日のご飯当番である哲が立ち上がる。
ホムンクルスはまたしても不思議そうな顔をし、「思いつかない」と言った。
物を知らないのかどうかわからないがその言動は無垢な赤子に等しいようだと諫は感じた。
「じゃあ炒飯で。俺の考える男子ウケメニューだ」
「食べたことがない。それはどのようなものだ?」
「マジか。ご飯ものなんだけど説明は難しいな。実際に作るから待っててくれ」
哲がキッチンに立ち、エプロンの紐を結う。
哲の料理は大雑把だが、そこがいい。
中学生男子の胃袋は質より量を求めるのだ。
哲は冷凍庫から冷凍していたご飯を取り出し、解凍する。
次々に食材を用意し、炒飯を作り始めた。
◇◆◇
「「いただきます」」
「いただきます、とはなんだ?」
哲と諫が口を揃えて言うと、ホムンクルスがその言葉をなぞるように復唱した。
哲ははた、と手を止めホムンクルスの疑問に答える。
「物を食べる時の挨拶だよ。命に感謝するんだ」
「命に、感謝する……了解した。いただきます」
ホムンクルスは見よう見まねで哲特製炒飯を食べ始める。
最初は危なっかしくて見てられないほどの動きだったが二、三回と回数を重ねる内にみるみる上達していった。
「温かい。美味だ」
炒飯は口の中で卵の滑らかさ、チャーシューの濃い味がネギなどの薬味で薄く味付けされたご飯と混ざり合ってさらなる食欲をそそった。
「よかった」
次へ、次へとスプーンを進めてがっつくホムンクルスを見て哲は思わず笑顔になる。
良い食べっぷりは見ていて楽しい。
しかもその食べているものが自分で作ったものであれば尚更だ。
自分も負けてられないとホムンクルスを傍目に哲も炒飯を食べ進める。
その様子を「大食い大会じゃないんだから」と諫が笑っていた。
◇◆◇
すっかり日も暮れてご飯もお風呂も終わらせて後はもう寝るだけだという頃。
諫はホムンクルスに対して違和感を覚えた。
何か重要なことを見落としている気がしてホムンクルスを眺めるが、そもそもホムンクルスと会って一日も経っていない為どこがあるべき姿なのかわからない。
違和感を気のせいにして諫は布団を敷く。
「ふわふわだな」
「ここで眠るんだよ」
「就寝か……あの感覚はどうにも好きになれない」
ぽふぽふと布団を叩いてホムンクルスが物珍しそうな表情をする。
諫はホムンクルスの何にでも興味を示すところが面白く、少し吹き出してしまう。
すっかり打ち解けている諫とホムンクルスの方を眺め、哲は思わず口の端を釣り上げた。
若干人見知りの気がある諫がここまで短時間で打ち解けるのは初めてだ。
すでに知り合いの誰かに似ていたのか、それとも単に気が合うのか。どちらかはわからないがなんにせよ良いことだろうと哲は思う。
「布団敷けたよ、兄さん」
「ふわふわだぞ、ふわふわ」
「そうだな、ふわふわだ!」
そう叫んで哲は布団にダイブする。
長い夏休みは始まったばかり、憂い事なんて一つもなかった。
◇◆◇
朝起きて支度をして、哲と諫とホムンクルスの三人は自然エリアにある川に行くことにした。
自然エリアは他にも湖や花畑、森などがあり、他のエリアと比べて格段に広い。
一部、『幻惑の森』と呼ばれる、迷ったら最後出られないと噂されている危険な場所もあるがそれ以外は至って普通ののどかなエリアだ。
哲と諫は持ってきたテントを適当な場所に張り、その中にホムンクルスを招く。
「おいで」
「お邪魔する」
テントの中は、水色のビニール生地から陽光が入り、薄暗いが中が見えにくいほどではない明るさに保たれていた。
「ここで何をするんだ?」
「水着に着替えるんだよ。あ、みんなでとかそういうのが嫌なら外で順番待ちしとくけど」
「水着とはなんだ?」
「そこからかー」
哲は水着について簡易的な説明をし、ホムンクルスに水着への着替え方を教える。
ホムンクルスは俄然水遊びに興味を覚えたようでその場で着替え出した。
「ワタシはもう着替えたぞ、これでいいか?」
「うん、合ってる。行こうか」
諫がそう言って笑うと、ホムンクルスも諫の真似をして笑いかえす。
それを聞いて慌てて哲が着替え終わり、「ちょっ、置いてくなよ」と焦り気味に声を上ずらせた。
「ごめん、ごめん。冗談だよ」
諫が哲に向かって軽く謝る。
哲はなんとなくからかいたくなるのだ、たまに。
「じゃあ改めて、川遊びしに行こうか」
「わかった」
「おう!」
静かな音を立てて透き通った水が流れていく。
川の中には小さな魚や、岸辺にはサワガニなどがいた。
諫はひときわ大きな石を見つけ出し、野菜を入れたネットの上に重石として置いた。
清流で冷やしたトマトやキュウリはさぞ美味しいことだろう。そう企んで軽い昼食として持ってきていたのだった。
「諫! 入らないのかー?」
「冷たくて気持ちがいいぞ」
哲とホムンクルスが諫に向かって叫ぶ。
諫はそれに「今行く」と答えて、準備体操をしてから川へ飛び込んだ。
どぷんっ、と音がなってから水の中の無音の世界へ切り替わる。
川の底は意外と深く、背伸びしないと溺れてしまいそうだ。
諫は、ぷはっと短く息をして水の中から顔を出した。
熱くもなく、かといって寒くもなく、心地いい冷たさだ。
「本当だ。気持ちいいね……っぶは⁉」
諫が「ね」を言い切る前に水が顔にぶつかって、油断していた諫は咳き込んでしまう。
「手での水の飛ばし方を哲に教わった」
「こいつったら飲み込み早くてなぁ、つい」
「だからって息継ぎした時を狙うのは禁止だよ!」
負けじと、諫も水を飛ばす。
僅かに狙いはそれたが、いい線はいっていた。
「なんの」
「こっちだって!」
「俺もいるってこと忘れてもらっちゃ困るぜ」
デッドヒートする諫とホムンクルスにちょっかい出して哲は総攻撃を食らう。
それを哲が魔法で反射し、諫たちはさらなる水をかぶった。
「魔法は反則」
「二人攻撃だって反則だろ⁉」
そんなやりとりをしていたら、ホムンクルスが急に押し黙ったことに気づく。
「……なあ、今のはどうやるんだ?」
「今のは俺の魔法だから……」
「ねぇ、ホムンクルスって魔法を使えたりするの?」
ぴたり、と時が止まったように静かになる。
こういうのを天使が通るっていうんだっけと諫が考え始めた時、ホムンクルスが手を上げた。
「創造――水」
ホムンクルスがそう唱えた瞬間、水が虚空から現れて川に落ち、水位が上昇した。
コップに水を注ぐようにどんどん上昇して行く水位に哲と諫は恐怖を覚え、咄嗟に「ストップ!」と声を張り上げる。
ホムンクルスはその声でハッとしたように意識を取り戻し、魔法を停止した。
「今のが、魔法か?」
「そうだよ、すごい!」
「ホムンクルスの魔法って水属性なのか?」
ホムンクルスがぱちり、と瞬きをする。
不思議そうに、科学で編まれた体を――首を傾げ、哲たちに問うた。
「魔法には属性があるのか?」
「大体の人は八大属性っていう『火』『水』『植物』『雷』『風』『土』『光』『闇』に当てはまるんだよね」
「例外は多いけどな」
ホムンクルスは噛みしめるように「ではあの人は例外か」と呟く。
哲たちはその言葉を軽く流してすごいなと感心した。
ホムンクルスは哲たちの方へ向き直り、息を整える。
そして、二人の目を見据えてこう言い放った。
「魔法について教えてくれ。ワタシはもっと、この世界について知りたいんだ」
◇◆◇
家に帰って、ホムンクルスに魔法と魔術の基礎を教えると、彼は驚くべきスピードで知識を飲み込んでいった。
ホムンクルスの魔法は『発明する』魔法で八大属性はおろか特異な物まで再現できる万能型であった。
諫はこれがもし人為的に設定された魔法であれば、と考えて末恐ろしくなってしまったが口には出さなかった。
口に出したら最後、築いた友情が崩れてしまうような気がして。
「魔法とは奥深いものだな」
ホムンクルスは感嘆のため息をついて口元を緩める。
好奇心に支配されたその黒い瞳は――
――待てよ、ホムンクルスの瞳の色は翡翠のような緑だったはず、では。
自分の見間違い、なのだろうか。
諫は自分に自信が持てず口を噤んでしまう。
哲の方を見ると、気づいているのかいないのかわからないがホムンクルスと楽しげに談笑している。
「……ねぇ、ホムンクルス」
「なんだ?」
迷いなくこちらを見つめる瞳に諫はたじろいでしまう。
言っても、大丈夫なのだろうか。
そんな考えが脳の中で警鐘を鳴らす。
「君の瞳って、黒色だったっけ」
諫はホムンクルスの返答を、冷や汗をかきながら静かに待つ。
すると、ホムンクルスは首を傾げた。
「ワタシは自分の姿は良く知らないんだ。今の形はそんなにおかしいだろうか?」
ざわり、夜風が木の葉を揺らす音がやけに響いていた。
「おかしくは、ないけど」
諫がホムンクルスの方をちらりと見て、僅かに眉をひそめる。
瞳の色が変わる、というのは魔法を使うにあたって生じる副作用としてはスタンダードだ。
しかし、それは大抵一時的なもので永久に続くというケースは聞いたことがなかった。
人造人間故の特殊な例かもしれないと諫は考え、それ以上言及することはやめた。
「ホムンクルス、念のためもう魔法を使うのはやめよう」
「何故だ?」
「瞳の色が変わったのは魔法のせいかもしれない。いまはまだ害はないけど、危なくなるかも」
諫の言葉を聞いて哲が「確かに」と深く頷いた。
一方でホムンクルスは何を考えているのかわからない無表情を顔に貼り付けて沈黙している。
「次は何が起こるかわからないし、魔法が必要になったら代わりに俺たちが使ってやる。いいか?」
「……わかった。気をつける」
哲が諭すようにホムンクルスに話しかけると、ホムンクルスは渋々といったように首を縦に振った。
しばらくの間、妙な静寂が場を支配していたが、それもやがて解れ、三人は明日の予定について思いを巡らせる。
明日は年に一度、四日間だけ開催されるサマーフェスティバルだ。
多くの屋台が出店したり、許可を得た生徒達が思い思いに出し物をしたり、どのエリアも活気づくことだろう。
許可を出すのは大変骨が折れる作業だったが祭りということでウキウキしながら許可書を発行したものだ。
哲はそんな苦労話をしながら、ホムンクルスに「きっと楽しいぜ」と笑いかける。
「ああ、期待している」
ホムンクルスは哲に笑い返してそう言った。
そうして三人とも明日への期待を募らせるのであった。
◇◆◇
八月十一日。
三人はサマーフェスティバル開催の号砲によって目が覚めた。
「銃声だ、逃げなければ」
「なんでそんな殺伐してるの」
「サマフェス開催の合図だ、大丈夫だぞ」
「そうなのか」
ホムンクルスが真面目な顔をしてとぼけたのを二人で笑って支度をする。
もしかしたらホムンクルスは本当に銃声を聞いたことがあるだとか、そんなことも考えもせずに哲は呑気に朝食であるトーストを焼いた。
屋台で物を食べたいため、いつもはガッツリいくが今日は軽めに朝食を済ます。祭りを楽しむための基本だ。
「はやく行こう」
トーストをものすごいスピードで食べ終えたホムンクルスが哲たちを急かす。
哲は急かされるままに急ぎ足でトーストを食べ終わり、コップに入れた牛乳を一気飲みする。
ぷは、と短く息をして「ごちそうさま」と手を合わせた。
諫はそんな哲の様子を眺めていたが、食べる速さはあまり変わらなかった。朝食はゆっくり食べたい派らしい。
「諫もはやく」
ホムンクルスがそう言って体を上下に揺すると、諫は「仕方ないなぁ」と言って少し急ぎ目のペースになり、やがて諫も食べ終えた。
「行くぞ」
「はいはい」
「祭りは逃げないから落ち着け」
ぐいぐいと服の袖を引っ張るホムンクルスを宥めて、哲は笑った。
今日も楽しい一日になりそうだ。
◇◆◇
食堂エリアで雪菜とすれ違って問い質されること十分、ホムンクルスについてやっと納得してもらえそうだった。
「私としてはそういうイレギュラーを増やしたくないんだけど、連れてきちゃったことはしょうがないし……。もうしないでね、約束!」
「はーい」
「よろしい」
雪菜に哲たちが説教されている間、最初のイレギュラーであるクライストは雪菜の隣でホムンクルスを凝視していた。
「お前、なんだかアイツに似てるな」
「アイツ、とは誰だ」
ホムンクルスの問いを無視して、クライストは具が溢れんばかりに挟まったケバブにかぶりつく。
その腕には大量の食べ物が抱えられていた。
そして、雪菜は何かを思い出したように「そうだ」と言って両手のひらを合わせる。
「かき氷食べる? 得意料理なのよね」
雪菜はそう言って何もない皿を取り出した。
哲は『雪菜の料理』と言う響きに一瞬たじろいだが、すぐに取り繕って「はい」と同意を返す。かき氷くらいなら流石に失敗しない、と思いたい。
「綿雪――幾星霜と積もりし雪よ、我が手に」
雪菜の持っていたお皿に雪が降り積もり瞬く間にかき氷が完成した。
そしてドヤ顔で腰にホルダーで下げていたシロップを差し出す。
「召し上がれ」
「どうも」
雪菜から人数分のかき氷をもらって、哲はいちご、諫はぶどう、ホムンクルスはメロンのシロップをかける。
シロップの薄い赤、紫、緑が氷に浸透していき、たちまち氷を色づかせた。
着色された氷をスプーンで一掬いし、口の中へと運ぶ。
ふわりとした優しい口当たりの氷が口の中の熱で溶かされて色水になっていく。
全てが色水になってしまう前に氷を飲み込み、また次を求めてもう一度掬って口に入れる。
「ふわふわだな」
「冷たくて美味しいっす」
「口当たりなめらかですね」
ホムンクルスたちがそれぞれ感想を述べると雪菜は「でしょうとも」と言って満足げに胸を張る。
目の奥に輝きをたたえてホムンクルスはパクパクと食べ進める。どうやら気に入ったらしい。
「なんだこれは、頭が痛いぞ」
「大量に食べるとそうなるんだよ」
「ゆっくり食べたらいいぞ」
「そうか。了解した」
哲たちの忠告通り、ホムンクルスはおそるおそるゆっくり食べだす。
すると、頭痛はしないようで安堵から口の端を釣り上げた。
三人とも食べ終わりお皿を雪菜に返して、帰路に着いた。
哲は真っ赤になった舌を若干気にしながら、口の中でもごもごさせていると不意に赤色が横切った。
その赤色の持ち主はカウロ=ミリウェイク。
全部当たりのロシアンルーレットを新入生歓迎会でやってみせた張本人だ。
なるべく関わりたくなくて思わず一歩下がってしまう。
すると、不意に頭の中に無邪気な悪意に満ちた少女の声が響いた。
『そのホムンクルス、くださいな』
哲は訳がわからず後ろを振り向き、辺りを見回すが声の持ち主らしき少女はどこにもいなかった。
哲がぽかんと口を開けて今のはなんだったんだと呆けているとホムンクルスが「どうしたんだ?」と不思議そうな顔をした。
「な、なんでもない。ほらはやく行こうぜ」
「わかった」
哲は一連の出来事を気のせいにして、その場から逃げるように歩き出す。
何故だか少女の声がこびりついて離れなかった。
◇◆◇
八月十四日。
サマーフェスティバル最終日。
哲たちは夜ご飯とキャンプファイヤー目当てに活気に満ちた街を練り歩いていた。
哲たちの住む住居区である日本エリアではランタンの代わりに提灯がぶら下がり、昔ながらの夏祭りが演出されていた。
屋台も、たこ焼き屋やベビーカステラ屋など様々なものが並んでいる。
「兄さん、ホムンクルス、何食べる?」
「焼きそばだろ、イカ焼きだろ、フランクフルトだろ、あとそれから」
「あの雲みたいなものが食べたい」
統一性のない二人の答えに諫は若干苦笑する。
「時間はあるしゆっくり順番に回って行こうか」
◇◆◇
哲がフランクフルト、ホムンクルスが綿あめ、諫がお好み焼きを食べ終えた後、拡声型魔具から「今からキャンプファイヤーの点灯式を行います」という声がした。
すっかり日が暮れて、月が真上で瞬いている。
「星が綺麗だな」
キャンプファイヤーの為に用意された暗がりの中でホムンクルスが夜空を見て感心したように呟いた。
「星は好き?」
「好ましいと思う」
「じゃあ明日は天文台に行こうか」
「うん」
約束だよ、と言って諫が小指を立てる。
するとホムンクルスも真似するように小指を立てて微笑んだ。
焚き火台を囲むように狐面の少年少女たちが現れる。
彼らが呪文を唱えると火の粉のような赤い粒子が舞い上がり、一点へと収束していく。
パチパチと飛び散るように炎が燃え盛り、焚き火台へと炎が降りていく。
最後に『保存する』魔法の使い手がキャンプファイヤーに魔法をかけ、点灯式は終了した。
点灯式が終わると静かな音楽が流れ始める。
アナウンスによると思い思いに憩いの時間を過ごしてくださいとのことらしい。
それを聞いて踊り出すカップルたちもいれば、席を立つ人もまばらにいて、多種多様な時間の過ごし方があった。
「もっとお店を見て回ろうよ」
「わかった」
「いいぜ」
諫の提案に哲とホムンクルスが乗っかる。
外のことなんて忘れて、こんな平和な時間がずっと続けばいいのになと思いながら諫は席から立ち上がった。
◇◆◇
「ミサンガとはなんだ?」
「え?」
ホムンクルスが指差した方向を見る。
そこには『願いが叶う! ミサンガ販売中』という謳い文句が書かれたお店があった。
「お守りだよ。切れたら願いが叶うんだって」
「ワタシには叶えたい願いがある、欲しい」
「そうなの? いいけど」
どうせだから三人お揃いで買ってしまえと緑色のミサンガを三つ買う。
叶えたい願いといってすぐ出てくるものはないけど、なんとなく確かな繋がりが欲しかった。
「腕にでもつけとくか」
そう言って哲が受け取ったミサンガを腕で結ぶ。
ホムンクルスはどこで結ぼうか悩んでいるようだった。
「今すぐつけなくてもいいんじゃない? 家に帰ってじっくり考えたらどうかな」
「そうする」
そのホムンクルスの様子に見かねた諫が微笑んでそう言った。
ホムンクルスは諫の言葉に素直に頷いてポケットにしまう。
「次はあれが見たい」
念願のミサンガを手に入れてご満悦そうにホムンクルスが次の目的地を指差す。
お次は射的屋が気になるらしい。
色々な景品である魔具が並べられていて圧巻だ。
「わぁ……!」
哲が思わず感嘆の声を上げると、店主であるルライ・ラクシーコイズがニコリと微笑む。
「哲くん、やって行くかい」
ルライは同じFクラスの先輩で『魔具を作る』魔法を使う。
「はい、やります」
キィンと周りの音が聞こえなくなるまで極限まで集中し、“力場”を読む。
シミュレートを繰り返し、当たるポイントを計算して銃を撃つ。
結果は見事に命中。
哲は癖で能力を少し使ってしまったことに気がつき、しまったという顔をする。
瞳の色が変わらないギリギリ微弱なものなので誰にも気づかれていないが、バツが悪かった。
「哲、すごいな」
「何当てたの?」
「え? そういえばなんだっけ」
当てることばかりに集中して肝心の景品を見てなかった。
ルライが「おめでとう」と言って渡してくれたのは小型カメラのついた魔具とモニターのセットの『追跡型探索魔具』といったものだった。
「何に使おう、これ」
「持っておけば良いことあるんじゃない? 探し物とか探し人とか」
「なるほど」
ルライに言われ、哲はなんとなくであるが納得する。
持っておいて損はなさそうな品だ。
「あ、くれぐれもストーキングには使うなよ」
「使いません!」
哲はやっぱり受け取り拒否してやろうかと思ったが、ルライが丁寧に袋に包んでくれたのでありがたく受け取ることにした。
◇◆◇
一通り屋台を見て回り、家着いた時、ホムンクルスがその場で立ち止まり、苦しみだした。
「ぐ、あああああ……っ!」
「どうした⁉」
哲がすぐさま駆け寄ったが、ホムンクルスは筋肉を強張らせてその場に蹲った。
ドクン、ドクン。
脈打つようにホムンクルスの体が跳ねる。
ぐじゅり、と肉をえぐるような音が続く。
突然のことに反応できないでいる哲と諫の目の前でホムンクルスの心臓のあたりがフラッシュのように光り輝いた。
思わず目を瞑る。
再び目を開けるとそこには、髪が伸び、身長が少し縮んで女性の平均身長ほどになったホムンクルスがいた。
「はぁ……っ、はぁ……」
「な、なにが……」
哲と諫が放心したように目を見開く。
何が起きたのかわからない、とでも言いたげな表情でホムンクルスを見つめることだけしかできない。
やがてホムンクルスが立ち上がる。
「すまない。もう大丈夫だ」
「ええ⁉ 明らかに大丈夫じゃないよね」
「今は痛くない」
ホムンクルスが頑なに自分は大丈夫だ、と頬を膨らませて拗ねたように怒るので面食らってしまった。
そして「丁度いい」と言って長くなった髪をミサンガで結ぶのを見て確かに大丈夫かもしれないなんて思ってしまう。
すっかり伸びた髪は漆黒で、縮んだ影響もあって一見すると女性と見間違うかのように中性的だ。
「なんだ?」
「い、いや⁉ なんでもない!」
場違いにもその美しさに見とれてしまった哲は取り繕うかのようにあたふたと焦り出す。
誰かに似ているような気がする。
そんな違和感を覚えながら哲は頭を振る。
きっと気のせいだろう。
「それより、今の何……」
「特に気にすることでもない」
「いや、気にするって」
「説明が難しい。変体というのが近いか?」
諫が考え込みながら唇をぎゅっと結ぶ。
哲は意味がよくわからず首を傾げた。
「よくわかんないけど、どこも怪我してないんだな?」
「傷は一つもないぞ」
「……そうか」
哲は安堵のため息をつく。
苦しそうにし始めた時は驚いたが、悪いところがなければ良いのだ。
「明日に備えて寝よう。天文台に行くのだろう」
「マイペースだなぁ」
「いいけど……うーん」
諫が必要以上に考え込んでいるような気がして、哲はわしゃわしゃと頭を撫でくりまわす。
諫は「な、何さ」と笑いながら応対してくれた。
きっと大丈夫だろう。
なんとなく、そんな予感がした。




