魔族の国編 ⅢⅩ
総ツッコミで会場中の人たちは顔を上げた。やんややんやと、あーでもないこーでもない。ハイエルフ様に、実質的な求婚を迫られた少女への話題が溢れる闘技場。実に騒がしい。小粋なトークで顔を上げさせることには、一応、成功判定ということで。
それよりも、さっきから、シャルちゃんやユニエラちゃんからの視線が痛い。そんな目で見つめられても、私からは何の情報も出ませんよ、二人とも……。だって初対面だし、あの方とは。
ハイエルフ様の方を見ると、何やら困ったような顔をして、隣のフードの人の話を聞いていた。そして、驚いた顔をした。
「待て! 皆の者!」
よく通る声が闘技場中に響き渡る。そのたった一言で視線を一身に集めて喧騒を静寂へと変えた。
「妾の言葉が足りなかった! 相、すまぬ! 今の言葉は、ぷ、プロポーズでは無い! 妾は、彼女――ディティスの盾に興味があるのだ!」
プロポーズと言ったときに、一瞬、顔が真っ赤になっていたのが可愛かった。おっと、それより……。
「私の盾? 譲ってくれということですか?」
私が尋ねると、ハイエルフ様は首を横に振った。
「いいや、違う。そこまで厚かましい要求をするつもりはない。妾はただ、技術者の端くれとして、その盾を事細かに調べたい! そして、許されるのならば改造したいのだ! そのロマンに溢れる素晴らしい盾を! よりロマンを増し増しで!」
うっとりとした表情で私を……私の盾を見るハイエルフ様。武器の改造とか製造って、そういうことってドワーフが好きなものだと思ってたけど、この人はなんだか違うみたい。ハイエルフはみんなこんな感じなんだろうか?
と、ここでシャルちゃんたちのトゲのような視線は無くなった。助かった……。
「それが、私たちにポータルの利用券をくれる条件ですか?」
「いや、ポータルと言わず、直接好きなところに送ってやろうぞ。うむ。妾は太っ腹故な! ……いや、体形の話ではないぞ?」
それは言わんでも分かります。そう、会場中が無言でツッコんでいる空気だった。
「それで、承諾するのか? しないのであれば、口惜しいが、妾たちはこのまま帰るぞ? また次の戦いから始めてくれ」
「リーダーは私じゃないので、彼の判断次第――」
「いや普通に乗るだろう、そんな条件」
クガルーアさんが、私のセリフを食った。まぁ、私も別に盾を調べられるくらい、どうぞお好きにって感じだしね。
「だ、そうです」
「そなた、痩せているが、遠巻きながら顔を見たことがあるぞ。アルドゥイノの小倅であろう? 国境を越えてここまで来て闘技場遊びとは、不良王子め! よいぞ、王になる者は、そのくらいヤンチャでなければな! ハーッハッハッハッハ! ――と、話は決まったな!」
ハイエルフ様は、ローブを脱ぎ、隣の人に手渡した。
白い肌よりも真白な、スラリとした体にピタリと張り付く、華美た装飾の一つもない、シンプルなワンピースを身に纏った彼女は、深々とお辞儀をしてから声を上げた。
「此度は、妾の乱入により、大変な迷惑をかけた。これまでの分、ここに謝罪をしよう! その上で、わがままを申すのだが、此度の彼らの挑戦は、成功扱いとして賭け金の払い出しをしていただきたい! どうか?」
『あ、はい。畏まりました!』
メアリーさんが了承した。
「うむ! 重畳であるな! それでは、彼らはこれより貰っていく。ここに居る者たちは、これから見ることは他言無用に頼むぞ! よいな? 黙して賛ぜよ!」
観客たちは静まり返って、ハイエルフ様のお願いを了承した。
ん? これから貰っていく? どういう意味だろう?
「フェンリル! 生きておろう、起きよ! 集まらねば連れて行けぬぞ? それとも、ここで冒険者たちの相手をするか?」
『はい、家主殿! 此方は生きております! 置いて行くのは勘弁願います!』
フェンリルと呼ばれたあの大きなワーウルフが、私たちが居たのとは反対側の闘技場の端で慌てて立ち上がった。
生きていたこともそうだけれど、あの魔法が発動する直前の状況で、避難が間に合う速度が出せていた事実に私たちは驚いた。
フェンリル……さん? は、私たちの方へと歩いてくる。敵意は無さそうだけれど、体が反射的に警戒態勢になる。それに気付いたのか、フェンリル……さんは、両手を上げた。
『其方らの警戒心は理解できる。ほれ、此方は手を上げている故、近くに寄らせてくれ。でなければ、此方も帰れぬのだ……』
「私とアイが保証いたしますわ、皆さん。どうか、警戒を解いてくださいまし」
ユニエラちゃんが言うと、アイちゃんが強く頷いた。
「二人がそこまで言うなら……」
と、私は警戒を解いた。みんなも半信半疑ながら、武器は下ろした。
『おお、感謝するぞ、アイ殿、ユニエラ殿! 持つべきものは友であるな! 尻尾をモフるが良い!』
「それは……ま、またあとで……」
「う、うん……あ、あとで……」
『そうか。胸毛も吸わせてやってもよいのだが?』
「誘惑しないでくださいまし!」
アイちゃんが強く頷いた。
なんだろう、この人? と、仲がいいな……二人とも。
私の中に嫉妬心が芽生えているのを感じた。
「ユニエラちゃん、アイちゃん、私もポニーテールモフって良いよ?」
「何故、フェンリルさんのモフみと対抗してますの、ディティス様……」
「ざ、残念だけど、ひ、人では敵わないよ、ディティス……」
…………。
「クソぅぁあ!」
ここまでの完膚なきまでの敗北感を覚えたことは、私の人生上初めてのことだったよ! たぶん。
『此方がモフモフなばかりに……なんか済まなかったな、娘よ……』
しかも良いやつかよ!
私が謎の敗北感に打ちひしがれていると、地面に模様が浮かんできた。……え、なにこれ?
「おいおい、嘘だろ!?」
アレイスターさんの驚愕の声。見上げると、ハイエルフ様が何やら詠唱していた。彼女とお隣さんの下にも、読めない文字のような模様が書かれていく。
「口頭詠唱で、魔法陣を書く魔法……だと!? そんなんズルだろう!? しかもこれ、たぶん魔族語だから、何書いてるかも分からんし!」
こっちはこっちで悔しがっている間にも、あっという間に魔法陣は完成した。
「だが、こんなに離れた二つの魔法陣を同時に起動するのはさすがに……」
「魔力を送って起動するまでで、一行程の魔法ですよ、アレイスター」
シウスさんに無慈悲な事実を告げられて、アレイスターさんは、私と同じ打ちひしがれポーズになった。
魔法陣が起動し、強い光を放つ。
「では、諸君! 別れの前に改めて宣伝をさせてもらうぞ! うむ、さすがは妾、本懐は忘れておらぬ! オホンッ! ――この街より北の森! そこより、我が里へと繋がる登山道の登山口がある! 観光自由! いつでも我らはそなたらの来訪を待っているぞ! ハーッハッハッハッハ! というわけで、さらばだ!」
その声が聞こえるやいなや、私の視界が真っ白に塗りつぶされ、次の瞬間には、見知らぬ森の前にいた。
あ、この感覚覚えがある。洞窟で転移の魔法陣を使ったときと同じだ。ってことは、今転移の魔法を使ったってことか。で――
「ここ、どこ?」
「先程言った、登山口である!」
「え゙!?」
綺麗にハイエルフ様以外の声が揃った。
「折角だ。そなたらには、第一号登山者になってもらおうと思うてな! 妾、冴えてる! なに、途中休憩所もあるし、観光案内もしてやるぞ!」
「ちなみに……どれくらいかかるので?」
私が問うと、目をキラキラさせながらハイエルフ様は答えた。
「今からであれば、まぁ、一泊は必要になるであろうな! では、頑張って休憩所まで登るぞ! おー!」
と、何故か私たちは、転移した先で登山をすることになったのでした。
なお、道中は普通の登山だったのでカットです。何も言うことがない。木と岩。それだけだった。フェンリルさんの胸毛はお日様の匂いがしました。
こうして、約一日半を使って、私たちはほぼ前人未到の、ハイエルフとエルダードワーフの里にたどり着いたのでした……。
「あ! 完全に忘れておった! 妾の名を名乗っておらなんだ!」
そういえばそうでしたね。
疲れていて、みんなリアクションできないですけど……。
構わずハイエルフ様は名乗りを上げる。
「妾の尊き名を聞くがよい! 我が名は――バージェス=ケイオス! どうだ? 母なる創造者、魔女、メルコ=ケイオス殿より賜った、実に美しい名であろう!」
と、さらっと、メルコさんの種族がバラされたのでした……。
「――がっ!?」
あ、ロア君が倒れた……。




