魔族の国編 ⅡⅩⅡ リヴィ編
ディティスお姉さんたちの援護を終え、トロールやサイクロプスとの戦闘が起こるのを、遠目で見届けました。
さて、こっちも、こっちの仕事をしなければなりません。
私は弓を折り畳んで、腰の矢柄に取り付けられたマウンターに収めると、先に走り出していたシーリーズさんを追います。
敵は、至って普通のオーガ。シーリーズさんの仕事について行って、一緒に倒したこともあります。なので相手の仕方は心得ているつもりです。
クガルーア王子殿下の指示に従って、着実にオーガの数は減っていきました。戦闘慣れした人が多いのもあって、まさに余裕のヨッチャンというものです。ヨッチャンが誰か、もしくは何かは知りませんが、お父さんが昔、こういう言い回しをしていたのを思い出しました。なんなのでしょう? ヨッチャン……。
亡き面影を思い出しつつ、私もオーガをバラバラにします。
まさか私に、十個くらい年上のお姉さんの恋人ができて、しかも冒険者として一緒に、こうして魔物を狩っているなど、盗賊のアジトから保護されたころには考えもしませんでしたが、人生というのは数奇なものです。
まぁ、正式に冒険者に登録したのは、この自治区に来てからで、シャルティお姉さんと一緒だったんですけどね。
と、そうこうしている間にも、オーガの数も残りわずか。あとは後ろの方でふんぞり返っている大きいオーガ二体を倒して、私たちの担当分の仕事は終わり。ディティスお姉さんたちの手伝いにだって行けちゃいますね。
最難関なんて、実況の人は言っていましたけれど、強化魔法無しでもこの通り。案外楽勝でしたね。
ん?
なんでしょう、あの二体。
手を繋いでいます。魔物って、あんな行動も取るんでしょうか? 仲良しさんですか?
それに気づいたとき、大きなオーガ二体が、お互いの背中同士をくっつけました。それと同時に、倒したオーガたちが復活……いいえ、新しく出現したのです。しかも、今までの丸腰ではなく、しっかりと武装をして!
鎧こそ着用していませんが、盾に剣に槍に斧に、ハンマーを持っているのもいます。それらが凡そ、三体一組になって、こちらに走ってくるではないですか!?
私は、急いでシーリーズさんのもとに走ります。シーリーズさんも、私の方へと向かってきているのが見えました。けれど、その後方から迫ってくるオーガも目に入ります。きっと、私の後ろからも、オーガたちが追ってきているのでしょう。足音と、対面のシーリーズさんの顔を見れば分かります。であれば、やることは一つです。
シーリーズさんにアイコンタクトを送ると、頷いて返してくれました。
グローブから『繊維』を垂らしながら走り、シーリーズさんとすれ違いざまにハイタッチしつつ、そこでお互いの繊維の先を結び、そのまま走り抜けました。『繊維』は、そこから地面に流していきます。
オーガたちは、対面のオーガと正面衝突や急停止して立ち止まるというようなことにはならず、普通にすれ違って追ってきます。私たちがそうなるように進路を『糸』で誘導していることも知らずに。そして、そろそろ隊列全員が繊維を踏む位置です。
私は振り返って手を広げます。オーガの林の先で、シーリーズさんも同じポーズをしているのが見えました。
そして、特に掛け声もなく、私たちは同時に『繊維』を操作して腕を振り上げ――
ゆで卵カッター。針金が縦に何列か張ってあって、それでゆで卵を輪切りにする器具です。お母さんが衝動買いで買ってきて、それでゆで卵を綺麗な輪切りにして、サラダに添えたことがありました。
結局、その一回しか使わなかったのですが……。
なぜ、こんなことをふと追憶しているのかというと、切られたオーガが、そのときのゆで卵みたいだなと感じてしまったからという、とても単純な連想ゲームをしてしまったからですね。ゆで卵からは血は出ませんが……。
と、六体をまとめて愛のパワーで装備ごとスライスした私たち二人は、見事に合流を果たし、皆さんの救援に向かったわけです。
『さぁ、オーガが謎の再出現! しかし、シーリーズ選手と、リヴィ選手、この予想外な事態にも落ち着いた様子で、鮮やかな連携、そしてそして、なんと! 六体まとめて膾斬りぃい! 味方の救援へと向かます! これはすごい! ですが……何をしているのかは、ここからではさっぱり視認できません! メアリー女史はどうですか?』
『いやぁ、解説として不甲斐なく、そして申し訳ないと思うんだけどねぇ……。私にもさっぱりなんだな、これが。何で斬れてるんだ、あれ? 聞いたことも見たこともない武器ってことなんだろうねぇ、興味深いよ』
『はい! という役立たず宣言、ありがとうございました!』
『お前……あとで覚えておけよ?』
そんな実況が聞こえてきました。
こうして自分の名前が呼ばれているのを聞くと、なんだかこそばゆい気持ちになりますね。
緩んできた頬をマッサージして気合いを入れ直しながら走っていると、林立するオーガの足の向こうに、ユニエラお姉さん、ロアお兄さん、クガルーア王子殿下とシウスお姉さんが見えてきました。皆さん、唐突なオーガの再出現にも関わらず、陣形を維持してしっかりと応戦しています。
「皆さん!」「生きておるな!」
私たちが同時に声をかけると、四人を向いていたオーガたちの、いくつかの注意がこちらに向けられました。
それぞれのパーティーメンバーと思しきオーガに声をかけ、後ろから迫る私たちの存在を伝えたようです。
二つのパーティー、今回は、七体が私たちに向き直って、吼えながら突っ込んできます。思惑通りです。これでユニエラお姉さんたちから、敵を引き受けられました。
シーリーズさんが私の左側に移動して並走しながら話します。
「儂は弓を放って牽制を入れる。リヴィは『繊維』の扱いに努めよ!」
「分かりました!」
そうして、シーリーズさんの右手と私の左手を合わせて、指を絡めます。
別にこれは、隙を突いてイチャついているわけではありません。私がシーリーズさんのグローブから『繊維』を回収して、自分のものに接続するために必要な行為なんです!
――嘘です。
本当はさっきのハイタッチ程度で充分です。今回は距離的にまだ余裕があったので、これ幸いと、ついでに恋人の細い指と温もりを感じちゃおう思っただけです。
少しの名残惜しさを感じながら、手を離し、左右に別れて走ります。
シーリーズさんは、弓を展開して、矢を雨のように放ちながら、オーガたちの目を引きます。オーガたちは足を止めて、シーリーズさんの矢を先頭の二体の盾持ちが横並びで防いでいます。
ちょっと頭を出せば当たる。そんなギリギリの軌道で、時折、守られているオーガの背中を掠めるように矢を放って、身動きを取れなくさせているのも職人技です。ほら、最後尾のオーガが、もう少し詰めろと、前のオーガを押しています。
人間が放つ、ちっぽけな矢ごときに、何を大袈裟なと思いますが、私たちの矢の鏃には、自治区へ来てからは毒を塗るようになったので、実はそうでもありません。一、二本刺さった程度、ましてや一度掠めた程度でオーガが死ぬような強さではありませんが、それでも何度も受けたらまずいと、本能的に感じているのかもしれないですね。
そして私は、その間に全力疾走です! オーガを『繊維』で取り囲むように、脇から後方へ、そしてぐるりと回って、シーリーズさんとすれ違い、準備完了。背中合わせになって、二人で『繊維』を操作。私が全力ダッシュで作った輪を窄めました。
するとオーガたちは、今回は横に輪切りになりました。
一仕事終えて、ユニエラお姉さんたちの方を見ると、ちょうど、クガルーア王子殿下が、ハンマーの尖ってる方で、倒れたオーガの頭を潰しているところでした。
皆さんを囲んでいたオーガのパーティーは、それでひとまず倒しきったようで、あちらも一段落ついたようです。
私たちは画して合流を果たし、パーティーを組んで連携するようになったオーガたちを、着実に倒していきました。
ユニエラお姉さんが攻撃をいなし、ロアお兄さんが武器を持つ指を落とし、シウスお姉さんが腱を斬り、クガルーア王子殿下が止めを刺す。私たちは遊撃で、周囲のオーガを担当と、役割分担もしっかりとして、まさに順調快調……だったはずなのですが……。
「はぁ……はぁ……おかしいです……。殿下!」
「ああ、気付いている。俺たちはここまで何体倒した? シウス」
「はい……。軽く二十は……。シーリーズさんたちが倒した分を入れればその倍かと……」
「おいおい……。最初、突然増えたときの、ざっと見た総数が二十くらいだったろ!? 増えてんじゃねーか!?」
「ああ、しかも、まだ生きてるのをざっと数えても、二十はいる……」
「減って……いませんわね……」
「どういうことだよ……」
ロアお兄さんたちの会話が聞こえた私たちも、今しがた気づいたことを報告に向かいました。
「お主ら、まずいことになっておる。倒しても倒しても数が減らんというかのぅ、総数が十体を下回ると、二十体から二十五体ほど増えるようじゃ」
「シーリーズさんと観察した感じですけど、どのオーガも声を上げていないタイミングで、オーガの声が聞こえるんです。十体を下回ったタイミングで……」
「どこからですか!?」
ユニエラお姉さんの問いに私は答えます。元凶に指を指しながら……。
「あの、大きなオーガからです」
そうです。あの、他のオーガよりも頭一つ大きな、背中合わせに立つ二体のオーガ。こちらを向いている方のあれが声を上げると、オーガが補充されていたのです。他のオーガと鳴き声が同じだったので、気づくのが遅れてしまいました。
それと――と、私は続けます。
「あの二体のオーガの境に、見えない壁が出来ていました。しかも、壁の向こう側にも、オーガがたくさん……」
「見えない壁……とは、どういうことですの!? いえ、それよりも、向こう側にもオーガですって!?」
ユニエラお姉さんが驚きます。壁よりもオーガの方を気にしているあたり、向こうにいるディティスお姉さんたちの無事の方が気になるのだと分かります。私も同じ気持ちです。
「トロール、サイクロプス組もオーガと戦ってるってことか……。助けに行きたいが、そもそも、壁に阻まれていては、救援にも行けないか……」
「それに、こっちはこっちで、いっぱいいっぱいですしね。助けには行ってやりたいっすけど……」
クガルーア王子殿下とロアお兄さんの言葉に、シウスお姉さんが首を横に振りました。
「いいえ、お二人とも。助けに行くなど烏滸がましいです。逼迫している状況なのは、むしろこちらの方ですよ。あちらには、シェリーさんとシャルティさん、魔法が使える魔族がいます。シェリーさんであれば疲労回復の魔法も、強化の魔法もあります。それと比べ、こちらには回復手段が各種一瓶支給されている魔法薬と、私の治癒の魔法陣。魔法陣は書かなければなりませんから、実質、魔法薬のみです。そして強化も無い。このまま戦っていれば、確実にジリ貧で押し負けます」
シウスお姉さんの状況分析に、皆さんの顔が少し青くなったように感じました。そして、私の顔も。シーリーズさんが私の肩を抱き寄せてくれます。
そして、クガルーア王子殿下が、意を決したように話し始めました。
「手はある。……というか、これしか無いというかだな……」
歯切れが悪いです。でも、私たちも、同じことを考えていると思います。最善策は、私にだってこれしか思いつきません。
「オーガの雑兵たちは無視して、あの大将首を取りに行く……ですわね?」
ユニエラお姉さんが、私たちが考えている策を代表して答えると、クガルーア王子殿下は頷きました。
「ああ。そうだユニエラ嬢。オーガどもについては、完全無視は無理だろうから、応戦はしてもいい。ただ、応戦しても、できるだけ殺すな。行動不能にすればいい。そうすれば、オーガの数は減らないからな」
私たちは作戦を了解して、頷きました。
「出発前に、ひとまず、下級を一本飲んでおかないか? 最低限、疲労は取っておきたいんだが……」
ロアお兄さんの提案に、みんなで賛成して、配られていた魔法薬を一本、飲み干しました。
私は、これを飲むのは初めてなんですけど、すごい効き目です。まるで、疲労がポンと取れてしまったようです。 ただ……ちょっと、効きすぎて癖になってしまわないか、不安になりますね……。
っと、そんな有るか無いかも分からないことへの不安は、今は脇に追いやって、作戦に集中しなくちゃいけません!
自分で自分に気合いを入れるように、頬をパチンと叩きました。ディティスお姉さんの真似っ子です。思いの外、ちゃんと気合いが入るものですね。先人には倣ってみるものです。
「よし、体調は万全に戻った。 ……行くぞ、野郎ども。目指すは大将、ただ一体。狩るぞ……!」
声を張り上げずに、クガルーア王子殿下は作戦開始を宣言し、私たちも声を張り上げずに、静かに、けれどもしっかりと闘志を瞳に宿して頷き、走り出しました。
頑張りますよ!
少し時間を戻し、こっちサイドも書いておこうと思いまして、せっかくだから、戦えるようになったリヴィちゃん視点でした。




