魔族の国編 ⅡⅩⅧ
扉が開く。
下の隙間から何か、白い影が飛び出してきた。あれは……ワーウルフ? にしては結構大きいな……。
そして、完全に開いた扉からは、次々と、他の魔物が現れた。
またサイクロプス……。と、蜘蛛の胴体に女性の上半身がくっ付いている、見たこともない魔物。それと、蛇の胴体に女性の上半身の魔物。あ、あれは知ってる。ラミアとかいうやつだ。お母さんの本で読んだ。
そして、巨大なニワトリ? 尻尾が生きた蛇になってる……。
ここへ来て、人選もとい――魔物選? を結構変えてきた。やっぱり一筋縄ではいかなそうだ!
『さあ! 見事七戦目を超えたからと、安心するのはまだ早い! 闘技場は手を抜きません! では張り切って八戦目……うーん? あのワーウルフは、なんですか? リストにありませんが……メアリー女史?』
『いや、私も知らないね。なんだあいつ、知らん……怖……』
メアリーさんたちの困惑は会場に伝播して、観客たちはざわめき出した。私たちも、どうしたら良いかと、魔物たちに警戒しながらも顔を見合わせた。
「あのワーウルフ……もしかして……」
ユニエラちゃんがそう呟いたのが聞こえた瞬間、会場に高笑いが響き渡った。
「ハーッハッハッハッ!! このチャレンジ、妾の名において、クリア扱いで没収とする!! というわけで、せっかく出てきてもらったところ悪いが、魔物どもには、我が裁きを受けてもらおう!! ――◇■■□□――」
フードを目深に被った、恐らく声から女性と判断できる、恐ろしく偉そうな口調のその人が観客席で立ち上がり、魔法の詠唱を始めた。隣に、お揃いのフードを被っている人がいるけど、その人は、手で顔を覆っている。あちゃーとか、やれやれとか、そんな声が聞こえるようだ。
『ちょっとそこのアンタ、どういうつもりだい!? ていうか、名においてとか言うなら、その名を名乗って顔ぐらい見せな!』
ごもっともです。
しかし、そんなメアリーさんの声も、フードの女性は詠唱を止めずに無視って……ええ。どうしたらいいの、私たち?
「ディーちゃん、あの詠唱、マズい!!」
「皆さん! 出来るだけ端に走って下さいませ!」
「クガルーア、走ってください! 急いで!」
「なんだなんだ!? 引っ張るなって!」
魔族の皆さんが慌てだした。会場の魔族の人も、ガヤガヤしてるし、悲鳴を上げてる人までいる。本当にどんだけヤバいコトしようとしてるの!?
『ディティスちゃんたち、一旦中止! とにかく端まで逃げな!』
メアリーさんまで!?
何が何だか分からないけれど、言われるままに走り出す私たち。広い闘技場内を踏破し、一人また一人と端に到達していく。
「――きゃっ!?」
振り返ると、アイちゃんが倒れていた。それだけでなく、魔物たちのいる方へ引きずられていくではないか。
よく見ると、アイちゃんの足には何か、蜘蛛の糸のような物が巻き付いて……蜘蛛……って!?
糸の先には、人の上半身がくっついた蜘蛛の魔物がその手から糸を吐き出していた。そこはお尻じゃないの!? というツッコミは置いておいて、助けなくちゃ!
『アイ殿のことは任されよ! そこを動くでない、娘よ!』
私が走り出そうとした瞬間、頭の中に朗々とした男の人の声が響いた。
「え、何!? 誰!?」
声に驚いて立ち止まると、あの大きなワーウルフが動き出し、アイちゃんへ向かっていった。もう! 次から次へと!
こうしちゃいられないと、また走り出そうとしたのを、誰かが腕を掴んで止めた。
「今度は誰!?」
首だけ後ろを向けると、ユニエラちゃんだった。
ユニエラちゃんは、至極真剣な目をして――
「アイは大丈夫です。信じてくださいまし、ディティス様」
と、真っ直ぐに私に伝えてきた。
半信半疑に、不安を拭えないまま、再びアイちゃんの方を見る。大きくて古傷だらけの、見るからに強そうなワーウルフが、這いつくばるアイちゃんの目と鼻の先に迫っていた。
心臓が早鐘を打ち、緊張が高まる。
あの凶悪な爪や牙が、今にもアイちゃんの柔肌を斬り裂き、骨を噛み砕くのではないかと、嫌な汗が噴き出した。
けれど、私の腕を掴むユニエラちゃんの手は、全く震えていなかった。どこからそんな自信が?
そう思いながら見守っていると、ユニエラちゃんの手から伝わるその自信を裏付けるように、ワーウルフは驚くべき行動をとった。
凶悪な爪は柔肌ではなく、蜘蛛の糸を斬り裂いて、隆々とした筋肉の腕は、アイちゃんを抱き抱えた。
『たかが蜘蛛畜生風情が! 我が友に無礼であろう! ――それ、受け取れ! ユニエラ殿!』
言うとワーウルフは、下手投げにアイちゃんを放り投げた。
あ、この声、あのワーウルフなのか……。え!? ワーウルフが喋ってる!? ていうか、アイちゃんとユニエラちゃんの名前呼んでた!?
なんて、驚き屋をしている場合ではなかった。目の前では、その投げ方でこれ!? という速度で、アイちゃんが悲鳴を上げながら飛んできている。
受け渡しを名指しされたユニエラちゃんじゃ、ちょっと厳しそうな速さなので、私が代わることにした。
怪我をさせないように受け流しながら……。――うわっ!?
勢いを殺しきれずに押し倒されちゃった……いてて……。
「怪我はない? アイちゃん……」
「う、うん。ご、ごめんね、ディティス。あ、ありがとう」
そんなお互いを労るやりとりも束の間、頭の中でまた、男の声――ワーウルフの声が響いた。
『伏せよ!!』
その音量で頭が痛くなったためか、みんな自然と蹲った。そのとき――
「――◯●◇◇◇■■□□◆!」
フードの女性の声が響き、闘技場内を、青白い光の帯がヘビのようにうねり、駆け巡り、魔物たちに纏わりつくと、瞬間、強い光を放った。私たちはその強い光に、堪らず反射的に目を閉じた。
魔物たちからだいぶ離れていたはずのこの闘技場の端の方にまで、焦げ臭ささが漂ってくる。
匂いに顔を顰めながら、恐る恐る目を開く。
――霧?
濃い霧が闘技場中を満たして、真昼の日の光すら遮断していた。中を照らすのは、魔物がいた中心部あたりから来る、幻想的な青白い光。それが厚い霧の奥からでも透けて見える。
私の上に重なるアイちゃんの背中をポンと叩いて、退いてもらいながら一緒に立ち上がった。
――ジジジ。
肌がビリビリと痺れ、チクチクと、まるでセーターの毛羽立ちに全身を刺されているみたいな、そんな感覚。全身の毛が、文字通りの意味で、物理的に総毛立っている。
其処此処で、青白い光のヘビがのた打ち回っては、抉れた地面の破片にぶつかって弾けて消える。
「……地獄?」
ふと、そんな言葉が浮かんで、口から溢れた。もう少しおどろおどろしい場所を想像していたけれど、この静謐が満たす空間も、これはこれで地獄っぽくも感じたのである。
気がつくと、左右から手を握られ、短いスカートの端を誰かが摘んでいる。中にスパッツを履いているとはいえ、そこを摘ままれるのはちょっと恥ずかしいのだけれど……。あと歩きにくい。
見ると、両手はシャルちゃんと、ユニエラちゃん。スカートはシェリーちゃんだった。アイちゃんは、ユニエラちゃんと手を繋いでいた。
シェリーちゃんには、申し訳ないけれど、シャルちゃんと手を繋ぎなおしてもらった。
そして、お互いがお互いに手をギュッと握り合うと、私たちは中心へと向かった。
一歩一歩、足を持ち上げ、下ろすたびに、私たちの体からも、青白い光が出て、地面と私たちを繋ぎ止めようとする。
「鎧が、磁石になっておるのぅ……」
後ろから、シーリーズさんのそんな声が聞こえた。
「うわ……足が砂鉄まみれだぞ!?」
と、ロア君。あんまり足下は見ないようにしよう。
そうしてゆっくりと中心へと向かい、たどり着いた私たちは、その光景に息を呑んだ。
それはまるで、精巧なガラス細工。しかし、その高さはサイクロプスの腰ほどまであり、幅もその胴を真横に両断できるほど。そういう、半透明で青白い光をバチバチと放つ巨大な剣が、魔物たちの、その悉くを屠って突き立っていた。
この魔法を使えるか、シェリーちゃんとシャルちゃんに尋ねたけれど、二人とも無言で、おもむろに首を横に振った。
そういう格の違う魔法を使える人が、あの客席のフードの女の人なんだと、私たちは畏怖し、警戒した。
そして、会場の静寂を引き裂くように、観客席から、あのフードの女性から、また高笑いが響き渡った。
「ハーッハッハッハッハッハ! 見たか? 見たであろう! 見ざるを得なかったであろう! 妾の、裁きの威光を! 麓で披露するのは、はて……もはや何千年ぶりかも覚えておらぬが……。折角の登山道の落成記念だ、うむ、良い! 特別な行事には特別な催しがあってこそ故な! ……ん? 少々、妾の美貌が見づらいか? この魔法は派手ではあるが、霧が出てしまうのが玉に瑕よな。――◯●◯◯!」
フードの女性が手を掲げ、何かを唱えると、一陣の風が吹き、霧が吹き飛ばされていった。その風で、女性の被っていたフードも外れる。
女性の顕になった顔を、また差し込むようになった日光が照らす。
会場中の人々が一目で、彼女の正体に気づいた。そして、あまりのことにまた静まり返った。それだけ彼女という存在が、私たちにとっては特別で、そこに居るという事実に、現実味を見出せなかったからだ。
真っ白な肌、金色の髪、金色の瞳、そして最も特徴的な、長い耳――。
おとぎ話で語られる、その容姿、その存在。太古より生き、大陸中のあらゆる種族から神聖視されている二つの種族の内の一つ。
――ハイエルフ。
伝承通りの容姿をした女性が今、腰に手を当て、尊大に胸を張って、私たちの目の前に立っていた。
ハイエルフとか設定出してたし、使わないのもったいないなぁって思いました。こういう、いらんもったいない精神で話が伸び伸びになっている自覚はありまぁす……。
あと、このまま十戦目まで書くのも絶対ダレるので、話を強制的に進めてくれる人を出したかったというのもあります。
ええねん。私の小説やし。好きにするぞい。




