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魔族の国編 ⅡⅩⅦ

 私と並走しながら何かを唱えるシャルちゃんとシェリーちゃん。

「「――■■◇□(ブラインド)」」

 同時に何かの魔法を発動すると、見た覚えのある黒い(もや)が、正面から迫るオーガ二体の頭に貼り付いて消えた。すると途端にオーガたちは、前後不覚になってオロオロとしだした。シャルちゃんがさっき、サイクロプスにも使っていた魔法だろう。

 私は、この隙に乗じて、二体の(すね)を折った。聞いたこともないような絶叫をして、オーガたちはのた打ち回っていた。


 そして私たちはついに到達した。ヤツの眼前に。

 特殊個体オーガは、それまで仲良さそうに相方と繋いでいた手を放して、一歩前に踏み出した。ここまで来たら、さすがに自らお相手しなくてはならないということだろう。

 赤い瞳がランと輝いて、オーガは一つ鳴いた。いや、ここで仲間を呼ぶのかと警戒したけれど、そうではなく、ヤツの目の前の空間に穴が開いて、そこに手を突っ込んだではないか。そうして引き抜いた手には、大きな鉈のような刃物が握られていた。


 オーガが鉈を振るう。


 ――ガンッ!


 私はそれを受け止めて踏ん張る。

「二人とも!」

「うん!」「はい!」

 私の声に促されて、純白と薄桃色の影が発射された。


 シャルちゃんは、オーガの目の前まで飛んでいき、注意を引く。シェリーちゃんは、その間に足下へ潜り込む。

 シャルちゃんがオーガの目を引きつけているお陰で、私もフリーになれたので、シェリーちゃんを追いかけ追いつき、二人同時に足を攻撃。私は骨を砕き、シェリーちゃんは腱を断って、その膝を着かせる。

 ズンと、鈍い音を響かせて、巨体が膝に土を付けた。

 痛みで苦悶の声を上げるオーガは、それでも眼前でうろちょろするシャルちゃんに警戒を向けたまま、鉈を振るって追い返す。足を折った張本人である私たちへの警戒はおろそかに。

 まだ強化魔法は解けていない。


 ――チャンスだ!


 私はこの好機を逃すまいと、跳躍した。

 立てる片膝を踏み台に、二歩で頭の前まで到達し、驚愕するオーガの顔をこの盾でぶち抜く!

 盾を振り被る。あとは渾身のストレートを杭とともにお見舞いするだけ。

 沸き立つ観客の声が聞こえる。

 これで挑戦成功にまた一歩!


 ――ッ!?!?!?


 身体が動かない……!? 景色が瞬く間に流れていく。なになになに、なんなの!? 驚愕していると、見覚えのあるオーガの顔。赤い瞳に額から伸びる角。唇の隙間からはみ出る上下の牙。

 状況把握のために視界(目玉)を巡らせる。あ、首は動く――って!?

 私は特殊個体オーガの両手でガッチリ捕まえられていた。

 何も痛がって無さそうな顔のオーガ。つまりこいつは、今まで相手してたオーガの相方。ツーペアの片割れ。


 まぁ、そうだよね。こっちが動き出したってことは、向こうも動き出すわけで……だからこれは当然の帰結。思い至らなかった私の過失。そしてこの状況……。


「あ、これ……ヤバいかも……」


 呟くと同時に、フッと脱力感が襲う。折り悪く、強化魔法も切れてしまった。

 ギリギリと、自分の盾でサンドイッチにされて、身体が潰されそうな痛みが芽生え、たちまち大きくなっていく。

「ディーちゃん!」「ディティスちゃん!」

 オーガの手で見えないけれど、下からシャルちゃんとシェリーちゃんが呼ぶ声が聞こえる。

 内臓吐きそう……口の中が血生臭くなってきた……。倦怠感の中で、力を込めて頑張って耐えてるけど、これでちゃんと耐えられているかもよく把握できていない……。

 シャルちゃんが飛んでこっちに来られないのは、さっきから視界にチラチラ映る鉈が原因かな?

 シェリーちゃんは……向こう側の武装オーガが流れてきて、その対処、とか?

 敵の数がさらに倍になったとか、私に構ってられる余裕なんて、そりゃないよね……。

 じゃあマジで、私、この状況を自分でなんとかしなきゃってこと……?


 クソ……考えろ……考えろ……。


 視界が赤くなっていく。


 ヤバい……。どうしよう……なんとか……なんと、か……。

 指は……動く?


 第一関節に引っかかる、馴染みのある感触。


 今の状況。両手でガッチリ掴まれてて密着状態……。

 盾は……どこ向いてる……私の腕の形的に、前……かな? オーガの手首の方向……。てことは……こいつの、手の平に……杭の射出口が密着、してる……!


「……これ、でも……食らえ……!」


 渾身の力を指先に込め、引き金を引いた。


 オーガの手が開いた。杭は手の平に刺さり、杭の射出時のバックブラストが、指を強制的に開いたみたい。


 景色が上へ流れていく。

 端的に言うと、落ちている。

 あのオーガの目線より少し高いくらいだったから、十メートルくらいかな?

 洞窟のロックイーターのときは、もう少し低かったし、地面は柔らかかったから、落ちても助かったみたいだけど、さすがに今回はちょっと高すぎるかな。おまけに地面は硬いし。

 受け身とか取りたいけど――うん。全身がめっちゃ痛いし動かない。杭を打ったときのバックブラストが、オーガの手の中を巡って、私の骨まで砕いていたらしい。打った瞬間、死ぬほど痛かったもんね。


 落とした私を再度掴もうと伸ばしたオーガの手が、目の前で空を切った。それと同時に、私の横を通り過ぎて上っていく黒い影。それは、オーガの手を足場にもう一度ジャンプ。ああ、あの頼もしい後ろ姿と、携えた長物は、我が友、アイちゃんに相違ない。

 でも、アイちゃんが、落下する私を無視して先に行くということは――


「ディーちゃん!」


 フワリと、フローラルな香りが、鼻の中の鉄臭さを押し退けるように香った。背中から抱きしめてくれる、優しくて愛おしいその声の主は、シャルちゃんだった。

 落下する私を、最高速度に至る前に受け止めたシャルちゃんは、受け止めたは良いものと苦しそうな声を上げた。


「お……重い……。盾二枚は強化してても、私じゃ……空中じゃ、厳しい……お、落ちる……」


 レディに向かって……いや、もっとレディなシャルちゃんから重いと言われたらぐうの音も出ない私です。ああ、声が出ないのが口惜しい。


「んんんん!! ――もう、無理ぃ……わっ!?」


 再び、今度は二人で落下を始める私たち……かに思えた。が、それは一瞬で、すぐ何か、クッションのようなもので受け止められた。

「ま、間に()うたようじゃの……」

「間一髪でした……」

「シャルティ様! ナイスガッツですわ!」


 そんな声が耳に入り、ぼんやりと赤の混じった視界に、シャルちゃんの泣きそうな顔が映った。

「ディーちゃん……良かった……。ほら、これ飲んで。自分で飲める?」

 シャルちゃんは、魔法薬の瓶を口元に添えて尋ねてくれたけれど、生憎と、悔しいことに、声は出ずとも口は動くので、口移しは我慢して瓶の中身を受け入れた。

 後頭部を持ち上げ、支えながら、私に、「ゆっくり、ゆっくりね」と囁き、薬を飲ませてくれるシャルちゃん。

 なんだか、この歳になって哺乳瓶でミルクを飲ませてもらっているみたいで、少し背徳的に感じてしまう私の心は、穢れているのでしょうか? それはそれとして、構図とは裏腹に、口に広がる味は冒涜的なんだけどね……。良薬、口に苦しである。

 魔法薬を飲み終えると、恒例行事的な、一次的な全身の痛みが襲ってきて、それが治まると、すべての怪我が癒えた。


 クッションかベッドか、スプリングのよく効いた、寝心地はまずまずな何かの上で立ち上がった。それは、まるで蜘蛛(くも)の巣のような形をしていた。二体のオーガの死体の間にかけられた、特大な蜘蛛の巣。そこに私は立っていた。


「もう()いかー?」

 シーリーズさんのそんな声が聞こえたかと思うと、状況確認も、返事をするまでもなく、蜘蛛の巣はたちまち解かれて、私たちの足場は無くなった。

 そのまま三メートルほど下の地面に着地して、私は五体満足を喜んだ。

 さっきはさらっと流していたけれど、特殊個体のオーガは二体ともすでに倒されていた。

 私が倒し損ねた方は、首の付け根から楔形に斬られて首が落ちていて、私を掴んでいた方も首から上が無くなっていた。


「下の方はシェリーさんがやってくれたんだよ」

「そうなんだ。私を掴んでいたやつは、アイちゃんだよね?」

 尋ねると、シャルちゃんは肯定した。


 そういえば、なんだか静かだな。まだ、かなりの数の武装オーガが残っていたと思うんだけど……ん?

 周囲を見回して首を傾げた。あれだけたくさん居た、武装したオーガが、一体たりとて残っていなかったのだ。しかも、死体すら! オーガで残っている死体は、最初に居た二十体ほどの非武装のいつものオーガのものだけ……。どういうこと?


「なにがあったの?」

 私が尋ねると、シャルちゃんも不思議そうに事実だけを答えた。

「大きいオーガを倒したらね、こっち側にいた武器を持ったオーガも全部消えちゃったの。死体もぜーんぶ!」

「今までの戦いがすべて幻覚だったのかと疑うほどに、綺麗さっぱり跡形もなく消え去ったのですわ」

 補足するようにシェリーちゃんが付け加えた。

「それにしても――ディティスちゃんが無事で、本当に良かったです!」

 言って、シェリーちゃんが抱きついてきた。受け止めると、シャルちゃんやユニエラちゃんとはまた違う甘い花の香が鼻腔をくすぐった。

「いやぁ、普通に死ぬかと思ったよ……。何とかなってよかった」

「ディティス様!」

 ユニエラちゃんが駆け寄ってきた。怒っているとも泣いているともとれる絶妙な表情で――

「また無茶な戦い方をなさって! お体を大事になさってくださいまし!」

 あ、うん。怒ってたね。

(わたくし)、戦いながら気が気ではありませんでしたわ! 何度持ち場を離れて駆けつけようかと葛藤したことか!」

「そこは、持ち場を優先してほしいかな?」

「でしたら、そんな葛藤しなくても良いように、戦ってくださいませ!」

「はい……ごめんなさい」

 ま、今回は私の油断が完全に悪かったからね。大人しく反省することにしよう。


「……まぁ、そんな無茶しているディティス様も、またカッコイイのですけれど……///」

 と、顔を赤くしているユニエラちゃんでした。無茶してほしくないけど無茶してる姿が好きって……難儀な子だね……。


 集まって全員無事を確認すると、すぐにシェリーちゃんは疲労回復の魔法をかけて、自分は魔法薬を一瓶呷った。強化魔法は、私がオーガに捕まっている間に済ませていたらしい。私とアイちゃんはインターバルが開けるまでお預けだ。次に効果が切れるのはクロウとアレイスターさん。

 さて、なんとか抜けた最難関門の七戦目。だからといって、残りが消化試合なわけがない。私たちは気を引き締めて、次に現れる魔物たちに警戒をした。

『ミラージュオーガ』

 オーガの変異種。野生での目撃例は無く、ダンジョンでのみ目撃例がある。特殊な鳴き声を上げると、武装したオーガの群れを召喚し、それらが各々の判断で行動し、戦う。また、同じように武装のみを召喚し、自ら装備することもある。

 この召喚されたオーガたちは、人間のように、連携をした戦い方をし、その体躯の大きさもあって、かなり手強い。が、中には連携のお粗末なパーティーもあり、その実力にはムラがある。

 これは、ミラージュオーガがこれまでの成長過程で打倒、捕食してきた冒険者たちを、記憶から再現したものを、実体を持った幻として喚び出しているためで、武装も彼らの再現。ただし、鎧などの防具は、腰布以上の衣服という概念がオーガにはなく、再現されない。ミラージュオーガが生きている間であれば、いくらでも再召喚が可能で、その物量で押し潰すことが主な戦闘手段。ミラージュオーガ自身が戦えないわけではないが、体躯が一回り大きいことを除けば、普通のオーガと戦闘能力はさほど変わらない。

 また、武装オーガたちは実体を持った幻であることから、本体であるミラージュオーガが倒されれば消える。


 闘技場運営は、生け捕りにした二体を物量目的で投入したが、複数体揃うとあのような行動をとるとは知らなかった。

 複数体揃ったミラージュオーガは、手を繋ぐことで、お互いの魔力を同調、共鳴、増幅させて、背中から不可視の壁のようなものを左右に展開する。これは壁まで伸び、壁伝いに鳥籠状の狩場を形成する。背中を合わせる必要は無い。作中の時代では、この生態は全くと言っていいほどに知られていない。

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