魔族の国編 ⅢⅩⅢ
私たちの国から見れば、敵国の女王だと名乗ったティレルさん。名乗れなかった理由も、それでよく分かった。曲がりなりにも敵国の王子を前に、名乗れるわけがない。何されるか分かったものじゃないし。
けれど、私たちには敵対する意思はない。むしろ、これからお邪魔させてもらう立場だ。なので、私たちが取る行動は唯一つだった。
「え……え!?」
ティレルさんが困惑の声を上げたけれど、関係ない。王様の御前であるのならば、当然の礼儀。私たちは、立て膝を着いて跪いた。
そして、先頭で頭を下げるクガルーアさんが代表して挨拶をした。
「知らぬこととはいえ、小間使いのようなことまでさせてしまい、大変なご無礼を働きました、ティレル陛下。こちらも改めまして、名乗らせていただきます。――アルドゥイノ王国が第一王子、クガルーア=メヒェカミン=ノーゼン=アルドゥイノです。陛下におかれましては、誠に身勝手ながら、何卒、寛大なご配慮をいただきたく存じます」
「あ、あああ、頭を上げてください! 怒ってませんので! それに、今日は休暇で……お忍びで里帰り的な……そういう感じですので、女王ではなく、一人の人間としてここに居ます。むしろ、その辺をご配慮いただければ、逆にありがたいです……こちらこそ、何卒ぅ……」
敬礼をされた側であるはずのティレルさんが、慌てた様子で畳に五体投地した。やたらと腰が低い王様だ。
「威厳とかまるで無いであろう? 誰に似たのやら」
「母上!」
「まぁ、これでも民には慕われておる。でなければ、八十年も治世などできぬよ」
ん? 八十年?
みんなで顔を見合わせ、バージェスさんに向けて頬を膨らませる、二十代前半程度に見えるエルフっぽいティレルさんを見やった。
こちらの代表、クガルーアさんが、おずおずと挙手する。
「あの、失礼ながら、陛下は、おいくつでいらっしゃるのですか?」
「え、私ですか? えーっと……いくつだったかしら? ひゃく……たぶん、百歳くらいかと思われます!」
「なぜサバを読む、ティレル。独立蜂起時で、そなた、四十であったであろう。若い者を前にしたからと、若垂れるなど、情けないぞ」
「母上! 私だって、女子なんですから、若い子と接したら少しでも世代が近いと思われたいじゃないですか!」
「そういうところが情けないと言っておるのだ! そんな姿、家臣どもが見たら呆れるであろうよ」
「みんなを引き合いに出すのはズルいじゃないですか……」
二人のやり取りに、申し訳なさそうに、クガルーアさんが介入した。
「えーっと、それで?」
「あ、はい……。ひゃ……百二十歳です……」
「人間なら、二十もサバを読むとか相当だぞ?」
「うぐ……」
今にも泣きそうな顔のティレルさんには悪いけれど、まだ少し聞きたいことがある。
この空気ならいけるかな? と、私は手を挙げた。
「あの……ティレル陛下は、エルフ、なんですか?」
「え? あーいえ。私はハーフなので、法に照らせば人間ですね。ハイエルフと、人間の混血です」
「普通にエルフさんかと思ってました」
「ハイエルフとの混血は例がほとんどありませんからね。見た目もほぼエルフですし。……髪の色は違いますが」
「ということは、魔法の詠唱も……」
「はい。私には使えませんし、読み書きもできません。ただ、無駄に長く生きることができるだけです……。それだけの小娘が王になってしまって、ここまで来てしまったんです……すみません」
「また此奴は卑屈になりおって……。それでも良い、だから良いと、お主は民から担がれたのであろう! 胸を張れ! ――いや、やはり良い。お主が胸を張ったらボタンが弾け飛ぶ。縫うのが面倒だ」
「はい……」
「それよりも、工廠だ! 行くぞ!」
「ドワーフさんたちに話を通せばすぐでは?」
「あやつらにイジらせたら原形が残らぬであろう! あーだこーだ文句をつけて、実用性重視の量産品仕様にするに決まっておる。ロマンというものが分かっておらぬ故な! そんなあやつらに話してなどやるものか! ドッグタグだけ量産しておればよいのだ!」
あ、そういえばここで作られてるんだっけ、冒険者のドッグタグって。ちょっと興味あるけど……この様子だとエルダードワーフへの取り次ぎは無理そうだね……。
ティレル陛下はまた溜息を吐いて、私たちに頭を下げた。
「すみません皆さん、大したおもてなしも出来ずに……。母はこんな感じなので、諦めていただく他ありません。荷物をお持ちください、すぐ出発です。観光案内もできず……いったい、何のために呼んだのやら……はは。私もせっかくの休暇、もう少しゆっくりしたかったのですが……」
「いやいや、妾も少しは考えてはいたぞ? 観光とか。赤龍に会わせるのも一興とな。だが、あの盾を間近に見てしまっては、妾の改造欲と知的好奇心を抑えることなどできなかった! となれば、観光事業など、二の次も止む終えぬであろう!」
「だそうです。自分勝手な母で申し訳ありません……」
「まぁ、次はゆるりと来ればよかろう! 閉ざされた道でもあるまいしな! ハーッハッハッハッハッハ!」
というわけで、私たちはいそいそと荷物をまとめて、バージェスさんの家をお暇した。
『やや! お連れ殿はお目覚めのようであるな。これから観光であるかな? では、僭越ながら、此方が案内を仕ろうぞ! 家主殿には、そういうのは少々難しいかも知れぬし、ティレル殿もどちらかといえばお客人。であれば、此方が適任であろう。さぁ、どこから参られようか? エルダードワーフの工房であれば、バージェス頁鋼からドッグタグが出来るところが見学出来ますぞ』
出たところで、他のハイエルフにモフられていたフェンリルさんが、楽しそうに話しかけてきた。頭の中に響く声にはまだ慣れないけれど、良い人――ワーウルフであることは分かる。
まさか、尻尾を軽快に振るこれが、おとぎ話に出てくるワーウルフの王、そのご本人だとは誰も思うまい。私も休憩所で聞かされたとき、耳を疑ったからね。誰だよ、悪い子を食べに来るとか教えてる親は。気の良いおっちゃんだよ、モフモフの。
彼の言う通りに観光には行きたい。ドッグタグ作るところも、めっちゃ興味ある。ロア君もウズウズしているのが見て分かる。
でも悲しいかな、もう行かねばならなくなったのだよ……。
私たちはそんな悲しいお知らせを断腸の思いで伝えると、心なしか、フェンリルさんの毛並みが萎んだように見えた。
それでも――
『で、あるか……。まぁ、今生の別れでもあるまい。せっかく拵えた登山道もあるしな! そこを使ってまた来られよ、皆の衆! 此方は毛並みを整えて、いつでも待っておるぞ!』
と、気丈に手を振ってくれたのだった。
絶対また来て、モフらせてもらおうと、私は誓った。ついでに胸毛を吸うとも。
集落の出入り口まで戻ってくると、バージェスさんがまた詠唱をした。それは、麓の登山口まで来たときと同じ、魔法陣を描く魔法だった。
足下に魔法陣が浮かび上がって、瞬く間に完成していくのを、悔しそうに見ているアレイスターさんがまた目に入った。
そうして、魔法陣が完成すると、パッと視界が真っ白になって、直ぐに別の景色を映した。
半球状の屋根を持つ、石造りの建物の広間の中央だった。
「到着しました。暫定王都、ジオロジィへようこそ、皆さん」
と、ティレルさん。
どうやら、どれだけの日数やお金がかかるかと喧々諤々と議論していた目的地に、あっさりと着いてしまったみたいだ。
人生、こういうこともあるよね……。
お気づきの方も多くいらっしゃるでしょうが、バージェスさんの名前はバージェス動物群、バージェス頁岩などから、ティレルさんの名前は、ロイヤル・ティレル古生物学博物館から取っています。




