魔族の国編 ⅡⅩⅨ
突如現れた、ほぼ神様扱いのハイエルフを前に、周囲の人々が、自然と頭を垂れた。それは、私たちも同様だ。
『まさか、は、ハイエルフ様とは……。知らなかったこととはいえ……大変なご無礼を……失礼いたしました!』
メアリーさんの謝罪が聞こえた。
「え……え!? な、何故こうなる!? 妾は、ここまでされるような謂れはないぞ!? おい! 止めよ、お前たち! 顔を上げぬか! そんな床や地面ばかり見るくらいなら、妾の美貌を目に焼き付けよ!」
なぜかハイエルフ様の声は、困惑と動揺の色が濃かった。
『しかしながら、ハイエルフ様のご尊顔を拝するなど、無礼で打ち首になると……』
メアリーさんが恐る恐ると意見した。私もそんな話を聞いたことがある。対面で会えるのは一国の王様だけだとか。
「誰ぞ、そんなデタラメを吹聴しとるのか!? そんなことはない! 妾たちはただ、無駄に長生きしておるだけの一種族に過ぎぬ! 頼むから、皆、顔を上げてくれ! これではまともに交流もできぬではないか!」
あ、そうなんだ。本人が言うのならそうなんだろうね。
私は顔を上げた。
が、私だけだった……。ヤバい、マズったかもしれない……。
「おお! 盾の! ディティス、とか言ったな! そなた、なかなか聞き分けのよい者のようだ!」
――馬鹿ディティス、何顔上げてんだ!――怖いもの知らずのディティス様、さすがですわ!――ディーちゃん……すごいね……――度胸とバカは紙一重と言うてのぅ……――頑張って生きてください、ディティスお姉さん――
みんな酷くない!? 馬鹿なことは認めるけどさ。
でもほら、好印象っぽいよ? ここは私が小粋なトークで、みんなの顔を上げやすくしないとね!
それはそれとして緊張してやらかしちゃわないか心配なんだけど……。
「えーっと、質問してもよろしいでしょうか?」
敬語には、一応しておこう。
「うむ、良いぞ! 嗚呼――麓の民とのささやかな交流。夢にも見たぞ! どんどん質問するがよい!」
大丈夫そう?
「何故こちらにいらしたのですか?」
「うむ、よい質問である! 我らが集落へ繋がる登山道が開通したのでな、その落成記念に挨拶回りと、宣伝をしに来たのだ!」
そういえば、さっきも登山道の落成がどうのって言ってたな……。でも――
「宣伝ですか?」
「うむ! 知られなければ誰も使わぬであろう? であれば、まずは周知させねばとな。それで、ちょうどここの闘技場で、無名の正体不明の挑戦者がド派手な戦果でも上げれば、一躍注目の的。宣伝の良い口実になるだろうと、正体を隠してエントリーしていたのだが……直前になって、中止と言われてな。一体、誰が妾の宣伝の機会を奪ったのだろうと、観戦していたのだ! ……ディティスや、なぜ青い顔をしている?」
しないわけ無いじゃん!
みんなも頭下げたまま震えてるんですけど!?
私たちの飛び入り参加のせいで、ハイエルフ様の予定をおじゃんにしてしまったってことじゃないの!?
今すぐまた土下座したいんだけど……ダメだ、足が竦んで動かない……。
ハイエルフ様の隣のフードの人が、何やら耳打ちをしている。それ何の耳打ち? どうしよう。このまま公開処刑とかされちゃう? あ、膝が震えてきた。
「ふむふむ……。あーなるほど。妾が怒っているのではないかと。それは、まぁ、多少は思うところも無かったかと聞かれれば、確かにあったが――」
あ、公開処刑だ。さよならお母さんお父さん、シャルちゃん、ユニエラちゃん、シェリーちゃん……そしてみんな……楽しい、人生でした。
「――待て待て。勝手に死んだ気になるでない。公開処刑などせぬわ。考えていることが分かりやすい者よな、そなた」
「あ、しないんですか……よかったぁ」
「うむ。妾はそこまで野蛮ではない故な。そも、登録時点で身元不明の挑戦者と、身元がハッキリしている挑戦者であれば、後者を使いたいであろうよ。その辺の妾の認識が甘かっただけだ。――そなたらを見ていたのは、単なる好奇心故だ。誓って、疚しい意図はない」
ふぅ~。ひとまず、私の直近の死は無くなったっぽいので、ホッと胸を撫で下ろせた。
じゃあ……あ、これは聞いておかないと。
「あの、それじゃあ、私たちの挑戦を没収というのは……どういう?」
尋ねると、瞬間、ハイエルフ様は目をらんらんと輝かせた。待っていたと言わんばかりだ。
「よくぞ尋ねてくれた、ディティスよ! それはな、もう辛坊堪らなくなってしまったのだ。妾の好奇心と、技術者としての魂の震え故な。うむ、許せ」
「――と、申されましても、私たちにもこのチャレンジにかけた願いがあったわけで……それを途中で没収されますと、困ります……」
ちょっと無礼だったかな、この物言い。でも言っとかないと、私たちにはやらなくちゃいけないことがあるんだし。
ハイエルフ様は私の言い草に腹を立てることもなく、再び腰に手を当てて、胸を張った。あ、高笑いが来る。
「ハーッハッハッハッハ! 故に! 成功扱いと言ったのだ! そなたらの願いは妾が叶える! 安心するが良い!」
「で、条件は?」
こういうときは何か、代わりの条件を出されると相場が決まっている。私はそれを尋ねた。
「うむ。話が早い。では、妾も直球に言わせてもらうぞ! 条件を!」
ハイエルフ様はそこで一つ、大きく深呼吸と咳払いをすると、私たちに指をさして叫んだ。
「妾は――ディティス、そなたが欲しい!」
「あーなるほど。私が欲しいと。ふーん……」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。言葉を額面通り受け取って、意味を咀嚼せずに流していた。
けれど、その意味を頭の中で考えた。が、それでも言っている意味が分からずに声が出た。
「――はい?」
――瞬間、会場中の心が重なった。
『はああああああああああああああ!?』
綺麗に声が揃って、高低鮮やかなそれは、数千人の大アンサンブルでも聴いているような気分だった……。
が、状況は混迷を極めている。
私は果たして、生きてコロシアムを出られるのだろうか? シャルちゃんの気配が、怖い……。




