魔族の国編 ⅢⅩⅦ
バスに乗って揺られること、また一時間。私たちは、ティレルさんの案内で、ジオロジィで一番大きな商店街まで来た。
ここであれば、生活必需品はもとより、食品や飲料、玩具に、武器防具、果ては、表通りで大きな声では言えないものまで、なんでも揃うらしい。最後のは、揃って大丈夫なものなのだろうか? まぁ、置いておこう。
しかし、それでも図書館の街。こんな場所でも最も多いのは書店なのだそうだ。
実際、歩いてみても分かる。
魚屋の隣に本屋。
肉屋の隣に本屋。
八百屋の隣、干物屋の隣、武器屋、防具屋などなど――。
一件歩くと隣に必ず本屋がある。どんだけ本が好きなの、この街の人たち……。
「これだけ本屋が多いと、ちょっと気になりますよね、儲けが出せてるのか、とか……」
そんな疑問を口にすると、ここで種明かしをしましょうと、ティレルさん。はて、種明かし?
「じゃあ、あそこのお肉屋さんにしましょう。ディティスさん、今、食べたいお肉は?」
私に、いきなり食べたいお肉を聞いてくるティレルさん。本屋の儲けと何の関係が? でも聞かれたからには答えましょう。
「え!? えーと……えーと……い、イノシシ……ですかね?」
春のイノシシは、子どもが生まれ、食べ盛り。これから夏にかけて子どもも成長し、食欲がさらに増していくので、農作物の被害が増える前にと、狩猟依頼がよく出るのでお安くなるのだ。
因みに、秋も、冬やその先の春に備えて食欲旺盛。秋終盤から冬のイノシシは、脂が乗って一番美味しく、値が上がる時期だ。
――閑話休題。
「はい。では、注文してみましょう!」
で、なんの試練なのこれ!? はじめてのおつかいか何か!?
動転する心のまま、私は店員さんに声をかけた。元気な声が返ってくる。
「はい! 何をお求めで?」
「えーと、イノシシを二百グラムくらいで――」
まぁ、試しだし、こんなもんでいいか。
「はいよ! お待ちくださいね! 今日は、ステーキか何かで?」
「え!? あー、そう、ですね。焼くだけなら簡単ですし……」
全部焼いてしまえば消費は一食でできるしね。
「じゃあ、百グラムくらいで切り別けましょうか?」
「あ、はい……お願いします」
調理メニューに合わせて切り分けてくれるのか。いいな。
でも本屋の儲けと何の関係が? という当初の疑問は、頭の隅でぐるぐる回っている。
店員さんは威勢のいい返事をして、奥へ私の注文を大きな声で通した。私は普通にお会計を済ませ、お肉を待つ。
さて、ここまでは、ちょっとサービスの良い、普通のお肉屋さんなわけだけど、いったいどんな種があるというのだろうか? それも本屋の儲けに関する……。
そして、待つこと数分。お肉二枚を切り分けるにしては時間がかかっているような気もするけど――
「はい、お待ちどうさまですっ! イノシシのステーキ肉をお待ちのお客様!」
「あ、はい!」
噂をすればなんとやらというタイミングで店員さんから呼ばれ、少し驚きながら返事をした。
「じゃ、ご注文の――」
店員さんから注文の品を受け取――
「ステーキの焼き方の本ですね!」
「――ッ!?」
「それと、おまけの、イノシシのステーキ肉、百グラムを二枚です! ありがとうございました! またどうぞ!」
おま、け? え……今、お肉がおまけって言った? 注文してお金払ったお肉が、おまけ?
何が起こったのかを噛み砕こうとしながら踵を返した。
顔を上げると、首を傾げる恋人と友人たち。そして、ちょっと意地悪そうに笑っているティレルさんが目に入った。
「どういうことですか? 説明してください、陛下。私は今、冷静さを欠こうとしています……」
お肉を注文したら本が出てきて、買ったはずのお肉はおまけ扱いされていたという謎の商習慣を前に、私はきっと真顔になっていたことだろう。そんなセリフをボソリと吐くと、ティレルさんはまだ少し笑みを含ませながら、説明してくれた。
聞くに、どうやらこの国……というか、このジオロジィという街は、図書館の街らしく、本屋さんの売り上げに、税の優遇があるのだそうだ。だから、基本的に本屋として赤字かトントンくらいだと、ほぼ非課税らしい。売り上げがあっても、他の商店に比べたら、かなり税金が安いと。
私はここで、まさか……と思った。だけど、そのまさかは、思い過ごしでも何でもない、紛うことなき事実となって、ティレルさんの口から説明されたのだった。
――そう、この街の商店は、そのほとんどが、建前上は本屋。そして、本のおまけとして、普通の商品を提供しているのだそうだ。
商品の値段がそのまま本の値段で、本屋の本の売り上げとしてカウントされている。商店で提供される本は、複数種類のテンプレートのバラのページが用意してあって、客が買うものに合致する内容の書かれたページを集めて、その場で綴じているのだそう。無駄に手が込んでいる。お肉を切って包むのに時間をかけ過ぎかと思ったら、こういうことだったのね……。と、商魂と節税精神の塊のような小冊子を見る。
パラパラとページを捲ると、中の文章は、とても上手とは言い切れない、書いた人の癖を感じる文字で記されていた。それを見て私は悟った。これは、商魂と節税精神だけで生まれた物ではなく、紛れもない情熱の籠った読み物であったのだと。
その情熱は素晴らしいと思う。でもさ、それはそれとしてね――
「そういうの、普通は不正って言いませんか?」
私が問い詰めると、ティレルさんはあっけらかんと返答した。
「まぁ、言うんでしょうけど、でも、買い物のたびに新しい本が手に入るなんて、お得じゃないですか! だから、規制することもないかなって!」
やっぱり、図書館の街を王都に王様をしているだけあって、この人も相当の本の虫だったらしい……。普通の人だと思ってたんだけどなぁ、やっぱり親子か……。
ん? いやちょっと待って? おかしいおかしい。
「ティレル陛下。私、お肉屋さんとかが建前上本屋なんですよってことを知りたいんじゃなくて、その隣の普通の本屋さんの儲けがどうなってるのかって話をしてたんですよ?」
「あーですから。隣の本屋部分もお肉屋さんなんですよ」
「――ん〜?」
一同、首を傾げる。果たして、本日何度目か……。
続けてくださいと、私は手で促す。最後まで聞かないとね。言い訳を。
「まぁ〜その、実質お肉屋さんではあっても、建前上は本屋さんなので、本屋さんとしての規定は満たしてないといけないんですね?」
うん。見えたくないものが見えてきてしまったよ?
「うちの法律上、店舗面積の最低三割には本が陳列販売されていないと、本屋として認められないんですね? なので、食品を扱うお店は、調理とかをする場合もあるので、売り物の本が汚れてはいけないからと、明確に本の陳列スペースを別けるわけです。それが他の商店にも広まって、ああいう、別店舗みたいな見た目がスタンダードな形になったんです」
なるほど……。
確かに、言われて見れば、この肉屋さん始め、各商店の看板は、隣の本屋さんまで伸びて掲げられていた。
つまりこの商店街は、言い方が悪いけど、脱法本屋の商店街だったというわけだ。……うん。表で大きな声で言えないような物まで揃うのも納得できる気がしてくるね!
余談ではあるけれど、後で、ここで貰った冊子の通りにお肉を焼いたら、かつてないほど美味しいステーキになった。人数分のお肉買えばよかったと、少し後悔した。美味しすぎてちょっとした取り合いになりかけたからね……。
「そういえば、皆さん、何をお探しなんですか?」
目的の物と、それを売っているかもしれない商店を探すように、周囲の美味しそうな匂いの誘惑に耐えながら、遠目に店を覗きつつ歩いていると、ティレルさんに尋ねられた。
私たちの事情は話してたけれど、これから何をするのかとか、そういうことは話してなかったっけ。
「えっとですね――」
私は話した。
胸ポケットに収まるくらいの小さいマイクを探していると。
それを聞いたティレルさん。唇に指を当てて、トントンとしながら、思い出すように思案した。そして――
「あ! 知ってます! それがある場所!」
「本当ですか!?」
私たちは一斉に食いついた。
「ど、どこに……?」
ゴクリと喉を鳴らす。
「ふふーん。――あそこです!」
得意げに笑って、ティレルさんはある場所を指さした。
そこは、遠くからもよく目立つ、日光に照らされて輝いて見える白亜の尖塔。ドラゴンの止まり木となる、平らな屋上が目につく、この国の王城だった。
本のおまけ商法は、某社の食玩を参考にしました。
ガム1個入ってるから、デカいおもちゃ入ってても、値段が一万円超えてても食玩として販売できるししてるとかいう、たとえ屁理屈でも、ここまでしたらいっそ関心出来るタイプのあれです。




