魔族の国編 ⅣⅩⅦ
先を進みながら、時折振り向いては、私たちがちゃんとついてきているのかを確認するシーラさん。
村にいた頃は、お父さんとクレッグが肩を組んでズカズカ進む後ろからついて行って、今と同じように私たちに気を配っては、先に行き過ぎた二人を止めるストップ役をしてくれていたのを思い出した。
何も変わっていない。それが分かって、私は目頭が熱くなった。シャルちゃんも頬を赤くして、瞼を震わせている。きっと同じように感じたのだと思う。
しばらく歩くと、裏に海を臨む建物に着いた。扉の上にかけられた看板には、カフェ&レストラン『潮騒』とあった。シーラさんは迷いなく扉を開けて、私たちが先に入るのを待ってくれた。
お昼のピークが過ぎた店内は、どこかゆったりとした時間が流れている。そして、店名に偽りなく、開け放たれた窓からは潮騒が聞こえた。
「なんだい、シーラ。今日は非番だろ?」
シーラさんの顔を見た店主と思しき、恰幅のいいおばさんがそう尋ねた。シーラさんは、どうやらここで働いているらしい。
「従業員が来ちゃいけない決まりでもあったかしら?」
「そんなものはないよ。むしろ歓迎するさね。……で、その子たちは?」
一緒に入ってきた私たちとの関係を尋ねられて、シーラさんは少し逡巡してから、まるで観念したように答える。
「……娘と、その友達よ……」
そのセリフを聞くと、おばさんは目を丸くして、直ぐに白い歯をのぞかせた。
「なんだい!? 娘っていうと、あれだろ? あんたが王国に置いてきちまったっていう――どの子だい?」
シーラさんは、目線をおずおずとシャルちゃんに送ると、それに気づいたシャルちゃんは嬉しそうに手を挙げた。
「あ〜、あんたかい!? や〜、えらい別嬪さんじゃないかぃ! こりゃ、シーラがずっと気がかりにしてたのも頷けるねぇ〜」
「やめてよ女将さん。……そんなんじゃないって」
「何、今更すっとボケてるのさ。ここに来たばっかりの頃は、ずーっと、娘が心配だって泣いてたじゃないさね」
「お母さん……」
「やめてシャルティ……本当に違うから……。それより、女将さん、個室空いてる?」
「個室だぁあ? せっかくの娘との再会で狭い部屋なんて使わせられるかってんだぃ! テラス使いな。大丈夫、午後は予約も無いから!」
女将さんはそう言うなり、外に繋がる扉を開けて、顎で「行きな」と私たちに合図を送ってきた。有無を言わせぬというような雰囲気。私たちは、その勢いに負ける形でテラス席へと向かった。
「ごゆっくり!」
威勢のいい声が背中に聞こえた。
店の裏手から、階段を下りたところに設けられた、海を一望できるテラス席。一度に最大二十人ほどが座れるだろうテーブルと席の並びの中に、今は私たち五人だけが立っている。
「はぁ……。ほんと、余計な気を回すんだから、女将さんは……」
溜息を吐きながらも、別に嫌ではなさそうなシーラさんが独りごちて、シャルちゃんを見た。
「……シャルティ。ほら、こっちの席座って。私の――店のオススメだから……」
シーラさんはそう言って、一番海に近い端のテーブル、そこの海の対面に当たる席にシャルちゃんを座らせる。するとシャルちゃんは、目をいっぱいに見開いて、キラキラと輝かせた。その顔を見て微笑むシーラさんの顔は、やっぱり、娘を想う母親の顔だった。
シャルちゃんを中央に、左右に並んで座る。空気を読んだのか、ユニエラちゃんとシェリーちゃんは、隣のテーブルに座った。
席に一つずつ置かれたハンドベルの一つをシーラさんが鳴らして少しすると、女将さんが小走りで下りてきた。店員さんを呼ぶためのものだったらしい。
シーラさんはメニューを開くこともせずに、女将さんに「おまかせで」と注文をした。そして最後に、気になる会話をしていた。
「アレはまだあるかしら?」
「アレかい? 今日はまだ出てないよ」
「じゃあちょうだい。支払いは私の給料から……」
「めでたい席で払いの心配なんかするんじゃないよ! うちから出すさ!」
「でも……」
「でももヘチマもないってんだ! 私のおせっかいだと思って受け取りな! アハハハハ!」
言って、シーラさんの背中を叩いた。
……アレ、とはなんだろうか?
私たちはそれぞれに飲み物を頼んで、料理を待った。その間の時間は少しだけ気まずさがあったけれど、景色と波の音、潮の香りがなんとか場を持たせてくれた。内陸育ちにとっては、それだけで異国感を味わえ、それに浸れるだけの静かさが、むしろ良い方向に作用してくれた。
飲み物と一緒に料理がポツポツと運ばれてくる。
カゴに山と積まれたパンに、大皿のサラダ。サラダには、スライスしたゆで卵と、茹でた大きなザリガニのようなエビが乗っている。ロブスターというらしい。それと、スープが全員に一皿ずつ。イカの輪切りやムール貝、白身魚の半身が入ったトマトベースのもの。これは、カンブリアの『漁火』でも食べたことがある。ブイヤベースだ。
パンは驚くことに、黒パンやライ麦パンではなくて、全て小麦粉を使った柔らかい白パンだった。シーラさんは何も迷わず一番上のパンを手に取ると、シャルちゃんの取り皿に置いた。
「あ、ありがとう……お母さん」
「うん……さ、食べようか、シャルティ……」
「うん!」
それまで無言だった二人は、そこから一言二言と、交わす言葉を増やしていった。
始めこそぎこちなかったけれど、料理を取り分けたり、味の感想を言い合ったり、だんだんと、私にも見慣れた二人に戻っていった。
なんだかんだ言いつつも、やっぱり親子。シーラさんはちゃんと、シャルちゃんのお母さんの顔をしていた。
そして、お互いのここ一年での出来事や近況、どうしてジオロジィまで来たのかなんかを、私やユニエラちゃん、シェリーちゃんも交えて話したりして、そうして打ち解けて、和やかになった雰囲気の中で、メインディッシュはやって来た。
厨房にこもっていたこの店のシェフであるところの、あの女将さんの旦那さんが、器と思われる木の板を肩に担いで来たのだ。
女将さんに負けず劣らず恰幅のいい、乱杭歯が特徴的な、顔が完全にサメな屈強な男の人は、木の板を中央のテーブルに、その見た目とは反した丁寧な手つきでそっと置いた。
それは、頭の無い焼き魚ということは、一目で見て取れた。
が、なんだ……この大きさは……?
尾の先までで二メートルくらいあるだろうか。こんがりと焼き目のついたそれは、形状からサメのようにも見えるけど、ちょっとずんぐりとしている。これが丸々入るオーブンか何かがあるという事実にも驚かされるけど、それよりもだ。あとから来た店員さんが持って来た物が、私たちの目を惹いた。
それは大きな頭だった。いや、頭骨と言った方が正しいのかもしれない。大きさにして、私の上半身くらいはあるだろうか?
その頭はまるっとツルッとしていて、大きな牙と顎が特徴的だった。顎の骨がそのまま伸びて歯の形になっているような不思議な形状の口。一目で、こいつ、絶対肉食だろうなと感じる風貌は、海で生きているこいつには絶対に出会いたくないと、その大きさも相まって、本能的な恐怖心を覚える。
そんな頭骨の中に、赤々と燃える炭が詰め込まれて、口や目の部分から火が出ている。そういう物が運ばれてきたのだ。
なに……この……何? 怪しい儀式?
私たちが怪訝な顔をしていると、サメ顔の旦那さんが、長いナイフを焼き魚に当てて、その身をこ削いだ。パリパリの皮が削ぎ落とされると、真白な身が湯気を立てて現れる。そこに更にナイフを入れて切り分けると、火が入っているのは表面付近だけだったようで、ぷるんと透明感のある肉がお目見えした。
そのお肉をどうするのかと見ていると、フォークで刺して、火を吹く頭骨に当てたではないか。陽炎が立つ頭骨に当てられた魚肉はジューッという、焼ける音を上げ、海風が香ばしい匂いを私たちに運んできた。
「こうして押し当て、好みの焼き加減まで加熱して皿に上げ――このスペシャルソースをかけて、食べる。――では、本日の主役から、どうぞ」
お手本で焼かれた魚肉をシャルちゃんが旦那さんから手渡される。
シャルちゃんは、この未知の魚料理を、シーラさんに促されながら、恐る恐る口へ運んだ。
ハフっハフっと、熱そうにしながら焼きたてのそれを食べると、私たちの「どう?」という問いを込めた視線に、瞳を輝かせながら激しく頷いた。口元を隠して「おいひい!」という一言も忘れずに。
「では、当店の目玉メニュー、ダンクルオステウスの兜焼きケバブ! 存分にお楽しみください! 皆様に良き出会いと、良き思い出を!」
旦那さんはそう言うと、女将さんらを引き連れて去って行った。
そこからはもう、パーティーの始まりだった。
お好みのサイズで魚を切り取り、鉄板のような熱を発する頭骨へ押し当てる。最終調理を自分でするというこの工程自体が特別感があって楽しいし、お好みの焼き加減に調整できるのもいい。そして、口に頬張るのは焼きたてと来ている。
冷たい海風を受けながら、熱々の魚を頬張る。風は間違いなく冷たいのに、暑くて汗が出る。胃袋が溶鉱炉になったみたい。私は今、人間製鉄所だ! なんて。
添えられたソースはいくつか種類がある。
まず、シャルちゃんが最初に食べたスペシャルソース。刻んだ唐辛子が混ぜられた半透明のもの。ピリッと辛く、ベースは甘い。食べたことがない味だ。異国感を味わえる。
次はシンプルに塩。素材の味が活きる。
もう一個も塩? 付けて食べると、ふわっとさわやかな香りが鼻を抜ける。これは知っている。山椒だ。なかなか乙なことをするじゃないか。
最後に黒い液体。これも知っている。醤油ってやつだ。でも私が知っているものより甘みがある。何か混ぜてるのかな?
全部が全部美味しいけれど、この中での私の一押しは、山椒塩。シャルちゃんはスペシャルソース。ユニエラちゃんは醤油。シェリーちゃんは塩だった。
スペシャルソースについてシーラさんに聞くと、スイートチリソースというらしい。レシピは……さすがに企業秘密で聞けないよねぇ……。
新たな味変案として、ブイヤベースにディップするというものを提案して、ユニエラちゃんやシェリーちゃんと試していると、親子の会話が聞こえてきた。
「シャルティ、ほら、頬にソースついてるわよ」
「どこ?」
「拭いてあげるわね――はい、取れた」
「ありがとう、お母さん。お母さんはこれ食べた?」
「出してる側よ、私。味見にだって付き合ってたんだから。シャルティ、気に入ってくれた?」
「うん。私、この味、すごく好き」
「じゃあ、帰りにレシピを教えてあげるわね」
「いいの!? ありがとう!」
三人でその様子を微笑ましく見守った。
もう母親と思わないでとか、自分は母親失格だとか、最初は色々言っていたけど、なんだ、全然大丈夫じゃん。シーラさんは、今でもちゃんとシャルちゃんのお母さんだよ。だって、あんなに優しい顔で笑えているんだもん。だから、あの二人はもう大丈夫だ。
結果だけをお伝えすると、ここに居るたった五人では、この巨大魚――ダンクルオステウスを、半身までしか食べられなかった……。いや、二メートルはある巨大魚を、女五人で半身は頑張った方だろう。
もう、口が食べ物を受け付けない……。何か入れようものなら全部出てきてしまいそうだ。ついさっきまで和気藹々としていたはずが、何を間違ったか、今は死屍累々としている……。どうしてこうなった!? 物量……物量か……。
シーラさんは、自身も苦しそうな顔でハンドベルを鳴らす。すると、程なくして女将さんが下りてきた。
「ええ!? 五人で半身も食べたのかい!?」
開口一番に驚かれた。本当によく頑張った方なんだ、これ。ちょっと心の中で自分とみんなを褒めたいと思う。
なんでもこの料理は、残った分は別の料理にして持って帰れる仕様だったようで、はじめから食べきることを想定していなかったそうだ。
女将さんは、他の従業員を呼ぶと、残った巨大魚と、目や口からの炎が落ち着いてきていた頭骨を片付けた。頭骨を記念に持って帰るか聞かれたけど、丁重にお断りした。持って帰っても置き場所がないしね。ロア君やクガルーアさんは欲しがりそうだなとは思ったけど。
黄昏時。太陽と月が入れ替わり始める時間。茜色の西の空と海を押し退けるように、東から夜の帷が落ちていく。それをテラス席の椅子に腰掛けてぼんやりと眺めた。
まぁ、正確には、お腹が苦しくてそれくらいしかできることがなかっただけなんだけど……。
でも、苦しいけど、不思議と幸せな苦しさだった。それは、料理が美味しかったっていうのも勿論あるし、海が見られて感動っていうのもある。昼と夜の境界線に身を置いているという優越感もあるのかもしれない。
それと、何より――
そこで私は視線を動かす。隣同士で座る親子に。
他愛ない話をして笑い合う普通の母と娘。再会時の口喧嘩からは想像できない関係の修復度。
たった一年。されど、二人には長い一年。その会えなかった期間を埋めるように、二人はずっと話をしていた。私はそれを見て、心の奥から温かくなるのを感じている。
よかったね、シャルちゃん、シーラさん。
茜色は追い出されて、空に星が瞬くようになった頃、ようやく歩ける程度には回復した私たちは、寒いテラスから暖かい店内に戻っていた。夜の営業が始まってどのくらい経ったのか、店内は老若男女の笑い声や怒鳴り声であふれている。飲めや騒げや歌えやと、大変賑やかで結構! 潮騒くらいしか聞こえなかったテラスとはえらい違いだ。
「あんたたち、待たせたね! お土産、あがったよ!」
満員で座る席もなく、所在なさげにしていると、女将さんから待っていた声がかかる。
大きな手提げにして四つ。木箱がそれぞれに四段ずつ入っているお土産を手渡された。木箱の蓋には、あの巨大魚――ダンクルオステウスの頭部を模した絵の焼印がされていた。名物というだけはある。
お代を払おうとすると、女将さんが手の平を見せた。金貨五枚か、五十枚……はたまた五百枚だろうかと、私たちは財布の紐を緩める。
「いらないよ! しまっとくれ、そんな物! 今日は祝いだ。だから店からのサービスだよ!」
「でも……」
食い下がろうとする私たちに、女将さんは「二度も言わせるんじゃないよ!」と、豪快に笑った。
「ずーっと、湿気た面して仕事してたシーラが、今はそんないい顔をしてる。あんたたちの……いや、娘さんのお陰だよ。だからサービス。受け取っておくれ」
私たちのそんな会話を聞いていた、恐らく常連だろうお客さんたちが騒ぎ出し、シーラさんに詰め寄った。
――おお? ホントだ! シーラちゃんが笑ってら!?――マジだ!? 氷のシーラが……か、可愛いじゃねぇか……――くーるびゅーちぃも良いが、やっぱ女は笑ってなきゃな! ガハハ!――ちょっとぉ〜、それハラスメントじゃないのぉ〜? シーラちゃん、こっち来て飲みなよぉ〜、お姉さんと遊ぼう〜!――お姉さん? おばさんしかいねぇぞ?――娘さんって、どの子だ? うちの孫の嫁に!――また言ってるよ〜、お孫さんはもう結婚してるだろう?――
「こら! あんたらが絡んできたら別れの挨拶ができないだろう! 一杯ずつやるから黙ってな! シッシッ!」
女将さんの喝に、良い返事をした常連さんたちは、シーラさんから離れていった。きっと、こういう光景が日常茶飯時なんだろうなぁ。
そして私たちは、女将さんに背中を押されて店の外に出た。まだ夏は遠い肌寒さが海風とともに肌を刺す。
シャルちゃんは、シーラさんに向き直って口を開く。
「お母さん……。今日は、ありがとう! 一緒にご飯を食べて……お話して……すごく懐かしくて、久しぶりで、温かくて、私、本当に嬉しくて、楽しかった! ――やっぱり、お母さんはお母さんだよ……。大好き!」
「――ッ!!」
シーラさんはシャルちゃんが言い終わるやいなや彼女を抱きしめて、声を上げて泣き出した。
「ごめんなさい! シャルティ! 一人置き去りにして、寂しい思いをさせたわよね! ……さっきも酷いことを言って……ごめんなさい! 本当は、ずっと心配だった。貴女のことを考えなかった日はなかった! けど、クレッグを選んだ私には、合わせる顔がないって、ずっと考えてた。いったい、どんな顔で会うつもりなのかって……。でも、貴女は私を変わらずお母さんと呼んでくれた。まだ貴女のお母さんでいて良いって言ってくれた……。ありがとう、シャルティ……。今日は、いっぱい話をしてくれてありがとう……。貴女が元気そうで本当に良かった……。これからも元気でいてね! ディティスちゃんとも、お友達とも仲良くね。お母さんは、貴女の幸せを、ずっとずーっと願っているわ! 大好きよ、シャルティ!」
「お母さん……お母さん!」
シャルちゃんは、シーラさん抱きしめ返して、小さい子供のように「お母さん」と何度も呼びながら泣きじゃくった。
二人は強く強く、お互いに抱きしめて、パズルの最後のピースを埋めるように、お互いの欠けた部分を補うように、涙で濡れた頬をくっつけて、笑った――。
あまり長い時間ではなかった。けれど、二人には充分な時間、抱きしめ合って、シャルちゃんの方から抱擁を解いた。
「じゃあ、そろそろ行くね……」
ポツリと伝えると、シーラさんは鼻をすすりながら微笑んだ。
「ええ……」
「まだ、ここにいる?」
「クビにならない限りはいるつもりよ」
「じゃあ、また来るからね。また会いに来るよ、お母さん……」
「ええ、待ってるわ、シャルティ……」
「もう寂しくない?」
「ええ、貴女がお母さんと呼んでくれる。そう思えるだけで、寂しさなんてなくなっちゃったわ。――ディティスちゃん」
「はい!?」
突然話を振られて、驚きながら姿勢を正した。
「シャルティのこと……今更だけど、お願いします。幸せにしてね?」
「それは勿論です!」
「ふふ、貴女、いつも口だけは立派だから、少し不安だわ」
「いやぁ……あはは……」
「でも、シャルティが選んだんだものね、それを信じます。シャルティが信じる貴女を、ね。――それと、メアリたち――お母さんたちとは、連絡はとってる?」
「それは、はい。おばさんよりはやり取りがありますよ」
「なら良かった」
「おばさんのことも伝えておきます。きっと安心すると思うので」
「お願いします。できれば村長にも、お詫びを……」
「それはいつか、帰ったら直接お願いします!」
「そう、そうね……。いつか……絶対そうするわ……」
シーラさんは、今度はユニエラちゃんとシェリーちゃんに向き直って深々とお辞儀をした。
「二人とも、親子の話に付き合わせてごめんなさいね。つまらなかったでしょ? せっかく海まで来たのに、もっと回りたいところもあったでしょうに……」
二人は首を横に振る。
「いいえ。離れ離れだった親子の再会を前に、そのようなことは些事に過ぎませんわ。お二人の時間を取り戻す一助になれたのでしたら、これほど幸いなことはございません」
ユニエラちゃんの言葉に、シェリーちゃんは頷く。
「私は、この中で一番皆様との付き合いが短いですが、濃さであれば負けないつもりです」
ん? 何の話?
「時間が大切なのではありません。どれほど濃密な時間を過ごせたか。それが大事なのだと、私は考えておりますの。お二人の時間は、離れ離れの期間を埋めても余りある時間であったと、私は感じておりましたわ。そのような時間を、私たちの自由時間程度を提供しただけでお二人が過ごせたのでしたら、私は時間を提供できたことをむしろ誇りに思います! なので、どうかお気になさらずに」
シーラさんは二人にまた深々と頭を下げてお礼を言った。
最後にと、シャルちゃんはシーラさんと握手をした。その後、意を決したように声を上げた。
「お母さん、あのね……私……私ね!」
そこで言葉を止めると、私たちの後ろに回って、三人をまとめて抱きしめるように手を回した。そして、涙をこぼしながらも満面の笑顔で――
「私――新しい家族ができたの! だから大丈夫! だから……お母さんも、お母さんの新しい幸せを見つけてね! 次会いに来るまでの宿題!」
言い終わるなり、シャルちゃんは私たちを引っ張って歩き出した。私の手を握る、震える手が、帰ろうと告げている。これ以上は、別れ難くなるからと。
「……ええ……ええ! お母さん、頑張るわね! シャルティたちにも負けないくらい、幸せになるわ!」
シャルちゃんに返答して手を振るシーラさん。シャルちゃんは後ろを向いて俯いているので、ちょっと強引に振り向かせる。今回はちゃんとお別れの挨拶ができるのだから、ちゃんとしようと。そんなちょっと恨めしそうな目をしてもダメです。
さよならではなく、またねと、私たちも、同じように手を振り返した。
まだ見ようとしないシャルちゃんを小突く。
「ちゃんと、しよ? ね?」
シャルちゃんはようやく、ゆっくりと顔を上げて、溢れる涙に目一杯の笑顔で、手を振った。
「ま、またね゙! ……お゙があ゙ざん゙!」
帰りは、嬉し寂しのない混ぜで泣き止まないシャルちゃんを、三人で代わり番こに抱きしめながら、バスに揺られた。
お待たせしました。
風邪ひいてちょっと執筆速度が落ちたというのもありますが、キリが良いところまで書きたかったので遅れてしまいました。
そして気が付いたら9000文字弱……。
ま、まぁ、自分の作品にはよくあることですね! 皆さんも慣れっこ!




